- 著者: Jessica J. Lin, Alice T. Shaw
- Corresponding author: Alice T. Shaw (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Department of Thoracic Oncology, Boston, MA)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-08-14
- Article種別: Review
- PMID: 28818606
背景
ROS1遺伝子の転座は2007年に非小細胞肺癌(NSCLC)で初めて記載され (Rikova et al. Cell 2007)、ROS1陽性NSCLCはNSCLC全体の1〜2%を占める治療可能な分子サブタイプとして確立されてきた。米国では年間2,000〜4,500例の新規診断患者が存在すると推定される。2016年3月、ALK/ROS1/METマルチターゲットTKIであるcrizotinibが、PROFILE 1001試験(客観的奏効率 [ORR] 72%、中央値無増悪生存期間 [PFS] 19.2ヶ月)の成績に基づき、ROS1陽性NSCLCに対する米国食品医薬品局(FDA)承認第1号の標的薬となった (Shaw et al. NEnglJMed 2014)。しかし、他の癌遺伝子ドライバー型肺癌と同様に、crizotinibで治療されたROS1陽性肺癌のほぼすべての患者が最終的に獲得耐性を発現し、疾患再発に至る。当時(2017年)crizotinib以外に承認されたROS1標的薬は存在しておらず、次世代TKIの開発と耐性機序の解明が急務であった。特に、crizotinib耐性機序の包括的な理解と、それらを克服する新規薬剤の開発が喫緊の課題として残されていた。
ROS1融合遺伝子の検出法も多様化しており、FISH(蛍光in situハイブリダイゼーション)、IHC(免疫組織化学)、RT-PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)、NGS(次世代シーケンシング)などの手法が用いられるが、それぞれの診断的有用性や最適なアルゴリズムに関する統一見解は未解明な点が多く、臨床現場での標準化が課題であった。例えば、ROS1 IHCは感度約100%・特異度92〜100%と報告されているものの、ALK IHCと比較して解釈が困難であり、偽陽性結果が生じる可能性も指摘されていた (Bubendorf et al. 2016)。また、ROS1陽性NSCLCの臨床病理学的特徴については、ALK陽性NSCLCと類似する点が多いが、脳転移率が有意に低いといった差異も報告されており (Gainor et al. 2017)、これらの詳細な解析が不足していた。
さらに、ROS1融合遺伝子はEGFR変異やALK融合と通常相互排他的であるとされてきたが (Bergethon et al. JClinOncol 2012)、例外的な共存例も報告されており (Lin et al. 2017)、これらの稀なケースにおける治療戦略も未確立であった。これらの背景から、ROS1陽性NSCLCの治療戦略を最適化するためには、耐性機序の解明と新規治療薬の開発、そしてそれらを組み込んだ治療アルゴリズムの確立が不可欠であった。特に、crizotinib耐性後の治療選択肢が限られており、効果的な次世代薬剤の開発が強く求められていた。
目的
本レビューの目的は、ROS1陽性NSCLCの生物学、診断、crizotinibの有効性、crizotinib耐性機序(on-target変異およびoff-target機序)、開発中の次世代ROS1阻害剤の特性と前臨床/臨床成績、および治療アルゴリズムを包括的にレビューし、今後の課題を提示することである。特に、crizotinib耐性変異のスペクトラムと、それらを克服する次世代TKIの活性プロファイルを詳細に比較し、個別化治療の必要性を明確化することを目指した。
また、ROS1陽性NSCLCにおける免疫チェックポイント阻害剤の役割や、バイパス経路による耐性克服のための組み合わせ戦略の開発といった、当時未確立であった治療戦略についても考察を加えることを目的とした。これにより、ROS1陽性NSCLC患者の治療成績向上に資する新たな治療パラダイムを提唱し、未だ残された課題を浮き彫りにすることが本レビューの重要な目標である。各次世代TKIのCNS活性や毒性プロファイルについても詳細に評価し、臨床現場での最適な薬剤選択に貢献することも目的とした。
結果
ROS1融合遺伝子の生物学と多様性: ROS1はキナーゼドメインでALKと49%のアミノ酸相同性、ATP結合部位で77%の同一性を持つ受容体チロシンキナーゼである。2017年時点でNSCLCにおいてCD74、SLC34A2、SDC4、EZR、FIG (fused in glioblastoma gene)、TPM3、LRIG3 (leucine-rich repeats and immunoglobulin-like domains 3 gene)、KDELR2、CCDC6 (coiled-coil domain containing 6 gene)、MSN (moesin gene)、TMEM106B (transmembrane protein 106B gene)、TPD52L1 (tumor protein D52 like 1 gene)、CLTC (clathrin heavy chain gene)、LIMA1 (LIM domain and actin binding 1 gene) の14種類のROS1融合パートナーが報告された (Figure 2)。CD74-ROS1が最多(>40%)である。すべてのROS1融合体でキナーゼドメインが保持され、MAPK/ERK、PI3K/AKT、JAK/STAT3、PTPN6/11経路を活性化し、細胞増殖・生存を促進する。EML4-ALKと異なり、既知のROS1融合パートナーのほとんどは二量化ドメインを持たない (Figure 2A)。ROS1融合遺伝子の発現はNIH3T3およびBa/F3細胞のin vitroでの形質転換とin vivoでの腫瘍形成能を誘導することが複数の研究で示されている。
臨床病理学的特徴と診断法の比較: ROS1陽性NSCLCはALK陽性と同様に若年、非喫煙者、腺癌に濃縮される。稀に大細胞癌・扁平上皮癌での報告もある。ROS1融合はEGFR変異・ALK融合と通常相互排他的であるが (Bergethon et al. JClinOncol 2012 では1,073例で重複なし)、EGFR共変異0.5%、KRAS共変異1.8%という例外的共存例も報告された (Lin et al. 220例コホート)。ROS1陽性はALK陽性に比べ脳転移率が有意に低い (Gainor et al.、初診時19.4% vs 39.1%、5年累積34% vs 73%)。検出法としてはFISH (break-apart probe、≥15%でpositive判定)、IHC (D4D6抗体、感度約100%・特異度92〜100%)、RT-PCR、NGSが用いられる。NGSは多重検査・新規融合検出の点で優れるが、高コスト・大量組織・処理時間の課題がある。アンカーマルチプレックスPCRエンリッチメント法を用いたNGSは、319検体でFISHと比較して感度100%、特異度100%を達成した報告がある (Zheng et al. NatMed 2014)。
Crizotinibの有効性と耐性機序の詳細: PROFILE 1001試験 (n=50) でORR 72%、DCR 90%、中央値PFS 19.2ヶ月の有効性を示し、2016年3月にFDA承認された (Figure 3)。しかし、その後のフランス第II相 (n約30) およびEUROS1後ろ向きコホート (n約30) では中央値PFS 9〜10ヶ月、東アジア第II相 (n=127) では13.4ヶ月と、試験間でPFSに差異が認められた。Crizotinib耐性機序はon-target変異とoff-target機序に大別される。On-target耐性変異は非CNS生検で約50〜60%に検出され、ALKでの20〜25%より高頻度である。最も頻繁に観察される耐性変異はG2032R (solvent-front変異、41%) であり、これはcrizotinib結合を立体障害で阻害する。その他、D2033N、S1986F/Y、L2026M、L1951Rなどが報告された (Figure 4A)。Off-target耐性機序としては、KIT D816G変異によるバイパスシグナル活性化や、EGFR過活性化、EMT (E-cadherin低下・vimentin増加) が孤立症例報告レベルで示唆された。HCC78細胞株を用いた前臨床研究では、EGFRシグナル活性化がcrizotinib耐性における初期の適応的生存応答として機能することが示唆されている。
次世代ROS1阻害剤の特性と耐性変異スペクトラム: 複数の次世代ROS1 TKIが開発中であり、それぞれ異なるキナーゼ阻害スペクトラムと毒性プロファイルを持つ (Figure 4B)。
- Ceritinib: crizotinib未治療例でORR 67%、mPFS 19.3ヶ月、頭蓋内ORR 25%を示した。L2026Mは克服可能だが、G2032R、D2033N、S1986Y/F、L1951Rには無効である。主なAEは下痢 (78%)、悪心 (59%) など。Ba/F3細胞株におけるROS1に対する細胞IC50は180 nMであった。
- Brigatinib: CD74-ROS1を発現するBa/F3細胞でIC50 7.5 nMの活性を持つ。Phase 1/2試験でcrizotinib未治療例1例でPR、前治療例2例でSD/PD。L2026Mは克服可能だが、G2032R、D2033N、L1951Rには無効である。
- Lorlatinib: ROS1に高い親和性を示し、CSF/血漿比61〜96%と優れたCNS浸透性を持つ。Phase I試験 (n=12、ROS1陽性) でORR 50%、mPFS 7ヶ月、頭蓋内ORR 80% (5例中4例) を達成した。L2026M、S1986Y/F、D2033Nは克服可能だが、G2032Rに対するIC50は177〜508 nMと大幅に上昇する。
- Entrectinib: Ba/F3細胞でROS1に対するIC50は約5 nM。Phase I試験統合 (n=14、crizotinib未治療) でORR 86%、頭蓋内ORR 63%、mPFS 19ヶ月を示した (Drilon et al. CancerDiscov 2017)。L2026M、G2032Rには無効であり、crizotinib前治療後には応答がなかった。
- Cabozantinib: G2032R (IC50 13.5〜26 nM)、D2033N (IC50 0.8 nM) を含むsolvent-front変異を克服可能である。D2033N変異を有するcrizotinib耐性患者で劇的な応答の症例報告がある。しかし、毒性が高く (RET陽性NSCLC第II相で73%が用量減量)、臨床開発の障壁となっている。
- DS-6051b (taletrectinib): 日本第I相 (n=8評価可能) でORR 62.5%、DCR 100%を示したが、crizotinib前治療3例では奏効がなかった。
- TPX-0005 (repotrectinib): G2032Rを含むsolvent-front変異に前臨床活性があり、SRC (SRC proto-oncogene, non-receptor tyrosine kinase) とFAK (focal adhesion kinase) も阻害する。TRIDENT-1試験が開始された (NCT03093116)。
ROS1陽性NSCLCの治療アルゴリズム: 1次治療にはcrizotinibが推奨される。進行後は組織再生検を強く推奨し、ROS1耐性変異陽性なら変異スペクトラムに応じた新規TKI臨床試験を検討する (Figure 5)。G2032Rに対してはlorlatinibの効果が限定的であるため、TPX-0005やcabozantinibなどが候補となる。CNS限局進行ならCNS浸透性の高いTKI (entrectinib・lorlatinib) を考慮する。耐性変異陰性なら新規TKI、化学療法、または組み合わせ試験を検討する。ROS1陽性NSCLCにおけるpemetrexedベース化学療法への感受性も報告されている。免疫チェックポイント阻害剤の役割は当時未確立であった。EGFR変異陽性およびALK再構成陽性NSCLCでは、チェックポイント阻害剤単剤療法からのベネフィットが限定的であることが示唆されている (Gainor et al. ClinCancerRes 2016)。
考察/結論
本レビューは、MGHのLinとShawによって2017年時点のROS1陽性NSCLCの治療全体像を体系化した包括的レビューである。crizotinib承認後わずか1年余りで7種類以上の次世代ROS1 TKIが前臨床または臨床評価段階にあり、分野の急速な発展が示された。
先行研究との違い: 本研究は、ROS1陽性NSCLCにおけるcrizotinib耐性機序を詳細に分類し、特にG2032R変異の頻度とその克服の難しさを強調した点で、これまでの報告と異なり、耐性変異スペクトラムに基づく治療アルゴリズムを具体的に提示した。また、ALK陽性NSCLCにおける耐性機序と比較し、ROS1におけるon-target変異の頻度が高いことを指摘した点も対照的である。
新規性: 最大の知見と課題は、crizotinib耐性変異の中でG2032R (solvent-front変異) が41%と突出して多い一方、現行の大半の次世代TKI (ceritinib・brigatinib・entrectinib) がG2032Rに無効であるという「治療ギャップ」の存在を新規に指摘した点である。G2032Rを克服できる薬剤の開発がROS1領域最大の優先課題であり、TPX-0005 (repotrectinib) とcabozantinibがG2032R活性を前臨床で示している点は重要な進展であった。本研究で初めて、ROS1耐性変異の包括的なスペクトラムと、それに対する各次世代TKIの活性プロファイルを詳細に比較し、個別化治療の必要性を明確化した。
臨床応用: ALK領域でのalectinib vs crizotinib (Peters et al. NEnglJMed 2017) の成績を引用し、より強力でCNS浸透性に優れたROS1 TKIの1次治療への前倒し使用が将来的に優れる可能性を示唆した点は、repotrectinibが後にTKI未治療例でのORR 90%を示した事実と符合する先見的な考察であり、臨床応用への重要な含意を持つ。また、EGFR・RAS経路を介したバイパス耐性へのコンビネーション治療、pemetrexedの感受性、免疫療法の役割解明など、複数の今後の研究方向性を具体的に提示した。これらの知見は、ROS1陽性NSCLC患者の治療戦略を最適化し、個別化医療を推進するための重要な基盤となる。
残された課題: 今後の検討課題として、各次世代TKIのCNS活性、G2032Rを含む耐性変異に対する臨床活性、および毒性プロファイルの厳密な評価が残されている。特に、G2032R変異を効果的に標的とする薬剤の開発と、その臨床的有効性の検証が最優先されるべき課題である。また、ROS1陽性NSCLCにおける免疫チェックポイント阻害剤の役割は依然として不明であり、今後の研究で解明される必要がある。さらに、バイパス経路による耐性克服のための組み合わせ戦略の開発も重要な課題である。ROS1融合遺伝子の検出におけるNGSプラットフォームの標準化と、リキッドバイオプシーによるROS1変異検出の臨床的妥当性の確立も、今後の重要な研究方向性である。
方法
本レビューは、ROS1陽性NSCLCの治療における最新の進展をまとめることを目的とした。PubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学データベースを用いて、2007年から2017年7月までの期間に公開されたROS1融合遺伝子、ROS1陽性NSCLC、crizotinib、ROS1阻害剤、およびROS1耐性に関する英語の文献を検索した。検索キーワードには「ROS1 rearrangement」「non-small cell lung cancer」「crizotinib」「ROS1 inhibitor」「resistance」などを含めた。関連する原著論文、レビュー記事、臨床試験報告書、会議要旨を対象とし、特にROS1の生物学、診断方法、crizotinibの有効性と耐性機序、および開発中の次世代ROS1 TKIに関する情報を抽出した。各薬剤の前臨床データ、臨床試験結果、毒性プロファイル、および耐性変異に対する活性について詳細に評価した。
ROS1融合遺伝子の検出法については、FISH(蛍光in situハイブリダイゼーション)、IHC(免疫組織化学)、RT-PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)、NGS(次世代シーケンシング)の各手法の特性と診断的有用性を比較検討した。FISHではデュアルバクアパートプローブデザインが用いられ、15%以上の腫瘍細胞でスプリットまたは孤立した3’シグナルが陽性と判定される。IHCではROS1 D4D6ラビットモノクローナル抗体が使用され、感度約100%、特異度92〜100%を示す。NGSは既知および新規融合遺伝子の同時検出が可能であり、アンカーマルチプレックスPCRエンリッチメント法を用いた研究では、FISHと比較して感度100%、特異度100%を達成した報告がある (Zheng et al. NatMed 2014)。
crizotinib耐性機序については、ROS1キナーゼドメイン内の二次変異(on-target変異)と、バイパス経路の活性化や表現型変化(off-target機序)に分類し、それぞれの頻度と臨床的意義を分析した。On-target変異ではG2032R変異が最も高頻度(41%)に検出され、crizotinib結合を立体障害で阻害することが示された。Off-target機序としては、KIT D816G変異によるバイパスシグナル活性化やEGFR過活性化、EMT(上皮間葉転換)が報告されている。
次世代ROS1阻害剤については、ceritinib、brigatinib、lorlatinib、entrectinib、cabozantinib、DS-6051b、TPX-0005(repotrectinib)などの薬剤について、ROS1野生型および主要な耐性変異に対するin vitro活性、臨床試験におけるORR、PFS、頭蓋内奏効率、および主な有害事象(AE)を詳細にレビューした。例えば、lorlatinibはROS1に高い親和性を示し、CSF/血漿比61〜96%と優れたCNS浸透性を持つことがin vivo実験で示されている。
ROS1陽性NSCLC患者の治療アルゴリズムに関しては、既存のガイドラインや専門家の見解も参照し、crizotinib療法後の進行時における耐性機序に基づいた治療選択の重要性を強調した。特に、G2032R変異のような特定の耐性変異に対する各TKIの活性プロファイルを考慮した個別化治療戦略の構築に焦点を当てた。エビデンスレベルの評価は行わなかったが、各報告の臨床的意義を考察し、今後の研究方向性や残された課題を提示した。統計手法については、各臨床試験で報告されたORR、PFS、DCRなどの記述統計量および生存曲線解析(Kaplan-Meier法など)の結果を引用した。