• 著者: Bo Mi Ku, Yeon Hee Bae, Kyoung Young Lee, Jong-Mu Sun, Se-Hoon Lee, Jin Seok Ahn, Keunchil Park, Myung-Ju Ahn
  • Corresponding author: Myung-Ju Ahn (Division of Hematology and Oncology, Department of Medicine, Samsung Medical Center, Sungkyunkwan University School of Medicine, Seoul, South Korea)
  • 雑誌: Investigational New Drugs
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2019-05-24
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 31124056

背景

ROS1転座陽性の非小細胞肺がん (NSCLC) は、ROS1チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるクリゾチニブに対して極めて高い感受性を示す。しかし、他の標的治療薬と同様に、獲得耐性の出現は臨床における最大の障壁である。クリゾチニブに対する耐性機序としては、ROS1キナーゼドメインの二次変異、特にG2032RやD2033N、L2026Mなどのアミノ酸置換が同定されている Shaw et al. NEnglJMed 2014。エンテレクチニブは、NTRK1/2/3、ROS1、ALKを強力に阻害する新規の経口マルチキナーゼ阻害剤であり、ROS1転座陽性NSCLC患者を対象とした臨床試験において86%という顕著な客観的奏効率 (ORR) を示すことが報告された Drilon et al. CancerDiscov 2017

ROS1転座はNSCLC全体の約1-2%に認められ Bergethon et al. JClinOncol 2012、下流のPI3K/AKT、MAPK/ERK、JAK/STAT3経路を恒常的に活性化することで腫瘍の増殖や生存を駆動している Lin et al. JThoracOncol 2017Takeuchi et al. NatMed 2012。エンテレクチニブは優れた中枢移行性を持ち、未治療のROS1転座陽性NSCLCに対して持続的な効果を発揮するが、耐性獲得を完全に回避することはできない。NTRK融合遺伝子陽性腫瘍においては、エンテレクチニブ耐性時にNTRK1 G595RやNTRK3 G623Rといったキナーゼドメイン変異が報告されている。しかし、ROS1転座陽性NSCLCにおけるエンテレクチニブに対する獲得耐性機序については、これまで詳細な分子生物学的解析が行われておらず、その機序は「未解明」のままであった。

このように、エンテレクチニブ耐性後の治療戦略を確立するための基礎的・臨床的知見は圧倒的に「不足」しており、耐性克服に向けたバイパス経路の同定や標的治療の併用療法の開発における大きな「課題」となっていた Rotow et al. NatRevCancer 2017。本研究は、この学術的・臨床的ギャップを埋めるために計画された。

目的

本研究の目的は、SLC34A2-ROS1融合遺伝子を有するヒトNSCLC細胞株HCC78を用いて、in vitroにおけるエンテレクチニブ獲得耐性モデルを樹立し、その耐性を駆動するゲノムおよびプロテオームレベルの分子機序を詳細に解明することである。さらに、同定された耐性シグナル経路を標的とする阻害薬の併用療法を検証し、エンテレクチニブ耐性を克服するための新規かつ合理的な治療戦略を提示することを目指す。

結果

エンテレクチニブによる親株HCC78細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導: 親株であるHCC78細胞は、エンテレクチニブに対して高い感受性を示し、CCK-8アッセイにおけるIC50値は450 nMであった (Fig. 1a)。これは、既存のROS1 TKIであるクリゾチニブと比較して強力な細胞生存抑制効果であった。BrdUアッセイにおいて、エンテレクチニブは濃度依存的に細胞増殖を有意に抑制した (Fig. 1b)。ウェスタンブロッティング解析では、エンテレクチニブ処理によりROS1の自己リン酸化 (p-ROS1) および下流シグナルであるAKT、ERKのリン酸化が顕著に阻害された (Fig. 1c)。さらに、エンテレクチニブはp-p53、p-H2AX、およびcleaved PARPの発現を誘導し、DNA損傷を介したアポトーシスを誘導することを確認した (Fig. 1d)。プロテオームプロファイラーアレイにおいて、HCC78細胞におけるEGFRやc-METの発現は極めて低く、本細胞株がROS1シグナルに強く依存していることが示された。

エンテレクチニブ耐性株HCC78ERの樹立と広範な交叉耐性: 6ヶ月間の薬剤暴露により樹立された5つの独立した耐性クローン (HCC78ER1-5、n=5) は、親株と比較してエンテレクチニブに対して著しく高いIC50値を示し、強固な獲得耐性を獲得していた (Fig. 2a, b)。具体的には、親株のIC50値が450 nMであったのに対し、耐性株では数μM以上に達した (Fig. 2d)。さらに、これらのHCC78ER細胞は、エンテレクチニブだけでなく、クリゾチニブ、セリチニブ、ロルラチニブといった他のすべてのROS1 TKIに対しても顕著な交叉耐性を示した (Fig. 2c)。この結果は、獲得された耐性機序がエンテレクチニブ特異的なものではなく、ROS1阻害剤全般を無効化する共通のバイパス経路の活性化、またはROS1依存性からの脱却を伴っている可能性を示唆している。

ROS1二次変異非依存的なKRAS G12C変異および遺伝子増幅の獲得: 耐性機序のゲノム背景を解明するため、CancerSCAN™を用いたNGS解析を実施した。その結果、すべてのHCC78ERクローンにおいてドライバーであるSLC34A2-ROS1融合遺伝子は保持されていたが、クリゾチニブ耐性で頻繁に認められるROS1キナーゼドメイン内の二次変異 (G2032R、D2033N、L2026Mなど) は一切検出されなかった (Table 1)。代わりに、すべての耐性クローン (HCC78ER1-5、n=5) において、親株には存在しなかったKRAS G12C変異が新たに検出された。さらに、HCC78ER2ではKRAS遺伝子の増幅が、HCC78ER1およびHCC78ER4ではFGF3遺伝子の増幅が同定された。ウェスタンブロッティングにおいて、これらの遺伝子変化に対応してKRASおよびFGF3のタンパク質発現が著しく上昇していた (Fig. 3a, b)。興味深いことに、HCC78ER細胞ではROS1の総タンパク質発現量が顕著に低下していたが、下流のp-AKTおよびp-ERKレベルは維持または上昇しており、エンテレクチニブ存在下でもERKのリン酸化が持続していた (Fig. 3c, d)。

MEK阻害薬セルメチニブ併用によるエンテレクチニブ耐性の克服とSTAT3フィードバック活性化: 持続的なERK活性化が耐性の維持に必須であるかを検証するため、MEK阻害薬セルメチニブを用いた治療介入を行った。セルメチニブ単独処理 (0.5 μM) ではHCC78ER細胞の生存抑制効果は限定的であったが、エンテレクチニブとセルメチニブを併用することにより、すべてのHCC78ERクローンにおいて細胞生存率が著しく低下した (Fig. 4)。10-14日間の長期コロニー形成アッセイにおいても、併用療法はHCC78ER細胞のコロニー形成能をほぼ完全に消失させた (Fig. 5)。シグナル伝達解析では、セルメチニブの併用により、エンテレクチニブ単独では抑制できなかったERKのリン酸化が完全に阻害されることが確認された (Fig. 6)。しかし、MEK阻害に伴い、代償的な生存シグナルとしてSTAT3のリン酸化 (p-STAT3 Tyr705) がフィードバック活性化される現象も同時に観察された (Fig. 6)。

in vitroにおける細胞生存能および増殖抑制効果の定量的評価: 耐性株HCC78ER細胞における薬剤感受性の変化を定量的に検証するため、CCK-8アッセイを用いた用量反応曲線の解析を行った。親株HCC78のIC50値 450 nMに対し、HCC78ER1-5のIC50値はすべて 2.0 μM 以上(2.04 μM から 8.15 μM の範囲、n=5)に達しており、約4.5倍から18倍の顕著な耐性化が確認された (Fig. 2d)。エンテレクチニブ単独処理群 vs エンテレクチニブ+セルメチニブ(0.5 μM)併用処理群の比較において、併用群はすべての耐性クローンにおいて細胞生存率を 20% 以下にまで有意に低下させ、感受性を完全に回復させた (Fig. 4)。また、BrdUアッセイによるDNA合成能の評価では、親株においてエンテレクチニブは濃度依存的に増殖を抑制し、0.5 μM処理時の細胞増殖率は対照群 vs 処理群で 100% vs 15% (p<0.01) と極めて強力な抑制効果を示した (Fig. 1b)。

考察/結論

先行研究との違い: 従来のクリゾチニブ耐性ROS1転座陽性NSCLCにおいては、耐性機序の50-60%がROS1キナーゼドメインの二次変異 (特にG2032R溶媒領域変異) に起因することが知られている Gainor et al. JCOPrecisOncol 2017。これに対し、本研究におけるエンテレクチニブ耐性モデルでは、ROS1二次変異は全く検出されず、代わりにKRAS G12C変異やKRAS/FGF3増幅を伴うバイパス経路の活性化が主導していた。この結果は、これまでの報告と異なり、エンテレクチニブとクリゾチニブのROS1キナーゼドメインに対する立体的な結合様式の差異を反映している可能性がある Ardini et al. MolCancerTher 2016Menichincheri et al. JMedChem 2016。また、耐性細胞においてSLC34A2-ROS1のタンパク質発現自体が著しく低下し、細胞がROS1シグナルへの依存性から脱却している点は、他のキナーゼ阻害薬耐性モデルにおけるバイパス経路獲得時の挙動と一致する。

新規性: 本研究は、ROS1転座陽性NSCLCにおけるエンテレクチニブ獲得耐性機序として、KRAS G12C変異の獲得およびKRAS/FGF3遺伝子増幅に伴うRAS/MAPK経路のバイパス活性化を「本研究で初めて」新規に同定した。エンテレクチニブ耐性におけるゲノム変化とプロテオーム変化を包括的に解析し、二次変異非依存的な耐性メカニズムを明らかにした最初の前臨床報告である。

臨床応用: 本研究の成果は、エンテレクチニブ治療後に進行したROS1転座陽性NSCLC患者に対する治療戦略として、単一の次世代ROS1 TKIを順次投与するアプローチは無効である可能性を示している。臨床応用における極めて重要な含意として、エンテレクチニブとMEK阻害薬 (セルメチニブなど) の併用療法が、RASバイパス経路が活性化した耐性腫瘍に対して極めて有効な治療選択肢となり得ることが示された。

残された課題: 本研究における「今後の検討課題」として、MEK阻害によって誘導されるSTAT3シグナルの代償的フィードバック活性化が挙げられる。このSTAT3活性化が、併用療法の効果を一部減弱させている可能性があり、より完全な耐性克服にはMEK阻害薬とSTAT3阻害薬の同時併用が必要かどうかの検証が必要である。また、本研究はSLC34A2-ROS1融合遺伝子を有する単一の細胞株HCC78を用いたin vitro研究であるため、実際の臨床現場におけるエンテレクチニブ耐性患者の再生検検体を用いた臨床的検証が不可欠である。

方法

本研究では、SLC34A2-ROS1融合遺伝子を保持するヒトNSCLC細胞株HCC78をモデルとして使用した。エンテレクチニブ耐性細胞株 (HCC78ER) は、親株であるHCC78細胞を100 nMから開始し、6ヶ月間かけて最終的に5 μMまで段階的に濃度を上昇させたエンテレクチニブに暴露することで樹立された。

ゲノムプロファイリングには、Samsung Medical Centerで開発された375個のがん関連遺伝子を標的とする次世代シーケンシング (NGS) プラットフォーム「CancerSCAN™」を使用した。ゲノムDNA (250 ng) を用いてライブラリを調製し、Illumina HiSeq 2500プラットフォームにて100-bpペアエンドシーケンスを実施した。得られたリードはBWAを用いてヒトゲノム (hg19) にマッピングし、GATKを用いて変異、遺伝子増幅、融合遺伝子の検出を行った。

細胞生存率は、CCK-8 (Cell Counting Kit-8) アッセイを用いて、薬剤添加72時間後に評価した。長期的な細胞増殖能は、10-14日間の培養後にクリスタルバイオレットで染色するコロニー形成アッセイにより評価した。DNA合成能の評価には、BrdU (5-bromo-2’-deoxyuridine) 細胞増殖アッセイキットを用いた。

タンパク質発現およびリン酸化レベルの解析には、ウェスタンブロッティング法を用いた。p-ROS1 (Tyr1068)、ROS1、p-AKT (Ser473)、AKT、p-ERK1/2 (Thr202/Tyr204)、ERK1/2、p-STAT3 (Tyr705)、STAT3、p-p53 (Ser15)、p-H2AX (Ser139)、cleaved PARP、FGF3、KRAS、およびβ-actinに対する特異的抗体を使用した。また、84種類のがん関連タンパク質を同時に検出するため、Human XL Oncology Array Kitを用いたプロテオームプロファイラーアレイ解析を実施した。

統計解析はGraphPad Prismソフトウェアを用いて行い、2群間の比較には両側Student’s t検定 (t検定) を適用した。p<0.05をもって統計学的に有意と判定した。