• 著者: I. Okamoto, J. Araki, R. Suto, M. Shimada, K. Nakagawa, M. Fukuoka
  • Corresponding author: I. Okamoto (Kinki University School of Medicine, Department of Medical Oncology, Osaka-Sayama, Japan)
  • 雑誌: Annals of Oncology
  • 発行年: 2006
  • Epub日: 2005-12-15
  • Article種別: Case Report
  • PMID: 16357019

背景

EGFR (epidermal growth factor receptor) チロシンキナーゼドメインの活性化変異が NSCLC (non-small-cell lung cancer) における gefitinib 奏効の分子基盤として 2004 年に同時期に 3 つの先駆的研究で同定された (Lynch et al. NEnglJMed 2004, Paez et al. Science 2004, Pao et al. PNAS 2004)。これらは exon 19 欠失と exon 21 L858R 変異が NSCLC における EGFR-TKI (チロシンキナーゼ阻害薬) 著効例の遺伝的基盤であることを示し、EGFR 変異は NSCLC 治療の最重要 predictive biomarker として急速に確立された。受容体型チロシンキナーゼによる細胞シグナリングの構造生物学的基盤については Lemmon et al. Cell 2010 が体系化している。一方、本症例報告以前の時点で SCLC (small-cell lung cancer、小細胞肺癌) では EGFR タンパク発現が低いとされ、NSCLC 以外の固形腫瘍における EGFR 変異報告は大腸癌・グリオブラストーマでの稀な検出 (Barber et al. NEJM 2004) に限られていた。Tanno et al. (Oncol Rep 2004) は SCLC 細胞株においても gefitinib が低発現の EGFR シグナルを抑制しうることを示していたが、臨床的に EGFR 変異を有する SCLC への gefitinib 奏効例は報告がなく、SCLC における functional EGFR 変異の存在と EGFR-TKI 感受性の関係は未解明であった。SCLC に対する標準治療はプラチナ併用化学療法であり奏効しても早期に耐性を生じるため、新規分子標的治療オプションの探索が手薄なままであり、SCLC における targetable driver mutation 探索という gap in knowledge は当時の臨床上の未充足課題であった。

目的

Gefitinib に著明な奏効を示した SCLC 患者における EGFR 変異の有無を sequencing で確認し、SCLC における EGFR-TKI 感受性の分子基盤としての EGFR 活性化変異の存在可能性を示すこと。

結果

所見1: SCLC の組織学的確認と EGFR タンパク発現 (n=1): 気管支鏡下生検検体 (n=1 patient) の HE 染色では、腫瘍は小型・円形〜楕円形核・乏しい細胞質を持つ小細胞で構成されており、SCLC として典型的な組織像を呈した (Fig 1A)。神経内分泌分化マーカーである CD56 (neural cell adhesion molecule) が 100% positive を示し、3 名の追加病理医による独立評価で 100% (3/3) の一致率で SCLC と確定診断された。免疫組織化学検査では EGFR タンパクが腫瘍細胞に発現していることが確認された (Fig 1B)。従来の知見では SCLC は EGFR 発現低値と報告されており、本症例 (n=1) の腫瘍細胞での EGFR 発現は EGFR 変異と並んで EGFR pathway が機能しうる SCLC サブセットの存在を支持する所見であった。

所見2: EGFR exon 19 欠失変異 (delE746-A750) の同定: EGFR exon 18 から 21 (チロシンキナーゼドメイン全域) の direct sequencing により、エクソン 19 内に 15 base pair の in-frame 欠失が検出された (Fig 1C)。この欠失はアミノ酸 746 から 750 (delE746-A750) の脱落をもたらし、NSCLC で既知の最も頻度の高い exon 19 欠失と同一の hotspot 変異であった。センス・アンチセンス両方向のシーケンシングを 2 つの独立した PCR 産物 (n=2 independent reactions) に対して施行し、いずれにおいても heterozygous deletion として確認され、artifact ではないことが担保された。本変異は文献上初の SCLC における activating EGFR 変異であり、NSCLC で確立された hotspot 変異が SCLC でも生じうることを示した。

所見3: Gefitinib 250 mg/日 投与 3 週後の著明な腫瘍縮小: Gefitinib 250 mg/日の開始 3 週後の CT で、右上葉原発巣と肝転移巣の双方に約 100% に近い著明な縮小 (marked regression) が確認された。治療開始後に咳・呼吸困難・血痰などの自覚症状が迅速に改善した。n=1 case ではあるが NSCLC で確立された「EGFR 変異 → gefitinib 著明奏効」のパラダイムが、本症例において SCLC でも observed されたことは、SCLC における EGFR 経路の機能的重要性と、EGFR 変異陽性 SCLC が EGFR-TKI 感受性 phenotype を共有しうることを臨床的に示した最初の証拠となった。

考察/結論

① 先行研究との違い: NSCLC における EGFR 変異と gefitinib 奏効の関係は 2004 年に確立されていた (Lynch et al. NEnglJMed 2004, Paez et al. Science 2004) が、これまでの SCLC 領域では EGFR 発現低値・変異検出例皆無という認識が支配的であり、本症例はこの従来見解と異なり SCLC にも NSCLC と同一の activating EGFR mutation が生じうることを示した。Tanno et al. の SCLC 細胞株での gefitinib 反応性データとは対照的に、本報告は患者腫瘍検体での DNA レベル変異と臨床奏効を直接対応させた初の症例である。

② 新規性: 本研究で初めて SCLC 患者腫瘍において EGFR exon 19 欠失変異 (delE746-A750) を同定し、これまで報告されていない SCLC における activating EGFR 変異の存在を立証した点が新規な貢献である。NSCLC の hotspot 変異と完全に同一の deletion pattern が SCLC で同定されたという事実は、EGFR 変異が単一組織型に限定されない molecular subtype を定義しうる新規な示唆を提供した。

③ 臨床応用: 本症例は臨床応用の観点で、SCLC 診断時にも EGFR 変異スクリーニングを行うことで EGFR-TKI 感受性サブセットを同定できる可能性を提起した点に臨床的意義がある。SCLC はプラチナ感受性であっても早期再発する難治性腫瘍であり、bench-to-bedside の橋渡しとして本症例は EGFR-TKI を SCLC の一部に治療オプションとして応用しうる根拠を提供した。臨床現場では特に非喫煙女性・腺癌的特徴を併存する SCLC 症例で EGFR 変異検索を考慮する流れにつながった。

④ 残された課題: 単一症例の報告であるため、SCLC 全体における EGFR 変異頻度・予測価値・最適な治療シーケンスは今後の検討課題である。limitation として、SCLC における EGFR 変異の真の prevalence は前向きの大規模 cohort で評価する必要があり、また EGFR 変異陽性 SCLC が de novo SCLC なのか EGFR 変異 NSCLC からの SCLC transformation (lineage plasticity) なのかという病態理解は今後の研究で解明されるべき重要な論点である。今後の方向性として、EGFR 変異陽性 SCLC の biology と治療反応性を系統的に解析する prospective trial が必要である。

結論: 72 歳非喫煙女性の SCLC において EGFR exon 19 欠失変異 (delE746-A750) を世界で初めて同定し、gefitinib 250 mg/日 3 週後に原発巣・肝転移巣の著明な縮小が得られた。本症例は SCLC の一部にも EGFR-TKI が有効な molecular subset が存在することを示した最初の臨床的証拠であり、SCLC に対する包括的な EGFR 変異スクリーニングの意義を提起した先駆的報告である。

方法

72 歳女性・非喫煙者が 2 週間続く咳・呼吸困難・間欠的血痰を主訴に来院。胸部 CT で右上葉の腫瘤と大きな肝転移巣を認め、気管支鏡所見で右上葉気管支を閉塞する腫瘍を認めた。気管支鏡下生検組織を採取し、患者の希望により gefitinib 250 mg を 1 日 1 回経口投与で開始した。治療開始 3 週後に CT で治療効果を評価した。生検組織の HE 染色および免疫組織化学検査で組織型を確認し、neural cell adhesion molecule (CD56、神経内分泌分化マーカー) と EGFR タンパク発現を評価した。病理診断は 3 名の追加病理医が独立して行い確認した。生検組織から DNA を抽出し、EGFR エクソン 18 から 21 (チロシンキナーゼドメイン) を direct sequencing で解析した。センス・アンチセンス両方向のシーケンシングを 2 つの独立した PCR 産物に対して実施し、変異の妥当性を担保した。