- 著者: Xin Z, Lin M, Hao Z, Chen D, Chen Y, Chen X, Xu X, Li J, Wu D, Chai Y, Wu P
- Corresponding author: Ying Chai; Pin Wu (Department of Thoracic Surgery / Key Laboratory of Tumor Microenvironment and Immune Therapy, Second Affiliated Hospital, Zhejiang University, Hangzhou, China)
- 雑誌: Nature Communications
- 発行年: 2022
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 36115836
背景
胸腺上皮腫瘍 (TET) は前縦隔に発生する悪性腫瘍であり、腫瘍細胞が正常胸腺上皮細胞 (TEC) から変換したと考えられているが、その病態生物学は2022年時点でほとんど解明されていなかった。正常胸腺のTECは皮質性TEC (cTEC) と髄質性TEC (mTEC) の2種類に大別され、cTECがT細胞の陽性選択、mTECが中枢性自己寛容の確立 (陰性選択) に必須の役割を果たす。TETでは腫瘍内に豊富なT細胞が浸潤し、腫瘍の免疫微小環境 (TME) はWHO組織型・Masaokaステージによって異なることが臨床的に観察されていたが、腫瘍細胞の上皮的起源とTMEの関係は不明であった。既存のWHO組織型分類とMasaokaステージ分類には腫瘍の生物学的多様性を捉えきれない問題点があり、免疫学的視点に基づく新たな分類体系の開発が求められていた。特に、TETにおけるT細胞発達の異常や、それが自己免疫疾患の発症にどのように関与するのかについては、詳細な細胞・分子メカニズムが未解明であった。Weksler et al. JThoracOncol 2014はTETにおける免疫系の変化を報告しているが、腫瘍細胞と免疫細胞間の相互作用の全貌は不足していた。また、deJong et al. EurJCancer 2008がTETの疫学を報告しているものの、その生物学的特性の理解は依然として不十分であった。Radovich et al. CancerCell 2018はTETの統合ゲノムランドスケープを報告しているが、T細胞発達の動態や腫瘍上皮細胞との直接的な相互作用を詳細に解析した報告は不足していた。
目的
CyTOF・scRNA-seq・TCRレパートリー解析を組み合わせた多層解析によりヒトTETの免疫ランドスケープを解明し、腫瘍上皮細胞の起源とTME・T細胞発達パターンの関係を明らかにし、新規分子分類体系を提唱すること。
結果
3型免疫分類の同定と既存分類との差異: CyTOF/PhenoGraph法でのクラスタリングにより、TET 22例は腫瘍内免疫細胞組成に基づいてtype 1 (n=9) ・type 2 (n=7) ・type 3 (n=6) の3型に分類された (Fig. 1b)。この分類はWHO組織型・Masaokaステージとは一致せず (各型に複数のWHO組織型が混在)、既存の臨床的分類とは独立した生物学的分類体系であることが示された。特に、CD3-CD4+CD8+未熟T細胞の割合はtype 1で最も高く、type 3で最も低いという顕著な差異が認められた (p<0.0001)。type 3 TETでは、B細胞、樹状細胞 (DC)、顆粒球、NK細胞などの末梢免疫応答に関連する免疫細胞が他のタイプと比較して有意に豊富であった (p<0.05)。
T細胞発達パターンの型別差異: scRNA-seq軌跡解析では、type 1において早期T細胞発達段階への濃縮 (陽性選択阻害)、type 2では早期・後期両ステージへの分布 (陽性選択促進)、type 3では後期成熟ステージのみ (T細胞発達のほぼ消失) という3型の明確なパターンが示された (Fig. 3g)。Notch/Wntシグナル関連遺伝子はtype 1で最高発現、IL-7 (Interleukin-7) シグナル関連遺伝子はtype 2で最高発現し (陽性選択後の胸腺内増殖促進を示唆)、各型の分子機序を裏付けた。未熟CD3-CD4+CD8+ダブルポジティブ (DP) 細胞の割合はtype 1 > type 2 > type 3の順に低下した (p<0.0001)。
腫瘍上皮細胞の起源と各型の特性: scRNA-seqにより7種の上皮細胞サブセット (CCL25+cTEC様・mcTEC様・KRT14+mTEC様・GNB3+mTEC様・MYOG+TEC様・CHGA+TEC様・CHI3L1+mTEC様) を同定した (Fig. 5e)。各型の主要細胞サブセットは以下の通りであった。type 1はKRT14+/GNB3+mTEC様細胞優位であり、HLA-DR低発現が陽性選択阻害の機序として示唆された。type 2はCCL25+cTEC様細胞優位であり、CCL25 (C-C motif chemokine ligand 25):CCR9/CXCL12:CXCR3を介してDP細胞を誘引し陽性選択を促進する。AIRE低発現が自己寛容低下と関連し、重症筋無力症合併率がtype 2で67%と高かった (Supplementary Fig. 12c)。type 3はCHI3L1+mTEC様細胞優位であり、CXCL12/CCL25非発現によりT細胞前駆体リクルート不全を示し、癌幹細胞マーカー高発現・Ki67高発現により高悪性度であることが示唆された (Fig. 5c)。
type 3におけるCD8+TRM細胞活性化: type 3において組織常在性CD8+T細胞 (CD8+TRM: CD8+CD103+CD69+) が有意に増加した (正常+type 1/2 vs type 3: p=0.0008) (Fig. 6b)。CHI3L1+mTEC様腫瘍細胞とCD8+TRM細胞の間に最多の細胞間インタラクションが確認され、CD8+TRM細胞はTCR活性化・IFNγ産生・CXCL13分泌 (DCs・B細胞リクルート) を示し、type 3での腫瘍免疫応答の中枢を形成していた (Fig. 6k, l)。フローサイトメトリーにより、CD8+TRM細胞が他のT細胞サブセットよりも多くのCXCL13を分泌することが確認された (Fig. 6n)。
TCRレパートリー解析: TCRβ VJ遺伝子使用パターンはtype間で有意に異なり、DP/SP細胞の組成と整合性があった (Fig. 4a)。クローン増殖は未熟DP細胞では低頻度、成熟SP細胞では高頻度 (type 3で最高のクローナリティー) を示した (Fig. 4f)。この結果は、T細胞発達の差異がTCRレパートリーの多様性にも影響を与えることを示唆する。
GNB3/CHI3L1による予後予測の優位性: GNB3 (type 1マーカー) とCHI3L1 (type 3マーカー) の発現パターンでTCGA TET 119例を3群に分類したKaplan-Meier解析においてOS有意差を示した (Fig. 7d, log-rank p=0.01409)。特に、GNB3高発現群と比較してCHI3L1高発現群ではOS中央値が有意に短縮しており、HR 2.15 (95% CI 1.30-3.56, p=0.0028) であった。一方、既存のWHO分類 (p=0.2912) ・Masaokaステージ (p=0.1698) はいずれも有意差を示さなかった。この結果は、提唱された免疫学的分類がWHO分類・Masaokaステージを超える予後予測能を持つことを大規模外部コホートで実証した。
考察/結論
本研究は多層オミクスアプローチを用いてヒトTETの免疫ランドスケープを包括的に解析した最初の報告であり、既存のWHO分類・Masaokaステージに代わる免疫学的分類体系 (type 1/2/3) を提唱した。最も重要な発見は、腫瘍細胞の上皮的起源 (cTEC様 vs mTEC様) が腫瘍内T細胞発達パターンと免疫微小環境を規定するという「上皮-T細胞ループ」の概念である。
先行研究との違い: これまでの研究ではTETの免疫微小環境の包括的な解析は不足しており、特に腫瘍上皮細胞の起源とT細胞発達パターンの直接的な関連は未解明であった。本研究は、CyTOFとscRNA-seqを組み合わせることで、この上皮-T細胞ループを詳細に解明した点で、先行研究と対照的である。例えば、Radovich et al. CancerCell 2018やLee et al. ClinCancerRes 2017はゲノム解析に基づく分類を提唱しているが、T細胞発達の動態や腫瘍上皮細胞との直接的な相互作用を詳細に解析した報告はこれまでになかった。
新規性: type 2でのAIRE低発現とcTEC様細胞優位が自己免疫疾患 (重症筋無力症等) の発生機序を説明する可能性を本研究で初めて示した点は、TETの傍腫瘍症候群を理解する上で重要な新規知見である。また、GNB3とCHI3L1という新規マーカーが既存の分類よりも優れた予後予測能を持つことを大規模コホートで実証したことも新規性がある。これは、Petrini et al. NatGenet 2014がGTF2I変異の重要性を示したのと同様に、TETの分子病態理解に貢献する。
臨床応用: type 3のCHI3L1+mTEC様細胞によるCD8+TRM細胞活性化は、高悪性度TET (胸腺癌に対応するtype 3) において免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) が有効な症例が存在する理由を支持するメカニズムを提供する可能性がある。この知見は、将来的な精密医療戦略 (type 2でのICI慎重投与・type 3でのICI適応拡大等) の臨床応用に繋がる可能性がある。本研究で提唱された分類は、Weis et al. JThoracOncol 2015が報告した組織型分類よりも優れた予後予測能を示しており、個別化医療への貢献が期待される。
残された課題: 本研究の限界は比較的少数例 (22例) ・単施設解析・scRNA-seq対象が6例にとどまる点、およびGNB3/CHI3L1に基づく分類の前向き検証が行われていない点である。GNB3とCHI3L1という新規マーカーの機能的役割 (腫瘍ドライバーとしての位置づけ) も実験的検証が必要である。今後の検討課題として、多施設前向き検証による本分類体系の臨床的有用性の確立が期待される。
方法
浙江大学第二附属病院で外科切除されたTET 22例 (初回治療前) および正常胸腺3例 (成人心臓手術時に除去) を用いた前向きコホート解析を実施した。新鮮組織から単細胞懸濁液を調製し、CyTOF (42マーカーパネル) 、フローサイトメトリー、免疫蛍光、HE染色を行った。scRNA-seqは6例 (type 1・2・3各2例) のpaired腫瘍サンプルと、Park et al. Science 2020の正常胸腺データセットを再解析し、計52,788細胞を解析した (10X Chromium 5’ライブラリ)。TCRレパートリー解析は10X Genomics V(D)Jキットを用いてTCRα/β VJ (variable-joining) 遺伝子使用・ペアリング・クローン多様性を解析した。腫瘍上皮細胞サブセットの同定には、既知のTECマーカー群でのクラスタリングと軌跡解析 (Monocle2) を用いた。細胞間コミュニケーション解析にはCellPhoneDBを用いた。統計解析にはGraphPad Prism (v8) を使用し、2群間の比較には両側Student’s t検定、生存解析にはKaplan-Meier法とログランク検定を用いた。TCGA TETデータ (119例) を用いた生存解析 (Kaplan-Meier・ログランク検定) により、本研究で同定された分子マーカーの予後予測能を検証した。主要評価項目は全生存期間 (OS) とし、副次評価項目として無病生存期間 (DFS) を評価した。