- 著者: Giovanni Bocchialini, Ana-Iris Schiefer, Leonhard Müllauer, Jürgen Thanner, Jonas Bauer, Felizia Thaler, Maria Laggner, Cecilia Veraar, Walter Klepetko, Konrad Hötzenecker, José Ramon Matilla, Hendrik Jan Ankersmit, Bernhard Moser
- Corresponding author: Bernhard Moser (Department of Thoracic Surgery, Medical University of Vienna, Vienna, Austria)
- 雑誌: British Journal of Cancer
- 発行年: 2022
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 35750748
背景
胸腺上皮性腫瘍 (TET: thymic epithelial tumour) は、年間発生率が100万人あたり約3件と極めて稀な悪性腫瘍であり、その臨床経過や組織学的特徴は多岐にわたる。世界保健機関 (WHO: World Health Organization) の分類において、胸腺腫と胸腺癌 (TC: thymic carcinoma) に大別され、中でも胸腺癌は極めて攻撃的な臨床挙動を示し、予後不良な組織型として知られている。胸腺癌に対する標準治療は外科的完全切除であるが、発見時に既に進行期に達している症例や切除不能な症例も多く、そのような場合にはプラチナ製剤を中心とした術前化学療法や放射線療法を組み合わせた多角的治療が展開される。近年、がん治療において免疫チェックポイント阻害剤 (ICI: immune checkpoint inhibitor) の有用性が広く認められており、Pardoll et al. NatRevCancer 2012やTopalian et al. NEnglJMed 2012などの先駆的研究により、PD-1/PD-L1経路の阻害が様々ながん種において劇的な治療効果をもたらすことが示されてきた。また、腫瘍免疫微小環境 (TIME: tumour immune microenvironment) の構成や腫瘍浸潤リンパ球 (TIL: tumour-infiltrating lymphocyte) の密度および空間的配置が、患者の予後や治療反応性を予測する上で極めて重要な役割を果たすことが、Galon et al. Science 2006やFridman et al. NatRevCancer 2012、Binnewies et al. NatMed 2018などの研究によって明らかにされている。しかしながら、胸腺癌におけるTIMEの具体的な構成や、TILサブセットの空間的分布が臨床病理学的因子および予後(無再発生存期間や疾患特異的生存期間)に与える影響については、依然として未解明な点が多く、十分な解析が行われてこなかった。特に、デジタル画像解析を用いた高精度な空間的評価手法の適用は手薄であり、胸腺癌における免疫微小環境の空間的アーキテクチャがどのように臨床転帰と関連しているのかという点については、学術的な課題が残されている。さらに、胸腺癌におけるPD-L1発現とTIL浸潤の相関関係や、血清中の可溶性免疫チェックポイント分子の動態に関する知見も不足しており、効果的なバイオマーカーの確立に向けた詳細な検討が強く求められていた。このように、胸腺癌における予後予測因子の確立と治療適応の最適化のためのエビデンスが圧倒的に不足していることが、臨床現場における大きな課題であった。
目的
本研究の目的は、外科的に切除された胸腺癌患者の組織検体を用いて、腫瘍免疫微小環境 (TIME) の空間的および定量的な特徴を詳細に解析することである。具体的には、デジタル画像解析ソフトウェアを用いて、腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の各種サブセット(CD3陽性、CD4陽性、CD8陽性、FoxP3陽性、CD56陽性細胞)の密度を、腫瘍内領域 (iTIL: intratumoural tumour-infiltrating lymphocyte) と間質領域 (sTIL: stromal tumour-infiltrating lymphocyte) に厳密に区分して定量評価する。さらに、腫瘍細胞におけるPD-L1発現状況(TPS: Tumour Proportional Score および H-score)およびPD-1発現状況を評価し、これら免疫組織化学染色 (IHC: immunohistochemistry) パラメータと臨床病理学的因子(Masaoka-Koga病期、TNM: tumour-node-metastasis 病期、術前補助療法の有無など)との関連性を明らかにする。最終的に、これらの空間的免疫プロファイルが患者の無再発生存期間 (FFR: freedom from recurrence) および疾患特異的生存期間 (CSS: cause-specific survival) に与える影響を評価し、胸腺癌における新たな予後予測バイオマーカーとしての有用性や、免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) 治療の適応選択における臨床的意義を検証することを目的とする。
結果
患者背景と臨床病理学的特徴: 解析対象となった胸腺癌患者39例の平均年齢は 57.91 ± 16.02 歳であり、男性が23例 (59%)、女性が16例 (41%) であった (Table 1)。組織型は扁平上皮癌 (SCC: squamous cell carcinoma) が29例 (74.4%) と大部分を占め、未分化癌が8例 (21.5%)、リンパ上皮腫様癌が2例 (5.1%) であった。Masaoka-Koga病期分類では、I期が2例 (5.1%)、II期が10例 (25.7%)、III期が14例 (35.9%)、IV期が13例 (33.3%) であり、TNM分類第8版ではI/II期の早期がんが13例 (33.3%)、III/IV期の進行がんが26例 (66.7%) であった。術前補助療法(誘導療法)は19例 (48.7%) に施行され、その内訳は化学療法が17例 (43.5%)、放射線療法が2例 (5.2%) であった。外科的完全切除(R0切除)は32例 (82.1%) で達成された。全コホートにおける無再発生存期間 (FFR) の平均値は 38.3 ± 49 ヶ月、疾患特異的生存期間 (CSS) の平均値は 43.1 ± 46 ヶ月、全生存期間 (OS) の平均値は 46.5 ± 45 ヶ月であった (Table 1)。
病期進行に伴うTIL密度の低下と空間的シフト: 腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の総密度を評価した結果、TNM分類における早期病期(I/II期)では、進行病期(III/IV期)と比較して、総CD3+ TIL密度 (p=0.05) および総CD8+ TIL密度 (p=0.02) が有意に高値であった (Fig. 2c, d)。さらに、TILの空間的分布を腫瘍内 (iTIL) と間質 (sTIL) に分けて解析したところ、進行病期(III/IV期)においては、早期病期と比較して腫瘍内におけるCD3+ iTIL密度 (p=0.04) およびCD8+ iTIL密度 (p=0.01) の有意な低下が認められた (Fig. 3b, e)。これは、腫瘍の進行に伴って細胞障害性T細胞をはじめとする免疫細胞が腫瘍内から間質領域へと空間的にシフトし、腫瘍細胞への直接的な攻撃能が抑制される免疫逃避機構の存在を示唆している。
PD-L1発現とTIL浸潤密度の正の相関: 腫瘍細胞におけるPD-L1発現を TPS で評価した結果、全体の71.8% (28例) がPD-L1陽性(TPS ≥ 1%)であり、そのうち28.2% (11例) が高発現(TPS ≥ 50%)を示した (Fig. 2e)。PD-L1高発現腫瘍では、PD-L1陰性腫瘍と比較して、CD3+ (p=0.006)、CD4+ (p=0.01)、CD8+ (p=0.02)、およびFoxP3+ (p=0.009) のすべてのTILサブセットの密度が有意に高値であった (Fig. 2f, g)。組織におけるPD-L1の H-score とCD3+ TIL密度との間には、中程度の有意な正の相関が認められた(Spearman r=0.422, p<0.0001, cohort n=39 patients) (Supplementary Fig. 3)。一方で、血清中の可溶性PD-L1濃度は、胸腺癌患者において 134.43 ± 18.51 pg/ml であり、健常対照群の 82.01 ± 6.34 pg/ml と比較して有意に高値であったが (p=0.001)、組織におけるPD-L1発現量と血清PD-L1濃度との間には有意な相関は認められなかった(Spearman r=0.15, p=0.35, cohort n=12 patients)。
間質TIL密度およびFoxP3陽性細胞による生存率の改善: カプラン・マイヤー法を用いた10年生存解析において、間質におけるTILの密度が予後と強く関連していることが示された。間質CD4+ sTIL高密度群は、低密度群と比較して有意に良好な10年CSSを示した (91% vs 32%, p<0.001) (Fig. 4b)。同様に、間質CD8+ sTIL高密度群においても、低密度群と比較して有意な10年CSSの改善が認められた (76% vs 39%, p=0.008) (Fig. 4d)。さらに、FoxP3+ TIL高密度群は、低密度群と比較して10年FFR (49% vs 29%, p=0.037) および10年CSS (84% vs 33%, p=0.003) の両者において有意に優れた臨床転帰を示した (Supplementary Fig. 5e)。単変量解析では、間質におけるCD4+、CD8+、およびFoxP3+ TILの高密度浸潤がFFRおよびCSSの有意な予後良好因子として同定されたが、多変量コックス回帰分析では、これらの免疫組織化学的パラメータは独立した予後因子としては確認されなかった。
TIME分類に基づく予後層別化: Tengらの分類(Taube et al. ClinCancerRes 2014)に基づき、PD-L1発現(TPS ≥ 1%)とTIL浸潤(sCD4+および/またはsCD8+ TIL高密度)の有無により腫瘍免疫微小環境 (TIME) を4つのタイプに分類した (Fig. 5)。その結果、Type I(PD-L1+/TILs+; 適応免疫耐性)が51.3% (20例)、Type II(PD-L1-/TILs-; 免疫学的無知)が15.4% (6例)、Type III(PD-L1+/TILs-; 内因性誘導)が20.5% (8例)、Type IV(PD-L1-/TILs+; 免疫寛容)が12.8% (5例) であった。生存解析において、TIL陽性腫瘍に対応するType IおよびType IVは、TIL陰性腫瘍(Type IIおよびType III)と比較して有意に良好なCSSを示した(Type I vs Type II: p<0.0001, Type I vs Type III: p=0.006, Type IV vs Type II: p=0.019, Type IV vs Type III: p=0.027) (Fig. 5)。この結果は、十分なTIL浸潤が存在する「Hot tumor」が、PD-L1発現の有無に関わらず、胸腺癌患者において良好な生存期間をもたらすことを示している。
考察/結論
本研究は、極めて稀で攻撃的な悪性腫瘍である胸腺癌において、デジタル画像解析技術を用いて腫瘍免疫微小環境 (TIME) の空間的・定量的評価を詳細に行った初の研究である。
先行研究との違い: これまでの多くの研究では、腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の評価は全領域を対象とした大まかな半定量評価にとどまっていた。これに対し、本研究はTILの分布を腫瘍内 (iTIL) と間質 (sTIL) に厳密に区分して定量評価した点で、全領域の一括評価のみを行っていた先行研究と異なる。また、FoxP3陽性細胞(制御性T細胞: Treg)の浸潤密度が高い症例で予後が良好であったという結果は、肺癌や腎細胞癌などの他の多くの固形がんにおいてTreg浸潤が予後不良因子とされることと対照的である。これは、胸腺がTregの主要な誘導部位であるという胸腺癌固有の生物学的特性を反映している可能性が考えられる。
新規性: 本研究は、デジタル顕微鏡と QuPath を用いた高精度な画像解析により、胸腺癌におけるTILサブセットの空間的再配置(早期から進行期にかけての腫瘍内から間質へのシフト)を本研究で初めて明らかにした。また、PD-L1高発現が各種TILサブセットの高度な浸潤と有意に相関していることを示し、胸腺癌におけるアダプティブ免疫耐性 (adaptive immune resistance) の存在を新規に実証した。
臨床応用: これらの知見は、胸腺癌における免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) 治療の個別化や適応選択において、極めて重要な臨床的意義を持つ。特に、Tengの分類におけるType I (PD-L1+/TILs+) が全体の半数以上 (51.3%) を占めていた事実は、多くの胸腺癌患者が抗PD-1/PD-L1抗体療法の恩恵を受けられる可能性を示唆しており、臨床現場における治療方針決定のガイドライン策定に貢献する。また、術前補助療法(ネオアジュバント)としてのICI使用や、術後補助療法における免疫プロファイルの活用といった臨床応用への展開が期待される。
残された課題: 本研究にはいくつかの limitation が存在する。第一に、単一施設における後方視的コホート研究であり、解析対象が手術を施行された39例に限定されているため、選択バイアス (selection bias) を完全に排除することは困難である。第二に、単変量解析では間質TIL密度が極めて強力な予後因子として同定されたものの、多変量解析では独立した予後因子としての有意性を確認できなかった。この点は、サンプルサイズが限定的であったことに起因すると考えられ、今後の課題として、多施設共同コホートによる大規模な検証が必要である。また、血清中の可溶性PD-L1の動態と組織発現との乖離についても、その詳細なメカニズムの解明が今後の課題として残されている。
方法
本研究は、ウィーン医科大学胸部外科において2000年から2020年までに外科的切除を施行された胸腺癌患者53例を対象とした後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) である。本研究はウィーン医科大学の機関倫理委員会の承認(承認番号: EC#1053/2016)を得て、ヘルシンキ宣言の倫理指針に準拠して実施された。対象患者53例のうち、組織の質が不十分であった14例を除外し、最終的に適切な組織検体と完全な臨床病理学的データが得られた39例を解析対象とした。 切除された腫瘍組織はホルマリン固定パラフィン包埋され、2 µm厚の連続切片を作製した。免疫染色には自動染色装置である Leica Bond-III (automated immunostainer) を用い、CD3、CD4、CD8、FoxP3、CD56、PD-1、およびPD-L1に対する特異的抗体を用いて免疫組織化学染色 (IHC) を施行した。染色されたスライドは、倒立顕微鏡 Nikon Ti-Eclipse および画像解析ソフトウェアである Nikon NIS-AR (Nikon Imaging Software - Advanced Research) を用いて高解像度デジタルスキャンを行った。 デジタル画像解析には、オープンソースのデジタル病理画像解析ソフトウェアである QuPath (digital pathology image analysis software) v0.2.3 を使用した(Bankhead et al. SciRep 2017)。関心領域 (ROI: region of interest) として、腫瘍内領域 (iTIL) と間質領域 (sTIL) を手動でアノテーションした。iTILは腫瘍細胞と直接接触しているか、あるいは腫瘍細胞から20 µm以内の距離にあるリンパ球と定義し、sTILは腫瘍間質内に存在し腫瘍細胞から20 µmより離れた位置にあるリンパ球と定義した。QuPathの自動細胞検出アルゴリズムを用いて、各領域における陽性細胞密度(cells/mm²)を算出した。PD-L1発現は、腫瘍細胞における膜染色の割合を示す TPS および H-score を用いて半定量的に評価した。また、患者の血清サンプルを用いて、可溶性PD-L1、可溶性PD-1、および BCL-2 (B-cell lymphoma 2) の濃度を酵素結合免疫吸着測定法 (ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay) により測定した。 統計解析には IBM SPSS Statistics v-25.0 を使用した。データの非正規分布を考慮し、群間比較には Kruskal-Wallis 検定または Mann-Whitney U 検定 (Mann-Whitney U test) を用いた。変数間の相関は Spearman の順位相関係数 (Spearman’s rank correlation coefficient) を用いて評価した。生存解析におけるエンドポイントは、ITMIG (International Thymic Malignancies Interest Group) の定義に基づき、無再発生存期間 (FFR) および疾患特異的生存期間 (CSS) を設定し、術後10年でセンサー(censor)した。生存曲線の推定にはカプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) を用い、群間比較にはログランク検定 (log-rank test) を適用した。予後因子の同定には単変量および多変量のコックス比例ハザード回揮分析 (Cox proportional hazards regression analysis) を施行した。すべての統計学的検定において、p値が0.05未満の場合を有意と判定した。