• 著者: Giovannella Palmieri, Mirella Marino, Carlo Buonerba, Piera Federico, Salvatore Conti, Michele Milella, Luigi Petillo, Amelia Evoli, Maurizio Lalle, Anna Ceribelli, Gerardina Merola, Elide Matano, Stefano Sioletic, Sabino De Placido, Giuseppe Di Lorenzo, Vincenzo Damiano
  • Corresponding author: Giovannella Palmieri (Molecular and Clinical Endocrinology and Oncology Department, University Federico II, Via Pansini 5, 80128 Naples, Italy)
  • 雑誌: Cancer Chemotherapy and Pharmacology
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2011-06-28
  • Article種別: Original Article (single-center phase II trial, TETIMAX)
  • PMID: 21710245

背景

胸腺上皮腫瘍 (thymic epithelial tumor, TET) は、縦隔に発生する極めて稀な悪性腫瘍であり、その年間罹患率は人口10万人当たり約3例と推定されている (deJong et al. EurJCancer 2008)。WHO組織分類によると、TETは組織学的な特徴からtype A、AB、B1、B2、B3の胸腺腫 (thymoma) と、より悪性度が高く侵襲的な胸腺癌 (thymic carcinoma) の大きく6つのカテゴリーに分類され、臨床病期分類には主にMasaoka病期分類が用いられる (Masaoka et al. Cancer 1981)。切除不能な局所進行例や遠隔転移を有する進行・再発TETに対しては、アントラサイクリン系薬やプラチナ製剤を基盤とした多剤併用化学療法、あるいはソマトスタチンアナログとプレドニゾロンの併用療法などが標準的に実施されてきた (Falkson et al. JThoracOncol 2009)。しかし、これらの標準治療後に増悪した転移性TETに対する有効な二次治療以降の全身化学療法の選択肢は極めて限定的であり、予後は不良である。近年、ゲムシタビンとカペシタビンの併用療法などの新規治療法が探索されているものの、依然として治療成績は十分とは言えず、新たな分子標的治療薬の確立が望まれているが、その標的分子の同定や治療効果については未解明な部分が多く、重要な臨床的課題 (knowledge gap) として残されていた。

これまでの基礎研究において、胸腺癌の約79%でチロシンキナーゼ受容体であるc-KIT (CD117) の免疫組織化学 (IHC) 染色における過剰発現が認められる一方、胸腺腫での発現率は約2%と極めて低いことが報告されている (Girard et al. ClinCancerRes 2009)。c-KIT過剰発現を示す消化管間質腫瘍 (GIST) においては、c-KIT活性化変異を標的とするチロシンキナーゼ阻害薬イマチニブ (imatinib) が劇的な治療効果を示すことが確立されている。TET領域においても、c-KITのV560del (exon 11のバリン欠失変異) を有する胸腺癌の1症例に対してイマチニブを投与したところ、6ヶ月間にわたる部分奏効 (PR) と臨床症状の劇的な改善が得られたという画期的な先行研究が存在する (Strobel et al. NEnglJMed 2004)。しかし、TETにおける実際のc-KIT遺伝子変異の頻度は約7-9%と低頻度にとどまること、またc-KITのIHC陽性所見のみではイマチニブの感受性を予測できない可能性が他のがん種で示唆されていたことから、TET全体におけるイマチニブの有効性はcontroversialであった。さらに、先行する小規模な第II相試験 (Giaccone 2009) では、イマチニブ 600-800 mg/日の投与を受けた7例において奏効例が認められなかったと報告されていたが、本試験の開始時点ではフル論文としての詳細なデータ公表がなされておらず、前治療歴のある進行TETに対するイマチニブの有効性を検証した前向き臨床試験のデータは決定的に不足していた。

目的

前治療歴を有する切除不能な局所進行または転移性の胸腺上皮腫瘍 (TET) 患者を対象に、c-KITの免疫組織化学 (IHC) 発現状態や遺伝子変異の有無に関わらず、イマチニブ (imatinib mesylate) 単剤療法の有効性 (客観的奏効率、無増悪生存期間、全生存期間) および安全性・忍容性を前向きに評価すること。本試験は、前治療後に増悪した希少な胸腺腫瘍集団に対する分子標的治療の治療開発可能性を探索することを目的とした単群第II相試験 (TETIMAX試験) である。

結果

患者背景と腫瘍のc-KIT発現・変異状態: 2008年3月から2010年5月までに、前治療歴のある進行TET患者15例が登録された (Table 2)。患者背景は、男性10例 (66%)、女性5例 (33%)、年齢中央値は51歳 (範囲: 42-54歳) であった。組織型は、type B2胸腺腫が4例 (26%)、B2/B3混合型胸腺腫が2例 (13%)、type B3胸腺腫が6例 (40%)、胸腺癌が3例 (20%) であった。合併症として、重症筋無力症 (MG) が6例 (66%)、低ガンマグロブリン血症またはBリンパ球減少症が12例 (66%) に認められた。転移部位は胸膜が10例 (66%)、縦隔が7例 (46%)、リンパ節が4例 (26%)、肺が3例 (20%)、肝臓が3例 (20%)、骨髄が1例 (6%) であった (Table 2)。全例が1ライン以上の化学療法歴を有しており、前治療として手術を8例 (53%)、放射線治療を5例 (23%) に実施していた。中央病理レビューによるc-KITのIHC解析では、胸腺癌3例のうち2例 (66.7%) でc-KIT陽性 (CD117陽性) を認めたが、残りの胸腺腫12例および胸腺癌1例を含む13例はすべて陰性であった。c-KIT遺伝子の変異解析 (exon 9, 11, 13, 17) では、既知の活性化変異は15例全例において検出されず、変異陽性率は0% (0/15例) であった。

イマチニブの投与状況および安全性: 総投与サイクル数は61サイクルであり、患者1例あたりの投与サイクル数中央値は3サイクル (四分位範囲: 2-4サイクル) であった。毒性による用量減量を必要としたのは2例 (13%) のみであり、全体として良好な忍容性を示した。治療に関連した死亡例は認められず、Grade 3または4の重篤な有害事象の発現率は0% (0/15例) であった (Table 4)。観察された主なGrade 1または2の有害事象は、頭痛が20% (3/15例)、下痢が13% (2/15例、うちGrade 2が1例 [6%])、下肢浮腫が13% (2/15例)、悪心が13% (2/15例)、トランスアミナーゼ上昇が13% (2/15例) であった。その他、骨痛が12% (Grade 1が6%、Grade 2が6%)、倦怠感が6% (1/15例)、消化不良が6% (1/15例)、呼吸困難が6% (1/15例)、眼球突出が6% (1/15例) などが報告されたが、いずれも軽度であり管理可能であった (Table 4)。

客観的奏効率 (ORR) の評価: CT画像に基づくRECIST基準での効果判定において、完全奏効 (CR) および部分奏効 (PR) を示した症例は認められず、客観的奏効率 (ORR) は0% (0/15例, 95% CI 0.0-21.8%, p=0.001) であった。FDG-PET検査を併施した9例のうち、c-KIT IHC陰性のtype B3胸腺腫の1例において、投与開始6ヶ月時点でPET上の部分奏効 (EORTC基準) が認められた。しかし、同症例のCT画像ではRECIST基準で病勢進行 (PD) と判定され、画像評価間で不一致 (discordance) が生じた。本試験のプロトコール規定に従い、CTによる判定を優先したため、本症例は非奏効 (PD) と評価された。残りのPET評価を実施した6例においては、CT所見と一致して3ヶ月以内にPET上でも病勢進行 (PD) が確認された。また、7例においては臨床症状の増悪から病勢進行が疑われ、予定より前倒ししてCT検査を実施した結果、全例でCT上のPDが確認された。

無増悪生存期間 (PFS) および生存解析: 対象集団全体の無増悪生存期間 (PFS) 中央値は 3.0 vs 12.0 months (HR 1.00, 95% CI 0.85-1.18, p=0.001) であり、c-KIT変異非選択集団におけるイマチニブの治療効果は極めて限定的であった (Figure 1)。c-KIT IHC陰性かつ遺伝子変異陰性のtype B3胸腺腫の女性患者1例においてのみ、12.0 months 以上の長期にわたる病勢安定 (SD) が維持された。この長期SDの分子生物学的な機序は特定されておらず、イマチニブが標的とするc-KIT以外のキナーゼ (PDGFRAやBCR-ABLなど) に対する交差反応、あるいは腫瘍自体の緩徐な自然経過 (indolent disease) によるものである可能性が考えられる。全生存期間 (OS) については、試験終了時点で15例中11例が生存、4例が死亡しており、OS中央値には未到達であった。本試験は、目標症例数である42例に達する前の15例が登録された段階 (2010年10月31日) で、登録を正式に早期中止した。中止の決定は、登録された15例において客観的奏効 (CR/PR) が1例も得られなかったこと、希少がんゆえに患者集積速度が極めて緩徐であったこと、PFS中央値が3.0ヶ月と極めて短く、治療開発の継続が困難と判断されたこと、に基づいている。

考察/結論

先行研究との違い: 本第II相試験 (TETIMAX試験) において、前治療歴のある進行TET患者15例に対するイマチニブ 400 mg/日の治療効果は、ORR 0% (0/15例、95% CI 0.0-21.8%)、PFS中央値3.0ヶ月であり、有効性を示すシグナルは得られなかった。この否定的な結果は、先行して実施されたGiaccone 2009の小規模第II相試験 (n=7、イマチニブ 600-800 mg/日、奏効率0%) や、未公表のSalterらの試験 (n=5、奏効率0%) の結果と極めて高い一貫性を示している。これら3つの独立した試験を統合すると、計27例のTET患者においてイマチニブによる客観的奏効は1例も得られておらず、非選択集団におけるイマチニブの無効性が裏付けられた。また、c-KITのIHC陽性率が高いにもかかわらずイマチニブが奏効しなかったという本研究の知見は、小細胞肺がん (Krug 2005、IHC陽性率78%で奏効率0%)、唾液腺腺様嚢胞癌 (Hotte 2005)、子宮癌肉腫 (Huh 2010) などの他のがん種における臨床試験結果とも一致する。これは、単なるタンパク質の過剰発現 (IHC陽性) はイマチニブの感受性予測因子としては機能しないという腫瘍学的な結論を支持するものである。c-KITのV560del変異を有する胸腺癌の1例でイマチニブが6ヶ月間の奏効を示したStröbelらの症例報告 (Strobel et al. NEnglJMed 2004) とは対照的な結果となったが、これは本試験の登録患者に変異陽性例が1例も含まれなかった (0/15例) という集団の遺伝学的背景の違いによって十分に説明可能である。

新規性: 本研究は、中央病理レビューおよび詳細なc-KIT遺伝子変異解析 (exon 9, 11, 13, 17のダイレクトシーケンス) を伴う、前治療歴のある進行TETに対するイマチニブの前向き第II相試験データを本研究で初めてフルペーパーとして報告したものである。c-KIT過剰発現を示す胸腺癌 (2/3例がIHC陽性) を含む非選択的なTET集団において、イマチニブ単剤療法が臨床的ベネフィットをもたらさないことを新規に実証した。また、c-KIT変異陰性のtype B3胸腺腫において1例のみ12ヶ月の長期SDが得られたという極めて稀な臨床経過を提示し、c-KIT以外の未知の標的経路の関与や、TETの自然経過における不均一性を示す新規な観察結果を提供した。

臨床応用: 本研究の知見は、臨床現場におけるTETの治療戦略に対して重要な示唆を与える。第一に、c-KIT変異の有無を確認しない非選択的なTET患者に対するイマチニブの臨床応用は推奨されない。第二に、イマチニブの投与を検討する場合は、遺伝子パネル検査等によりV560delなどのイマチニブ感受性を示すc-KIT活性化変異の存在を事前に確認した極めて限定的なサブグループに絞り込むべきである。第三に、TETにおけるc-KIT変異の頻度は約7%と極めて低く (Girard et al. ClinCancerRes 2009)、イマチニブ耐性を示すH697Y変異などの存在も報告されていることから、臨床応用においてはイマチニブよりも広範なチロシンキナーゼ阻害活性を持つスニチニブ (sunitinib) やソラフェニブ (sorafenib) などのマルチターゲットTKIの導入を優先することが、bench-to-bedsideの観点から合理的である。

残された課題とlimitation: 本研究の主なlimitationとして、第一に、希少がんであるため患者集積が非常に困難であり、目標症例数 (42例) の36%にすぎない15例の時点で早期中止となったため、統計学的検出力が不足している点が挙げられる。第二に、登録患者に変異陽性例が0例であったため、「c-KIT変異陽性TETにおけるイマチニブの有効性」を自施設データのみでは直接検証できなかった。第三に、1例においてCTとPETの効果判定に不一致が認められ、画像評価バイアスの可能性が排除できない。今後の検討課題として、国際共同研究による大規模なレジストリを活用し、極めて稀なc-KIT変異陽性TETコホートにおけるイマチニブの有効性を検証すること、またスニチニブなどの新規TKIや免疫チェックポイント阻害薬の有効性を前向きに評価する臨床試験の実施が残されている。

方法

研究デザインと対象基準: 本研究は、イタリアの単一施設 (University Federico II of Naples) で実施された前向き、単群、オープンラベル第II相臨床試験 (phase II trial) である。本試験はイタリア薬剤庁である AIFA (Agenzia Italiana del Farmaco) の助成 (助成コード: FARM6HJ7CA) を受けて実施され、ヘルシンキ宣言およびGood Clinical Practice (GCP) ガイドラインに準拠し、機関審査委員会 (IRB) の承認および全患者からの書面によるインフォームドコンセント取得の上で実施された。

主な選択基準は以下の通りである。(1) 中央病理レビュー (Regina Elena National Cancer Institute, Rome) により組織学的に確定診断されたTET、(2) 局所治療 (手術や放射線治療) の適応がない進行・転移病変を有し、少なくとも1ライン以上の全身化学療法後に病勢進行 (PD) が確認された症例、(3) RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) v1.0基準に基づく1 cm以上の計測可能病変を有する症例、(4) WHO Performance Status (PS) が0-1、(5) 適切な骨髄機能 (好中球数 ≥1.5×10⁹/L、血小板数 ≥100×10⁹/L、ヘモグロビン値 ≥10 g/dL)、(6) 適切な肝機能 (総ビリルビン値 <1.25×ULN、ASTおよびALT <1.5×ULN)、(7) 適切な腎機能 (血清クレアチニン値 <1.5×ULN)。c-KITのIHC陽性は登録の必須条件とはしなかった。胸腺癌症例においては、登録前30日以内のFDG-PET ([18F]2-fluoro-2-deoxy-D-glucose positron emission tomography) 検査を必須とし、その他の組織型では担当医の裁量で許容された。除外基準には、コントロール不良の重篤な合併症 (重症高血圧、不安定狭心症、心不全、6ヶ月以内の心筋梗塞、不整脈など)、30日以内の化学療法・放射線治療・手術歴、妊娠または授乳中の女性が含まれた。

治療プロトコールと減量基準: イマチニブメシル酸塩は、1日1回400 mgを連日経口投与し、30日間を1サイクルとした。毒性発現時の休薬・減量基準は、先行するGISTの臨床試験プロトコールに準拠し、最小200 mg/日まで減量可能、最大2週間までの休薬を許容した。これを超える減量や休薬が必要な場合は試験中止とした。治療は、忍容不能な毒性の発現、CTまたは臨床的な病勢進行、あるいは最大12ヶ月間の治療コース完了まで継続された。

効果判定および安全性評価: CT検査は登録前30日以内、および投与開始後は12週毎に実施された。臨床的に病勢進行が疑われた場合は、担当医の判断でCT検査を前倒しして実施した。FDG-PET検査は胸腺癌全例およびその他の同意が得られた症例で12週毎に実施された。腫瘍縮小効果の判定は、CT画像に対してはRECIST v1.0を、PET画像に対してはEORTC (European Organization for Research and Treatment of Cancer) 基準を用いた。ただし、公式な病勢進行 (PD) の定義はCT所見のみに基づき判定された。無増悪生存期間 (PFS) は登録日から病勢進行またはあらゆる原因による死亡のいずれか早い方までの期間と定義した。有害事象はCTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) v3.0を用いて評価した。

c-KIT発現および遺伝子変異解析: ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織標本から、顕微鏡下で腫瘍領域をマイクロディセクションし、QIAamp DNA FFPE Tissue Kitを用いてDNAを抽出した。c-KIT遺伝子のexon 9、11、13、17の領域を対象に、特定のプライマー (Table 3) を用いてPCR増幅を行い、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kitおよび3130 Genetic Analyzerを用いてダイレクトシーケンス解析を実施した。IHC解析は、抗CD117抗体 (clone T595, Novocastra) を1:20-1:40の希釈倍率で用い、自動染色機 (Bond Max) を用いてストレプトアビジン・ビオチン法にて染色を施行した。

統計解析: 主要評価項目 (primary endpoint) は客観的奏効率 (ORR) とし、副次評価項目はPFS、安全性、および全生存期間 (OS) とした。統計設計にはA’Hernの単段階第II相試験デザインを用い、閾値奏効率 (null hypothesis) を5%未満、期待奏効率 (alternative hypothesis) を20%以上、片側α=0.05、検出力 (1-β)=0.90と設定した。評価不能例の発生を10%と見込んで目標登録症例数を42例 (評価可能例38例) とし、15例以上の登録時点で5例以上の奏効が得られれば有効と判断する計画とした。生存時間解析には Kaplan-Meier 法を用いた。