- 著者: Sun TY, Stehr H, Suarez CJ, Wakelee HA
- Corresponding author: Heather A. Wakelee (Stanford Cancer Institute, Stanford, CA)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-03-23
- Article種別: Case Report
- PMID: 30914313
背景
進行NSCLC (non-small cell lung cancer) において、治療標的となる遺伝子変異の正確かつ迅速な同定は治療方針決定において中心的役割を担う。NSCLCの約1%でROS1チロシンキナーゼ受容体の再構成が腫瘍増殖のドライバーとなることが知られており、ROS1阻害薬は化学療法より有効であるため、正確な融合遺伝子検出が治療選択に直結する (Lin et al. JThoracOncol 2017)。FISH (fluorescence in situ hybridization) は従来よりROS1再構成のゴールドスタンダード検査とされてきたが、近年はNGS (next-generation sequencing) が複数遺伝子変異を同時検出できる利点から普及しており、複数検出法が利用可能となったことで異なる検査間で結果が矛盾する症例が増加し、診断・治療上の課題となっている。
腫瘍不均一性については、NSCLCにおける多領域シーケンシング研究がサブクローン特異的変異の存在を示してきた。Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017 はNSCLC患者の腫瘍進化を追跡してサブクローン変異が多数存在することを示し、deBruin et al. Science 2014 はゲノム不安定性過程の空間的・時間的多様性を報告した。さらに、Shaw et al. NEnglJMed 2014 によるPROFILE 1001試験はROS1再構成NSCLC患者でクリゾチニブの高い有効性を確立したが、ROS1融合遺伝子のクローン性(truncal変異かsubclonal変異か)については未検討であった。
しかし、これらの多領域シーケンシング研究においてALK (anaplastic lymphoma kinase) やROS1といった融合遺伝子のクローン性についての検討は手薄であり、ROS1融合がサブクローン変異として存在しうるかという基本的な問いは gap in knowledge として残されていた。この知識の欠如は、FISHとNGSの結果が矛盾するという稀な症例においてROS1阻害薬の投与判断を困難にする根本原因であった。
目的
FISH検査でROS1陽性にもかかわらずNGS検査で不一致の結果を示したNSCLCの進行患者n=2例の詳細な臨床経過・分子解析結果を報告し、ROS1融合遺伝子の腫瘍内不均一性と検査法間不一致が診断・治療判断に与える影響を明らかにする。特にROS1融合遺伝子がサブクローン変異として存在しうる可能性を提示し、ROS1阻害薬の治療戦略および臨床試験デザインへの示唆を提供することを目的とした。
結果
症例1: ROS1-OLFM3非機能的融合によるセリチニブ不応と扁平上皮癌への形質転換: 55歳女性の非喫煙者が、肝臓および脳への転移を伴うStage IV肺腺癌として発症した。縦隔リンパ節生検でのFISH検査ではROS1 break-apartシグナルが核の40%に検出され、陽性と判断された (Fig. 1A)。一方、自施設NGSパネルでは、既報のROS1融合遺伝子パートナーとは異なる、ROS1-OLFM3 (olfactomedin 3 gene) 融合が同定されたが、この融合遺伝子はROS1キナーゼドメインを含まない非機能的融合と評価された (Fig. 1C)。FISH陽性結果を優先してセリチニブが開始されたが、3週間後のサーベイランス画像で疾患の有意な進行が認められ、客観的奏効は得られなかった。その後、気管支鏡下腫瘍減量時の検体病理検査では、PIK3CA・TP53・CDKN2A・CDKN1B・NF2・NFE2L2の変異および高PD-L1発現という同一の分子プロファイルを保ちながら、組織型が腺癌から浸潤性高分化扁平上皮癌へと形質転換していた。この時点でのFISH検査ではROS1陽性率が8.5%に低下し (Fig. 1B)、標準カットオフ15%を下回った。カルボプラチン+パクリタキセル+ペムブロリズマブへ変更後も疾患進行が持続し、患者はセリチニブ開始から3ヶ月後に死亡した。
症例2: n=3回のNGS検査が明らかにしたサブクローン性CD74-ROS1融合: 52歳男性(軽喫煙歴)が2015年に脳・骨・筋肉転移を伴うStage IV肺腺癌として発症し、シスプラチン+ペメトレキセドと脳4病変への定位放射線療法で長期疾患制御を達成した。進行後、FISH検査では核の87%でROS1 break-apartシグナルが陽性となり(Cytocell Ltd.社製プローブ使用)、クリゾチニブが開始された。2週間後、同一腫瘍生検検体(約1 cm³、腫瘍細胞含有率80%)を用いた自施設NGSパネルではROS1融合は検出されず、代わりに15% KRAS変異およびU2AF1 (U2 small nuclear RNA auxiliary factor 1 gene) 変異が同定された。患者はクリゾチニブによる症状改善を認めたため治療を継続した。1週間後、同一検体の異なる切片をFoundationOneで解析したところ、一般的なCD74-ROS1融合、U2AF1変異、およびTP53変異が検出された。このNGS結果の相違を受け、自施設NGSパネルを別切片で再実施した結果、CD74-ROS1融合・U2AF1変異・2% KRAS変異・22% TP53変異が確認された (Fig. 2)。n=3回のNGS結果を統合すると、少なくとも2つのサブクローン集団の存在が示唆された: 高KRAS/低TP53クローン(ROS1融合なし)と低KRAS/高TP53クローン(CD74-ROS1融合あり)である。クリゾチニブ投与開始1ヶ月後には部分奏効 (partial response) が確認されたが、3ヶ月後には新規脳転移を伴う疾患進行が認められ別のTKI (tyrosine kinase inhibitor) へ変更となった。
PROFILE 1001試験との比較: 早期耐性はサブクローン性ROS1の直接的影響を示唆: 症例2の治療奏効期間(部分奏効を達成したが3ヶ月で進行)は、Shaw et al. NEnglJMed 2014 によるPROFILE 1001試験で報告されたROS1再構成NSCLC患者での最短PFS (progression-free survival) 14.4ヶ月、median PFS 19.2ヶ月と比較して著しく短期間であった。この極端に短いPFSは、腫瘍内にROS1融合陽性クローンとROS1融合陰性クローンが共存するサブクローン性変異の存在によって説明しうる。クリゾチニブによる治療圧力下でKRAS高発現のROS1陰性サブクローンが選択的に増殖し、3ヶ月での早期進行をもたらした可能性が示唆される。FISHが核の87%でROS1陽性を示す一方でNGS初回検査ではROS1が検出されなかったという事実は、腫瘍の空間的不均一性によって1 cm³という比較的大きな検体内でも単一切片のNGS解析がサブクローン変異を見逃しうることを示している。
考察/結論
先行研究との違い: これまでの研究では、Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017 や deBruin et al. Science 2014 によって多領域シーケンシングによるNSCLCの腫瘍不均一性が示されてきたが、ALKやROS1といった融合遺伝子のクローン性については詳細な検討が不足していた。これまでの研究でROS1融合遺伝子はALKと同様にtruncal(幹クローン)変異として存在すると暗黙に前提とされてきたが、本症例2では同一腫瘍の異なる切片から得られたn=3回のNGS結果が、ROS1融合の空間的分布が不均一であることを明示した。既報のROS1融合遺伝子が全てキナーゼドメインを保持するのと対照的に、症例1のROS1-OLFM3融合はキナーゼドメインを欠いており、FISHで検出される相互融合は機能的でない可能性があることも新たに示された。
新規性: 本研究で初めて、ROS1融合遺伝子がNSCLCにおいてサブクローン変異として存在しうることを具体的な症例をもって示した。症例1では、これまでに報告されていない新規なROS1-OLFM3非機能的融合遺伝子がFISH-NGS不一致の原因として同定された。症例2では、同一腫瘍内の異なる領域でNGS結果が相違し、CD74-ROS1融合がサブクローンとして局在することが新規に確認された。ROS1融合のサブクローン性を示す直接的証拠を提供した点で、これまでに報告されていない重要な知見であり、腫瘍不均一性がFISH-NGS検出不一致の直接的原因となりうることを初めて明示した。
臨床的意義: 本知見は以下の重要な臨床的意義を持つ。第一に、FISH陽性であってもNGSでキナーゼドメインを含まない非機能的融合が検出された場合(症例1)はROS1阻害薬の治療効果が期待できないため、NGSによる融合パートナーとキナーゼドメイン保持の確認が臨床現場での必須事項である。第二に、ROS1融合がサブクローン変異として存在する場合(症例2)は治療圧力下でROS1陰性クローンが増殖し早期耐性を引き起こしうる。著者らは、少なくとも一方の検査でROS1陽性であれば短期フォローアップを前提にROS1阻害薬のトライアルを検討することが合理的であると提案している。さらに重要な臨床応用として、FISH陽性・NGS陰性例を今後のROS1阻害薬臨床試験から除外しないことが提言されており、これは将来の試験デザインに影響を与えうる。
残された課題: 本研究のlimitationとして、n=2という限られた症例数が一般化を制約することが挙げられる。ROS1融合遺伝子のサブクローン性の頻度、予後への影響、および耐性機序との関係を明らかにするためには、より大規模な多施設コホートでの今後の検討が求められる。また、ROS1-OLFM3融合がFISHで検出されながらNGSでキナーゼドメイン含有の相互融合を捉えられなかった技術的背景(イントロン31の捕捉困難性など)についてもさらなる検証が必要である。加えて、液体生検 (liquid biopsy) による非侵襲的なサブクローン動態モニタリングがROS1阻害薬治療中のクローン進化追跡に有用かどうかも今後の重要な検討課題として残されている。
方法
スタンフォード大学がん研究所 (Stanford Cancer Institute) で経験した後ろ向きケースシリーズ(n=2)であり、FISH検査でROS1陽性、かつNGS検査で結果が不一致であった進行NSCLC成人患者を対象とした。症例は医療記録および病理報告書から特定された。ケースレポートの性格上、Cox回帰・log-rank検定・Spearman相関等の正式な統計解析は施行されておらず、臨床経過・分子検査結果・治療反応性を記述的に評価した。
分子診断手法:
- FISH (fluorescence in situ hybridization): ROS1の検出にはbreak-apartプローブを使用した。症例1にはAbbott Molecular社製プローブ、症例2にはCytocell Ltd.社製プローブが用いられた。FISH陽性の標準的カットオフ値は核の15%と設定されている。
- 自施設NGSパネル: スタンフォード大学医療センター開発のハイブリッドキャプチャーベース標的型NGSパネルを使用した。既知のドライバー変異・治療標的変異を網羅的に検出し、悪性胸水患者での包括的ゲノムプロファイリング研究においても検証済みである。
- FoundationOne: Foundation Medicine社による商業的包括的ゲノムプロファイリングサービス (FoundationOne) を症例2の一部解析で実施した。広範な遺伝子パネルを対象としたNGS解析である。
検体採取:
- 症例1: 診断時の縦隔リンパ節生検検体(腺癌期)および気管支鏡による腫瘍減量時の検体(扁平上皮癌変換後)の計2検体を解析した。
- 症例2: 同一腫瘍生検検体(約1 cm³、腫瘍細胞含有率80%)から異なる切片を用いたn=3回のNGS解析を実施し、腫瘍内の空間的不均一性を評価した。第1・第3検査は自施設パネル、第2検査はFoundationOneを使用した。
治療効果評価は画像診断による定期サーベイランスで行い、奏効はRECISTに準じた臨床的評価とした。