- 著者: Asao T, Fujiwara Y, Sunami K, Kitahara S, Goto Y, Kanda S, Horinouchi H, Nokihara H, Yamamoto N, Ichikawa H, Kohno T, Tsuta K, Watanabe S, Takahashi K, Ohe Y
- Corresponding author: Yutaka Fujiwara (Department of Thoracic Oncology, National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2016
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 26898618
背景
胸腺癌は稀な悪性縦隔腫瘍であり、その発生率は米国で年間10万人あたり約0.15人と報告されている Engels et al. IntJCancer 2003。胸腺上皮性腫瘍全体の約10〜15%を占め、悪性度が高く予後不良であることが特徴である Kondo et al. AnnThoracSurg 2003。進行胸腺癌に対する標準的な薬物治療は確立されておらず、大規模なランダム化比較試験のエビデンスは不足している。一次治療としては、プラチナ製剤やアントラサイクリンを含む化学療法が複数の第II相試験に基づいて広く用いられてきたが、その有効性や安全性に関する実臨床での包括的なデータは限られていた Falkson et al. JThoracOncol 2009。
特に二次治療以降の選択肢はさらに限定されており、治療に難渋するケースが多い。近年、血管内皮増殖因子受容体 (VEGFR) や幹細胞因子受容体 (KIT) などの複数の分子標的を阻害するマルチターゲットチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) が、多施設共同の第I/II相試験において有望な結果を示しつつあった Thomas et al. LancetOncol 2015。しかし、これらの治験薬が実臨床でどの程度の有効性を示すか、またその効果と患者の遺伝子プロファイルとの関連については未解明な点が多かった。例えば、KIT変異が胸腺癌の一部で報告されているものの、その頻度やTKI治療との関連はまだ十分に理解されていなかった Strobel et al. NEnglJMed 2004。
胸腺癌の遺伝子プロファイルに関する研究はこれまでにも報告されているが、その規模は比較的小さく(15〜78例程度)、TP53、BAP1、SETD2、KRASなどの遺伝子変異が報告されていた Girard et al. ClinCancerRes 2009。しかし、50種類のがん関連遺伝子のホットスポット解析を大規模なコホートで行い、実臨床データと統合して治療効果との関連を検討した研究は不足していた。国立がん研究センター病院は、1973年から2014年までの40年以上にわたり、胸腺癌患者64例という比較的大きな単施設コホートを保有しており、この貴重なデータを用いて、薬物治療の経過と遺伝子プロファイルの包括的な後方視的解析を行うことが可能であった。本研究は、進行胸腺癌の治療戦略の最適化に資する新たな知見を提供することを目的とした。
目的
本研究の目的は、国立がん研究センター病院で治療を受けた胸腺癌患者64例の臨床データを後方視的に解析し、薬物治療(一次化学療法および二次以降の治験薬を含む化学療法)の有効性および安全性を評価することである。さらに、組織検体が利用可能な患者において、次世代シーケンシングを用いたターゲット遺伝子プロファイリングを実施し、検出された遺伝子変異の頻度と種類を明らかにするとともに、これらの遺伝子変異が化学療法の治療効果とどのように関連するかを検討することである。特に、マルチターゲットTKIを含む治験薬の臨床的有用性を探索的に評価し、将来の治療開発に向けた基礎的な知見を得ることを目指した。本研究は、胸腺癌における治療効果と遺伝子変異の関連性について、実臨床における大規模な後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) として、新たなエビデンスを構築することを意図している。
結果
患者背景と治療分布: 連続する胸腺癌患者64例が解析対象となった。中央年齢は57歳(範囲22-77歳)で、男性が38例(59.3%)を占めた。最も一般的な組織型は扁平上皮癌で47例(73.4%)であり、次いで低分化癌が7例(10.9%)、胸腺癌NOS(not otherwise specified)が7例(10.9%)であった。Masaoka病期では、Stage IIIが18例(28.1%)、Stage IVaが18例(28.1%)、Stage IVbが20例(31.3%)と、進行期の患者が多数を占めていた。ECOG PS 0-1の患者が96.8%と良好な全身状態であった。化学療法を受けた36例の患者背景も、全体群と類似していた (Table 2)。
一次化学療法 (CBDCA+PTX) の成績: 36例中35例の化学療法データが1978年から2014年の期間で利用可能であった。一次治療として、カルボプラチンとパクリタキセル (CBDCA+PTX) が24例(66.7%)に投与され、その他プラチナ製剤レジメンが11例(30.6%)に投与された。一次化学療法全体のPFS中央値は7.07ヶ月(95% CI 5.67-8.93ヶ月)であり、OS中央値は32.6ヶ月(95% CI 23.2-43.4ヶ月)であった (Fig. 1)。CBDCA+PTXレジメン単独での奏効率 (RR) は27.8%(95% CI 12.3-48.6%)、病勢制御率 (DCR) は86.1%(95% CI 73.1-100%)であった。CBDCA+PTXのPFS中央値は8.9ヶ月(95% CI 5.7-13.5ヶ月)、OS中央値は34.8ヶ月(95% CI 13.57-50.7ヶ月)であった。これらの結果は、既存の第II相試験(例えば Lemma et al. JClinOncol 2011 やWJOG4207L)で報告されたデータと概ね一致する実臨床でのアウトカムを示している。
二次以降の治験薬投与の探索的解析: 15例(23.4%)が二次以降の化学療法を受け、そのうち13例(20.3%)には合計24種類の治験薬が投与された (Table 3)。治験薬の内訳は、マルチターゲットTKIが8剤(33.3%)、細胞傷害性薬剤が5剤(15.1%)、免疫チェックポイント阻害薬が2剤(8.3%)、その他の治験薬が9剤であった。前治療数の中央値は2(範囲1-7)であった。治験薬投与群全体での部分奏効 (PR) は2例(8.3%)であり、そのうち1例はマルチターゲットTKI、もう1例は細胞傷害性薬剤によるものであった。安定病変 (SD) は10例(41.7%)で認められた。治験薬を投与された患者のうち、6例(25%)が6ヶ月以上の疾患制御を達成した (Fig. 2)。特にマルチターゲットTKIは、より長いTTF(30-842日)と関連していることが示唆された。免疫チェックポイント阻害薬を投与された2例はいずれもSDであり、TTFはそれぞれ46日と559日であった。
遺伝子プロファイル (NGS) と治療効果の関連: 52例(81.3%)の組織検体でターゲットシーケンシングによる遺伝子プロファイル解析が可能であった。遺伝子変異は7例(13.5%)で検出された (Table 4)。検出された変異の内訳は、TP53が4例(7.5%)、KRASが2例(3.8%)、FBXW7が2例(3.8%)、NRASが1例(1.9%)であった。KIT、BRAF、EGFR、FGFR、METの変異は認められなかった。複合変異は2例で検出され、それぞれTP53とKRAS、TP53とFBXW7の変異であった。本研究における遺伝子変異検出率13.5%は、他研究(例えば Girard et al. ClinCancerRes 2009 の62%など)と比較して低い傾向にあった。化学療法を受けた36例中、組織検体が利用可能であった23例(63.8%)のうち、4例(17.3%)で変異が検出された。これら4例は全てCBDCA+PTXによる一次化学療法を受けており、PFS中央値は7.3ヶ月(95% CI 6.8ヶ月-算出不能)であった。遺伝子変異の有無と化学療法奏効との間に明確な相関は認められなかった。治験薬を投与された13例中9例でターゲットシーケンシングが実施されたが、遺伝子変異が検出されたのは1例(NRAS変異)のみであった。
考察/結論
新規性: 本研究の最も重要な臨床的知見は、進行胸腺癌に対する二次以降の治療において、治験薬、特にマルチターゲットTKIが臨床的有効性を示した点である。治験薬を投与された患者の25%(6/24例)が6ヶ月以上の疾患制御を達成し、マルチターゲットTKIがより長いTTF(30-842日)と関連することが示唆された。この結果は、KIT変異が検出されなかったにもかかわらずTKIに活性が認められたことから、胸腺癌の維持・増殖にKIT非依存的なVEGFR、PDGFR、FGFRなどの経路が関与している可能性を示唆する。この知見は、後に報告されたスニチニブの第II相試験(Thomas et al. LancetOncol 2015)における胸腺癌患者での奏効率26%という成績と一致しており、本研究の探索的解析がその後の大規模試験の方向性を示唆した点で新規性がある。
先行研究との違い: 一次化学療法としてのCBDCA+PTXの成績(PFS中央値8.9ヶ月、OS中央値34.8ヶ月)は、既存の第II相試験(Lemma et al. JClinOncol 2011、WJOG4207L)のデータと概ね一致しており、実臨床におけるこのレジメンの有効性を裏付けるものであった。全生存期間中央値32.6ヶ月は、当時の進行胸腺癌に対する一次化学療法データとしては良好な成績であり、国立がん研究センター病院における集学的治療の質の高さを示唆している。しかし、遺伝子プロファイル解析において、本研究での遺伝子変異検出率が13.5%と、Girard et al. ClinCancerRes 2009 の62%や Wang et al. SciRep 2014 などの他研究と比較して低い傾向にあった点は、これまで報告されたデータと対照的である。
残された課題: この違いの主な原因としては、本研究で用いた50遺伝子ホットスポットパネルの解析範囲が限定的であったこと(全エクソーム解析ではない)、FFPE検体の品質問題、および本コホートが40年以上にわたる長期間の検体を含んでいたことが考えられる。KIT変異が0%であったことは、当時の他コホートでの0-10%の報告と概ね矛盾しない。TP53変異が最も多く検出された(7.5%)ことは、胸腺癌における先行報告と一致する。しかし、本研究では遺伝子変異の有無と化学療法奏効との間に明確な相関は認められなかった。今後の検討課題として、全エクソームシーケンシングや全ゲノムシーケンシングによるより包括的な遺伝子プロファイリングを実施し、胸腺癌の分子メカニズムをさらに深く理解する必要がある。
臨床応用: また、マルチターゲットTKIの前向き試験を計画し、有効なバイオマーカーを探索することで、個別化医療の実現に向けた臨床応用が期待される。本研究は、希少疾患である胸腺癌に対する薬物治療、特に治験薬の有効性と遺伝子プロファイルの現状を明らかにし、今後の研究方向性を示す重要な知見を提供した。
方法
本研究は、国立がん研究センター病院において1973年4月から2014年3月までの期間に治療を受けた連続する胸腺癌患者64例を対象とした後方視的コホート研究である。本研究は国立がん研究センター病院の倫理委員会によって承認された。対象患者の臨床情報は、診療録から収集され、診断時の年齢、性別、組織型、Masaoka病期 Masaoka et al. JThoracOncol 2010、治療歴、治療反応、および生存データが含まれた。
薬物治療を受けた36例については、一次化学療法および二次以降の化学療法の有効性を評価した。治療反応は、治験責任医師によって評価された最良総合効果 (best overall response) に基づいた。治療失敗までの期間 (TTF: time to treatment failure) は、各治療開始から病勢進行、治療毒性、患者の希望、または死亡による治療中止までの期間と定義された。無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival) は、各治療開始日から病勢進行またはあらゆる原因による死亡までの期間と定義され、追跡不能患者は打ち切りとされた。全生存期間 (OS: overall survival) は、診断日からあらゆる原因による死亡までの期間と定義され、追跡不能患者は打ち切りとされた。
組織検体が利用可能な52例(全体の81.3%)に対しては、遺伝子プロファイリングを実施した。検体はホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織52検体と新鮮凍結組織16検体から構成された。ゲノムDNAは、新鮮凍結組織からはQIAamp DNA mini Kit® (QIAGEN) を用いて、FFPE組織からはQIAamp DNA FFPE Tissue Kit® (QIAGEN) を用いて抽出された。DNA濃度はQubit® Fluorometer (Thermo Fisher Scientific) で定量された。
ターゲット深部シーケンシングには、Ion AmpliSeq Cancer Hotspot Panel v2® (Thermo Fisher Scientific) を使用した。このパネルは、50種類のがん関連遺伝子における2790のホットスポット変異を検出可能である。ライブラリ調製には10 ngのDNAサンプルが用いられ、ターゲット領域のPCR増幅後、アダプターDNAライゲーションが行われた。ライブラリDNA濃度は定量リアルタイムPCR (Ion Library Quantitation Kit®) で評価され、Ion Proton platform® (Thermo Fisher Scientific) を用いてシーケンシングが実施された。アレル頻度4%未満の変異は解析から除外された。
統計解析には、STATA version 13.1® (StataCorp) が用いられた。生存曲線はKaplan-Meier法を用いて算出された。