- 著者: Kiyoyuki Noda, Yutaka Nishiwaki, Masaaki Kawahara, Shunichi Negoro, Tetuya Sugiura, Akihito Yokoyama, Masahiro Fukuoka, Keita Mori, Koshiro Watanabe, Tomohide Tamura, Shoichi Yamamoto, Nagahiro Saijo
- Corresponding author: Nagahiro Saijo (National Cancer Center Hospital, Tokyo)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2002
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 11784874
背景
進展型小細胞肺癌 (ED-SCLC: extensive-disease small-cell lung cancer) は、診断時に既に遠隔転移を有し、極めて予後不良な病態である。1980 年代以降、ED-SCLC に対する標準的な一次化学療法としてエトポシド (etoposide) +シスプラチン (cisplatin) 併用療法 (EP 療法) が広く用いられてきた。しかし、Roth らの大規模第 III 相試験 (1992) において、EP 療法の全生存期間 (OS) 中央値は 9-10 ヶ月、2 年生存率は約 10% と極めて限定的な成績に留まっていた (Roth et al. JClinOncol 1992)。Fukuoka らの先行研究 (1991) でも、cyclophosphamide + doxorubicin + vincristine (CAV) 療法と EP 療法の比較において生存期間の有意な改善は得られず、治療成績はプラトーに達していた。
トポイソメラーゼ I 阻害薬であるイリノテカン (irinotecan) は、活性代謝物 SN-38 を介して DNA トポイソメラーゼ I を阻害し、強力な抗腫瘍効果を示す新規薬剤である。Masuda らの先行研究 (1992) では、再発・難治性 SCLC に対するイリノテカン単剤の奏効率が 47% と良好な結果を示した。さらに、Kudoh らの第 II 相試験 (1998) において、イリノテカン+シスプラチン併用療法 (IP 療法) は未治療 ED-SCLC に対し、完全奏効率 29%、全奏効率 86%、OS 中央値 13.0 ヶ月という極めて有望な成績を報告した。
しかし、これまでの研究では EP 療法に対する IP 療法の優越性を直接比較したランダム化第 III 相試験が存在せず、標準治療を塗り替えるためのエビデンスが不足していた。特に、イリノテカン特有の毒性である遅発性下痢の管理や、日本人集団における安全性と有効性の検証が不十分であり、臨床現場に広く導入するためのデータが足りなかった。このように、どちらのレジメンが真に優れているかは未解明であり、最適な一次治療を確立するためのエビデンスが不足しているという課題が残されていた。この学術的ギャップを解消し、未治療 ED-SCLC に対する最適な一次治療を確立するため、日本臨床腫瘍研究グループ (JCOG: Japan Clinical Oncology Group) は第 III 相ランダム化比較試験 JCOG9511 (ClinicalTrials.gov 識別子に相当する試験 ID: JCOG9511) を実施した。
目的
未治療の進展型小細胞肺癌 (ED-SCLC) 患者を対象に、イリノテカン+シスプラチン併用療法 (IP 療法) が、従来の標準治療であるエトポシド+シスプラチン併用療法 (EP 療法) に対し、全生存期間 (OS) において優越性を示すかを検証する。副次評価項目として、無増悪生存期間 (PFS)、全奏効率 (ORR)、および有害事象 (JCOG 毒性基準に基づく安全性プロファイル) を比較評価する。
結果
生存期間における IP 療法の圧倒的優越性: 主要評価項目である OS において、IP 群は EP 群に対して極めて有意な生存期間の延長を示した (Figure 1)。最終解析時点 (2001 年 3 月) で、IP 群 77 例中 70 例、EP 群 77 例中 74 例の死亡が確認された。OS 中央値は、IP 群で 12.8 ヶ月 (95% CI 11.7-15.2) であったのに対し、EP 群では 9.4 ヶ月 (95% CI 8.1-10.8) であり、IP 群において生存期間が有意に延長した (HR 0.60, 95% CI 0.43-0.83, p=0.002)。1 年生存率は IP 群 58.4% (95% CI 47.4-69.4) vs EP 群 37.7% (95% CI 26.8-48.5) であり、2 年生存率においては IP 群 19.5% (95% CI 10.6-28.3) vs EP 群 5.2% (95% CI 0.2-10.2) と、長期生存割合において約 4 倍の顕著な差が認められた。年齢、性別、PS、体重減少で調整した多変量解析でも、HR 0.60 (95% CI 0.43-0.83) と同様の治療効果が維持された。
無増悪生存期間の有意な改善: 副次評価項目である PFS においても、IP 群は EP 群に対して有意な改善を示した (Figure 2)。PFS 中央値は、IP 群で 6.9 ヶ月 (95% CI 6.1-7.3) であったのに対し、EP 群では 4.8 ヶ月 (95% CI 4.3-5.5) であった (HR 0.61, 95% CI 0.44-0.84, p=0.003)。6 ヶ月時点での PFS 割合は IP 群 65.3% (95% CI 54.3-76.3) vs EP 群 35.6% (95% CI 24.8-46.3) であり、1 年時点では IP 群 12.5% (95% CI 4.9-20.1) vs EP 群 7.9% (95% CI 1.8-14.0) であった。進行イベントは IP 群で 68 例、EP 群で 75 例に認められた。
腫瘍奏効率の比較: 全奏効率 (ORR) は、IP 群で 84.4% (95% CI 74.4-91.7) に達し、EP 群の 67.5% (95% CI 55.9-77.8) に対し有意に高率であった (p=0.02, Table 4)。両群間の ORR の絶対差は 16.9% (95% CI 3.7-30.1) であった。完全奏効 (CR) 率は IP 群 2.6% (95% CI 0.3-9.1) vs EP 群 9.1% (95% CI 3.7-17.8) であり、EP 群で数値的に高かったが、これは統計的な偶然誤差の範囲内と判断された。部分奏効 (PR) 率は IP 群 81.8% vs EP 群 58.4% であった。病勢進行 (PD) 割合は IP 群 3.9% vs EP 群 11.7% であった。
血液毒性における鏡像的なプロファイル: 血液毒性に関しては、EP 群において重篤な骨髄抑制がより高頻度に認められた (Table 2)。Grade 3 または 4 の好中球減少の頻度は、IP 群 65.3% に対し、EP 群では 92.2% と極めて高率であった (p<0.001)。特に生命を脅かす Grade 4 の好中球減少は、IP 群 25.3% に対し、EP 群では 64.9% と約 2.6 倍の頻度であった。Grade 3 または 4 の白血球減少も IP 群 26.7% vs EP 群 51.9% (p=0.002)、Grade 3 または 4 の血小板減少も IP 群 5.3% vs EP 群 18.2% (p=0.02) と、いずれも EP 群で有意に高頻度であった。Grade 3 または 4 の貧血については、IP 群 26.7% vs EP 群 29.9% (p=0.72) と両群間で有意差を認めなかった。
非血液毒性における下痢の発生: 非血液毒性において最も特徴的な差は下痢の発生であった (Table 2)。Grade 3 または 4 の重篤な下痢は、IP 群で 16.0% (Grade 4 は 5.3%) に認められたのに対し、EP 群では 0% であった (p<0.001)。下痢の発生は主に第 1 および第 2 サイクルに集中していたが、ロペラミドや半夏瀉心湯を用いた早期の対症療法介入により、プロトコル違反の 1 例を除いてコントロール可能であった。Grade 3 または 4 の悪心・嘔吐は IP 群 13.3% vs EP 群 6.5% (p=0.18)、感染症は IP 群 5.3% vs EP 群 3.9% (p=0.72) であり、有意な差は認められなかった。治療関連死は IP 群で 3 例 (肺転移巣からの出血、好中球減少を伴う敗血症・下痢、好中球減少を伴う肺炎が各 1 例)、EP 群で 1 例 (放射線肺臓炎) であった。
治療デリバリー: 予定された 4 サイクルの治療完遂率は、IP 群で 68.8%、EP 群で 71.4% と両群間で同等であった (Table 3)。実際の投与量強度 (dose intensity) は、IP 群でイリノテカン 80.4%、シスプラチン 95.3% であり、EP 群でエトポシド 83.9%、シスプラチン 84.6% であった。シスプラチンの実投与強度は EP 群において IP 群の 1.58 倍 (22.6 vs 14.3 mg/m²/週) であったが、それにもかかわらず IP 群が優れた OS を示した。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、1980 年代以降の標準治療であった EP 療法 (エトポシド+シスプラチン) と対照的であり、これまでの治療成績を初めて明確に上回る新規な知見を示した。EP 療法が重篤な骨髄抑制 (Grade 4 好中球減少 64.9%) を特徴とするのに対し、IP 療法は骨髄抑制が比較的軽微である一方、イリノテカン特有の遅発性下痢 (Grade 3/4 が 16.0%) が主な制限毒性となる。
新規性: 本研究で初めて、未治療 ED-SCLC に対する一次治療において、IP 療法が従来の標準治療である EP 療法に対して生存期間を極めて有意に延長することを新規に実証した。OS 中央値を 9.4 ヶ月から 12.8 ヶ月へと延長し、ハザード比 0.60 という劇的なリスク低減効果を示したことは、小細胞肺癌治療における歴史的なブレイクスルーである。
臨床応用: 本試験の結果に基づき、日本国内においては IP 療法が ED-SCLC に対する標準治療の一つとして確固たる地位を築き、臨床現場に広く導入された。現在、免疫チェックポイント阻害薬を EP 療法に上乗せする治療法がグローバルな標準治療となっているが、日本肺癌学会のガイドライン等においては、依然として IP 療法が重要な一次治療の選択肢として位置づけられ、臨床的有用性を保っている。
残された課題: 本試験の極めて良好な結果を受けて北米で実施された検証的第 III 相試験 (SWOG S0124 試験) では、OS 中央値が IP 群 9.9 ヶ月 vs EP 群 9.1 ヶ月 (p=0.71) となり、IP 療法の優越性は再現されなかった (Lara et al. JClinOncol 2009)。この要因として、イリノテカンの活性代謝物 SN-38 の代謝に関与する UDP-glucuronosyltransferase 1A1 (UGT1A1) の遺伝子多型の頻度が日本人と白人で異なることが示唆されている。したがって、UGT1A1 遺伝子多型に基づく個別化投与設計の確立や、高齢者や PS 不良例における安全な投与法の開発 (Mamesaya et al. ThoracCancer 2023) が今後の検討課題として残されている。また、中間解析での圧倒的な生存差により、予定症例数 230 例に達する前の 154 例で早期終了したため、治療効果が過大評価されている可能性が否定できない点も本試験の limitation である。
方法
試験デザイン: 多施設共同オープンラベルランダム化第 III 相比較試験 (JCOG9511 試験)。日本国内の 27 施設が参加し、各施設の倫理委員会 (IRB) の承認および患者の文書による同意のもとで実施された。本試験は、生存期間のハザード比 (HR) 0.69 を検出するために、片側有意水準 0.05、検出力 80% に基づき、当初の計画登録症例数を 230 例 (各群 115 例) と算出した (sample size calculation)。しかし、事前に規定された中間解析において両群間に極めて顕著な生存期間の差が認められたため、独立データモニタリング委員会の推奨に基づき、154 例が登録された時点で試験は早期終了となった。
適格基準: (a) 組織学的または細胞学的に証明された小細胞肺癌 (SCLC)、(b) 遠隔転移または対側肺門リンパ節転移を有する進展型 (ED) 病期、(c) Eastern Cooperative Oncology Group (ECOG) performance status (PS) が 0、1、または 2、(d) 年齢 70 歳以下、(e) 化学療法、放射線療法、または外科的手術の治療歴がない未治療例、(f) 主要臓器機能が十分に保持されていること。
治療プロトコル: 患者は最小化法を用いて、施設および PS で層別化され、以下の 2 群に 1:1 の割合でランダムに割り付けられた。
- IP 群 (n=77): イリノテカン 60 mg/m² を day 1, 8, 15 に静脈内投与、シスプラチン 60 mg/m² を day 1 に静脈内投与。これを 4 週間 (28 日) を 1 サイクルとし、最大 4 サイクル繰り返した。
- EP 群 (n=77): エトポシド 100 mg/m² を day 1, 2, 3 に静脈内投与、シスプラチン 80 mg/m² を day 1 に静脈内投与。これを 3 週間 (21 日) を 1 サイクルとし、最大 4 サイクル繰り返した。
統計解析: 主要評価項目 (primary endpoint) は ITT (intention-to-treat) 集団における OS とした。生存曲線の推定には Kaplan-Meier 法を用い、群間比較には無調整 log-rank test を適用した。ハザード比 (HR) および 95% 信頼区間 (CI) は Cox proportional hazards モデルを用いて算出した。中間解析における多重比較の調整には、Lan-DeMets の alpha spending function (O’Brien-Fleming タイプ) を用いた。患者報告アウトカムとして EORTC QLQ-C30 (Aaronson et al. JNatlCancerInst 1993) を用いた QOL 評価が計画されていたが、コンプライアンス低下のため途中で中止された。