• 著者: Annie Roys, Xing Chang, Yang Liu, Xiaobo Xu, Yingliang Wu, Daiying Zuo
  • Corresponding author: Daiying Zuo (Department of Pharmacology, Shenyang Pharmaceutical University, Shenyang, China)
  • 雑誌: Cancer Chemotherapy and Pharmacology
  • 発行年: 2019
  • Epub日: 2019-06-29
  • Article種別: Review Article
  • PMID: 31256210

背景

肺がんは世界の男女ともにがん死亡の主要因であり、NSCLC (non-small cell lung cancer) が全肺がんの 80-85% を占める。NSCLC には EGFR 変異、KRAS 変異、ALK 再構成、ROS1 再構成など複数の分子サブタイプが存在し、それぞれ対応する TKI (tyrosine kinase inhibitor) による標的治療が確立されてきた (Takeuchi et al. NatMed 2012)。ROS1 (c-ros oncogene 1) は染色体 6q22 に位置する受容体チロシンキナーゼをコードする癌原遺伝子で、ALK と高いキナーゼドメイン相同性を持ち、野生型 ROS1 の生理的リガンドは未同定である。ROS1 遺伝子再構成は肺腺癌の約 1-2%、全 NSCLC の約 1.4% に認められるドライバー変異であり、Bergethon et al. JClinOncol 2012 がその分子クラスとしての独立性を包括的に示した。ROS1 陽性 NSCLC は若年・非喫煙・腺癌の患者に多く、脳転移リスクが高いという臨床的特徴を持つ。

Crizotinib は ALK/MET/ROS1 多標的 TKI として開発され、ROS1 陽性進行 NSCLC に対して FDA 承認を得た唯一の分子標的薬である (Shaw et al. NEnglJMed 2014)。主要試験での PFS 中央値 19.2 ヶ月と優れた有効性を示したが、ほぼすべての患者で獲得耐性による疾患進行が生じることが主要な臨床的障壁であった。特に、(1) crizotinib が血液脳関門 (BBB) を十分に透過できず CNS 転移例への有効性が限られること、(2) キナーゼドメイン二次変異や EGFR・KIT などのバイパスシグナル活性化による多様な耐性機序が存在すること、(3) これらの耐性を克服できる次世代 ROS1 阻害剤のエビデンスが断片的であったことが、臨床上の gap in knowledge として認識されていた。

目的

ROS1 陽性 NSCLC における crizotinib 耐性の分子機序 (キナーゼドメイン二次変異・バイパスシグナル活性化) を体系的に整理し、耐性克服を目指す次世代 ROS1 阻害剤 (lorlatinib、entrectinib、ceritinib、ropotrectinib、cabozantinib 等) の前臨床および初期臨床エビデンスを包括的にレビューすること。

結果

ROS1 陽性 NSCLC の疫学的特徴と crizotinib 1 次治療成績:ROS1 再構成は肺腺癌の約 1-2%、全 NSCLC の約 1.4% に認められ、若年・非喫煙・腺癌という特定の患者層に集積する。2007 年にグリオブラストーマでの ROS1 再構成が初報告されて以降、NSCLC を中心に胆管癌・卵巣癌・胃癌・炎症性筋線維芽細胞腫など多癌腫で同定されている。ROS1 の検出には FISH (dual-colour break-apart probe) が gold standard とされるが、IHC・RT-PCR・NGS も補完的に使用される。Crizotinib (Xalkori) は本来 MET 阻害薬として開発されたが ALK および ROS1 に対する顕著な活性を持ち、FDA 承認を受けた唯一の ROS1 標的治療薬である。Shaw et al. (2014) の主要試験 (n=50) では ORR 72% (95% CI: 58-84%)、PFS 中央値 19.2 ヶ月という成績が報告され、ROS1 腫瘍の crizotinib への高い依存性が示された。また、ペメトレキセドも ROS1 陽性腫瘍に対して高い感受性を持ち、ROS1 融合陽性の肺腺癌患者では ORR 57.9%、DCR 89.5%、PFS 中央値 7.5 ヶ月とドライバー変異陰性例を上回る成績が報告されており、ROS1 融合陽性は化学療法レジメンにおける予後良好因子でもある。Stage IV ROS1 陽性 NSCLC の 36% に脳転移が認められ (Patil et al.)、crizotinib の BBB 透過性の限界から CNS 移行に優れる治療薬の必要性が高い (Fig 1)。

crizotinib 耐性を引き起こすキナーゼドメイン二次変異の全容:ROS1 キナーゼドメイン内の点変異は、crizotinib 耐性の最も重要な分子機序であり、耐性例全体の約 40% に G2032R 変異が検出され、獲得変異を伴う生検サンプルの 4/5 に同変異が存在する (Table 1)。G2032R はコドン 2032 のグリシン→アルギニン置換で、kinase hinge 領域の solvent-front に生じる立体障害によって crizotinib の薬剤結合を物理的に妨げる。この変異は薬理学的観点から最も難治性の耐性変異とされ、TWIST1 発現の転写的上昇を介した EMT (上皮間葉転換) 誘導と crizotinib 耐性の亢進が in vitro で示された。D2033N はコドン 2033 のアスパラギン酸→アスパラギン置換で、ATP 結合部位の静電ポテンシャル変化と周囲残基の再配向により高度耐性を誘導する。L2155S は SLC34A2 (solute carrier family 34 member 2)-ROS1 融合を持つ HCC78 細胞株から同定された新規変異で、蛋白機能異常を耐性機序とする。S1986Y/F (EZR-ROS1 患者で同定) はセリン→チロシン/フェニルアラニン置換で活性部位へのアクセスを阻害しつつキナーゼ活性を亢進させる。L2026M は gatekeeper 位置 (コドン 2026 のロイシン→メチオニン置換) に生じる変異で、同位置の EGFR T790M や ALK L1196M と類似した機序を持つ (Table 1)。これらの変異はそれぞれ異なる次世代阻害剤感受性プロファイルを示し、治療選択の重要な指針となる。

バイパスシグナル経路活性化による代替耐性機序:キナーゼドメイン変異以外に、バイパスシグナル経路の活性化がもう一つの主要耐性カテゴリーを形成する (Fig 1)。HCC78 および CUTO2 (ROS1-positive lung adenocarcinoma cell line) 細胞株において、KIT 活性化変異 (KITD816G、KIT exon 17 activating mutation at codon 816) の発現が ROS1 の下流シグナルをバイパスし crizotinib 耐性を誘導することが示された。KITD816G 変異自体が発癌性を有し、自己リン酸化と細胞増殖を自律的に促進する。この KIT 変異による細胞性耐性は KIT 阻害薬 (ponatinib) を crizotinib に追加することで in vitro において克服された。一方、ROS1 陽性 HCC78TR (crizotinib-resistant HCC78 derivative cell line) 細胞では EGFR 経路の活性化が報告されており、ROS1 融合蛋白レベルの低下と並行して細胞の生存・増殖シグナルが ROS1 依存性から EGFR 依存性へと切り替わる「シグナルスイッチ」が生じた。この EGFR 経路活性化は ROS1 阻害全般への耐性基盤となりうることから、ROS1 TKI と EGFR 阻害薬の併用が耐性克服の戦略として提唱された。これらのバイパス耐性に対しては、単一阻害薬のスイッチではなく、ROS1 TKI と対応するバイパス経路阻害薬との組み合わせが必要となる。

次世代 ROS1 阻害剤の変異カバレッジと CNS 活性:いずれの次世代阻害剤も crizotinib との相違として BBB 透過性の向上と変異カバレッジの拡大が特徴となっている (Fig 2)。Lorlatinib はマクロサイクリック構造の第 3 世代 ALK/ROS1 TKI で、良好な CNS 移行性を持ち D2033N・S1986F/Y・L2026M に有効であるが、G2032R への活性は構造的制約から限定的である。ALK 陽性 NSCLC では breakthrough therapy 指定を受け、ROS1 での評価も進行中であった。Cabozantinib は VEGFR2 (vascular endothelial growth factor receptor 2)・RET・MET 等の多標的 TKI で甲状腺髄様癌・腎細胞癌に FDA 承認を持ち、野生型 ROS1 に加えて G2032R および D2033N 変異 ROS1 に対する前臨床での有効性が示された (Table 1)。Crizotinib より低用量で活性を示すが副作用管理が課題である。Ceritinib は第 2 世代 ALK/ROS1 TKI で L2026M に有効だが G2032R 等への活性はなく crizotinib 未治療例に限定的に有効である。Entrectinib は ROS1/TRK/ALK 多標的 TKI で BBB 透過性に優れ crizotinib 未治療の ROS1 陽性 NSCLC で有効だが、G2032R・L2026M・D2033N 変異耐性例には効果がない。Ropotrectinib (TPX-0005) は ROS1/TRK/ALK キナーゼ阻害薬で、crizotinib や entrectinib より小分子の構造により ATP 結合部位中心に結合し G2032R の立体障害をバイパスできる設計となっており、野生型・変異型 ROS1 双方を阻害する。前臨床研究では ropotrectinib の野生型 ROS1 に対する IC50 は 1.4 nM、G2032R 変異型 ROS1 に対する IC50 は 2.7 nM と報告され、G2032R に対してほぼ不活性な crizotinib (IC50 > 100 nM) と比較して約 35-fold 以上の活性優位性が示された。さらにバイパス耐性機序にも有効性を示し、2017 年に FDA 希少疾病指定を取得の上、第 I 相臨床試験 (TRIDENT-1 先行フェーズ) が進行中であった。Brigatinib はネイティブ ROS1 を阻害するが G2032R には無効、foretinib (開発中止) は G2032R 含む変異型 ROS1 に前臨床での有効性が示されていた。

CNS 転移への対応戦略と薬剤選択の総括:Stage IV ROS1 陽性 NSCLC の 36% に脳転移が認められる現状から、BBB 透過性は薬剤選択の重要な考慮事項となる。Crizotinib の BBB 透過性の限界は全脳放射線治療 (whole brain radiotherapy) または定位照射 (stereotactic radiation) による補完を必要とする。CNS 移行性に優れた選択肢として lorlatinib・ropotrectinib・ceritinib・entrectinib が挙げられるが、ceritinib と entrectinib は crizotinib 耐性腫瘍には無効であり crizotinib 未治療例または不耐容例に適用が限られる (Fig 2)。Lorlatinib と ropotrectinib は CNS 活性・広域変異カバレッジ・バイパス耐性克服能を兼備し、最有望な次世代候補として位置づけられた。ROS1 TKI と化学療法・免疫療法の組み合わせも奏効率向上の可能性があるが、毒性増大のリスクを伴うことから慎重な検討が必要である。

考察/結論

Shaw et al. (2014) による crizotinib 単剤有効性の確立や Bergethon et al. (2012) による ROS1 融合の分子クラス同定など先行研究は crizotinib の有効性または ROS1 分子クラスの確立に主眼が置かれており、獲得耐性後の次世代 TKI 選択戦略は断片的にしか記述されていなかった。本総説はこれらの先行研究と異なり、ROS1 陽性 NSCLC の crizotinib 耐性機序を G2032R を筆頭とする 5 種のキナーゼドメイン変異とバイパスシグナル活性化に体系化し、変異特異的な感受性プロファイルを次世代阻害剤と対応付けた点でこれまでの研究と異なる貢献をしている。特に G2032R が全耐性例の約 40% を占める最難治性の変異であり、これに対して有効な阻害剤が ropotrectinib と cabozantinib に限られることを明示した点は、先行研究では整理されていなかった重要な新規な知見である。

臨床応用の観点から、ROS1 陽性 NSCLC の治療戦略は crizotinib 1 次治療後の耐性獲得時に再生検 (tissue biopsy または liquid biopsy) によって耐性機序を同定し、それに基づいて次世代阻害剤を選択する逐次戦略が合理的である。キナーゼドメイン変異 (特に G2032R) には ropotrectinib が、D2033N・S1986Y/F・L2026M には lorlatinib が有望な選択肢となる。一方、EGFR や KIT バイパス活性化による耐性には ROS1 TKI と EGFR/KIT 阻害薬の併用戦略が求められる。CNS 転移の有無も治療選択に影響し、lorlatinib と ropotrectinib が BBB 透過性とキナーゼ変異カバレッジの両立という観点で最も有望であることが示された。

残された課題は複数ある。第一に、今後の検討として ropotrectinib・lorlatinib の大規模第 II/III 相試験データの成熟が必要で、特に G2032R を持つ耐性例への治療効果を前向きに検証することが求められる。第二に、ROS1 融合パートナーの差異 (CD74-ROS1 vs EZR-ROS1 vs SLC34A2-ROS1 等) が薬剤反応性に与える影響の臨床的検証が不足している。第三に、crizotinib vs 次世代 TKI の 1 次治療最適化という更なる検討も重要課題となっている。第四に、液体生検を用いたリアルタイム耐性モニタリングの確立と、臨床現場でのルーチン化が今後の展望として期待される。第五に、ROS1 TKI と免疫チェックポイント阻害薬との有効な組み合わせ戦略の臨床的探索が limitation として残されている。ROS1 陽性 NSCLC は NSCLC 全体では少数派だが、ALK 陽性 NSCLC の治療発展モデルを踏まえた急速な進展が期待される個別化医療の代表的疾患である。

方法

PubMed および ClinicalTrials.gov を中心に 2000-2019 年の ROS1 関連基礎・臨床研究を系統的に検索した。検索語は「ROS1 rearrangement」「crizotinib resistance」「next-generation ROS1 inhibitor」「ROS1-positive NSCLC」とし、英語査読済み論文を選定の対象とした。ROS1 遺伝子再構成・crizotinib 耐性・次世代 TKI を主要キーワードとして文献を選定し、基礎 (in vitro/in vivo 前臨床モデル) および臨床研究を統合した。臨床試験データの統計指標としては、Kaplan-Meier 法による生存曲線推定、log-rank test によるサブグループ間比較、Cox 比例ハザードモデルによるハザード比 (HR) と 95% 信頼区間 (CI) の算出を主要統計手法として各研究から集約した。前臨床データについては各薬剤の IC50 値 (in vitro での半数抑制濃度、キナーゼ阻害活性の定量指標) および細胞増殖抑制率を比較指標とした。各研究の ORR、PFS、DCR などの有効性指標、ならびに耐性変異の検出頻度を集約・比較した。ROS1 融合の検出には FISH (蛍光 in situ ハイブリダイゼーション)、IHC (免疫組織化学)、RT-PCR (リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応)、NGS (次世代シーケンシング) の各手法を概説した。