- 著者: Okuma Y, Hosomi Y, Takagi Y, Sasaki K, Horio Y, Okamura T
- Corresponding author: Y Okuma (Department of Thoracic Oncology, Tokyo Metropolitan Cancer and Infectious Diseases Center Komagome Hospital, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2011
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 21665316
背景
胸腺癌 (Thymic carcinoma; TC) は稀な縦隔悪性腫瘍であり、その病理組織学的特徴は胸腺腫とは明確に区別される。TCは高度な異型性を示し、早期から周囲組織への浸潤や遠隔転移を来す傾向があるため、予後が極めて不良であるとされている (5年生存率20-30%、転移性病期では2年生存率50%)。WHO分類 (2004年版) においては、13の組織学的サブタイプに分類される独立した疾患単位として位置づけられており、扁平上皮癌が60-70%を占める。
進行TCに対する標準的な全身化学療法は未確立であり、最適なレジメンはこれまで報告されていない状況であった。当時の主要な化学療法レジメンとしては、胚細胞腫瘍のEinhornプロトコールに準じたシスプラチンベースのトリプレットまたはカルテット化学療法 (例: ADOC [シスプラチン、ドキソルビシン、ビンクリスチン、シクロホスファミド] やCODE [シスプラチン、ビンクリスチン、ドキソルビシン、エトポシド]) が用いられていた。これらのレジメンは高い奏効率を示す一方で、Grade 3/4の血液毒性が高頻度 (例: Koizumi et al. AmJClinOncol 2002によるADOCレジメンで50%) に発生し、忍容性に課題があった。
また、carboplatin (CBDCA) とpaclitaxel (PTX) の併用療法も進行TCに対する有望な選択肢として検討されていたが、その有効性に関する前向き試験のデータは限られていた。胸腺腫のWHO分類に関する研究はOkumura et al. Cancer 2002によって報告されているが、胸腺癌における治療指針は手薄であった。
イリノテカン (Irinotecan hydrochloride; CPT-11) はDNAトポイソメラーゼI阻害剤であり、シスプラチン (Cisplatin; CDDP) との併用は、非小細胞肺癌 (NSCLC) や小細胞肺癌 (SCLC) において有効性が確立されており、特に進展型SCLCに対する標準レジメンの一つとしてNoda et al. NEnglJMed 2002が報告している。このCDDP+CPT-11併用療法が、胸腺癌においても同様の抗腫瘍活性と良好な忍容性を示す可能性が期待されたことから、本研究では進行・再発胸腺癌患者におけるCDDP+CPT-11療法の臨床的アウトカムを後方視的に評価することとした。
目的
進行・再発胸腺癌患者に対するシスプラチン (CDDP) とイリノテカン (CPT-11) 併用化学療法の有効性 (客観的奏効率 [ORR]、無増悪生存期間 [PFS]、全生存期間 [OS]) と安全性を後方視的に評価すること。
結果
患者背景と治療実施状況: 本研究では、進行胸腺癌患者9例がCDDP+CPT-11併用化学療法の対象となった (Table 1)。患者の内訳は男性6例、女性3例で、年齢中央値は56歳 (範囲44-73歳) であった。全患者がMasaoka-Koga病期分類でStage IVa (2例) またはIVb (7例) の進行病期であった。診断時の転移部位としては、肺 (PUL) 3例、肝臓 (HEP) 1例、リンパ節 (LYM) 3例、骨 (OSS) 1例、脳 (BRA) 1例が認められた。組織型では扁平上皮癌が7例と最も多く、未分化癌が1例、大細胞神経内分泌癌が1例であった。重症筋無力症などの傍腫瘍症候群は認められなかった。 合計31サイクルが投与され、患者あたりの投与サイクル数中央値は3サイクルであった (Table 3)。6例 (66.7%) で減量が行われたが、全9例が少なくとも2サイクル以上の治療を完遂した。4例 (44.4%) で治療が早期中止されたが、これは病勢進行ではなく、食欲不振 (2例、当時の制吐剤はアプレピタント非使用) など治療効果維持のための患者希望によるものであった。7例 (77.8%) が二次治療以降の化学療法を必要とし、CBDCA+PTX、S-1、アムルビシン、ドセタキセル、ゲムシタビンなどが用いられた。
奏効性評価: CDDP+CPT-11併用療法の客観的奏効率 (ORR) は55.6% (9例中5例が部分奏効 [PR]) であった (Table 2, Table 3)。完全奏効 (CR) は認められなかった。疾患制御率 (DCR) は88.9% (9例中8例がPRまたは安定 [SD] 3例) に達した。病勢進行 (PD) は1例 (11.1%) であった。 このORR 55.6%は、過去に報告された進行胸腺癌に対する標準的なレジメンと比較して良好な成績であった。例えば、carboplatin (CBDCA) とpaclitaxel (PTX) 併用療法のORRは、Lemma et al. JClinOncol 2011の報告で21.7%、Igawa et al. 2010の報告で36%であり、本研究のORRはこれらを大きく上回るものであった (Table 5)。ADOCレジメンのORR 75%には及ばないものの、CODEレジメンのORR 42%を上回る結果であった。
生存期間アウトカム: 無増悪生存期間 (PFS) の中央値は7.9ヶ月 (95%信頼区間 [CI] 0.7-18.5ヶ月) であった (Fig 1A)。全生存期間 (OS) の中央値は33.8ヶ月 (95%CI 27.0-107.1ヶ月) であった (Fig 1B)。1年OS率は77.7%、2年OS率は55.6%を達成した (Table 3)。個別の患者のPFSは0.7ヶ月から22.6ヶ月、OSは0.7ヶ月から97.3ヶ月超と幅があった (Table 2)。 OS中央値33.8ヶ月は、CBDCA+PTXレジメンで報告された中央値生存期間20.0-22.7ヶ月 (Igawa et al. 2010, Lemma et al. JClinOncol 2011)を上回る結果であり、進行胸腺癌の予後が不良であることを考慮すると、有望な成績であると考えられた (Table 5)。CODEレジメンのOS中央値46ヶ月には及ばないものの、ADOCレジメンのOS中央値19ヶ月を大きく上回るものであった。
安全性プロファイル: Grade 3/4の血液毒性は2例 (22.2%) に認められた (Table 4)。具体的には、Grade 3/4の白血球減少が1例 (11.1%)、好中球減少が2例 (22.2%) であった。貧血および血小板減少のGrade 3/4は認められなかった。特筆すべきは、発熱性好中球減少症 (FN) の発生が全例で認められなかった点である。治療関連死亡も報告されなかった。 Grade 3/4の非血液毒性は2例 (22.2%) に食欲不振として認められた。悪心・嘔吐はGrade 1/2が2例 (22.2%) であったが、重篤なものはなく管理可能であった。下痢はGrade 1/2が1例 (11.1%) のみで、問題となる毒性ではなかった。腎毒性はGrade 1/2が3例 (33.3%) であった。 この安全性プロファイルは、ADOCレジメン (Grade 3/4血液毒性50%、Koizumi et al. AmJClinOncol 2002)やCODEレジメン (Grade 3/4血液毒性83.3%、Yoh et al. 2003) と比較して、明らかに良好であり、管理しやすい毒性プロファイルであることが示された (Table 5)。CBDCA+PTXレジメンのGrade 3/4血液毒性24.4-45%と比較しても、本レジメンは同等かそれ以上の良好な忍容性を示した。
考察/結論
本後方視的解析は、進行胸腺癌患者9例に対するシスプラチン (CDDP) とイリノテカン (CPT-11) 併用化学療法の有効性と忍容性を評価した。ORR 55.6%、PFS中央値7.9ヶ月、OS中央値33.8ヶ月という結果は、進行胸腺癌に対する有望な治療選択肢となりうることを示唆している。
-
① 先行研究との違い: 進行胸腺癌に対する標準化学療法が未確立である中で、本研究はCDDP+CPT-11レジメンが良好な奏効と生存期間を達成しつつ、管理可能な毒性プロファイルを持つことを示した。これまでの主要な多剤併用レジメンであるADOCやCODEは、高い奏効率を示す一方で、Grade 3/4の血液毒性がそれぞれ50%、83.3%と高頻度であり、忍容性に課題があった。対照的に、本レジメンのGrade 3/4血液毒性は22.2%に留まり、発熱性好中球減少症も認められなかった点は、患者のQOL維持の観点からも重要である。また、近年有望視されていたcarboplatin (CBDCA) + paclitaxel (PTX) 併用療法 (ORR 21.7-36%、PFS 5.0-7.9ヶ月、OS 20.0-22.7ヶ月) と比較しても、本レジメンは同等以上の有効性を示し、特にOS中央値33.8ヶ月は優位性があると考えられた。
-
② 新規性: 本研究は、進行胸腺癌に対するCDDP+CPT-11併用療法の有効性と安全性を本研究で初めて後方視的に評価し、その有望な活性を報告した点に新規性がある。このレジメンは、進展型SCLCに対する標準レジメンの一つとしてNoda et al. NEnglJMed 2002が報告しており、またNSCLCにおいても有効性が示されているが、稀な疾患である胸腺癌におけるその臨床的有用性はこれまで報告されていないものであった。本結果は、胸腺癌の治療選択肢の拡大に貢献するものである。
-
③ 臨床応用: 本研究で示されたCDDP+CPT-11レジメンの良好な有効性と管理可能な毒性プロファイルは、進行胸腺癌患者に対する臨床現場での初回化学療法として許容されうる選択肢となる可能性を示唆する。特に、日本人患者ではUGT1A1遺伝子多型によりイリノテカンの毒性が増強されるリスクがあるが、本コホートでは重篤な下痢などの毒性は管理可能であった。進行胸腺癌はNSCLCと比較して長期生存が期待される場合があり、CBDCA+PTX併用療法で懸念される神経毒性が患者のQOLを低下させる可能性があるため、本レジメンは神経毒性のリスクが低いという点で臨床的有用性を持つ。NCCNガイドラインなどにおいてCDDP+CPT-11が代替レジメンとして言及される根拠の一つとして、本報告が寄与していると考えられる。
-
④ 残された課題: 本研究の主なlimitationは、後方視的研究デザイン、非常に少ないサンプルサイズ (9例)、および単施設研究である点である。PFS中央値の95%CI (0.7-18.5ヶ月) の広さは、結果の不確実性を示しており、統計的検出力には限界がある。また、低グレードの毒性データは完全に捕捉できていない可能性も否定できない。胸腺癌の希少性ゆえに大規模なランダム化比較試験の実施は極めて困難であり、本研究のような小規模なパイロットデータが治療方針策定の重要な根拠となる現実がある。今後の研究方向性としては、より大規模な多施設共同研究や、分子標的薬との併用療法、あるいはバイオマーカーに基づく層別化治療の検討が挙げられる。
方法
東京都立駒込病院において、2002年1月1日から2010年12月31日までの期間に、進行・再発胸腺癌に対してCDDP+CPT-11併用化学療法を施行された患者9例を対象とした後方視的解析を実施した。本研究は施設倫理委員会の承認を得て実施された。
対象患者は、原発性または再発性の切除不能な進行胸腺癌と組織学的に診断され、Masaoka-Koga病期分類に基づきStage IVaまたはIVbであった。胸腺腫と診断された患者や切除可能な胸腺癌患者は除外された。診断は免疫組織化学的検査 (CD5, Bcl-2, c-kit) を用いて他の胸部悪性腫瘍との鑑別が行われた。
治療前の評価には、血液検査、胸部CT、MRI、骨シンチグラフィーが含まれた。化学療法を受ける全ての患者からインフォームドコンセントを得た。
投与レジメンは、CDDP 80mg/m²をday 1に、CPT-11 60mg/m²をday 1, 8, 15に投与し、28日を1サイクルとして最大6サイクルまで繰り返された。制吐剤としては5-HT3拮抗薬が用いられ、2010年4月以降の患者にはアプレピタントも追加された。治療は病勢進行、許容できない毒性、または6サイクル完了後に中止された。
各サイクル開始前の適格基準として、年齢75歳未満、ECOG Performance Status (PS) 0または1、白血球数 ≥ 3000/µL、好中球数 ≥ 1500/µL、血小板数 ≥ 100,000/µLが設定された。 有効性の評価項目は、客観的奏効率 (ORR)、疾患制御率 (DCR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、1年および2年生存率であった。奏効判定はRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) version 1.1基準に従って行われた。安全性はCTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) version 3.0に基づき評価された。生存期間の推定にはKaplan-Meier法が用いられ、統計解析はSASソフトウェア (SAS Institute Inc.) を使用して実施された。