- 著者: D. Serpico, A. Trama, E. R. Haspinger, F. Agustoni, L. Botta, R. Berardi, G. Palmieri, P. Zucali, R. Gallucci, M. Broggini, G. Gatta, U. Pastorino, G. Pelosi, F. de Braud, M. C. Garassino, on behalf of TYME Collaborative Group
- Corresponding author: M. C. Garassino (Fondazione IRCCS Istituto Nazionale dei Tumori, Milan, Italy)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: 2014-11-19
- Article種別: Review
- PMID: 25411417
背景
胸腺上皮腫瘍 (TET) は胸腺上皮由来の希少な原発性縦隔腫瘍であり、その稀少性と複雑性から、病因の解明や治療法の開発が困難な状況にある。欧州での発生率は100万人当たり1.4件 (1995〜2002年) と報告されており、米国では1.3件/100万人年と極めて稀な疾患である deJong et al. EurJCancer 2008。WHOの組織学的分類によりthymoma (A, AB, B1, B2, B3型) とthymic carcinoma (TC) に分類されるが、TCはthymomaよりも稀であり、診断時に局所進行または転移を呈することが多い。TETsの予後は組織型や病期によって大きく異なり、5年生存率はthymoma全体で54〜88% (サブタイプにより:A型88%、AB型83%、B1型82%、B2型82%、B3型54%) であるのに対し、TCでは約38〜40%と有意に悪い Masaoka et al. Cancer 1981。病期別の5年生存率は、I/II期で80〜90%、III期で60〜70%、IV期で44〜55%と報告されている。
TETs患者では、重症筋無力症 (myasthenia gravis; MG)、赤芽球癆 (pure red cell aplasia; PRCA)、低ガンマグロブリン血症などの自己免疫症候群を合併することも多く、これが治療選択をさらに複雑にしている。TETs発症の原因は依然として未解明な部分が多いが、近年、分子生物学的理解は着実に改善しつつある。しかし、希少疾患であるため大規模な臨床試験の実施が困難であり、薬物療法の標準化が遅れていることが大きな課題である。特に、進行TETsに対する一次治療後の標準レジメンは確立されておらず、新たな治療戦略の開発が強く求められている。これまでのところ、いくつかの標的治療薬が小規模な臨床試験で検討されてきたが、その有効性は様々であり、TETsの多様な病態に対応できる治療法の開発には依然として知識のギャップが残されている。先行研究では個別の標的治療薬の効果が報告されているが、これらのエビデンスを統合し、分子異常と治療反応性の関連性を包括的に評価したレビューは不足している。
目的
本レビューは、進行胸腺上皮腫瘍 (TET) の薬物療法に関する既存エビデンスを整理するとともに、TETに関連する既知の遺伝子異常と潜在的な生物学的治療の現状について包括的に検討することを目的とする。特に、EGFR、KIT (stem-cell factor receptor; SCFR)、IGF1R、VEGF/VEGFR、ソマトスタチン受容体、HDAC、mTOR、CDKを標的とした薬剤の臨床試験エビデンスを体系的にまとめ、これらの分子異常と標的治療の可能性を提示することを目的とした。これにより、TETsの治療戦略における現在の課題を浮き彫りにし、将来的な研究の方向性を示すことを目指す。本研究は、TYME (TYmic MalignanciEs) Collaborative Groupの活動の一環として実施された。
結果
単剤化学療法のエビデンス: TETsに対する単剤化学療法の経験は限られており、cisplatin、ifosfamide、pemetrexedについてのみ一定のデータが存在する (Table 1)。ECOGのphase II試験では、n=21のthymoma患者にcisplatin (50 mg/m²、3週毎) を投与し、ORR 10% (PR 2例、CR 0例)、OS中央値76週、2年生存率39%という限定的な結果であった。一方、Highleyらによるifosfamideのレトロスペクティブシリーズでは、n=13の評価可能なthymoma患者でORR 46.2% (CR 5例・PR 1例)、CR持続期間中央値66ヶ月、5年生存率57%と良好な成績が報告された (TC 2例はいずれもSDのみ)。Pemetrexed (Loehrerら、500 mg/m²、3週毎、最大6サイクル) のphase II試験 (n=27、stage IVA/IVB再発TET) では、n=23の完全評価例でthymoma群ORR 25% (CR 2例・PR 2例)、TC群ORR 9% (PR 1例)、TTP中央値45週 (thymoma群45.4週 vs TC群5.1週)、OS 29ヶ月であった。毒性は軽微でGrade IV有害事象なしと報告された。
プラチナ+アントラサイクリン系レジメン (標準治療の根拠): メタアナリシス (Okumaら) では、プラチナ+アントラサイクリン系のthymoma群ORRは69.4% (95% CI 63.1–75.0%) であり、プラチナ+非アントラサイクリン系の37.8% (95% CI 28.1–48.6%、p<0.0001) より有意に高かった (Table 1)。重要なことに、TC群ではこの差が消失した (アントラサイクリン系40.2% vs 非アントラサイクリン系41.2%、p=0.89)。ADOC (doxorubicin・cisplatin・vincristine・cyclophosphamide) レジメンはthymomaを対象とした最初期の後方視的シリーズ (Fornasiero、n=32) でORR 91% (CR 47%)、TTP 11ヶ月、OS 15ヶ月という高い有効性が示された。後続のシリーズ (Rea、n=16) ではORR 100%・CR 43%・3年生存率70%を達成。Phase II試験 (Berruti、n=16) では術前ADOCの結果としてORR 81%、DFS 33.2ヶ月、OS 47.5ヶ月が報告された。TCを対象としたADOC試験 (Koizumi et al. AmJClinOncol 2002、n=8) でもORR 75%・OS 19ヶ月と一定の有効性が示された。PAC (cisplatin・doxorubicin・cyclophosphamide) レジメン (ECOG-SWOG-SECSG、n=30、n=29がthymoma) ではORR 50%・CR 10%・TTP 18ヶ月・OS 38ヶ月 (Loehrerら第1試験)、PAC+術後放射線±手術 (n=23、n=21がthymoma) でORR 70%・CR 22%・TTP 93ヶ月・OS 93ヶ月 (Loehrerら第2試験)。PAC+prednisone+RT+手術 (Shinら、n=13) ではORR 92%、7年生存率100%。PEpEレジメン (cisplatin・epirubicin・etoposide) の後方視的シリーズ (Lucchiら、n=36) では10年生存率46% (stage III) 〜48% (stage IVA)。CAMPレジメン (doxorubicin・cisplatin・methylprednisolone、Yokoiら) ではORR 92%・OS 30ヶ月。
プラチナ系 (非アントラサイクリン) レジメン: PE (cisplatin+etoposide) はEORTC phase II (Giaccone、n=16、全thymoma) でORR 56%、PFS 2.2年、OS 4.3年 (Table 1)。VIP (cisplatin+ifosfamide+etoposide) は2つのphase II試験 (Loehrerらn=34、Grassinらn=18) でORR 32%・OS 32ヶ月、ORR 25%・1年生存率94%をそれぞれ報告。Carboplatin+paclitaxelはthymomaとTCの混在集団を対象とした最大規模phase II (Lemmaら、n=46) でthymoma群ORR 42.9%・PFS 16.7ヶ月・OS未到達、TC群ORR 21.7%・PFS 5.0ヶ月・OS 20.0ヶ月。WJOG4207L (Takedaら、n=40、全TC) ではcarboplatin+paclitaxelでORR 36%・PFS 8ヶ月・1年生存率85%。Cisplatin+irinotecan (Okuma et al. LungCancer 2011、n=9、全TC) ではORR 56%・PFS 8ヶ月・OS 34ヶ月。
2次治療化学療法: Capecitabine+gemcitabine (CAP-GEM) phase IIの最終解析 (Buonerba、n=30、前治療済みTET) ではORR 36% (CR 3例・PR 8例) ・PFS 11ヶ月・1年生存率80%・2年生存率67%と有望な結果が示された。これらの結果は、進行TETsに対する2次治療の選択肢としてCAP-GEMが有効な可能性を示唆している。
EGFRと標的治療: EGFRはthymomaの70%・TCの53%で過剰発現し、発現はstage III–IV腫瘍と有意に関連する (Table 2)。コピー数はB3型で有意に増幅。しかし活性化変異は極めて稀で、n=158腫瘍中わずか3例 (1.9%) でエクソン21ミスセンス変異 (L858R 2例、G863D 1例) が検出され、エクソン18・19には変異なし。EGFR発現と変異状態の相関は認められなかった。Gefitinib (250 mg/日、n=26、stage IV前治療済み) のphase IIではORR 4% (PR 1例) ・n=14例SD・TTP 4ヶ月と低活性。Erlotinib+bevacizumab (n=18) ではORR 0%・n=11例SD。Cetuximabについては症例報告レベルでのみ活性が示されている。EGFRターゲット療法は活性化変異の低頻度から、無選択での使用は期待できないと結論付けた。
KIT/SCFRと標的治療: KITはthymomaの2%・TCの79%で過剰発現する (Table 2)。KIT変異はTCの9%のみに存在 (Strobel et al. NEnglJMed 2004) (V560欠失、L576P置換はimatinib感受性;D820E変異はsorafenib感受性;H697Y変異はsunitinib高感受性を示した1例あり)。3つのimatinib phase II試験 (Giaccone n=9・Salter n=11・Palmieri et al. CancerChemotherPharmacol 2012 n=15、いずれも全例KIT-IHC陽性で選択) でORR 0% (全3試験) であった。Palmieri試験ではPFS中央値3ヶ月のみ。既知KIT活性化変異を持たない患者ではimatinibは無効と結論された。
IGF1Rと標的治療: IGF1RはthymomaよりTCs (86% vs 43%) でより頻繁に過剰発現し、EGFRとの共発現が確認された。IGF1R過剰発現はOS悪化および原発腫瘍でのTTP短縮と有意に関連 (Zucaliら)。抗IGF1R抗体figitumumabのphase IでTET患者1例が1年以上の臨床的有益を示した。Cixutumumab (20 mg/kg、3週毎) のphase II (n=49、TC n=12・thymoma n=37) ではthymoma群でORR 10% (PR 5例・SD 28例) を示したが、TC群では5例SDのみ。また自己免疫合併症 (thymoma患者の24%で新規自己免疫疾患、最多はPRCA) が重要な毒性として認識された。
VEGF/VEGFRと血管新生阻害薬: VEGF-A・VEGFR-1・VEGFR-2はthymomaとTCの両者で過剰発現。腫瘍のVEGF発現・微小血管密度はTETの浸潤・臨床病期と相関し、血清VEGFはTC患者で上昇するがthymoma患者では上昇しない。SunitinibのTC対象phase II (Thomas、n=23 TC) では一次エンドポイントのORR 26% (PR 6例・SD 15例) ・PFS 6.7ヶ月・OS 16.3ヶ月 (follow-up中央値13.9ヶ月) と有望な結果 (Table 2)。Thymoma群 (n=16) ではORR 6%・SD 12例・PFS 8.5ヶ月・OS 16.3ヶ月。評価可能n=20腫瘍中KIT変異はなく、TCの4例を含むPR例でもKIT変異陰性であり、sunitinibの有効性はKIT阻害よりもVEGFR阻害 (antiangiogenic効果) が主体である可能性がある。SU14813 (multitargeted TKI) phase IではTET患者4例中2例がPR (PFS 15.3ヶ月・9.0ヶ月)。Sorafenib症例報告では、D820E KIT変異陽性TC 1例でPRおよび腫瘍縮小50% (持続18ヶ月) が報告され、KIT野生型TCでも9ヶ月の安定が示された。Erlotinib+bevacizumab (前述) はVEGFR阻害としても評価されたが無効。
ソマトスタチン受容体阻害薬: Octreotideはin vitroで胸腺上皮細胞に対し抑制効果を示す。Octreotide+prednisone (Palmieri、n=16) ではORR 37%・OS 15ヶ月。ECOG phase II (Loehrer、n=38:thymoma n=32・TC n=5・胸腺カルチノイドn=1) ではoctreotide単剤でPR 4例 (10.5%)、プレドニゾン追加後にCR 2例・PR 6例追加 (全体ORR 30.3%) ・1年生存率86.6%・2年生存率75.7% (ただし1例がGrade 5感染死)。長時間型octreotide (20 mg i.m.、2週毎) の後方視的経験 (Longo、n=12) ではPR 3例 (25%) ・SD 5例 (42%) ・PFS中央値8ヶ月。
HDAC阻害薬: Belinostat (pan-HDAC阻害薬、1 g/m² day1–5、3週毎) のphase II (Giaccone、n=41:thymoma n=25・TC n=16) ではPR 2例 (thymoma) ・SD 25例・PD 13例、TTP 174日、OS 575日。毒性は軽微 (悪心・嘔吐・倦怠感が主)。Belinostat+CAP併用のphase I/II試験が進行中。
CDK阻害薬 (milciclib) とCell Cycle: p16INK4/CDK4/6/RB経路がTETsで重要な役割を果たす可能性が示唆されており、CDKN2A/13qのコピー数異常が予後不良マーカーとして同定された。Oral milciclib maleate (PHA-848125-AC、CDK2/cyclin A阻害薬) のphase II (n=30、1前治療歴) ではPR 1例・SD 13例・PFS-3率46.7% (95% CI 28.3–65.7%) と初期有効性のシグナル。
Src阻害薬・mTOR阻害薬: Saracatinib (AZD0530、175 mg/日、n=21) のphase IIは有効性なしで早期終了。Everolimus (mTOR阻害薬) のphase II (n=35、cisplatinベース前治療済み) ではdisease control (CR 1例+PR 3例+SD 21例) が25例 (71%) で達成された (試験継続中)。
分子生物学的知見: GTF2I変異は良性経過のthymomaに高頻度 (>70%) に認められ予後良好バイオマーカーとして有望である (Petrini et al. NatGenet 2014)。BCL2・CDKN2A/Bのコピー数異常が予後不良因子として同定された (IHC解析n=132 TETsのデータより)。KIT変異 (V560欠失、L576P置換) はimatinib感受性を示す場合があり、変異選択症例での治療有効性が示唆される (Yoh et al. LungCancer 2008)。また、次世代シーケンシングによる遺伝子プロファイリング研究 (Shitara et al. LungCancer 2014) もTETsの分子異常の理解に貢献している。
考察/結論
TETsの稀少性と複雑性が薬物療法研究の進展を妨げてきたが、分子生物学的知見は着実に蓄積されつつある。標準治療であるプラチナ+アントラサイクリン系 (特にADOCおよびPAC) はthymomaに高い奏効率 (69.4%対非アントラサイクリン系37.8%、p<0.0001) を示す一方、TCに対する効果は限定的であり (両群で差なし)、1次治療後の標準レジメンが確立されていないことが大きな課題である。
先行研究との違い: 本レビューは、これまでの個別の報告とは異なり、進行TETsに対する化学療法と標的治療の包括的なエビデンスを統合し、分子異常と治療反応性の関連性を詳細に分析した点で新規性がある。特に、各分子標的薬の臨床試験結果を体系的にまとめることで、TETsの治療選択における現在の課題と将来の展望を明確に提示した。
新規性: 本研究で初めて、TETsにおけるEGFR、KIT、IGF1R、VEGFなどの分子の過剰発現が、病期や予後と関連することを示唆する既存のエビデンスを統合的に提示した。特に、EGFR過剰発現が高病期と、IGF1R過剰発現が不良な予後と関連するという知見は、これらの分子がTETsの病態形成において重要な役割を果たす可能性を新規に強調するものである。また、GTF2I変異が良性経過のthymomaに高頻度で認められ、予後良好バイオマーカーとして有望であるという知見も、今後の治療戦略を大きく変える可能性を秘めている。
臨床応用: 本知見は、進行TETsの治療戦略を個別化する上で重要な臨床的意義を持つ。例えば、VEGFR経路阻害剤 (sunitinib、sorafenib) がTC群に有望な活性 (sunitinib ORR 26%) を示し、mTOR経路 (everolimus、disease control 71%)、CDK経路 (milciclib、PFS-3率46.7% (95% CI 28.3–65.7%)) の阻害剤も小規模試験で一定の有効性が示されており、これらの薬剤が特定の患者群において有効な治療選択肢となる可能性が示唆される。一方、EGFR阻害剤はEGFR活性化変異が極めて稀 (1.9%) なことから無選択での使用は期待できない。KIT阻害剤のimatinibも既知KIT活性化変異なしでは無効であり、変異陽性例を選別した試験デザインが今後の重要課題である。GTF2I変異を含む分子プロファイリングが予後分類や治療選択の精緻化に貢献すると考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、進行中の複数標的治療試験の成熟データ、GTF2I変異陽性/陰性などの分子マーカーによる層別化試験、および国際多施設共同試験 (希少疾患ゆえに不可欠) の推進が治療指針を更新すると期待される。特に、TETsの分子生物学的背景のさらなる解明と、それに基づいた新規標的治療薬の開発が残された課題である。また、自己免疫症候群を合併するTETs患者に対する治療戦略の最適化も今後の重要な研究方向性である。
方法
本研究は、TYME (TYmic MalignanciEs) Collaborative Groupが実施したナラティブレビューである。進行TETsに対する薬物療法、特に化学療法および標的治療に関する既報の臨床試験 (主にphase I/II試験)、後方視的解析、および症例報告を系統的に収集し、解析した。文献検索は、PubMed、Embase、Cochrane Library、Web of Scienceなどの主要な医学データベースを用いて実施された。検索キーワードには、「thymic epithelial tumors」、「thymoma」、「thymic carcinoma」、「chemotherapy」、「targeted therapy」、「biological agents」などが含まれた。
分子マーカーの評価については、免疫組織化学 (IHC) 解析、array-CGH (comparative genomic hybridization)、次世代シーケンシング (NGS) などの手法を用いて得られたデータを参照した。これらのデータは、TETsにおける遺伝子異常の特定と、それらが標的治療の可能性にどのように関連するかを評価するために用いられた。特に、EGFR、KIT、IGF1R、VEGF/VEGFR、ソマトスタチン受容体、HDAC、mTOR、CDKといった特定の分子標的に対する薬剤の有効性に関する臨床試験の結果に焦点を当てて分析した。各試験の主要評価項目 (奏効率 (ORR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS) など) と安全性プロファイルが詳細に検討された。統計解析手法としては、各研究で用いられたカプラン・マイヤー法による生存曲線解析や、Fisher’s exact testによる群間比較などが参照された。本レビューの目的は、既存のエビデンスを統合し、TETsの薬物療法における知識のギャップを特定することであった。