• 著者: Engels EA, Pfeiffer RM
  • Corresponding author: Eric A. Engels (Viral Epidemiology Branch, Division of Cancer Epidemiology and Genetics, National Cancer Institute, Rockville, MD, USA)
  • 雑誌: International Journal of Cancer
  • 発行年: 2003
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 12712448

背景

胸腺はTリンパ球の分化・成熟を司る適応免疫の中枢臓器であり、乳幼児期に最大となった後、加齢とともに脂肪組織へと置換され機能が低下する。胸腺上皮細胞から発生する胸腺腫は原発性胸腺腫瘍の中で最も頻度の高い組織型であり、腫瘍内に豊富なTリンパ球浸潤を伴う。胸腺腫において異常に教育されたTリンパ球が末梢血へ放出されることで、重症筋無力症 (myasthenia gravis)・赤芽球癆・結合組織疾患などの多彩な自己免疫疾患が引き起こされることは古くから知られている(Thomas et al. 1999; Souadjian et al. 1974)。

胸腺腫患者に多様な二次悪性腫瘍が高頻度に生じることは、複数の単施設後向き研究によって指摘されてきた。Welsh et al.(2000年、JAMA)は胸腺腫患者において乳がん・大腸がん・肺がん・前立腺がん・胃がんなどの癌腫に加えて白血病や非ホジキンリンパ腫 (NHL: non-Hodgkin’s lymphoma) を含む二次悪性腫瘍のリスクが広範に上昇すると報告した。Pan et al.(2001年)も同様の所見を報告し、その頻度は診断後20-28%に達するとした。これらの所見は、胸腺腫やその治療(胸腺摘除術・放射線治療)に伴うT細胞免疫異常が、免疫監視機構の破綻を通じて広範な悪性腫瘍の発症に関与する可能性を示唆するものであった。

しかし、これら先行研究はいずれも三次医療機関の単施設症例に基づくものであり、選択バイアスが強く、一般人口と比較した正確なリスク評価が「不足」していた。また、性別・年齢・人種別の胸腺腫発生率を人口ベースで記述した研究は皆無に等しく、疫学的実態の「知識ギャップ (gap in knowledge)」が残されたままであった。病因解明の手がかりとなる人口統計学的パターンの把握と、真の二次悪性腫瘍リスクの定量的評価が求められていた。

目的

本研究は、米国国立がん研究所 (NCI: National Cancer Institute) が主導する人口ベースがん登録データベースであるSEER (Surveillance, Epidemiology and End Results) プログラムのデータを用いて、(1) 米国における悪性胸腺腫発生率の年齢・性別・人種別パターンを記述すること、および (2) 胸腺腫診断後の患者における二次悪性腫瘍の発生リスクを一般人口と比較して定量的に評価することを目的とした。これにより、胸腺腫の病因仮説の構築と、治療後長期フォローアップにおける合理的なスクリーニング戦略への情報提供を意図した。

結果

胸腺腫の全体発生率と年齢別分布パターン: 1973年から1998年の間に、人種が判明している悪性胸腺腫はn=849例が同定され、全体の発生率は0.15/10万人年であった (Fig 1a)。症例の平均診断年齢は56歳であり、35歳未満での発症は全体の11%に過ぎなかった。全体の年齢特異的発生率は77歳まで上昇した後に低下する放物線状のパターンを示し、42歳にも傾きの変化(ショルダー)が観察された。joinpoint解析では、変化点なしモデルに比べて2変化点モデル(42歳と77歳)が有意に優れており (p=0.0004)、77歳のピークは偶然ではないと判断された(42-77歳と77歳超の傾きの差: p=0.007)。この特徴的な後期成人期ピークは、加齢に伴う胸腺上皮細胞の機能的変化が腫瘍形成確率に影響する可能性、または出生コホート効果を反映する可能性があると考察された。

人種別・性別の発生率の差異: 全体として男性の発生率は女性より有意に高かった(0.16 vs. 0.13/10万人年、それぞれ455例 vs. 394例、p=0.007)。人種別では、白人(0.12/10万人年、n=591)と比較して黒人(0.20/10万人年、n=120、p<0.0001)および「その他の人種」(0.29/10万人年、n=138、p<0.0001)で有意に高かった。年齢と人種の間には有意な交互作用が認められ (p=0.03)、各人種を個別に解析した。白人では72歳でピーク(joinpoint p=0.0002、傾きの変化 p<0.0001)、「その他の人種」では77歳でピークが観察された (Fig 1b,d)。1992-1998年の解析では、アジア系/太平洋諸島系においてハワイ州の発生率が他レジストリの2倍以上に上昇しており (p<0.0001)、これはアジア系/太平洋諸島系の高発生率(0.49/10万人年、n=28)に起因した (Fig 2a)。全アジア系/太平洋諸島系における発生率も72歳でピークに達し(joinpoint p=0.003)、男性の相対リスクは女性に対してRR 1.71(95% CI 1.12-2.60)と有意に高かった (Fig 2b)。この人種間格差は、ヒト白血球抗原 (HLA: human leukocyte antigen) 遺伝子多型など遺伝的要因の関与を示唆する所見として重要視された。

二次悪性腫瘍リスクの全体評価: 胸腺腫診断後2ヶ月時点で生存していたn=733例(うち69.4%が癌指向手術、70.1%が放射線治療を受療)を平均5.3年追跡した。この期間に66例の二次悪性腫瘍が観察され、全体の罹患リスクは一般人口より有意に高かった(SIR 1.5、95% CI 1.2-1.9)。二次悪性腫瘍を発症した患者における手術・放射線治療の受療割合(75%・72%)は全胸腺腫患者における割合とほぼ同等であり、治療の影響は限定的と考えられた (Table I)。呼吸器系・泌尿器系・生殖器系のがんでは有意なリスク上昇は認められなかった。

非ホジキンリンパ腫と特異的二次悪性腫瘍リスク: 最も顕著なリスク上昇を示したのはNHLであり、n=7例が観察され一般人口比で約4.7倍のリスク増加が認められた(SIR 4.7、95% CI 1.9-9.6、p=0.002)(Table I)。NHLリスクは胸腺腫診断後10年にわたって持続的に上昇しており、1年未満ではSIR 11.8(95% CI 1.4-42.5、n=2)、1-4年ではSIR 3.4(95% CI 0.4-12.2、n=2)、5-9年ではSIR 7.1(95% CI 1.5-20.9、n=3)と高値を示した。全NHLは放射線治療を受けた患者にのみ発生した。免疫表現型が判明した4例はすべてB細胞性腫瘍(びまん性大細胞型2例、小リンパ球型1例、低分化型1例)であった。消化器系がん全体のリスクも有意に上昇しており(SIR 1.8、95% CI 1.1-2.9、p=0.02、n=18)、食道(SIR 3.8、95% CI 0.5-13.6)・胃(SIR 2.8、95% CI 0.6-8.2)・結腸直腸(SIR 1.7、95% CI 0.8-3.1)での非有意な過剰リスクの累積として観察された (Table I)。軟部肉腫のリスクはSIR 11.1(95% CI 1.3-40.1、p=0.03、n=2)と極めて高く、悪性線維性組織球腫・MFH (malignant fibrous histiocytoma) と脂肪肉腫の2例によるものであった。放射線治療を受けた患者では急性非リンパ性白血病・ANLL (acute nonlymphocytic leukemia) のリスクも上昇していた(SIR 9.1、95% CI 1.1-32.8、n=2)。

複数二次悪性腫瘍と肺がんの合併: n=5例が2つの二次悪性腫瘍を発症した (Table II)。そのうち4例で肺がんの合併が認められた。2つの二次悪性腫瘍を発症した患者における肺がんの割合(4/10 = 40%)は、1つのみを発症した患者(6/56 = 11%)と比較して有意に高く (p=0.04)、胸腺腫・肺がん・他悪性腫瘍の三者関連が示唆された。

考察/結論

先行研究との違い: これまでの単施設後向き研究(Souadjian et al. 1968; Welsh et al. 2000; Pan et al. 2001)では、胸腺腫後の二次悪性腫瘍が20-28%の患者に発生し、乳がん・大腸がん・白血病など多種多様ながん種のリスクが広範に上昇すると報告されていた。しかし本研究の人口ベースデータによる結果は「既報」と「対照的」であり、二次悪性腫瘍の全体発生率は9%(66/733例)に過ぎず、有意なリスク上昇はNHL・消化器系がん・軟部肉腫に限定されることが示された。この解離は、先行研究が三次医療機関の紹介患者に基づく選択バイアスを強く受けており、リスクを過大評価していた可能性を示唆する。また、先行研究が「良性」胸腺腫を含んでいたことも差異の一因として挙げられるが、良性胸腺腫がより高頻度に二次がんと関連するとは考えにくい。本研究は「これまでの研究」と異なり、一般人口の期待罹患数と比較する標準化比を用いた初の人口ベース解析として、より信頼性の高いリスク推定を提供している。

新規性: 本研究の最も「新規な」貢献は、悪性胸腺腫の人口ベースでの年齢別・人種別・性別発生率を初めて系統的に記述した点にある。特に、白人とアジア系/太平洋諸島系で発生率が72-77歳にピークに達した後に低下するパターンは「novel」な疫学的知見である。この後期成人期ピークは加齢に伴う胸腺上皮細胞の機能変化(活性低下・アポトーシス感受性増大など)が腫瘍形成確率に影響する生物学的機序を示唆するが、出生コホート効果や高齢者における診断不足の可能性も否定できない。アジア系/太平洋諸島系(0.49/10万人年)が白人(0.12/10万人年)の4倍以上の発生率を示すという人種格差も「これまで報告されていない」重要な発見であり、HLA遺伝子多型をはじめとする遺伝的要因の関与を強く示唆する。後年の統合的ゲノム解析(Radovich et al. CancerCell 2018)でも、胸腺上皮腫瘍における多様な遺伝子変化が明らかにされており、本研究の提示した遺伝的素因仮説と整合する。

臨床応用: 本研究の知見は、胸腺腫治療後の生存者に対する長期フォローアップ計画の策定において「臨床的意義」を有する。特に放射線治療を受けた患者におけるNHLリスクの持続的上昇(SIR 4.7、10年以上持続)とANLLリスクの増加(SIR 9.1)は、「臨床現場」でのモニタリングの重要性を示している。NHLがすべてB細胞性であり、かつ放射線治療患者にのみ発生した点は、放射線による残存正常胸腺組織の障害がB細胞増殖に対するT細胞監視機能を低下させるという機序仮説と一致する。消化器系がんの総合的リスク上昇(SIR 1.8)は、特定部位への絞り込みは困難であるものの、「臨床応用」可能なスクリーニングターゲットとしての検討に値する。現在は免疫チェックポイント阻害薬による治療も選択肢となっており(Girard et al. ESMOOpen 2023)、免疫関連有害事象と胸腺腫特有の自己免疫素因との相互作用という新たな「臨床的含意」が生じている。

残された課題: 本研究の主要な「limitation」として、SEERが「悪性(浸潤性)」胸腺腫のみを対象とし良性胸腺腫(全胸腺腫の最大67%)を除外しているため、胸腺腫全体の発生率を過小評価している点が挙げられる。また、症例数が少ないため(n=849)、二次悪性腫瘍の部位別リスク評価の統計的検出力に限界がある。年齢特異的ピークが加齢変化・出生コホート効果・診断バイアスのいずれを主因とするかを分離するためには「更なる検討」が必要であり、特に高齢者における胸腺腫の臨床像と診断実態の記述が「今後の課題」となる。HLA多型など胸腺腫リスクに関与する遺伝的要因の同定、2つの二次悪性腫瘍を発症した患者における肺がん合併の機序(共通の環境・遺伝的素因)の解明、および軟部肉腫(特に日本人患者における悪性線維性組織球腫)との関連についても「今後の研究」が求められる。Thomas et al. JClinOncol 1999も指摘するように、胸腺腫の病態解明には多施設・人口ベースの前向きコホートによる長期観察が不可欠である。

方法

本研究は、1973年から1998年までのSEERプログラム9レジストリ(コネチカット、ハワイ、アイオワ、ニューメキシコ、ユタ、およびアトランタ、デトロイト、シアトル、サンフランシスコ大都市圏)のデータを用いた後向きコホート解析である。

症例定義と発生率解析: 悪性胸腺腫の定義には、ICD-O2 (International Classification of Diseases for Oncology, second revision) の部位コード(379 = 胸腺)と組織型コード(8580 = 胸腺腫)を組み合わせて適用した。SEERは病理記録の審査に基づき「悪性(浸潤性)」胸腺腫のみを収集しており、良性例は含まれない。症例は性別・年齢(5歳刻み18カテゴリー)・人種(白人・黒人・その他)に分類した。年齢特異的発生率のパターンを同定するため、35歳以上を対象に区分線形 (piecewise-linear) なポアソン回帰 (Poisson regression) モデルを適用し、傾きの変化点(joinpoint)を順列検定 (permutation test) によって統計的に決定するjoinpoint解析(NCI Joinpoint ver. 2.5、自己相関誤差構造)を実施した。さらに、各人種グループにつき年齢・性別を共変量とするポアソン回帰モデルを構築した。1992-1998年については11レジストリのデータを用いてアジア系/太平洋諸島系住民の詳細な解析を追加した。

二次悪性腫瘍リスクの解析: 胸腺腫が最初のがん診断であった患者(n=733)を解析対象とし、胸腺腫診断2ヶ月後から追跡を開始(最終追跡日・死亡日・1998年12月31日のうち最早日まで)した。二次悪性腫瘍のリスク評価には、年齢・性別・人種・暦年をマッチングした一般人口率から算出した期待罹患数との比である標準化罹患比 (SIR: Standardized Incidence Ratio) を使用し、正確な両側信頼区間 (CI) を算出した。各ポアソン回帰モデルの交互作用項の有意性はWald chi-square test(Wald統計量によるカイ二乗検定)で評価し、全検定は両側検定で実施した。