• 著者: Ardini E, Menichincheri M, Banfi P, Bosotti R, De Ponti C, Pulci R, et al.
  • Corresponding author: Elena Ardini (Nerviano Medical Sciences, Nerviano, Milan, Italy)
  • 雑誌: Molecular Cancer Therapeutics
  • 発行年: 2016
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 26939704

背景

Tropomyosin receptor kinase (TRK) ファミリー (TRKA/B/C、それぞれNTRK1/2/3にコードされる) は、神経栄養因子受容体として神経発生に関与するが、NTRK融合遺伝子は非小細胞肺癌 (NSCLC)・大腸癌・甲状腺癌・膵臓癌など多臓器の固形癌で発癌ドライバーとなることが報告されている Vaishnavi et al. CancerDiscov 2015。同様にROS1融合遺伝子 (NSCLCの約1〜2%に認められる) およびALK融合遺伝子 (NSCLCの約3〜5%に認められる) も、各種固形癌でドライバー変異として機能することが知られている Kwak et al. NEnglJMed 2010 Soda et al. Nature 2007。これらの融合遺伝子は、それぞれ異なる癌種において重要な治療標的として認識されているが、特にTRK融合遺伝子陽性腫瘍に対する治療薬は当時不足しており、未開拓の領域であった。

既存のALK/ROS1阻害剤であるcrizotinibは、CNS浸透性が低いという課題があり、脳転移を有する患者では効果が限定的であった。また、1stラインALK/ROS1 TKI治療後の耐性獲得も臨床上の大きな問題として浮上していた Katayama et al. SciTranslMed 2012 Choi et al. NEnglJMed 2010。これらの課題に対し、TRK・ROS1・ALKの全てに活性を持つ単一薬剤 (pan-TRK/ROS1/ALK阻害剤) の開発は、多様なドライバー融合を有する癌腫に広く対応できる可能性を秘め、特に脳転移に対する有効性が期待された。しかし、このような広範なキナーゼを標的としつつ、高い選択性と血液脳関門 (BBB) 透過性を兼ね備えた薬剤は、当時まだ未開拓の領域であった。

Entrectinib (RXDX-101/NMS-E628) は、Nerviano Medical Sciencesで開発された経口の強力な選択的pan-TRK/ROS1/ALK阻害剤として設計された新規化合物である。先行研究では、ALKおよびROS1阻害剤の臨床的有効性が示されていたが、脳転移に対する効果や耐性変異への対応には限界があった。本剤の前臨床プロファイルは、これらの未解明な課題に対する解決策を提供し、新たな治療選択肢となる可能性を秘めていた。特に、TRK融合遺伝子陽性腫瘍に対する治療薬は当時不足しており、entrectinibはこれらの患者群にとって重要な薬剤となることが期待された。

目的

本研究の目的は、新規経口Pan-TRK/ROS1/ALK阻害剤であるentrectinib (RXDX-101) の前臨床プロファイルを詳細に評価することである。具体的には、in vitroでのキナーゼ選択性プロファイル、細胞増殖阻害活性、アポトーシス誘導能、およびin vivo異種移植モデルにおける腫瘍退縮活性を評価した。さらに、血液脳関門 (BBB) 透過性を確認し、脳転移モデルにおける抗腫瘍効果を検証した。また、既存のALK/ROS1阻害剤に対する耐性変異、特にsolvent-front変異に対するentrectinibの活性を評価し、その治療的意義を明らかにすることを目的とした。これらの評価を通じて、entrectinibが多様な分子標的を有する癌腫に対する新たな治療薬として、その前臨床的な有効性プロファイルを確立することを目指した。

結果

in vitroキナーゼ選択性プロファイル: KINOMEscanを用いた468キナーゼに対する評価において、entrectinibは高い選択性を示した。Kd値はTRKA 0.1 nM、TRKB 0.1 nM、TRKC 0.3 nM、ROS1 0.7 nM、ALK 1.3 nMであり、これらのキナーゼに対して非常に高い親和性を示した。生化学的IC50値はTRKA 1 nM、TRKB 3 nM、TRKC 5 nM、ROS1 7 nM、ALK 12 nMであり、TRKファミリーキナーゼに最も強い阻害活性を示した。335キナーゼパネルを用いたenzyme screeningでも、VEGFR、PDGFR、EGFRなどの他のキナーゼに対する顕著な交差活性は認められず、標的キナーゼに対して100倍以上の選択性を示した (Table 1)。また、ALKキナーゼ酵素を用いた定常状態速度論的実験により、entrectinibがATPに対して競合的阻害剤であることが示された (Fig 1B)。

細胞増殖阻害活性とアポトーシス誘導: TRKA融合陽性KM12細胞株に対し、entrectinibはIC50 17 nMで増殖を阻害し、TRKAの自己リン酸化をIC50 2 nMで抑制した (Fig 2A)。SLC34A2-ROS1融合陽性HCC78細胞ではIC50 10 nM、ROS1の自己リン酸化をIC50 3 nMで抑制した (Fig 3A)。EML4-ALK融合陽性NCI-H2228細胞ではIC50 68 nMで増殖を阻害した (Fig 6A)。Ba/F3-TEL-TRKA細胞ではIC50 2.8 nM、Ba/F3-TEL-TRKB細胞ではIC50 2.9 nM、Ba/F3-TEL-TRKC細胞ではIC50 3.3 nM、Ba/F3-TEL-ROS1細胞ではIC50 5.3 nM、Ba/F3-EML4-ALK細胞ではIC50 28 nMと、それぞれ融合特異的な増殖阻害が確認された。融合陰性 (EGFR変異・KRAS変異) NSCLC細胞株に対する増殖阻害活性はIC50 >1000 nMと、1000倍以上弱かった。アポトーシス誘導は、KM12細胞においてentrectinib 10 nM処理後24時間でG1期細胞の蓄積、48時間でsubG1 DNA含量の増加とPARP切断が確認された (Fig 2B, C)。

in vivo異種移植モデルにおける抗腫瘍効果: KM12皮下腫瘍モデル (n=7 mice) において、entrectinib 60 mg/kg/日経口投与でTGI 100% (完全退縮) を達成し、投与中止後も腫瘍再増殖は認められなかった (Fig 2D)。15 mg/kg/日投与でもTRKAおよびPLCγ1のリン酸化が完全に抑制され、その効果は長時間持続した (Fig 2E)。Ba/F3-TEL-TRKA腫瘍モデルでは、30 mg/kg/日投与で完全な腫瘍退縮が誘導された (Fig 2G)。HCC78皮下腫瘍モデルでは、entrectinib 60 mg/kg/日投与でTGI 95%以上 (著明退縮) を示し、ROS1リン酸化の完全抑制が確認された (Fig 3B)。NCI-H2228 (EML4-ALK) 腫瘍モデルでは、entrectinib 60 mg/kg/日投与でTGI >90%を達成し、用量依存的なALK、ERK、AKTリン酸化阻害が確認された (Fig 6C, D)。治療終了後97日時点で、n=7匹中3匹のマウスで腫瘍が再発しなかった。Karpas-299 (ALCL) 異種移植モデルでは、entrectinib 60 mg/kg/日投与で全ての腫瘍が非触知レベルまで退縮し、治療終了後80日時点でn=7匹中4匹で腫瘍根絶が持続した (Fig 4C)。NPM-ALKトランスジェニックマウスモデルにおいても、entrectinib 60 mg/kg 1日2回投与を2日間行うことで、胸腺リンパ腫の完全退縮がMRIで確認された (Fig 5)。

血液脳関門 (BBB) 透過性および脳転移モデルでの有効性: Entrectinibは、マウスにおいて脳/血漿比が約0.5と良好なBBB透過性を示した (Supplementary Table S2)。P-糖タンパク (P-gp) の弱い基質であることが確認され、MDCKモデルでの脳/血漿比は0.79〜1.03であった。Intracranial NCI-H2228脳転移モデル (n=20 mice) において、entrectinib 120 mg/kg/日経口投与でTGI 92%を達成し、生存期間の有意な延長が認められた (Fig 6E, F)。対照的に、crizotinibは既知の低い脳浸透性のため、このモデルではほとんど活性を示さなかった (Supplementary Fig S6D)。

耐性変異に対する活性: ROS1 G2032R変異 (crizotinib耐性の最多変異、solvent-front変異) に対して、entrectinibはin vitroで不活性 (IC50 >1000 nM) であった。ALK G1202R変異 (solvent-front変異) に対しても活性低下 (IC50 >300 nM) が確認された (Table 3)。一方で、ALK L1196M変異 (gatekeeper変異) に対してはentrectinib IC50 67 nMと活性を維持し、C1156Y変異に対してもIC50 29 nMと活性を維持した。ROS1 L2026M変異 (gatekeeper) に対しても活性維持が示唆された。これらの結果は、entrectinibがsolvent-front変異 (G2032R・G1202R) をカバーできないことを示唆している。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、entrectinibが単一薬剤でTRKA/B/C、ROS1、ALKの全てをサブnanomolar〜数nMレベルで選択的に阻害する、初の臨床前に記述されたPan-TRK/ROS1/ALK阻害剤であることを示した。先行研究で報告されたcrizotinibと比較して、entrectinibはより高いROS1阻害活性と優れたCNS浸透性を示す点が特筆される。crizotinibのCSF/血漿比が0.0026であるのに対し、entrectinibの脳/血漿比は約0.8〜1.0であり、脳転移モデルでの有効性が示された点は、既存薬の限界を克服する点で対照的である。

新規性: 本研究で初めて、entrectinibがTRK融合遺伝子陽性腫瘍、ROS1融合遺伝子陽性腫瘍、およびALK融合遺伝子陽性腫瘍のin vitroおよびin vivoモデルにおいて、強力な抗腫瘍活性を示すことが詳細に報告された。特に、TRKA駆動型の大腸癌KM12モデルにおける完全退縮、ROS1駆動型およびALK駆動型NSCLCモデルにおける著明な腫瘍退縮は、その幅広いスペクトラムと有効性を裏付けている。これらの知見は、entrectinibが複数の分子標的を有する癌腫に対する新規治療薬として、その前臨床的な有効性プロファイルを確立したことを示している。

臨床応用: 本知見は、entrectinibがROS1陽性NSCLCおよびNTRK融合固形癌の1stライン治療薬として期待されることを示唆する。後の臨床試験 (STARTRK-1/STARTRK-2) では、ROS1陽性NSCLCで客観的奏効率 (ORR) 77%、無増悪生存期間 (PFS) 19.0ヶ月、NTRK融合固形癌でORR 57%を達成しており、本前臨床研究の結果と整合性が高い。特に、脳転移を有する患者に対する有効性は、既存薬の限界を克服する臨床的意義を持つ。例えば、NCI-H2228脳転移モデルにおける生存期間の延長は、脳転移が主要な治療課題である患者群において、entrectinibが重要な治療選択肢となる可能性を示唆する。

残された課題: 今後の検討課題として、entrectinibはROS1 G2032R変異およびALK G1202R変異といったsolvent-front変異に対しては活性が低いことが本前臨床研究で明らかにされた点が挙げられる。これは、crizotinib耐性後のROS1陽性NSCLC患者には対応できない可能性を示唆している。今後の検討課題として、これらの耐性変異を克服する次世代TKI (例: lorlatinib、repotrectinib、taletrectinib) の開発が引き続き必要である。また、entrectinibの高いキナーゼ選択性からオフターゲット毒性が少ないと期待されたが、臨床試験ではNTRK関連の副作用 (味覚異常、めまい、錯感覚) が確認されており、これらの副作用メカニズムのさらなる解明と管理が今後の課題である。

方法

in vitroキナーゼ選択性評価: Entrectinibのキナーゼ選択性は、KINOMEscanアッセイを用いて468種類のヒトキナーゼに対する結合活性 (Kd値) を評価することで決定された。また、335種類のキナーゼパネルを用いた生化学的IC50測定も実施された。ATP競合性については、ALKキナーゼ酵素を用いた定常状態速度論的実験により評価された。

細胞増殖阻害活性評価: Entrectinibの細胞増殖阻害活性は、200種類以上のヒト腫瘍細胞株パネルに対して72時間連続曝露後のIC50値を測定することで評価された。特に、TRKA融合陽性KM12 (結腸癌) 細胞、SLC34A2-ROS1融合陽性HCC78 (NSCLC) 細胞、EML4-ALK融合陽性NCI-H2228 (NSCLC) 細胞、およびBa/F3-TEL-TRKA/B/C、Ba/F3-TEL-ROS1、Ba/F3-EML4-ALK過剰発現細胞株が用いられた。細胞周期への影響は、PI染色とフローサイトメトリーにより評価され、アポトーシス誘導はAnnexin V染色、カスパーゼ活性化、およびPARP切断のウェスタンブロット解析により確認された。

in vivo異種移植実験: ヌードマウスおよびSCIDマウスを用いた皮下腫瘍モデルでentrectinibの抗腫瘍効果が評価された。n=7 のKM12皮下腫瘍、HCC78皮下腫瘍、NCI-H2228皮下腫瘍、Karpas-299 (ALCL) 皮下腫瘍、SR-786 (ALCL) 皮下腫瘍、およびBa/F3-TEL-ROS1皮下腫瘍モデルが用いられ、entrectinibは15〜100 mg/kg/日の用量で経口投与された。腫瘍体積は定期的に測定され、腫瘍増殖阻害率 (TGI) が算出された。統計的有意差はStudent t検定により評価され、p値が0.05未満を有意とした。毒性評価は体重減少に基づいて行われた。ex vivoでの標的分子のリン酸化状態は、ウェスタンブロット解析により評価された。

血液脳関門 (BBB) 透過性および脳転移モデルでの有効性: EntrectinibのBBB透過性は、マウスにおける薬物動態試験 (脳/血漿比) およびP-糖タンパク (P-gp) 基質性評価により確認された。さらに、n=20匹のBalb/cヌードマウスにヒトNCI-H2228細胞を頭蓋内に移植した脳転移モデルにおいて、entrectinib 60〜120 mg/kg/日経口投与による抗腫瘍効果が評価された。腫瘍のモニタリングにはMRIが用いられ、生存期間が比較された。この研究は、NCT02097810などの臨床試験の基盤となる前臨床データを提供することを目的とした。

耐性変異に対する活性評価: ALKおよびROS1の既知の耐性変異、特にG1202R (ALK solvent-front変異) およびG2032R (ROS1 solvent-front変異) を含むEML4-ALK変異体を発現するBa/F3細胞株を用いて、entrectinibのin vitro増殖阻害活性が評価された。