• 著者: Daphne W. Bell, Regan Gore, Robert Okimoto, et al.
  • Corresponding author: Daniel A. Haber (Massachusetts General Hospital Cancer Center / Howard Hughes Medical Institute, Boston, MA)
  • 雑誌: Nature Genetics
  • 発行年: 2005
  • Epub日: 2005-10-30
  • Article種別: Correspondence
  • PMID: 16258541

背景

EGFR変異非小細胞肺がん(NSCLC)におけるT790M (Thr790Met) 変異は、第一世代EGFR-TKI (gefitinib・erlotinib) 治療後に腫瘍細胞が後天的に獲得する耐性変異として知られていた。この変異は、キナーゼドメインのゲートキーパー残基であるThr790をMetに置換し、EGFRとTKIの結合を立体的に阻害することでTKI感受性を失わせる。この現象はKobayashi et al. NEnglJMed 2005Pao et al. PLoSMed 2005によって報告されている。一方、複数の家族員が肺がんを発症する家族性肺がん症例が存在することは古くから知られていたが、その遺伝的基盤はほとんど明らかにされていなかった。特に、生殖細胞系列EGFR変異が肺がん易罹患性に関与するという概念は、本研究以前には提唱されておらず、この領域には大きな知識のギャップが残されていた。T790M変異がTKI治療歴のない腫瘍でも検出されることがKosaka et al. CancerRes 2004で報告されていたが、その意義は未解明であった。このような背景から、家族性肺がんの遺伝的要因を特定し、その分子メカニズムを解明することは、肺がんの早期診断や個別化医療の発展に不可欠であるにもかかわらず、その研究は不足している状況であった。

目的

多発性肺がんを呈する家族において生殖細胞系列EGFR変異の有無を解析し、germline T790Mが肺がんの遺伝的易罹患性に関与するかを検討する。また、germline T790Mと腫瘍内で後天的に生じる活性化EGFR変異とのアレル上の関係(cisまたはtrans)を明らかにすることを目的とした。本研究は、特に非小細胞肺がん(NSCLC)の気管支肺胞上皮がん(BAC)サブタイプにおける遺伝的感受性の解明に焦点を当てた。

結果

対象家系の臨床的特徴と多発性BAC発症パターン: 欧州系白人の多発性気管支肺胞上皮がん (BAC) 家系を対象とした (Fig. 1a)。Proband (個人III-1) は男性・喫煙者で50歳時に偶然発見された両側非石灰化肺結節を持ち、左肺から5つの独立した原発性BACが切除された。切除後にgefitinib治療が開始され、残存病変は9ヶ月間安定した。Probandの兄弟 (III-2) は55歳で広汎転移性腺がんと診断され、gefitinibおよび化学療法のいずれにも応答せず6ヶ月で死亡した。Probandの母 (62歳) ・maternal grandfather (72歳) ・maternal great uncle (60代) もBACで死亡しており、家族内の多発性BACパターンが確認された。782アリルの集団対照ではT790M変異は1例も検出されず (0/782)、本変異が人口集団の稀なSNPではないことが示された。

生殖細胞系列EGFR T790M変異の同定: III-1・III-2両者の腫瘍組織のEGFR sequencing解析でT790M変異が全腫瘍で検出された (野生型アリルと1:1比でヘテロ接合) (Fig. 1b)。最も重要な知見として、同変異は両個人の末梢血単核球 (germline DNA) においても検出され、germline変異であることが確認された。兄弟III-3・III-4の末梢血でもT790Mが検出され、家系内の常染色体優性遺伝パターンとの一致が示された。正常組織にT790Mが存在することから、本変異はsomatic変異 (腫瘍特異的変異) ではなく、生殖細胞由来の遺伝性変異であることが確立された。これはgermline EGFR T790Mと肺がん遺伝的易罹患性の世界初の報告となった。

Germline T790MとSomatic活性化変異のcis関係: III-1の5つの独立した腫瘍のうち3例において後天的somatic EGFR活性化変異が検出された (腫瘍1: L858R、腫瘍3: L858R、腫瘍4: delL747-T751)。残り2腫瘍ではT790Mのみでsomatic活性化変異は認められなかった。III-2の腫瘍にはG719A変異が検出された。4腫瘍のRT-PCRクローン解析 (計81クローン) により、somatic活性化変異を含む70/81クローン (86%) がgermline T790Mと同一アリル (cis) に存在することが示された (trans: 14%) (Table 1)。対照実験 (野生型EGFRとEGFR T790M/L858R発現構築体の混合実験) ではartifactual allelic separationの頻度が24クローン中7 (29%) であり、実際の生体内cis率は86%より高い可能性が示唆された。これにより「T790M先行・somatic活性化変異後天的重複」という新しい腫瘍発生モデルが提唱された。この結果は、T790M変異が他の活性化変異の発生を促進する、あるいは特定の条件下で選択的な利点をもたらす可能性を示唆している。

NCI-H1975細胞株でのcis配置の独立的確認: TKI開発以前に樹立された肺BAC細胞株NCI-H1975がL858RおよびT790Mをヘテロ接合で保有することは既知であったが、同株のEGFR RT-PCRクローン解析 (20変異クローン中16クローン、80%) でも2変異がcisに存在することが示された。TKI治療以前から自然発生的にT790M/活性化変異二重変異体が生じうることが独立して確認され、TKI選択圧とは無関係にcis二重変異が存在することが実証された。この細胞株におけるL858RとT790Mのcis配置は、本研究で同定された家族性肺がん患者の腫瘍における所見を強力に裏付けるものであり、T790Mが薬剤耐性変異としてだけでなく、腫瘍形成過程における重要な役割を担っている可能性をさらに強固なものとした。

T790M変異単独でのキナーゼ活性: 以前の報告では、EGFR T790M変異単独ではキナーゼ活性の増加は認められないとされていたが、本研究のデータ(未掲載)でも野生型EGFRと同程度のキナーゼ活性および下流シグナル伝達能であることが確認された。このことは、T790M変異が単独で強力な発がんドライバーとして機能するわけではなく、他の活性化変異との組み合わせ、特にcis配置で存在することで、より顕著な細胞増殖や生存シグナルをもたらす可能性を示唆する。この「プレミューテーション」としての役割は、T790Mが生殖細胞系列に存在し、比較的晩発性のNSCLC発症に関連しているという観察と一致する。

考察/結論

本研究は、生殖細胞系列EGFR T790Mが家族性肺がん易罹患性の遺伝的基盤となることを初めて報告した先駆的なCorrespondence論文である。

先行研究との違い: これまでT790Mは主にTKI治療後に後天的に生じる薬剤耐性変異として認識されてきたが、本研究はT790Mが生殖細胞系列変異として先天的に保有されうることを示し、従来の概念と対照的な知見を提供した。また、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Pao et al. PLoSMed 2005で報告された後天性耐性変異としてのT790Mとは異なり、本研究ではTKI治療歴のない患者や細胞株でもT790Mが検出され、その存在意義に新たな解釈を与えた。

新規性: 本研究で初めて、germline T790Mが肺がんの遺伝的感受性に関与し、さらに後天的なEGFR活性化変異がこのgermline T790Mと同一アレル(cis)上に優先的に発生するという新規の腫瘍発生モデルを提唱した。これは、T790Mが単なる耐性変異ではなく、他の活性化変異の発生を促進する「前駆変異(premutation)」として機能する可能性を示唆する。この分子メカニズムは、EGFRシグナル伝達におけるゲートキーパー残基790とATP結合部位の他の変異との分子内相互作用が、基質特異性や触媒活性を変化させる可能性を示唆しており、これはこれまで報告されていない新規の知見である。

臨床応用: 本知見は、家族性肺がん症例や若年発症のT790M陽性肺がん患者において、germline T790Mの検索が臨床的に重要であることを示唆する。germline T790M保有者では、腫瘍発症時からすでにT790M/活性化変異二重変異を保有している可能性が高く、第一世代TKIへの一次耐性(primary resistance)を示すことが予測される。Probandの兄弟(III-2)がgefitinibおよび化学療法に不応答であったことは、このモデルと一致する。したがって、遺伝カウンセリングの必要性や、治療選択における遺伝子検査の重要性といった臨床的意義が大きい。特に、このgermline EGFR変異が気管支肺胞上皮がん(BAC)に特異的に関連しているという観察は、この細胞型がEGFRシグナル伝達の変化に対して極めて高い感受性を持つことを強調しており、この組織型におけるEGFR変異の高頻度発生を説明する可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、germline T790Mがどのようにして他の活性化変異の発生を促進するのか、その分子メカニズムを詳細に解明する必要がある。また、T790M単独での腫瘍形成能や、他の遺伝的・環境的要因との相互作用についてもさらなる研究が残されている。本研究は小規模な家系解析であるため、より大規模なコホートでの検証も今後の方向性として重要である。

方法

本研究は、複数の家族員が非侵襲性肺腺がん(気管支肺胞上皮がん; BAC)を発症した欧州系白人家族を対象としたレトロスペクティブコホート研究である。末梢血DNA(germline)と腫瘍DNA(somatic)のEGFR変異解析を実施した。変異解析には直接Sanger sequencingを用いた。germline T790M陽性症例において、同一腫瘍内に存在するsomatic(後天性)EGFR活性化変異(L858R、exon19欠失、G719A等)とgermline T790Mとの関係(cisまたはtrans)を決定するため、RNAをパラフィン包埋組織切片から抽出し、RT-PCRにより両変異を跨ぐcDNA断片を増幅した。その後、Heterozygous allele sequencingおよびクローニング解析(計81クローン)によりアレル上の配置を詳細に解析した。さらに、TKI開発以前に樹立された肺BAC細胞株NCI-H1975についても同様のRT-PCRクローン解析を行い、L858RとT790Mの配置を確認した。対照実験として、野生型EGFRとEGFR T790M/L858R発現構築体を安定的にトランスフェクトした細胞株を用い、PCR解析におけるアーティファクト的なアレル分離の頻度を評価した。統計解析には、変異の検出頻度やアレル上の配置の割合を記述的に評価し、Fisher’s exact testを用いて群間の比較を行った。本研究は特定の臨床試験登録番号(例: NCT01234567)は持たないが、家族性肺がんの遺伝的背景を解明するための重要な基礎研究として実施された。