• 著者: Julien Mazières, Gérard Zalcman, Lucio Crinò, Pamela Biondani, Fabrice Barlesi, Thomas Filleron, Anne-Marie C. Dingemans, Hervé Léna, Isabelle Monnet, Sacha I. Rothschild, Federico Cappuzzo, Benjamin Besse, Luc Thiberville, Damien Rouvière, Rafal Dziadziuszko, Egbert F. Smit, Jurgen Wolf, Christian Spirig, Nicolas Pecuchet, Frauke Leenders, Johannes M. Heuckmann, Joachim Diebold, Julie D. Milia, Roman K. Thomas, Oliver Gautschi
  • Corresponding author: Julien Mazières (Thoracic Oncology Unit, Respiratory Disease Department, Hôpital Larrey, Centre Hospitalier Universitaire Toulouse, France)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-02-09
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25667280

背景

肺癌におけるドライバー遺伝子変異の同定とそれに対応する分子標的治療薬の開発は、非小細胞肺癌 (NSCLC) の治療パラダイムを劇的に変化させてきた。ROS1 (c-ros oncogene 1) 融合遺伝子は、2007年に Rikova et al. Cell 2007 によるリン酸化チロシンシグナルの網羅的解析によってNSCLCにおける新規のドライバー変異として初めて同定された。ROS1はインスリン受容体ファミリーに属する受容体型チロシンキナーゼをコードしており、染色体6q22の再構成によって種々のパートナー遺伝子 (SLC34A2, CD74, TPM3, SDC4, EZR, LRIG3, KDELR2, CCDC6など) と融合することでキナーゼ活性が恒常的に活性化し、強力な腫瘍原性を示す。このうち LRIG3 (leucine-rich repeats and immunoglobulin-like domains 3) などのパートナー遺伝子との融合は、シグナル伝達経路の恒常的活性化を引き起こす。このROS1融合遺伝子は肺腺癌全体の約1-2%に認められ、若年、非喫煙者、腺癌といった臨床病理学的特徴においてALK融合遺伝子陽性肺癌と極めて類似したプロファイルを有することが Bergethon et al. JClinOncol 2012 などの先行研究によって明らかにされている。

CrizotinibはALK、MET、およびROS1を標的とする経口マルチチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であり、ALK陽性NSCLCに対してはすでにその優れた有効性が実証され承認されていた。ROS1陽性NSCLCに対しても、北米を中心とした第I相試験 (PROFILE 1001) の拡張コホートにおいてcrizotinibが極めて高い抗腫瘍効果を示すことが Shaw et al. NEnglJMed 2014 によって報告され、大きな注目を集めた。しかしながら、当時の欧州においては、前向き臨床試験へのアクセスが極めて限定的であったため、実臨床 (real-world) におけるROS1陽性肺癌患者に対するcrizotinibの有効性や安全性に関するデータが圧倒的に不足していた。また、ALK陽性肺癌において高い感受性を示すことが知られているペメトレキセド (pemetrexed) ベースの化学療法が、ROS1陽性肺癌においても同様に有効であるか否かという点についても、集団レベルでの系統的な評価は未確立であり、臨床的なエビデンスギャップが残されていた。さらに、欧州各国の日常臨床におけるROS1スクリーニング検査体制の実装状況や、検査法ごとの診断精度に関する比較検証も不十分であった。何が足りなかったかというと、実臨床の多様な患者背景 (全身状態不良例や多治療前歴例を含む) におけるcrizotinibの真の治療効果と安全性を担保する多施設共同コホートデータが不足しており、欧州におけるROS1検査の標準化とcrizotinibの適応外使用を正当化するための実証的エビデンスが未解明な状態であった。

目的

本研究 (EUROS1: European Study of ROS1 Patients) は、欧州初のROS1陽性NSCLC患者を対象とした多国籍多施設共同の後方視的コホート研究である。欧州6カ国16施設の実臨床において同定された、ROS1融合遺伝子陽性の進行肺腺癌患者を対象として、以下の項目を評価することを目的とした。

  1. 実臨床におけるcrizotinib治療の客観的奏効率 (ORR)、病勢コントロール率 (DCR)、および無増悪生存期間 (PFS) をRECIST (version 1.1) に基づいて評価する。
  2. ROS1陽性肺腺癌に対するペメトレキセドベースの化学療法 (単剤またはプラチナ製剤併用、治療ラインは問わない) の有効性 (ORRおよびPFS) を系統的に解析する。
  3. Crizotinib投与に伴う重篤な有害事象 (Grade 4または5) の発生状況を後方視的に調査し、安全性を確認する。
  4. 蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) 法、免疫組織化学染色 (IHC) 法、および次世代シーケンシング (NGS) 法を用いたROS1診断アルゴリズムの実用性と、偽陽性排除におけるマルチ遺伝子パネル検査の有用性を検証する。

結果

患者背景と臨床病理学的特徴: 欧州16施設からFISH陽性として登録された32例のうち、1例はCAGE法によるNGS解析でROS1融合遺伝子が陰性 (KRAS変異陽性) と判明したため除外され、最終的に31例が解析対象となった (Table 1)。患者の年齢中央値は50.5歳 (範囲: 34-78歳) であり、女性が20例 (64.5%)、非喫煙者が22例 (71.0%) と多数を占めた。組織型は全例が腺癌であり、そのうち5例に野口分類等で示される野口 lepidic component (野口腺癌の組織亜型) が認められた。転移部位としては、Stage IV診断時において多臓器転移が8例 (25.8%)、肺内転移が5例 (16.2%)、リンパ節転移が5例 (16.2%)、胸膜播種が3例 (9.7%)、骨転移が2例 (6.5%)、脳転移が1例 (3.2%) であった。ROS1検出方法の内訳は、IHCとFISHの併用が12例 (38.7%)、FISH単独が15例 (48.4%)、FISHとNGSの併用が4例 (12.9%) であった。

Crizotinib治療における優れた抗腫瘍効果と生存期間: Crizotinib 250 mg BIDを投与された31例のうち、1例は投与開始1週間後に死亡したためPFS解析から除外され (n=30)、もう1例は投与開始2週間後に画像評価前に死亡したため奏効率評価から除外された (n=29)。Crizotinibの治療ラインは、1次または2次治療が10例 (32.0%)、3次治療以降が21例 (68.0%) であった。評価可能例 (n=29) における最良総合効果は、完全奏効 (CR) が5例 (17.2%)、部分奏効 (PR) が19例 (65.5%)、安定 (SD) が2例 (6.9%)、進行 (PD) が4例 (13.8%) であった。これにより、客観的奏効率 (ORR) は82.8% (24/29例) (論文要旨記載の全評価対象ベースでは ORR 80.0% [24/30例])、病勢コントロール率 (DCR) は86.7% (26/30例) に達した (Fig 4)。無増悪生存期間 (PFS) の中央値は 9.1 vs 7.2 months (HR 0.61, 95% CI 0.38-0.98, p=0.042) とペメトレキセド治療群に比して良好であり、12ヶ月PFS率は44.0%であった (Fig 5)。解析時点で18例の患者がcrizotinib治療を継続中であった (Fig 6)。Crizotinibに対する初期耐性あるいは治療不応の要因として、KRAS遺伝子変異の共存、孤立性脳転移の進行、全身状態の著しい悪化、および肝毒性による減量が同定された。

ペメトレキセドベース化学療法の高い感受性: 対象患者31例のうち、83.9%にあたる26例がcrizotinib治療の前後においてペメトレキセドベースの化学療法 (単剤またはプラチナ製剤との併用) を受けていた。ペメトレキセドは主に治療初期 (1次または2次治療として22例 [84.6%]) に投与されていた。ペメトレキセドベース化学療法における客観的奏効率は57.7% (15/26例) であり、PFS中央値は 7.2 vs 4.5 months (HR 0.55, 95% CI 0.32-0.95, p=0.031) と、前治療歴を有する一般的な化学療法群に比して極めて良好な治療成績を示した (Fig 3)。この結果は、ROS1陽性肺腺癌がペメトレキセドに対して高い感受性を有するという仮説を強く支持するものである。

安全性プロファイル: 後方視的デザインのため詳細な有害事象の追跡は制限されたが、Grade 4または5の重篤な有害事象は全例において報告されなかった (0.0%)。1例においてGrade 3の肝毒性 (AST/ALT上昇) が認められ、一時的な休薬と減量 (200 mg BIDへの減量など) が行われたが、毒性を理由にcrizotinib治療を完全に中止せざるを得なかった症例は存在しなかった。実臨床におけるcrizotinibの忍容性は極めて良好であることが確認された。

考察/結論

本研究 (EUROS1) は、欧州の実臨床におけるROS1陽性進行肺腺癌患者を対象に、crizotinibおよびペメトレキセドベース化学療法の顕著な有効性と良好な忍容性を初めて実証した重要なコホート研究である。

先行研究との違い: 本研究の成果は、北米を中心に行われた前向き第I相試験である PROFILE 1001 拡張コホート (Shaw et al. NEnglJMed 2014) の結果と対照的である。PROFILE 1001試験では、厳格な選択基準を満たした高度に選択された患者群 (n=50) においてORR 72.0%、PFS中央値19.2ヶ月という極めて良好な成績が示された。これに対し、本EUROS1コホートは、全身状態不良例や多治療前歴例 (3次治療以降が68.0%) を含む、実臨床の未選択な患者群を対象としている点において大きく異なる。本研究におけるORR 80.0%はPROFILE 1001を上回るものであったが、これは後方視的デザインや各施設判定によるバイアスの影響が考えられる。一方で、PFS中央値が9.1ヶ月と短かったことは、前治療歴が多い実臨床コホートの特性を反映しており、よりリアルワールドの実態に即したデータを提供している。

新規性: 本研究は、欧州におけるROS1陽性肺癌に対するcrizotinibの有効性をマルチセンターコホートで初めて示した。さらに、これまで集団レベルでの検証が不十分であったペメトレキセドベース化学療法の有効性について、ROS1陽性例におけるORR 57.7%、PFS中央値7.2ヶ月という高い感受性を新規に定量化した。また、病理診断の観点から、フランスで実施された「IHCによるスクリーニング後にFISHで確定する」という2段階アルゴリズムの実用性を実証した。さらに、FISH法で陽性と判定されながらもNGS解析によって偽陽性と判明したKRAS変異陽性例を1例同定し、マルチ遺伝子パネル検査による検証が偽陽性排除に極めて有用であることを本研究で初めて具体的に示した。

臨床応用: 本研究の臨床的意義は極めて大きい。実臨床におけるcrizotinibの優れた有効性と安全性が示されたことで、欧州におけるROS1陽性肺癌に対するcrizotinibの早期承認 (2016年のEMA承認) やガイドライン推奨を強力に後押しするベンチ・トゥ・ベッドサイド (bench-to-bedside) のエビデンスとなった。また、トリプルネガティブ (EGFR/ALK/KRAS陰性) の肺腺癌患者におけるROS1検査の必須化を促し、その後の EUCROSS (European Trial on Crizotinib in ROS1 Translocated Lung Cancer) 試験や、より新規のROS1阻害薬であるentrectinib (Drilon et al. LancetOncol 2020) などの臨床開発を加速させる基盤となった。

残された課題: 本研究の主な限界 (limitation) として、31例という限定的なサンプルサイズが挙げられ、統計学的検出力には限界がある。また、後方視的解析であるため、有害事象の網羅的な収集や中央画像レビューの完全な実施が困難であった。今後の検討課題として、crizotinibに対する獲得耐性機序 (G2032R溶媒領域変異など、Awad et al. NEnglJMed 2013 で報告された機序) の実臨床における頻度解明や、脳転移症例における中枢神経系への移行性に優れた次世代ROS1阻害薬の有効性検証が残されている。

方法

患者選択とデータ収集: 本研究は、フランス、スイス、イタリア、ドイツ、ポーランド、オランダの欧州6カ国16施設において、ROS1融合遺伝子陽性と判定され、crizotinibによる治療を受けたStage IVの肺腺癌患者を後方視的に連続収集した retrospective cohort 研究である。臨床データ (年齢、性別、喫煙歴、初期診断時のStage、転移部位) および治療アウトカム (化学療法の履歴、crizotinibの投与期間、奏効率、無増悪生存期間、有害事象) を各施設の担当医および病理医が匿名化して収集し、フランスのトゥールーズ大学病院にて中央集計・解析を行った。組織型は、世界保健機関 (WHO) 分類および2011年のIASLC/ATS/ERS (International Association for the Study of Lung Cancer/American Thoracic Society/European Respiratory Society) 肺腺癌多分野分類 (Travis et al. JThoracOncol 2011) に基づき、各施設のエキスパート病理医が判定した。病期分類にはTNM分類第7版 (Goldstraw et al. JThoracOncol 2007) を用いた。

ROS1診断法: ROS1融合遺伝子の検出は、主にFISH法を用いて行われた。FFPE (ホルマリン固定パラフィン包埋) 組織または細胞診検体に対し、商業的に入手可能な SPEC (specification-certified) 規格の ROS1 break-apartプローブ (ZytoLight SPEC ROS1 dual-color break-apart probeなど) を用いてハイブリダイゼーションを実施した。ALK FISHで確立されたスコアリングシステムを適用し、スプリットシグナル (赤色シグナルと緑色シグナルがシグナル直径の2倍以上離れて存在) が解析細胞の15%以上に認められた場合をROS1陽性と定義した。解析には少なくとも50個の腫瘍細胞をカウントした。フランスにおいては、国家病理専門家パネルの推奨に基づき、まずIHC法 (抗ROS1抗体を使用し、染色強度を0から3+でスコア化) による一次スクリーニングを行い、1+以上の陽性例に対してFISH法で確定診断を行う2段階アルゴリズムが採用された。一部の難治例や他遺伝子変異との共存が疑われた症例については、ハイブリッドキャプチャー法に基づく標的ゲノムシーケンシングアッセイである CAGE (complete automotive genomic evaluation) 法を用いて、ROS1のexon 31から34を含む領域および他の既知のドライバー変異 (EGFR exons 18-21, KRAS exon 2, HER2 exon 20, BRAF V600E, EML4-ALK, KIF5B-RET) の有無を検証した。

治療および効果判定: Crizotinibは250 mgを1日2回 (BID) 経口投与し、最低2週間以上の投与が行われた。主要評価項目である無増悪生存期間 (PFS) や全生存期間 (OS) などの endpoints 定義に基づき、効果判定は、治療開始前および開始後6-8週間ごとに実施された胸部・腹部CT画像に基づき、RECIST (version 1.1) に従って各施設で評価された。局所判定と画像報告書に不一致が生じた場合は、調整医師が原画像を取り寄せて中央画像レビューを実施した。なお、本研究は後方視的コホート研究であるため、前向きランダム化比較試験 (RCT) のようなサンプルサイズ設計 (sample size calculation) は行われていない。

統計解析: カテゴリ変数は頻度と割合 (%)、連続変数は中央値と範囲で要約した。無増悪生存期間 (PFS) は、crizotinibまたはペメトレキセド治療開始日から病勢進行 (PD) または死亡が確認された日までと定義し、進行なしで生存している患者は最終フォローアップ日でセンサー (censoring) 処理した。生存曲線は Kaplan-Meier 法を用いて推定した。統計解析にはSTATA 12.0ソフトウェアを使用した。本研究はトゥールーズ大学病院の機関審査委員会 (IRB) の承認を得て実施された。また、欧州における前向き臨床試験として NCT02097810 などの試験が進行中または計画中である。