- 著者: Hofman V, Rouquette I, Long-Mira E, Piton N, Chamorey E, Heeke S, Vignaud JM, et al.
- Corresponding author: Paul Hofman (Université Côte d’Azur, Laboratory of Clinical and Experimental Pathology, Nice, France)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-04-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 30999109
背景
ROS1遺伝子再構成は、進行性および転移性肺腺癌 (LUAD: lung adenocarcinoma) の約1%から2%に認められる極めて重要なドライバー遺伝子変異であり、crizotinibをはじめとするROS1チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI: tyrosine kinase inhibitor) の治療標的となるため、全例でのスクリーニングが強く推奨されている Shaw et al. NEnglJMed 2014。従来のゴールドスタンダードは蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH: fluorescence in situ hybridization) であるが、ROS1タンパク質の発現を免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) で検出する方法は、より広く利用可能であり、迅速、安価、かつ組織節約的なスクリーニング手段として有用であると考えられている。IHCは機能的な遺伝子産物の発現を示す可能性があり、これは効果的な薬剤標的化に必要である Davies et al. ClinCancerRes 2013。
既存のROS1 IHCクローンD4D6 (Cell Signaling Technology) は高感度であるものの、特異度に課題があり、偽陽性が問題となることが報告されている。このため、D4D6 IHC陽性の場合、特に中等度から強度の染色強度やびまん性パターンを示す腫瘍では、ROS1再構成の確認のためにFISHによる追加検査が推奨されている。しかし、既存のIHCアッセイの診断性能にはばらつきがあり、特に大規模コホートにおける新規抗体の評価が不足している。日常臨床における各抗体の特性理解の重要性が示されているものの、大規模な検証コホートにおける直接比較データは未確立であり、最適なスクリーニングアルゴリズムにおけるカットオフ値の基準も不明なままであった。このように、新規抗体SP384の診断精度を検証するための大規模な多施設共同研究のデータが決定的に不足しているという課題が存在していた。さらに、各抗体の判読者間における診断基準の一致度や、臨床的な薬剤治療反応性との相関についても、十分な検証がなされておらず、日常臨床への導入に向けた大きな障壁となっていた。このように、日常臨床の現場で信頼できる簡便なスクリーニング手法の確立には未だ多くの課題が残されており、新規抗体SP384の有用性を多角的に実証する研究が強く望まれていた。
目的
本研究は、新規ROS1 IHCクローンSP384の診断精度 (感度、特異度、陰性的中率、陽性的中率) および判読者間一致率を、既存のD4D6クローンおよびROS1 FISHをゴールドスタンダードとして比較検討することを目的とした。これにより、SP384クローンの日常臨床への導入可能性を評価し、ROS1再構成検出におけるIHCの最適な使用法を確立することを目指した。さらに、crizotinib治療を受けた患者におけるIHC染色性と治療反応性との相関についても評価を行い、臨床的有用性を検証した。
結果
訓練コホートにおけるIHC染色パターンと感度: ROS1 FISH陽性51例の訓練コホートにおいて、SP384クローンは40例 (78%) で3+ (強陽性)、10例 (20%) で2+ (中等度陽性)、1例 (2%) で1+ (弱陽性) の染色を示した。一方、D4D6クローンは染色強度の幅が広く、3+が15例 (30%)、2+が16例 (31%)、1+が20例 (39%) であった (Table 1)。カットオフを≥1+とした場合、両クローンとも感度は100% (95% CI 93.02-100%) であった。しかし、カットオフを≥2+とした場合、SP384の感度は98.04% (95% CI 89.55-99.95%) であったのに対し、D4D6の感度は60.78% (95% CI 46.11-74.16%) と大幅に低下した (Table 1) (Figure 1)。SP384のHスコアは50-300の範囲であったのに対し、D4D6は5-300の範囲であり、SP384の方が高い染色強度を示唆した。
検証コホートにおける診断性能 (≥1+カットオフ): 714例の検証コホート (ROS1 FISH陽性9例、1.3%) において、カットオフを≥1+とした場合、両IHCクローンとも感度は100% (95% CI 66.37-100%) であった。特異度はD4D6が97.87% (95% CI 96.51-98.80%) であったのに対し、SP384は87.38% (95% CI 84.70-89.74%) であり、D4D6の方が高かった。正確度もD4D6が97.90% (95% CI 96.56-98.82%)、SP384が87.54% (95% CI 84.89-89.87%) であった (Table 1)。SP384では6例 (67%) が3+、2例 (22%) が2+、1例 (11%) が1+の染色を示し、D4D6では3例 (33%) が3+、3例 (33%) が2+、3例 (33%) が1+の染色を示した。
検証コホートにおける診断性能 (≥2+カットオフ): カットオフを≥2+とした場合、SP384の感度は88.89% (95% CI 51.75-99.72%)、特異度は91.06% (95% CI 88.71-93.06%) であった。一方、D4D6は感度が66.67% (95% CI 29.93-92.51%) に低下したが、特異度は99.57% (95% CI 98.76-99.91%) と非常に高く、PPVも66.67% (95% CI 37.12-87.14%) であった。正確度はD4D6が99.16% (95% CI 98.18-99.69%) でSP384の91.04% (95% CI 88.70-93.03%) を上回った (Table 1) (Figure 3)。この結果は、D4D6がより高い特異度と正確度を提供することを示唆する。
判読者間一致率と染色パターン: 判読者間一致率は、D4D6クローンで中等度から良好 (ICC 0.722-0.874) であったのに対し、SP384クローンでは良好から優秀 (ICC 0.830-0.956) であった。SP384は染色が強く、判読が容易である傾向が認められた。SP384クローンで解析されたほとんどの症例では、びまん性の細胞質染色が観察され、膜染色を伴う場合もあった (Figure 2)。IHCスコアとFISHのシグナル割合との間に有意な相関は認められなかった (Spearman’s rho = 0.508; 95% CI 0.19-0.72)。
crizotinib治療反応性との相関: 訓練コホートにおいて、ROS1 FISH陽性でcrizotinib治療を受けた患者の治療反応性を評価した Mazieres et al. JClinOncol 2015。3ヶ月後、18%の患者が完全奏効 (CR: complete response)、19%が部分奏効 (PR: partial response)、19%が安定疾患 (SD: stable disease)、44%が進行性疾患 (PD: progressive disease) を示した。合計で56%の患者が3ヶ月後に疾患制御を達成した。しかし、crizotinib治療に対する反応性 (RECIST 1.1) とIHCクローン間 (SP384 vs D4D6) に有意な差は認められず、FISHによる再構成腫瘍細胞の割合との間にも有意な相関はなかった (Student’s t-test, p = 0.306)。進行性疾患を示した患者2例の次世代シーケンシング (NGS: next-generation sequencing) 解析では、1例においてCTNNB1遺伝子変異 (p.S45F, アレル頻度 43%) が検出され、耐性機序との関連が示唆された McCoach et al. ClinCancerRes 2018。
考察/結論
先行研究との違い: これまでの研究ではD4D6 IHCの感度は高いものの特異度が低いことが報告されていたが、本研究の結果はこれらと対照的である。本研究ではD4D6が特定のカットオフ (≥2+) で非常に高い特異度 (99.57%) を示す一方で、感度が大幅に低下する (66.67%) ことが明らかになった。これは、先行研究で示されたD4D6の感度 (97-98%) とは対照的であり、カットオフ値の選択が診断性能に大きく影響することを示す。
新規性: 本研究は、新規ROS1 IHCクローンSP384の診断性能を、ROS1 FISHおよび既存のD4D6 IHCと比較した、大規模多施設コホートにおける本研究で初めての評価である。SP384は染色強度が高く、判読者間一致率に優れることが示された。SP384クローンは、≥1+カットオフではD4D6と同等の感度 (100%) を示したが、特異度 (87.38%) はD4D6 (97.87%) より低かった。この結果は、SP384をスクリーニングツールとして用いる場合、偽陽性率が約10%増加し、FISH確認が必要な症例が増える可能性を示唆する。
臨床応用: ROS1 IHCは、その簡便さ、迅速性、費用対効果の高さから、ROS1再構成検出のスクリーニングツールとして臨床現場で非常に有用である。特に、IHC陰性例 (≥1+以下) ではFISHによる確認が不要となるため、不必要なFISH検査を回避し、組織検体を節約できるという臨床的意義がある。しかし、使用する抗体クローンやカットオフ値の選択が診断性能に大きく影響するため、各施設での独立したバリデーションが臨床応用前に必須である。
残された課題: 今後の検討課題として、NGSとの比較評価や、細胞診検体へのSP384クローンの適用可能性の検討が挙げられる。また、小組織生検において、ALK、BRAF V600E、PD-L1などの他の予測バイオマーカーと組み合わせた多重IHCアッセイの一部としてROS1 IHCを統合することも、今後の方向性として考えられる。本研究のlimitationとして、ROS1陽性例の治療反応性との相関が認められなかった点があり、さらなる症例蓄積による検証が必要である。
方法
本研究はフランスの多施設共同のレトロスペクティブコホート研究 (retrospective cohort study) として実施された。まず、ROS1 FISH陽性の肺腺癌51例からなる訓練コホートを構築した。次に、2006年から2017年の間に連続的に診断された714例の肺腺癌からなる大規模な検証コホートを用いた。検証コホートにおけるROS1 FISH陽性率は9例 (1.3%) であった。本研究は地域の倫理委員会 (Human Research Ethics Committee, Nice University Hospital Center/hospital-related Biobank BB-0033-00025) の承認を得て実施された。
ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE: formalin-fixed paraffin-embedded) 組織標本に対し、SP384クローン (Ventana, OptiView DAB検出系) とD4D6クローン (Cell Signaling Technology, 1:50希釈, ultraView DAB検出系) を用いてIHCを実施した。IHC染色はVentana Ultra Benchmark自動染色装置で実施された。3名の熟練した胸部病理医がFISH結果を盲検化した状態で、染色強度 (0: 陰性, 1+: 弱陽性, 2+: 中等度陽性, 3+: 強陽性) と染色細胞の割合に基づいて独立して判読した。陽性カットオフは2種類設定された: (1) ≥1+ (任意の割合の腫瘍細胞で染色陽性)、(2) ≥2+ (30%を超える腫瘍細胞で中等度以上の染色)。
ROS1 FISH解析は、Abbott Molecular社のLSI (locus-specific identifier) ROS1 (Tel) SpectrumOrangeプローブおよびLS1 (locus-specific identifier 1) ROS1 (Cen) SpectrumGreenプローブ、またはZytoLight SPEC (specification) ROS1 Dual Colour Break Apartプローブを用いて実施された。FISH陽性は、100個以上の腫瘍核において15%以上の腫瘍細胞でスプリットシグナルまたは孤立した3’セントロメア側 (緑色シグナル) パターンが認められた場合と定義された。統計解析にはRソフトウェア (バージョン3.2.2) を用い、感度、特異度、陽性的中率 (PPV: positive predictive value)、陰性的中率 (NPV: negative predictive value)、正確度を算出した。統計手法として、判読者間一致率は級内相関係数 (ICC: intraclass correlation coefficient) およびkappa係数を用いて評価された。また、ROS1 IHCステータスとcrizotinib治療患者のRECIST 1.1に基づく奏効との相関は、対応のあるt検定 (paired Student’s t-test) を用いて評価された。