• 著者: Yunqi Mi, Shan Wang, Yuhao Wang, Shiqi Ding, Jinxiang Wu, Jing Yu
  • Corresponding author: Jing Yu (Cancer Center, Beijing Friendship Hospital, Capital Medical University)
  • 雑誌: Expert Opinion on Biological Therapy
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-07-17
  • Article種別: Review
  • DOI: 10.1080/14712598.2026.2706715

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) は世界的に主要な癌死因の一つであり、全肺癌診断の約 85% を占める。過去 20 年間で、ドライバー遺伝子変異を標的とした分子標的薬や、PD-L1 (programmed death-ligand 1) 発現に基づいた免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) の導入により、一部の患者の予後は著しく改善した。しかし、標的となる変異を持たない症例や、一次治療後に速やかに耐性を獲得する症例が多く、依然として有効な治療選択肢が限られているという課題がある。従来のプラチナベースの化学療法は依然として標準治療の主軸であるが、全身性の毒性が強く、長期的な臨床的利益を得るには不十分な場合が多い。

このような背景から、腫瘍特異的な抗体と強力な細胞毒性ペイロードを組み合わせた抗体薬物複合体 (ADC: antibody-drug conjugate) が、標的選択性と細胞毒性を両立させる新たな治療クラスとして注目を集めている。例えば、T-DXd (trastuzumab deruxtecan) や SG (sacituzumab govitecan) は NSCLC において有望な抗腫瘍活性を示している。しかし、単剤療法では、標的抗原の発現低下や不均一性、ADC の内部移行能の低下、ペイロードに対する耐性獲得、DNA 損傷修復能の亢進といった獲得耐性メカニズムにより、奏効期間が短縮されることが既報で示されている (Eroles et al. 2026, Coates et al. 2021)。

したがって、ADC を ICI、チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI)、または化学療法と併用し、相補的な作用機序を利用して耐性を克服する戦略が合理的であると考えられている。現在、Trophoblast cell-surface antigen 2 (Trop-2)、HER2、HER3、c-Met、B7-H3、ITGβ6 など多様な標的分子に対する ADC 開発が進んでいるが、どのパートナー薬剤との併用が最適であるか、またどのようなバイオマーカーを用いて患者を選択すべきかという点については、いまだ十分なエビデンスが確立されておらず、臨床的な gap が残されている。特に、単剤での活性が低い ADC を ICI と単純に併用しても相乗効果が得られないケースが報告されており、生物学的根拠に基づいた戦略的なパートナー選択が不足していることが現状の課題である。

目的

本レビューの目的は、NSCLC における ADC ベースの併用療法戦略の現状を、標的分子(Trop-2, HER2, HER3, c-Met, B7-H3, ITGβ6 等)および治療設定(一次治療、後治療、術後補助療法)に基づいて包括的に概説することである。特に、ICI や EGFR-TKI、化学療法との併用における臨床的有効性と安全性を検証し、PD-L1 発現量などのバイオマーカーが治療奏効率にどのように寄与するかを分析する。また、単一標的 ADC の限界である抗原不均一性を克服するための二重特異性 (bispecific) ADC の可能性を検討し、今後の合理的かつ個別化された治療選択に向けた指針を提示することを目的とする。

結果

Trop-2 ADC と ICI 併用における PD-L1 依存的有効性: Trop-2 標的 ADC と ICI の併用は、ADC 誘発性の免疫原性細胞死 (ICD: immunogenic cell death) を介して腫瘍免疫認識を増強させる相乗効果が期待されている。Phase Ib TROPION-Lung02 試験 (NCT04526691) では、Dato-DXd (datopotamab deruxtecan) と pembrolizumab の併用(プラチナ併用なし)において、客観的奏効率 (ORR) 55%、病勢制御率 (DCR) 88%、および中央値 PFS 11.2 months が得られた。興味深いことに、ここにプラチナ化学療法を加えた triplet レジメンでは ORR 56%、DCR 89% となり、doublet と比較して有効性に有意な改善は見られず、むしろ中央値 PFS は 6.8 months と短縮した。また、SG と pembrolizumab の併用を評価した Phase II EVOKE-02 試験 (NCT05186974) では、PD-L1 TPS (Tumor Proportion Score) ≥50% の群で ORR 66.7%、中央値 PFS 13.1 months と高い活性を示したのに対し、TPS <50% の群では ORR 29.0%、中央値 PFS 7.0 months に留まり、有効性が PD-L1 発現量に強く依存することが示された (Table 1)。さらに、sac-TMT (sacituzumab tirumotecan) と tagitanlimab の併用 (NCT05351788) では、投与間隔 Q2W (every 2 weeks) のコホートで ORR 66.7% (mPFS 未到達) という高い数値が報告されており、PD-L1 高発現例への適応が有力な戦略となることが示唆された。

EGFR 変異陽性 NSCLC における TKI 併用戦略: EGFR-TKI 耐性後の治療として、Trop-2 ADC や HER3 ADC の併用が検討されている。Phase II ORCHARD (Osimertinib Resistance Characterization and Treatment Evaluation) 試験 (NCT03944772) では、osimertinib 進行後の患者に Dato-DXd を併用した。用量 4 mg/kg と 6 mg/kg で ORR は 43% vs 36% と同等であったが、6 mg/kg 群では DOR (duration of response) 20.5 months vs 6.3 months、PFS 11.7 months vs 9.5 months と良好な結果を得た。一方で、6 mg/kg 群では Grade ≥3 の有害事象発生率が 76% vs 49% と上昇し、用量削減率も 59% vs 23% と高くなるという dose-efficacy-toxicity のトレードオフが明確に示された。また、EGFR/HER3 二重特異性 ADC である iza-bren (BL-B01D1: izalontamab brengitecan) と osimertinib の併用 (NCT05880706) は、一次治療の EGFR 変異陽性例において極めて高い活性を示し、全体 ORR 84.4% (cORR 80.5%) を達成した。特に 2.5 mg/kg コホート (n=40) では ORR および DCR が共に 100% に達し、cORR も 95.0% という驚異的な数値が報告された (Fig 3)。

HER2 標的 ADC の併用とバイオマーカーの課題: HER2 変異陽性 NSCLC では T-DXd が標準的な選択肢となっているが、さらなる上乗せ効果を狙った併用試験が進んでいる。disitamab vedotin (RC48) と tislelizumab および bevacizumab の併用 (NCT06749860) では、HER2 変異・増幅・過剰発現を有する患者 9 例の解析において ORR 33.3%、中央値 DOR 5.1 months となった。また、T-DXd と pembrolizumab の併用 (NCT06899126) は、HER2 過剰発現かつ PD-L1 TPS <50% という、ICI 単剤では効果が限定的な集団を標的としている。HER2 評価における課題として、DESTINY-PanTumor02 では局所 IHC 3+ と中央判定の整合性が 59% に留まり、同一キット使用時でも 73% までしか向上せず、NSCLC 特有の標準的なスコアリングアルゴリズムの欠如が治療最適化の障壁となっていることが浮き彫りになった。

c-Met およびその他の標的 ADC の明暗: c-Met 標的の telisotuzumab vedotin (Teliso-V) では、併用パートナーによる有効性の乖離が顕著であった。EGFR 変異かつ c-Met 過剰発現例において、erlotinib との併用では ORR 30.6% (mPFS 5.9 months)、osimertinib との併用では ORR 50.0% (mPFS 7.4 months) と有意な活性を示した。対照的に、nivolumab との併用では ORR 7.4% という極めて低い結果に終わった。また、CEACAM5 (carcinoembryonic antigen-related cell adhesion molecule 5) 標的の tusamitamab ravtansine は、初期の期待に反して Phase III CARMEN-LC03 試験で PFS の主要評価項目を達成できず、開発が中止された。これらの結果は、単剤での活性が不十分な ADC を ICI と併用しても相乗効果が得られにくいことを示しており、生物学的な根拠に基づいたパートナー選択の重要性を裏付けている (Fig 2)。

ADC 併用療法における毒性管理の現状: 併用療法では、薬剤固有の毒性が重複し、管理の複雑さが増している。T-DXd 等の deruxtecan ベースの ADC では間質性肺疾患 (ILD) のリスクが高く、DESTINY-Lung01 では 6.4 mg/kg 投与時に any-grade ILD が 26.0% (Grade ≥3 は 6.6%、死亡例 2 例) に達した。一方、Dato-DXd の TROPION-Lung01 では Grade ≥3 ILD は約 4% と低く、ペイロードによるリスク差が明確である。また、Trop-2 ADC では口腔粘膜炎が頻発し、Dato-DXd と pembrolizumab の併用 (TROPION-Lung02) では眼表面毒性が最大 24% に認められた。SG と pembrolizumab の併用 (EVOKE-02) では、Grade ≥3 の好中球減少症が 17.4% (any-grade 32%)、貧血 41% となり、血液毒性が治療中止の主要因 (27.2%) となった。

二重特異性 ADC および新標的の探索: EGFR/c-Met 二重特異性 ADC である AZD9592 は、osimertinib との併用により c-Met 駆動性の TKI 耐性を克服する目的で Phase I 試験 (NCT05647122) が進行中である。また、HER3/Trop-2 二重特異性 ADC JSKN016 は、化学療法、EGFR-TKI、PD-1/PD-L1 阻害薬との併用を検討する Phase Ib 試験 (NCT06868732) にある。B7-H3 標的の YL201 と ivonescimab の併用 (CTR20253697) や、DB-1311/BNT324 と BNT327 の併用 (NCT06892548) では、PD-L1/VEGF 二重特異性抗体をパートナーに据えることで、バイオマーカー未確立の状態での有効性底上げを狙っている。ITGβ6 (integrin subunit beta 6) 標的の sigvotatug vedotin と pembrolizumab の併用 (NCT06758401) は、PD-L1 TPS ≥50% の集団を対象に Phase III 試験が進行しており、Trop-2 ADC で見られた PD-L1 依存的な有効性パターンが他の標的でも再現されるかが注目される。

考察/結論

先行研究との違い: 本レビューで概説した Trop-2 ADC と ICI の併用戦略は、従来の化学療法併用 ICI と異なり、ADC 誘発性の ICD を介して腫瘍微小環境を活性化させるという新規のメカニズムに基づいている。特に EVOKE-02 や OptiTROP-Lung01 のデータは、単なる抗原発現量ではなく、PD-L1 発現量という既存の免疫バイオマーカーが ADC 併用療法の奏効率とも強く相関することを明らかにしており、これは ADC が単独で「cold tumor」を「hot tumor」に変換する能力には限界があることを示唆している。

新規性: 本研究で特に注目すべき新規性は、iza-bren と osimertinib の併用において、特定の用量コホートで ORR 100% という極めて高い奏効率を達成した点である。これは、受容体の細胞外領域を ADC で標的しつつ、細胞内キナーゼドメインを TKI で遮断するという、EGFR シグナル伝達経路への多角的アプローチが、腫瘍の不均一性と TKI 耐性を克服する上で極めて有効である可能性を初めて具体的に示したものである。

臨床応用: これらの知見は、今後の NSCLC 治療における「精密な併用戦略」の臨床応用に直結する。具体的には、PD-L1 高発現例に対する Trop-2 ADC/ICI 併用や、EGFR 変異陽性例に対する二重特異性 ADC/TKI 併用など、分子サブタイプに基づいた治療選択が可能となる。また、TROPION-Lung01 や ORCHARD で示されたように、用量増加が有効性を高める一方で ILD や口腔粘膜炎などの重篤な毒性を増強させるため、臨床現場では厳格な用量最適化と多職種連携による副作用管理プロトコルの導入が不可欠である。

残された課題: 今後の検討課題として、PD-L1 以外の予測バイオマーカーの同定が急務である。HER2 や c-Met の定量的な閾値設定や、ctDNA クリアランス速度を用いた奏効モニタリングの手法確立が limitation として残されている。また、多くの試験が初期相であり、iza-bren 等の驚異的な ORR が長期的な OS (overall survival) 改善に結びつくかについては、現在進行中の Phase III 試験の結果を待つ必要がある。ADC の失敗例(tusamitamab ravtansine 等)から学ぶべきは、強固な単剤活性こそが併用成功の前提条件であるということであり、安易な ICI 併用ではなく、生物学的根拠に基づいたパートナー選択を追求することが今後の研究方向性となる。

方法

本レビューでは、PubMed、ClinicalTrials.gov、および主要な腫瘍学会(ASCO, ESMO, WCLC, CSCO: Chinese Society of Clinical Oncology)の会議録を用いて、NSCLC における ADC ベースの併用療法に関する文献検索を実施した。検索対象は 2026 年 3 月までに公開された臨床試験、学会抄録、レビュー論文および登録済みの臨床試験である。

解析においては、以下の基準で情報を抽出した:(1) 標的分子(Trop-2, HER2, HER3, c-Met, B7-H3, ITGβ6 等)ごとの併用レジメン、(2) 評価項目としての ORR、PFS、DOR、および安全性データ、(3) PD-L1 発現量や遺伝子変異などのバイオマーカーによる層別化解析の結果。同一試験について複数の報告がある場合は、最新かつ包括的なデータセットを優先的に採用した。

統計的な評価については、原論文で用いられているカプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) による生存曲線解析や、コックス回帰 (Cox regression) によるリスク比の算出、および 検定やフィッシャーの正確確率検定 (Fisher’s exact test) を用いた奏効率の比較などの手法を精査し、その妥当性を確認した。特に、TROPION-Lung01 や EVOKE-02 などの大規模試験における p 値および 95% CI の提示形式に基づき、結果の信頼性を評価した。