• 著者: Solange Peters, Rolf Stahel, Lukas Bubendorf, Philip Bonomi, Augusto Villegas, Dariusz M. Kowalski, Christina S. Baik, Dolores Isla, Javier De Castro Carpeno, Pilar Garrido, Achim Rittmeyer, Marcello Tiseo, Christoph Meyenberg, Sanne de Haas, Lisa H. Lam, Michael W. Lu, Thomas E. Stinchcombe
  • Corresponding author: Solange Peters (Oncology Department, Centre Hospitalier Universitaire Vaudois (CHUV), Lausanne, Switzerland)
  • 雑誌: Clinical Cancer Research
  • 発行年: 2019
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article (第II相臨床試験)
  • PMID: 30206164

背景

ヒト上皮成長因子受容体2であるHER2 (human epidermal growth factor receptor 2) は、非小細胞肺癌であるNSCLC (non-small cell lung cancer) を含む多くの固形癌において過剰発現、遺伝子増幅、あるいは遺伝子変異といった多様な機序で活性化しており、予後不良因子として知られている。乳癌や胃癌においては、HER2過剰発現または遺伝子増幅を有する患者に対してトラスツズマブやペルツズマブ、そして抗体薬物複合体であるADC (antibody-drug conjugate) のトラスツズマブ エムタンシンであるT-DM1 (trastuzumab emtansine) などのHER2標的治療が標準治療として確立されている。しかし、NSCLCにおけるHER2陽性の定義は極めて複雑であり、先行研究によれば、免疫組織化学染色であるIHC (immunohistochemistry) 2+/3+が13-20%、IHC 3+が2-6%、in situ hybridization (ISH) によるHER2遺伝子増幅が2-4%、HER2遺伝子変異が1-4%に認められると報告されている。重要な点として、NSCLCにおいてはこれら3つのHER2異常 (過剰発現、増幅、変異) の一致率が低く、それぞれが独立した生物学的サブタイプを形成している可能性が示唆されている。そのため、どのバイオマーカーがHER2標的療法に対して最も高い感受性を示すかについては未解明であり、最適な患者選択基準が確立されていないという課題があった。これまでの臨床試験においても、HER2標的療法の有効性に関するデータは不足しており、治療開発における大きな gap が残されている。T-DM1は、ヒト化抗HER2モノクローナル抗体であるトラスツズマブに、細胞毒性物質である DM1 (microtubule-inhibitory agent emtansine) を非切断性リンカーで結合させたADCであり、HER2陽性細胞に選択的に細胞毒性をもたらす。前臨床モデルではHER2過剰発現NSCLC細胞株に対する強力な抗腫瘍効果が示されていたが、実際の進行NSCLC患者における有効性と安全性を検証した臨床データは不十分であった。

目的

本研究の目的は、プラチナ製剤を含む前治療歴のあるHER2過剰発現 (中央判定によるIHC 2+または3+) の進行・転移性NSCLC患者を対象に、T-DM1単剤療法の有効性、安全性、および治療効果を予測するためのバイオマーカーを探索することである。特に、HER2過剰発現の程度 (IHC 2+ vs IHC 3+) によって患者をコホートに分類し、それぞれの集団における客観的奏効率であるORR (overall response rate) や無増悪生存期間であるPFS (progression-free survival)、全生存期間であるOS (overall survival) を評価するとともに、腫瘍組織におけるHER2遺伝子増幅 (ISHおよび次世代シーケンシングであるNGS (next-generation sequencing) による評価) やHER2遺伝子変異、HER2 mRNA発現レベルとT-DM1の治療効果との相関を詳細に解析し、最適な治療対象を同定するための分子標的アプローチを確立することを目指した。

結果

スクリーニングと患者背景の特性: スクリーニングされた370例のうち、133例がHER2 IHC 2+または3+の基準を満たし、最終的に49例 (IHC 2+群n=29、IHC 3+群n=20) が登録された。全患者の年齢中央値は61歳 (範囲36-80) であり、男性が29例 (59%)、女性が20例 (41%) であった。喫煙歴については、現在喫煙者が10例 (20%)、過去喫煙者が29例 (59%)、非喫煙者が10例 (20%) であった。全身状態を示す全身状態指標である ECOG (Eastern Cooperative Oncology Group) パフォーマンスステータスは、0が12例 (24%)、1が37例 (76%) であった。組織型は腺癌が37例 (76%) と大半を占め、扁平上皮癌が3例 (6.1%)、未分化・低分化癌が5例 (10%) であった。前治療ライン数の中央値は2 (範囲1-3以上) であり、1ラインが13例 (27%)、2ラインが17例 (35%)、3ライン以上が17例 (35%) であった。ベースラインにおいて、中枢神経系転移を有する患者は4例 (8.2%) であった。EGFR遺伝子変異は6例 (12%)、ALK融合遺伝子陽性は1例 (2.0%) に認められ、これらはすべて既治療であった。また、局所検査によるHER2遺伝子変異は3例に認められた (Table 1)。

IHC 2+コホートにおける有効性の欠如: IHC 2+コホート (n=29) においては、T-DM1治療による客観的奏効 (CRまたはPR) は1例も認められず、主要評価項目であるORRは 0% (95% CI 0.0-11.9%) であった。病勢安定であるSD (stable disease) は8例 (28%)、病勢進行であるPD (progressive disease) は16例 (55%) であり、評価不能は5例 (17%) であった。この結果、6ヶ月時点のCBRは 7% (2/29, 95% CI 1-23%) と極めて限定的であった。IHC 2+群におけるPFS中央値は 2.6 months (95% CI 1.4-2.8) であり、OS中央値は 12.2 months (95% CI 3.8-23.3) であった。腫瘍縮小効果の評価においても、IHC 2+群では明確な腫瘍縮小を示す症例はほとんど観察されず、大半の症例で標的病変の増大または早期の病勢進行が認められた (Figure 1) (Figure 2)。

IHC 3+コホートにおける抗腫瘍活性シグナル: IHC 3+コホート (n=20) においては、4例に部分奏効であるPR (partial response) が確認され、主要評価項目であるORRは 20% (95% CI 5.7-43.7%) に達した。また、SDが4例 (20%)、PDが11例 (55%) であり、CBRは 30% (6/20, 95% CI 12-54%) であった。奏効が得られた4例におけるDoRはそれぞれ2.9、7.3、8.3、10.8ヶ月であり、一部の症例では長期にわたる治療効果の維持が示された。IHC 3+群におけるPFS中央値は 2.7 months (95% CI 1.4-8.3) であり、OS中央値は 15.3 months (95% CI 4.1-NE) であった。生存期間の比較において、IHC 3+群 vs IHC 2+群のPFSのハザード比は HR 0.83 (95% CI 0.45-1.53, p=0.55) であり、OSのハザード比は HR 0.81 (95% CI 0.41-1.60, p=0.54) と、数値的な改善傾向はみられるものの統計的有意差には至らなかった (Figure 2)。

探索的バイオマーカー解析とHER2増幅・変異の併存: 探索的バイオマーカー解析において、IHC 3+群はIHC 2+群と比較して、ISHによるHER2遺伝子増幅陽性率 (55% [11/20] vs 17% [5/29])、およびNGSによるHER2遺伝子増幅陽性率 (42% [5/12] vs 0% [0/12]) が高いことが示された。T-DM1の奏効例4例の詳細な解析では、3例にISHによるHER2遺伝子増幅 (HER2/CEP17比 ≥ 2) が認められ、NGSデータが存在する3例中2例で遺伝子コピー数異常である CNA (copy number alteration) としてHER2遺伝子コピー数増加 (≥ 5) が確認された。また、奏効例のうち2例にはHER2遺伝子変異が併存しており、1例は G776_V777>VCV 変異 (ここでのVCは valine-cysteine (VC) を指す)、もう1例は機能不明の遺伝子再構成である RA (rearrangement) であった。一方で、qRT-PCRによるHER2 mRNA発現レベルについては、奏効例4例中1例のみが中央値 (7.26) 超であり、mRNA発現量単独では治療効果を予測する明確なカットオフ値を同定できなかった。この結果は、HER2 IHC単独ではT-DM1の治療効果を予測するバイオマーカーとして不十分であることを示している (Table 3) (Table 4)。

安全性プロファイルと有害事象の発生状況: T-DM1の投与期間中央値は3.6ヶ月 (範囲0-24.8) であった。安全性評価対象となった49例中45例 (92%) に何らかの有害事象が発生した。Grade 3以上の有害事象は10例 (20%) に認められ、複数例で報告されたのは倦怠感 (n=2, 4.1%) のみであった。Grade 4の有害事象は、脳転移の既往がある患者における痙攣が1例 (2.0%) 報告された。有害事象による死亡 (Grade 5) は認められなかった。治療中止に至った有害事象は2例 (4.1%) であり、それぞれGrade 2の注入関連反応およびGrade 3のインフルエンザ感染によるものであった。血小板減少症 (Grade 3がn=1, 2.0%) や注入関連反応 (Grade 3がn=1, 2.0%)、肝毒性 (Grade 1-2がn=5, 10%) など、乳癌における既報と同様の有害事象が観察されたが、新たな安全性シグナルは検出されず、優れた忍容性が確認された (Table 2)。

考察/結論

本研究は、既治療のHER2過剰発現進行NSCLC患者において、T-DM1がIHC 3+群で20%のORRと30%のCBRを示す一方で、IHC 2+群では奏効が得られないことを明らかにした。

先行研究との違い: これまでの乳癌や胃癌におけるHER2標的治療の開発においては、HER2過剰発現 (IHC 3+) と遺伝子増幅が高度に一致しており、IHC単独でのスクリーニングが有効であった。しかし、NSCLCを対象とした本研究の結果はこれらと異なり、NSCLCにおいてはHER2過剰発現と遺伝子増幅・変異の一致率が極めて低いという腫瘍生物学的な相違を浮き彫りにした。また、HER2変異陽性NSCLCを対象としたT-DM1の先行研究である Hyman et al. Nature 2018 や、HER2異常を標的としたチロシンキナーゼ阻害薬の試験である Kris et al. AnnOncol 2015 と比較して、本試験におけるIHC 3+群のORR (20%) は控えめな結果にとどまった。これは、単にタンパク質の過剰発現のみを指標とする患者選択では、真にHER2シグナルに依存している腫瘍を十分に絞り込めないことを示唆している。

新規性: 本研究は、進行NSCLCにおいてT-DM1の治療効果と詳細な分子プロファイル (IHC、ISH、NGS、mRNA) との相関を包括的に解析した初の第II相試験である。本研究で初めて、T-DM1に対する良好な奏効を示した症例の多くに、HER2過剰発現 (IHC 3+) に加えてHER2遺伝子増幅やHER2遺伝子変異が併存していることが新規に示された。この知見は、NSCLCにおけるHER2標的治療の感受性決定因子が、単一のバイオマーカーではなく、複数のゲノム異常の相互作用によるものであることを強く示唆している。

臨床応用: 本研究の臨床的意義として、今後の臨床現場におけるHER2陽性NSCLCのスクリーニング戦略に重要な方向転換を促した点が挙げられる。HER2 IHC単独での患者選択は不十分であり、今後はNGSやISHを組み合わせた包括的なゲノムプロファイリングが不可欠である。また、EGFR-TKIに対する耐性機序としてHER2遺伝子増幅が知られており Takezawa et al. CancerDiscov 2012 Planchard et al. AnnOncol 2015、これらの耐性克服治療としてのT-DM1の臨床応用の可能性も考えられる。

残された課題: 今後の検討課題として、本試験が49例という小規模な単群試験であるため、より大規模な検証が必要である。また、中央判定IHCの閾値設定や、より強力なバイオバイパス効果を持つ次世代ADCの登場に伴う治療シークエンスの確立が求められる。腫瘍の異質性 (heterogeneity) や、アーカイブ組織と新規生検組織におけるHER2発現の乖離についても、今後の研究で解決すべき重要な limitation である。

方法

本試験は、多施設共同、単群、オープンラベルの第II相臨床試験として実施された (試験識別子: NCT02289833)。対象患者は、プラチナベースの化学療法後に病勢進行した局所進行または転移性のNSCLC患者であり、EGFR遺伝子変異またはALK融合遺伝子陽性の場合は、対応するチロシンキナーゼ阻害薬であるTKI (tyrosine kinase inhibitor) による治療歴を有することを必須とした。スクリーニング時に、保存腫瘍組織または新規生検組織を用いて中央判定によるHER2 IHC検査 (Ventana Pathway HER2 (4B5) アッセイ) を実施し、IHC 2+ (弱〜中等度の完全、基底側、または側面の細胞膜染色が10%以上の腫瘍細胞に認められる) またはIHC 3+ (強度の完全、基底側、または側面の細胞膜染色が10%以上の腫瘍細胞に認められる) の患者を適格とした。患者はIHC 2+コホートとIHC 3+コホートに層別化され、T-DM1 3.6 mg/kgを3週ごとに静脈内投与された。主要評価項目は、治験責任医師が Eisenhauer et al. EurJCancer 2009 に基づく RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) v1.1 に従って判定したORRとした。副次評価項目には、PFS、奏効持続期間であるDoR (duration of response)、6ヶ月時点の臨床的有用率であるCBR (clinical benefit rate)、OS、および安全性が含まれた。統計解析では、各コホートにおいてSimonの2段階デザインが適用され、Kaplan-Meier法を用いてPFSおよびOSの生存曲線が推定された。探索的バイオマーカー解析として、ISHによるHER2/CEP17 (chromosome enumeration probe 17) 比およびHER2コピー数、FMI (Foundation Medicine, Inc.) によるNGSを用いた遺伝子変異および増幅状況、qRT-PCRによるHER2 mRNA発現レベルの測定が行われ、治療反応性との相関が評価された。