- 著者: Falkson CB, Bezjak A, Darling G, Gregg R, Malthaner R, Maziak DE, Yu E, Smith CA, McNair S, Ung YC, Evans WK; Lung Cancer Disease Site Group of Cancer Care Ontario’s Program in Evidence-Based Care
- Corresponding author: Conrad B. Falkson (Cancer Centre of Southeastern Ontario, Kingston General Hospital, Ontario, Canada)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2009
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 19557895
背景
胸腺腫 (thymoma) は胸腺上皮 (thymic epithelium) に由来する極めて稀な縦隔腫瘍であり、米国における年間発生率は 10万人年あたり 0.15例 程度と報告されている (Engels et al. IntJCancer 2003)。本腫瘍は一般に緩徐進行性 (indolent) の経過をたどるが、局所浸潤性が強く、胸膜や心膜への播種を伴うことが多い。また、完全切除後であっても10年あるいは20年以上の歳月を経てから晩期局所再発を来すという臨床的特徴を有している。組織学的分類には、A型、AB型、B1型、B2型、B3型、およびC型 (胸腺癌) に分類されるWHO組織分類が広く用いられており、10年生存率は WHO分類の組織型 (A型 97% → AB型 95% → B1型 92% → B2型 81% → B3型 62% → C型 29%) に応じて段階的に低下することが示されている (Detterbeck et al. AnnThoracSurg 2006)。病期分類としては、被膜浸潤や周囲臓器への浸潤度、播種・転移の有無に基づいたMasaoka分類 (Stage IからIVb) が予後予測において最も信頼性の高い指標として定着している (Masaoka et al. Cancer 1981)。
しかしながら、胸腺腫の治療管理における臨床的課題 (knowledge gap) として、以下の4点が長年にわたり未解決のまま残されていた。第一に、疾患の希少性ゆえに大規模なランダム化比較試験 (RCT) の実施が極めて困難であり、治療方針の決定を支える高レベルのエビデンスが圧倒的に不足していたこと。第二に、Stage IIにおける完全切除後の術後補助放射線療法 (PORT) の適応基準が曖昧であり、施設間で治療方針に大きな乖離が存在したこと。第三に、Stage IIIおよびIVの局所進行・転移性病変に対する外科切除、化学療法、放射線療法の最適な集学的治療シーケンス (multimodal sequencing protocol) が未確立であったこと。第四に、再発例に対する標準的救済治療 (rescue strategy) のガイドラインが存在しなかったことである。
日本の1,320例を対象とした大規模後向き共同研究である Kondo & Monden 2003 (Kondo et al. AnnThoracSurg 2003) や、Regnard et al. による307例の単一施設解析などの優れた後向き研究は存在したものの、これらを体系的に統合し、臨床現場で即座に実践可能な包括的ガイドラインとして提示した試みは北米を含めこれまでになかった。そこで、Cancer Care Ontario (CCO) の肺がん疾患サイトグループ (Lung Cancer Disease Site Group: Lung DSG) は、系統的文献レビューと厳格なコンセンサス形成手法を用いて、胸腺腫の標準的治療管理を体系化した初の臨床実務ガイドラインの策定に着手した。
目的
本研究の目的は、胸腺腫の治療管理 (外科切除、放射線療法、化学療法) に関する包括的な系統的文献レビュー (systematic review) を実施し、得られたエビデンスと修正Delphi法 (modified Delphi method) による専門家パネルの合意形成プロセスを統合することで、Masaoka Stage IからIVbおよび再発例に対する 40項目の実践的臨床推奨事項 (clinical practice recommendations) を策定し、臨床現場における意思決定の標準化と治療成績の向上を図ることである。
結果
Stage I/IIにおける完全切除率と病期別生存率の解析: 完全切除されたMasaoka Stage I胸腺腫患者 29例を対象とした唯一の小規模ランダム化比較試験 (RCT) において、術後補助放射線療法 (PORT) を施行した群 (n=16) と手術単独群 (n=13) との間で、5年および10年生存率に有意差はなく、いずれの群でも再発や転移は認められなかった (Table 1)。一方、大規模後向き研究および全国調査 (n=140〜1,093) から得られたデータに基づくと、外科切除を主軸とした集学的治療後の5年生存率は、Stage Iで 89%〜100%、Stage IIで 71%〜97%、Stage IIIで 68%〜89%、Stage IVで 47%〜69% と、病期の進行に伴い段階的に低下する階層的予後パターンが確認された (Table 1)。特に、Kondo & Monden 2003 (Kondo et al. AnnThoracSurg 2003) の 1,093例の解析では、完全切除 (R0切除) を達成した患者の割合が予後を左右する最も重要な因子であることが示され、Stage I/IIでの完全切除率は 100% であったのに対し、Stage IIIでは 63% に低下していた。不完全切除例であっても、最大限の減量手術 (maximal debulking) を行うことで、その後の放射線療法の効果が高まり生存率向上に寄与することが示唆された。
Stage III/IV局所進行例に対する術前導入化学放射線療法の成績: Masaoka Stage III/IVの局所進行胸腺腫患者を対象とした3つの前向き臨床試験 (総計 n=61例) において、シスプラチンベースの術前導入化学放射線療法 (neoadjuvant chemoradiotherapy) の治療成績が評価された (Table 2)。Kim et al. (n=22, Stage III 50%, Stage IV 50%) による第II相試験では、PAC療法 (シスプラチン + ドキソルビシン + シクロホスファミド) とプレドニゾロンの併用による導入療法後、16例で完全切除 (R0) を達成し、客観的奏効率 (ORR) は 76%、完全奏効 (CR) 率は 14% であった。この試験における5年生存率 (OS) は 95% (95% CI 85-100%, p<0.001)、5年無増悪生存率 (PFS) は 77% と極めて良好な成績を示した。一方、Berruti et al. (n=16, Stage III 63%, Stage IV 38%) による ADOCレジメン (シスプラチン + ドキソルビシン + ビンクリスチン + シクロホスファミド) を用いた試験では、ORR 81%、CR 6% を達成したものの、5年OSは 31% (95% CI 12-50%, p=0.015)、5年DFSは 31% にとどまり、試験間での予後の異質性が示された。Loehrer et al. (n=23, Stage III 96%, Stage IV 4%) によるインターグループ共同試験では、PAC療法に続いて 54 Gy の胸部放射線療法を施行し、ORR 70%、CR 22% を得た。この試験での5年OSは 53% (95% CI 32-74%, p=0.003)、5年PFSは 54% であった。
切除不能・転移性進行例に対する化学療法および放射線療法の成績: 切除不能または転移性の進行胸腺腫に対する一次化学療法として、5つの前向き試験 (総計 n=111例) のデータが統合された (Table 2)。Loehrer et al. (n=38, Stage III 5%, Stage IV 89%) による第II相試験では、ソマトスタチン受容体陽性例に対してオクトレオチド単独またはプレドニゾン併用療法が検証され、ORR 53%、CR 5% を達成し、2年OSは 76% (95% CI 62-90%, p=0.002) であったが、2年PFSは 13% と低値であった。また、Loehrer et al. (n=28, Stage III 21%, Stage IV 78%) による VIPレジメン (エトポシド + イホスファミド + シスプラチン) の試験では、ORR 32%、CR 0% であり、2年OSは 70% であった。Giaccone et al. (n=16) によるシスプラチン + エトポシド (PE) 療法の試験では、ORR 56%、CR 31% を示し、2年OSは 約79% であった。放射線療法単独の成績としては、Sur et al. による Stage III 浸潤性胸腺腫 25例を対象とした前向き試験において、平均線量 46.36 Gy (32.4〜58 Gy) の照射により、5年OS 72%、5年DFS 81%、5年局所再発率 15% という良好な局所制御効果が示された。
修正Delphi法によるStage IおよびII治療推奨事項の策定: 修正Delphi法により、Stage IおよびIIの標準治療について以下の強い合意 (strong consensus) が形成された (Table 3)。Stage Iにおいては、(1) 被膜および周囲の縦隔脂肪組織を含む胸腺全摘術 (正中胸骨切開アプローチ) を標準治療として強く推奨する。(2) 完全切除が行われた場合、術後補助放射線療法 (PORT) および術後化学療法は一切推奨しない (同意率 95%)。(3) 胸腔鏡下手術 (VATS: video-assisted thoracic surgery) などの低侵襲手術は、当時は標準治療とはみなさない。Stage IIにおいては、(1) 外科的完全切除を標準治療とする。(2) Stage IIA (顕微鏡的被膜浸潤) に対する術後補助放射線療法は原則として推奨しない。ただし、Stage IIB (肉眼的被膜浸潤)、切除断端陽性または極めて近接 (<1 mm)、WHO分類で悪性度の高い Type B (B2, B3)、あるいは心膜への強固な癒着を認める高リスク症例においては、局所制御率向上のために術後補助放射線療法の追加を考慮すべきである (同意率 82%)。
修正Delphi法によるStage III/IVおよび再発例の集学的治療推奨事項: 局所進行病変に対する集学的アプローチおよび再発例について、以下の推奨事項が策定された (Table 3)。Stage IIIにおいては、(1) 切除可能または切除可能性が期待される症例では外科切除を考慮する。術前評価で完全切除が困難と予測される場合は、シスプラチンベースの術前導入化学療法 (PACまたはADOCレジメン) または導入化学放射線療法を強く推奨する。(2) 術中に完全切除が不可能と判明した場合でも、可能な限りの減量手術 (maximal debulking) を行い、残存腫瘍にクリップでマーキングを施して術後放射線療法 (PORT) を施行することを推奨する。(3) 術後補助放射線療法は、完全切除・不完全切除を問わず、Stage III症例全般に対して標準治療として推奨する。(4) 両側横隔神経の合併切除は、術後に重篤な呼吸不全や排痰困難を来すため推奨しない。Stage IVAにおいては、胸膜・心膜播種結節がすべて切除可能な場合に限り外科切除を考慮する。切除不能な播種を伴う場合は、シスプラチン + アントラサイクリン系薬剤を含む全身化学療法、または化学放射線療法を推奨する。Stage IVBにおいては、症例が極めて稀であるため一律の推奨は行わず、個別対応 (case-by-case) とする。再発例においては、局所再発に対しては再切除が可能であれば外科的切除を第一選択として考慮し、多発再発や切除不能な局所再発に対してはシスプラチンベースの化学療法やオクトレオチド + ステロイド療法を検討する。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、単一施設の後向きコホート解析や、特定の化学療法レジメンのみを検証した小規模な前向き試験とは異なり、過去に発表されたすべての主要エビデンスを系統的にレビューし、さらにカナダ全土の多職種エキスパートによる修正Delphi法を用いた形式的合意形成プロセスを統合して作成された。従来のガイドライン (例えば初期のNCCNガイドラインなど) が、少数の専門家の主観的な意見 (expert opinion) のみに依存して作成されていたのに対し、本ガイドラインは客観的な系統的レビューと、同意率の定量的評価 (75%以上を強い合意とする等) を組み合わせた厳格な方法論的アプローチを採用している点で決定的に異なっている。
新規性: 本研究により、胸腺腫の管理における 40項目に及ぶ詳細な意思決定アルゴリズムが本研究で初めて新規に提示された。特に、これまで臨床現場で最も議論のあった「Masaoka Stage IIにおける術後補助放射線療法の適応」について、一律の照射を否定しつつ、被膜浸潤 (Stage IIB)、切除断端近接、WHO分類 Type B、心膜癒着という具体的な4つの高リスク因子を同定して個別化治療の基準を明文化した点は、本ガイドラインが有する最大の新規性である。また、Stage III/IVAにおける術前導入療法の有用性と、シスプラチンベースの多剤併用化学療法 (PAC, ADOC) の標準化を明確に打ち出した点も新しい。
臨床応用: 本ガイドラインの策定は、希少疾患である胸腺腫の日常臨床における治療標準化に直結する。臨床現場において、医師は本推奨を適用することで、Stage Iにおける不要な術後補助療法の回避による毒性軽減、Stage II高リスク例に対する適切なPORTの選択、およびStage IIIにおける neoadjuvant療法 + 手術 + PORT という集学的シーケンスの最適化を自信を持って行うことができる。また、再発例に対する外科切除やオクトレオチド療法の適応判断が標準化され、地域や施設による治療格差の是正に大きく貢献する。
残された課題: 今後の検討課題および本研究の limitation として、以下の5点が挙げられる。第一に、胸腺腫の希少性ゆえに根拠となるエビデンスの大部分が依然として後向き研究に依存しており、エビデンスレベルの限界が存在すること。第二に、文献検索が1996年から2006年に限定されているため、強度変調放射線治療 (IMRT) などの現代的な照射技術や、新規化学療法剤のデータが反映されていないこと。第三に、予後や生物学的特性が異なる胸腺癌 (Type C) を除外して胸腺腫に特化しているため、胸腺上皮性腫瘍全体の包括的ガイドラインとしては不十分な点があること。第四に、Delphi法に参加した専門家がカナダ国内に限定されており、アジアや欧州の治療開発状況 (例えば日本のJCOGや欧州のEORTCの知見) との整合性において地域的偏りがあること。第五に、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬 (pembrolizumab等) の登場に伴う最新の薬物療法データがカバーされていないことである。今後は、ITMIG (International Thymic Malignancy Interest Group) などの国際協調組織を通じた多施設共同前向き臨床試験によるエビデンスの蓄積と、ガイドラインの継続的なアップデートが必要である。
方法
系統的文献レビューのプロトコールと検索データベース: MEDLINE (Ovid) および PubMed データベースを用い、1996年1月から2006年6月までに発表された文献を対象に検索を実施した。検索キーワードには “thymoma” および “thymic neoplasms” を設定し、治療法に関する用語 (surgery, radiotherapy, chemotherapy, PAC, ADOC 等) と組み合わせた。
選択基準: (1) 前向き研究の場合は登録症例数が 10例以上、(2) 後向き研究の場合は登録症例数が 100例以上、(3) 英語で執筆された査読付き論文、(4) 外科切除、放射線療法、化学療法の単独または併用療法を施行し、生存率 (overall survival: OS)、無病生存率 (disease-free survival: DFS)、無増悪生存率 (progression-free survival: PFS)、客観的奏効率 (objective response rate: ORR)、または再発率などの臨床転帰が明記されていること、とした。
除外基準: 症例報告 (前向き 10例未満、後向き 100例未満)、レビュー論文、胸腺カルチノイドまたは胸腺癌 (Type C) 単独の試験、および生存データが他の縦隔腫瘍や胸腺癌と混在して分離不可能な文献は除外した。最終的に、外科治療に関する文献として RCT 1件、後向きチャート監査 3件、全国アンケート調査 1件、および化学療法・放射線療法に関する前向き試験 9件が抽出された。
修正Delphi法による合意形成プロセス: カナダ全土の胸腺腫治療のエキスパート (呼吸器外科医、腫瘍内科医、放射線腫瘍医、病理医) を対象に、2ラウンドにわたる修正Delphiアンケートを実施した。Round 1 では、系統的レビューから作成された推奨草案に対し、7段階のリッカート尺度 (1 = 強く反対、7 = 強く同意) を用いて評価を求めた。得られたフィードバックを基に推奨案を修正し、Round 2 で再投票を行った。合意基準は以下のように厳格に定義した。
- 強い合意 (Strong agreement): 投票者の 75%以上が「同意 (リッカート尺度 6または7)」と回答。
- 合意 (Agreement): 投票者の 66%から75%が「同意」と回答。
- 不合意 (Disagreement): 投票者の 50%以上が「不同意 (リッカート尺度 1または2)」と回答。
- 不確定 (Equivocal): 上記のいずれにも該当しない場合。
統計解析においては、試験間の異質性 (heterogeneity) が高いためメタアナリシスによる統合は行わず、定性的記述統合 (narrative synthesis) を採用した。また、エビデンスレベルの評価には、各研究のデザイン、症例数、バイアスのリスクを考慮した定性的なエビデンス・グレーディング・システムを適用した。