- 著者: Meinoshin Okumura, Mitsunori Ohta, Hisashi Tateyama, Katsuhiro Nakagawa, Akihide Matsumura, Hajime Maeda, Hiroto Tada, Hikaru Matsuda, Akira Masaoka
- Corresponding author: Meinoshin Okumura (Division of General Thoracic Surgery, Department of Surgery, Osaka University Graduate School of Medicine, Osaka, Japan)
- 雑誌: Cancer
- 発行年: 2002
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 11857293
背景
胸腺腫(thymoma)は胸腺上皮細胞に由来する代表的な縦隔腫瘍であり、その組織学的な多様性や、腫瘍ごとに異なる臨床的・腫瘍学的挙動、さらには重症筋無力症(MG: myasthenia gravis)に代表される自己免疫疾患との高頻度な合併によって特徴づけられる。これまで、胸腺腫の予後因子や治療戦略に関しては多くの臨床研究が重ねられてきた。特に、腫瘍の周囲臓器への浸潤度に基づく病期分類として、Masaoka et al. Cancer 1981 によるMasaoka病期分類が広く用いられており、その予後的有用性は確立されている。一方で、組織学的分類が予後に与える影響については、Bernatz et al. (1961) や Levine et al. (1978)、Lewis et al. (1987) などの先行研究において様々な分類体系が提唱されてきたものの、その予後的意義は極めて controversial (議論のある状態) であり、統一的な見解は得られていなかった。この混乱の原因は、従来の分類法が研究者ごとに異なり、国際的な比較が困難であった点にある。1999年に世界保健機関(WHO: World Health Organization)が新しい組織学的分類システムを制定し、上皮細胞の形態とリンパ球の含有比率に基づく客観的な基準 (Type A, AB, B1, B2, B3, C) が示された。我々の研究グループは、このWHO新分類が腫瘍の浸潤性や免疫学的機能を反映することを先行研究で報告したが、この分類システムが患者の術後生存率を予測する「独立した予後因子」として機能するかどうかは依然として 未解明 であった。特に、長期的な生存データに基づく多変量解析を用いた検証が圧倒的に 不足している という 課題 があり、臨床現場におけるWHO分類の真の予後的価値を確立するための大規模な臨床データが 不足している という gapが残されている 状態であった。
目的
本研究の目的は、大阪大学呼吸器外科共同研究グループ(Thoracic Surgery Study Group of Osaka University)における44年間にわたる豊富な臨床経験と大規模な患者コホートに基づき、1999年に制定されたWHO組織型分類が胸腺腫患者の術後長期生存に与える予後的意義を詳細に検証することである。具体的には、WHO組織分類の各タイプにおける臨床病理学的特徴、腫瘍の浸潤性、および術後生存率や再発率との関連性を明らかにする。さらに、確立された予後予測システムであるMasaoka病期分類や、切除の完全性、大血管(GV: great vessels)侵襲の有無、MG合併の有無などの他の臨床因子と比較し、WHO組織分類が独立した予後因子として機能するかどうかを多変量解析(Cox比例ハザードモデル)を用いて評価し、その臨床的有用性を確立することを目指す。
結果
WHO分類における患者背景と重症筋無力症の合併率: 解析対象となった273例において、WHO分類別の症例分布はType Aが18例、Type ABが77例、Type B1が55例、Type B2が97例、Type B3 (WHO分類における胸腺腫サブタイプの一つ) が26例であった (Table 2)。患者の平均年齢は、Type Aで60.5歳、Type ABで52.2歳であったのに対し、Type B1で46.8歳、Type B2で46.3歳、Type B3で49.7歳であり、Type A/AB群はType B1/B2/B3群と比較して有意に高齢であった (p<0.0001) (Table 2)。また、自己免疫疾患であるMGの合併率は、Type Aで16.7% (3/18例)、Type ABで15.6% (12/77例) であったのに対し、Type B1で56.4% (31/55例)、Type B2で71.1% (69/97例)、Type B3で46.2% (12/26例) であった。全体として、リンパ球に富む組織型であるType B1/B2/B3群におけるMG合併率は68.5% (122/178例) であり、Type A/AB群の15.8% (15/95例) と比較して極めて高頻度であった (p<0.0001) (Table 3)。
組織型別の局所浸潤性と大血管侵襲の傾向: WHO組織分類は、胸腺腫の局所浸潤性および大血管への浸潤傾向を強く反映していた (Table 5)。Masaoka病期分類に基づく浸潤性腫瘍 (Stage II以上) の割合は、Type Aで11.1% (2/18例)、Type ABで41.6% (32/77例)、Type B1で47.3% (26/55例) であったのに対し、Type B2では69.1% (67/97例)、Type B3では84.6% (22/26例) に達した。Type B2/B3群における浸潤性腫瘍の割合は72.4% (89/123例) であり、Type A/AB/B1群の40.0% (60/150例) と比較して有意に高かった (p<0.0001) (Table 5)。さらに、GV浸潤を伴う症例の割合も、Type Aで0% (0/18例)、Type ABで3.9% (3/77例)、Type B1で7.3% (4/55例) であったのに対し、Type B2で17.5% (17/97例)、Type B3で19.2% (5/26例) と段階的に上昇した。Type B2/B3群におけるGV浸潤率は17.9% (22/123例) であり、Type A/AB/B1群の4.7% (7/150例) と比較して有意に高率であった (p=0.0004) (Table 5)。
完全切除率の相関と術後再発率の比較: 完全切除率は、Type Aで100% (18/18例)、Type ABで98.7% (76/77例)、Type B1で94.5% (52/55例) であったのに対し、Type B2で90.7% (88/97例)、Type B3で92.3% (24/26例) であった。Type A/AB/B1群の完全切除率97.3% (146/150例) は、Type B2/B3群の91.1% (112/123例) と比較して有意に高かった (p=0.024) (Table 6)。完全切除が達成された234例における術後再発または腫瘍死 (手術治療の失敗) の割合は、Type Aで0% (0/17例)、Type ABで4.5% (3/66例)、Type B1で8.5% (4/47例) であったのに対し、Type B2で18.1% (15/83例)、Type B3で28.6% (6/21例) であった。完全切除後であっても、Type B2/B3群における治療失敗率は20.2% (21/104例) vs Type A/AB/B1群の5.4% (7/130例) となり、Type B2/B3群で有意に高率であった (p=0.0004) (Table 7)。
長期生存率の推移と多変量解析による独立した予後因子: 生存解析対象243例における20年生存率は、Masaoka病期別ではStage Iで89%、Stage IIで91%と良好であったが、周囲臓器への浸潤を伴うStage IIIでは49%に低下し、Stage IVaおよびIVbでは0%であった (Fig 1)。一方、WHO分類別の20年生存率は、Type Aで100%、Type ABで87%、Type B1で91%と極めて良好であったのに対し、Type B2では59%、Type B3では36%と著しく不良であった (Fig 2)。術後長期生存 (腫瘍死からの回避) に関する予後因子をCox比例ハザードモデルを用いた多変量解析で評価した結果、Masaoka病期分類が極めて強力な独立した予後因子として同定され、ハザード比は HR 4.26 (95% CI 2.44-7.43, p<0.0001) であった。さらに、WHO組織分類も独立した予後因子として同定され、そのハザード比は HR 1.74 (95% CI 1.00-3.04, p=0.05) であった。これに対し、性別 (p=0.51) や年齢 (p=0.49)、MG合併の有無 (p=0.48) は独立した予後因子とはならなかった。
考察/結論
本研究は、44年間におよぶ273例の胸腺腫患者の長期追跡データを用い、1999年に制定されたWHO組織型分類の臨床的および腫瘍学的意義を多変量解析によって検証した極めて重要な報告である。
先行研究との違い: 従来の組織分類(Bernatz分類やLattes-Bernatz分類など)を用いた これまで の予後解析においては、上皮細胞優位型やリンパ球優位型といった単純な分類基準が用いられていたため、極めて予後良好なType A腫瘍と、極めて侵襲性の高いType B3腫瘍が同じ「上皮細胞優位型」に分類されてしまい、組織分類が独立した予後因子として検出されないという混乱が生じていた。これに対し、本研究はWHO分類を厳格に適用し、さらに悪性度の異なる胸腺がん(Type C腫瘍)33例を解析から完全に除外した点で、従来の多くの混在した生存解析 と異なる。また、WDTC(well-differentiated thymic carcinoma: 高分化型胸腺がん)に相当するType B3腫瘍を胸腺腫のスペクトラム内に含めつつ、その高度な侵襲性を明確に示した点も、従来の報告と 対照的 である。
新規性: 本研究は、WHO組織分類がMasaoka病期分類と並び、胸腺腫患者の術後長期生存を予測する独立した予後因子であることを、多変量解析を用いて 本研究で初めて 明らかにした。特に、Type B2およびType B3腫瘍が、Type A、AB、B1腫瘍と比較して、局所浸潤性、大血管浸潤率、および完全切除後の再発率が有意に高く、生物学的に極めて攻撃的な(aggressiveな)腫瘍挙動を示すことを 新規 に実証した。これにより、WHO分類が単なる病理学的な形態分類にとどまらず、実際の腫瘍学的悪性度を正確に反映していることが証明された。
臨床応用: 本研究の知見は、臨床現場 における胸腺腫患者の個別化治療戦略の構築に直接的な 臨床的意義 をもたらす。具体的には、術後病理診断においてType B2またはType B3と診断された症例に対しては、完全切除が達成された場合であっても、術後の再発率が20.2%〜28.6%と高率であるため、より厳重な長期フォローアップ体制を敷く必要がある。さらに、これらの高リスク組織型に対しては、術後放射線療法や化学療法などの積極的な補助療法の導入を検討する際の重要な意思決定基準となり得る。
残された課題: 本研究にはいくつかの limitation が存在する。第一に、44年間にわたる長期の後方視的研究であるため、その間に手術手技や術後管理、放射線療法・化学療法のプロトコルが変遷している点が挙げられる。第二に、単一の国・地域(日本)におけるコホート研究であるため、人種的・地域的なバイアスを排除しきれない。したがって、今後の検討課題 として、異なる国や多国籍共同コホートにおける前向きな検証が必要である。また、胸腺腫における遺伝子異常とWHO組織分類との関連性を解明し、分子生物学的な裏付けを得ることが、今後の研究 における重要な方向性として 残された課題 である。
方法
本研究は、大阪大学医学部呼吸器外科およびその関連施設において、1957年から2000年までの44年間に外科的切除が施行された胸腺上皮性腫瘍患者311例を対象とした後方視的(レトロスペクティブ)多施設共同研究である。なお、本研究は前向き臨床試験ではないため、ClinicalTrials.govなどの臨床試験登録番号(NCT番号など)は取得していないが、各施設の倫理規定および承認に基づき、厳格な個人情報保護のもとで実施された。
対象となった311例のうち、明らかに異なる生物学的悪性度を示す胸腺がん(Type C腫瘍)33例を除外した278例の胸腺腫患者を初期対象とした。切除標本の病理組織学的評価は、患者の臨床情報に対して盲検化された2名の病理医によって行われ、1999年のWHO組織分類基準に従って再分類された。このうち、術前化学療法や放射線療法、高用量ステロイド治療による組織変性が著しかった3例、および分類不能な特殊型(非定型的微小結節型など)2例の計5例を除外し、最終的に273例(Type A: 18例、Type AB: 77例、Type B1: 55例、Type B2: 97例、Type B3: 26例)を臨床病理学的特徴の解析対象とした。
病期分類にはMasaoka病期分類を採用し、Stage II以上を浸潤性腫瘍と定義した。大血管(上大静脈、無名静脈、大動脈など)への浸潤(GV浸潤)は手術記録の精査により確認した。治療方針として、浸潤性腫瘍に対しては原則として術後放射線療法を施行し、Masaoka Stage IV症例や不完全切除(亜全摘・部分切除)症例に対しては化学療法を追加した。
生存解析においては、2000年以降の手術症例18例、部分切除または生検のみの5例、術後12ヶ月未満に追跡不能となった7例を除外した243例を対象とした。本研究では胸腺腫の純粋な腫瘍学的挙動を評価するため、生存期間の定義を「腫瘍死からの回避(freedom from tumor death)」とし、MGによる死亡(14例)や他病死・不慮の事故による死亡(27例)は、その発生時点で打ち切り(drop-out)として処理した。
統計学的解析において、カテゴリー変数の関連性評価にはカイ二乗検定を用い、平均値の比較にはt検定または一元配置分散分析(ANOVA)およびBonferroni多重比較検定を用いた。累積生存率の算出には Kaplan-Meier 法を使用し、生存曲線の有意差検定には log-rank テストを適用した。さらに、複数の予後因子の独立性を評価するため、Cox proportional hazards model(コックス比例ハザードモデル)を用いた前向き段階的選択法による多変量解析を実施した。