- 著者: Radovich M, Pickering CR, Felau I, Ha G, Zhang H, Jo H, Tsao AS, Loehrer PJ
- Corresponding author: Anne S. Tsao (MD Anderson Cancer Center), Patrick J. Loehrer (Indiana University)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-01-25
- Article種別: Original Article
- PMID: 29438696
背景
胸腺上皮性腫瘍 (TET: thymic epithelial tumor) は成人において最も稀な悪性腫瘍の一つであり、年間発症率は10万人あたり0.15例に過ぎない (Engels et al. IntJCancer 2003)。TETの組織型はWHO (World Health Organization) 分類に基づき、spindle/oval型 epithelial cell を特徴とする type A、AB、および epithelioid型 epithelial cell とリンパ球浸潤の程度により分類される type B1、B2、B3 (以上 thymoma)、そして組織学的に明らかな悪性所見を呈する thymic carcinoma (TC: 胸腺癌) に大別される。5年生存率は thymoma で 69% であるのに対し、TC では 36% と極めて不良であり、臨床的挙動や予後は組織型によって大きく異なる。しかし、これまで TET の包括的なマルチプラットフォームゲノム解析による統合的分子プロファイリングは実施されておらず、その分子生物学的特性や組織型ごとの差異は未解明な部分が多かった。先行研究では、GTF2I 遺伝子の特定のミスセンス変異 (L424H) が type A/AB thymoma において高頻度に認められることが報告されていたが (Petrini et al. NatGenet 2014)、その他の再発性変異やコピー数異常、エピゲノム変化、およびそれらの統合的ランドスケープについては知見が不足していた。また、胸腺腫は重症筋無力症 (MG: myasthenia gravis) をはじめとする自己免疫疾患を約30%から40%という極めて高い割合で合併することが知られているが、腫瘍ゲノムや遺伝子発現パターンがどのように自己免疫化を駆動するのかという分子メカニズムも不明であった。従来の個別プラットフォーム解析のみでは、TET の多様な臨床病態や自己免疫疾患合併の背景にあるゲノム・エピゲノムの全体像を捉えるには情報が手薄であり、治療標的の同定や予後予測モデルの構築における大きな知識 gap in knowledge が存在した (Lopez-Chavez et al. JClinOncol 2015)。本研究は、TCGA (The Cancer Genome Atlas) プロジェクトの一環として、これらの課題を解決するために計画された。
目的
本研究の目的は、TCGAプロジェクトとして収集された117例の胸腺上皮性腫瘍 (TET) を対象に、全エクソームシークエンシング (WES: whole-exome sequencing)、RNAシーケンス (RNA-seq)、DNAメチル化、miRNA発現、逆相タンパク質アレイ (RPPA: reverse-phase protein array)、およびコピー数解析 (SNPアレイ) を含むマルチプラットフォームオミクス解析を統合的に実施し、TET の包括的なゲノムランドスケープを解明することである。具体的には、ゲノム・エピゲノム・プロテオームの多階層データから TET の新規分子サブタイプを定義し、臨床病理学的特徴や生存期間 (OS/PFS) との関連を評価する。また、TET 固有のドライバー遺伝子である GTF2I L424H 変異の生物学的・機能的影響を多角的に検証するとともに、HRAS、NRAS、TP53 などの体細胞変異のクローン性を明らかにする。さらに、胸腺腫合併重症筋無力症 (MG) における腫瘍側の分子標的リンクを同定するため、染色体異数性 (aneuploidy) や筋肉自己抗原遺伝子の発現パターンを解析し、自己免疫誘導機序を分子レベルで解明することを目的とした。
結果
臨床転帰と予後因子の解析: 追跡期間中央値38.3ヵ月において、コホート全体で10例 (8.5%) の再発と8例 (6.8%) の死亡が記録された。再発例の50% (5例) は局所・領域再発であり、そのうち80% (4例) が胸膜播種として出現した (Table 1)。無増悪生存期間 (PFS) の有意な延長と相関する因子は、早期の Masaoka-Koga 病期 (p=0.000058)、低い T 病期 (p=0.0018)、および非ヒスパニック系民族 (p=0.000375) であった。全生存期間 (OS) の延長は、高い腫瘍内リンパ球含有量 (p=0.018)、WHO組織型における type A および B1-B2 (p=0.008)、および若年での診断 (p=0.017) と有意に相関していた。重症筋無力症 (MG) 合併の有無は、OS および PFS と有意な相関を示さなかった (Figure S1)。MG は32例 (27%) に認められ、若年患者ほど自己免疫疾患を合併しやすかった (p=0.031、合併群の年齢中央値52歳 vs. 非合併群62歳)。
変異ランドスケープと極めて低い腫瘍変異量 (TMB): 117組の腫瘍・正常ペアのうちフィルタ後の100組を対象とした WES 解析により、MutSig2CV で有意 (q<0.1) と判定された4つの体細胞変異遺伝子が同定された (Figure 1)。GTF2I が最も高頻度に変異しており、変異率は39% (39/100例) で、type A thymoma で100% (10/10例)、type AB で約70% (32/48例) と極めて高頻度に認められた。GTF2I の変異はすべて単一のミスセンス変異 L424H に集中しており、TCGAの他のがん種1万例以上においてこの変異は皆無であった (Figure 4B)。PyClone を用いたクローン性解析により、GTF2I 変異は主として clonal (クローナル) な創始者変異であることが示された。その他の有意変異遺伝子として、HRAS (活性化コドン 12, 13, 117 に集中)、NRAS (コドン 61 に集中)、および TP53 (病原性の不活性化変異) が同定され、これらも clonal な特性を示した。TET の平均 TMB (tumor mutational burden) は0.48 mutations/Mb であり、TCGAが解析した成人のがん種21種類の中で最も低い値を示した (Figure 2)。CpG ジヌクレオチド内の C>T 変異 (mutational signature) が濃縮されており、この変異シグネチャーは加齢と関連することから、TET の発症年齢中央値60歳という疫学的特性と整合する。
4つの統合分子サブタイプの同定: sCNA、mRNA、miRNA、DNAメチル化、RPPAの5プラットフォームデータを統合した COCA (cluster-of-clusters-assignments) 解析により、TET は生物学的に明確に異なる4つの分子サブタイプに分類された (n=117、Figure 3A)。これらは盲検下の WHO 病理学的レビューと高い一致を示した (p<0.0005)。
- サブタイプ1 (主に type B): type B1, B2, B3 thymoma が主体 (41/46例) であり、腫瘍内リンパ球含有量が4群中最高で、MG合併例の大部分がこのサブタイプに集中していた。OS は4群中で2番目に良好であった。
- サブタイプ2 (主に TC): 胸腺癌 (TC) が主体 (9/14例) であり、16q 染色体アームの欠失を特徴とし、4サブタイプ間の OS 比較で最も不良な転帰を示した (p=0.00859、Figure 3C)。各クラスターの転帰は Cluster 1 (46例/3 events)、Cluster 2 (14例/4 events)、Cluster 3 (35例/0 events)、Cluster 4 (21例/1 event) であった。
- サブタイプ3 (主に type AB): type AB thymoma が主体 (32/35例) であり、GTF2I L424H 変異が高頻度に認められ、19q13.42 領域の巨大な miRNA クラスターである C19MC (chromosome 19 microRNA cluster) の過剰発現を特徴とした。
- サブタイプ4 (type A/AB 混合): type A (8例) と type AB (12例) を中心に構成された合計21例のクラスターであり、GTF2I L424H 変異に加えて HRAS 変異がこのサブタイプに濃縮されていた。
PARADIGM (pathway recognition algorithm using data integration on genomic models) 解析では、A-like クラスターで p53 経路の上昇と MYC/Max、MYB (myeloblastosis oncogene)、FOXM1 (forkhead box M1) などの oncogene の低下が認められた一方、B-like および C-like クラスターでは逆のパターンを示し、type B/TC で知られる臨床的悪性度の高さと整合していた (Figure 3D)。
重症筋無力症 (MG) 合併と腫瘍内自己抗原過剰発現: MG合併は type B thymoma に有意に濃縮されており (p=0.00015)、TC や MNT には認められなかった。TC と MNT を除外した解析で、MG合併例 (MG+: n=32 thymomas) は非合併例 (MG-: n=72 thymomas) と比較してゲノム全体の異数性 (aneuploidy) スコアが有意に高かった (p=0.000626、Figure 5A-B)。B1/B2/B3 サブセットに限定した解析でも同様の有意差が認められた (n=24 vs. n=23、p=0.00458)。さらに RNA-seq 解析により、MG+ 群で筋肉自己抗原遺伝子の著しい過剰発現が同定された。アセチルコリン受容体 α サブユニットをコードする CHRNA1 (cholinergic receptor nicotinic alpha 1 subunit) は MG+ 群で 3.0-fold 高発現していた (FDR=0)。AChR (acetylcholine receptor) および titin と免疫学的エピトープを共有する中型ニューロフィラメント遺伝子 NEFM (neurofilament medium) は、MG+ 群で 23.8-fold (type A/AB サブセットでは 30-fold) という極めて高い過剰発現を示した (FDR=0)。また、筋肉型リアノジン受容体と相同性を持つ RYR3 (ryanodine receptor 3) も MG+ 群で 5.5-fold の有意な過剰発現を示した (FDR=0、Figure 5D)。異数性とMG合併の関連は、MG診断がthymoma診断の前・同時・後のいずれであっても認められ、時系列に依存しなかった (Figures S6G-H)。
胸腺癌 (TC) における特異的ゲノム異常と MSI-High 症例の同定: TC (n=10) では再発性の有意変異遺伝子は同定されなかったが、アームレベル解析で80% (8/10例) に 16q 染色体アームの欠失が認められた (Figure 6A)。この領域には CYLD、CBFB、CDH1、CDH11、CTCF、ZFHX3 などのがん抑制遺伝子が含まれる。TC の TMB は他の thymoma 組織型と比較して有意に高かった (p=5.7 × 10^-5、Figure 6B)。注目すべき所見として、1例の未分化胸腺癌 (TCGA-ZB-A966) で 21.29 mutations/Mb という極めて高い TMB が検出された。この症例ではミスマッチ修復遺伝子 MLH1 に病原性ナンセンス変異 (E37*) が認められ、MLH1 mRNA 発現量が 2.6-fold 低下し、変異シグネチャーは COSMIC signature 6 (ミスマッチ修復欠損) と高い類似度 (cosine similarity = 0.91) を示した (Figure 6C)。これはMSI-High (microsatellite instability-high) 胸腺癌の世界初の報告である。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、TCGAプロジェクトとして実施された、TET における過去最大規模のマルチプラットフォーム統合ゲノム解析である。これまでの研究では、WES のみを用いた GTF2I 変異の同定 (Petrini et al. NatGenet 2014) や、単一プラットフォームによる発現解析 (Lopez-Chavez et al. JClinOncol 2015) に留まっていた。これまでの研究と異なり、本研究は5つのオミクスプラットフォームデータを統合した COCA 解析を用いることで、TET が単一の組織学的連続体ではなく、生物学的および臨床病理学的に明確に異なる4つの分子サブタイプ (A/AB-, B-, C-type) から構成される個別の疾患実体であることを証明した。既報の単一プラットフォーム解析と対照的に、PARADIGM による多次元パスウェイ解析を加えることで、サブタイプ間の oncogene/tumor suppressor の活性化パターンの差異が可視化され、従来の組織分類を補完する分子分類が確立された。
新規性: 本研究で新規に同定された最も重要な発見の一つは、胸腺腫合併重症筋無力症 (MG) における自己免疫誘導の分子標的リンクである。MG合併胸腺腫 (n=32) におけるゲノム異数性 (aneuploidy) の有意な増加 (p=0.000626) と、腫瘍細胞における筋肉自己抗原遺伝子の異所性過剰発現 (CHRNA1 の 3.0-fold、NEFM の 23.8-fold、RYR3 の 5.5-fold) の同定は novel な発見であり、胸腺腫関連MG (TAMG) の病態生理が腫瘍内における筋肉自己抗原由来ペプチドの「false-positive selection (誤提示)」によって駆動されるという仮説を強力に支持する。胸腺腫は完全な AChR/titin/RYR タンパク質を発現せず交差反応エピトープを発現するという従来の観察と一致し、negative T cell selection の欠陥のみでは説明できない機序を示す。また、MLH1 変異 (E37*) に起因する MSI-High 胸腺癌を本研究で初めて報告した。GTF2I L424H 変異が他のがん種1万例以上では一切観察されない腫瘍特異的創始者変異であることも大規模に確認された。
臨床応用: 本研究の知見は、TET における個別化医療および免疫療法の臨床応用に直結する。TET 全体で TMB が極めて低い (平均0.48 mutations/Mb) という事実は、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI: immune checkpoint inhibitor) が多くの TET で限定的な効果しか示さない理由を分子レベルで説明する。一方、胸腺癌 (TC) で TMB が有意に高いこと、および MSI-High 症例が存在することは、特定の患者サブセットにおいて ICI が有効である可能性を示唆し、臨床現場でのバイオマーカー選定に寄与する (Le et al. NEnglJMed 2015)。さらに、GTF2I L424H 変異は TET に極めて特異的な創始者変異であり、下流の WNT や SHH シグナル経路の活性化を伴うことから、変異 GTF2I を標的とした新規分子標的薬の開発が臨床的意義を持ちうる。分子サブタイプを組織診断に組み込むことは、bench-to-bedside の橋渡しとして予後予測の精緻化にも貢献する。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究が主に外科的切除標本を対象とした後ろ向き解析であるため、切除不能な進行・転移性 TET における分子プロファイルや、治療介入によるゲノム進化の動態が不明であるという limitation がある。また、GTF2I L424H 変異や 16q 欠失などの主要ドライバー異常に対する直接的な阻害薬は現時点で実用化されておらず、これらの機能解析を通じた創薬研究が今後の重要な方向性として残されている。さらに、MG合併と aneuploidy の因果関係の方向性や、どの染色体腕の増減が自己免疫化に機能的に重要か (6p, 7, 9, 12, 14, 21 のいずれも単独では有意な濃縮を示さなかった) は未解明であり、更なる検討が必要とされる。症例数 (n=117、うちTC n=10) の限界も、今後の大規模検証における future research の課題である。全ゲノムシークエンシングによる構造異常・非コードドライバーの探索も残された方向性である。
方法
解析対象コホートと臨床情報: TCGAプロジェクト (TCGA-THYM; dbGaP study accession phs000178) において、術前に化学療法や放射線治療を受けていない117例の TET 患者から腫瘍組織および対応する正常対照サンプル (末梢血または非腫瘍組織) を収集した。WHO組織型は、thymoma 105例 (type A 10例、type AB 48例、type B1 12例、type B2 25例、type B3 10例)、胸腺癌 (TC) 10例、および micronodular thymoma (MNT) 2例であった。Masaoka-Koga病期は Stage I 36例、Stage IIA 39例、Stage IIB 19例、Stage III 15例、Stage IVA 1例、Stage IVB 5例、不明2例であった。重症筋無力症 (MG) 合併は32例 (27%) に認められた。本研究は前向き介入試験 (clinical trial) ではなく、多施設共同の後ろ向きコホート (retrospective cohort) 研究として設計され、組織型評価は盲検下の専門病理委員会が実施した。主要評価項目は全生存期間 (OS: overall survival) および無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival) とした。
ゲノム・オミクス解析プラットフォーム:
- 全エクソームシークエンシング (WES): 117組の腫瘍・正常ペアのうちクオリティ基準を満たした100組を対象に体細胞変異解析を実施した。有意に変異している遺伝子の同定には MutSig2CV (Lawrence et al. Nature 2013) を使用し、q < 0.1 を有意水準とした。変異のクローン性解析には PyClone を用いた。
- 体細胞コピー数変化 (sCNA: somatic copy number alteration) 解析: Affymetrix SNP 6.0 アレイを用いてハイブリダイゼーションを行い、GISTIC2.0 (Mermel et al. GenomeBiol 2011) を用いて局所的およびアームレベルのコピー数変化を検出した。また、ABSOLUTE (allele-specific copy number analysis) 法 (Carter et al. NatBiotechnol 2012) を用いて腫瘍純度、倍数性、および異数性スコアを算出した。
- RNAシーケンス (RNA-seq): Illumina HiSeq 2000 を用いてペアエンドシーケンスを行い、MapSplice によりアライメント後、RSEM (RNA-seq by expectation-maximization) 法 (Li et al. BMCBioinformatics 2011) を用いて遺伝子発現量を定量した。
- miRNA発現解析: miRNA-seq を行い、miRBase v16 を用いてアノテーションおよびリードカウントの算出を行った。
- DNAメチル化解析: Illumina Infinium HumanMethylation450 (HM450) BeadChip アレイを用いて CpG メチル化状態をプロファイリングした。
- 逆相タンパク質アレイ: RPPA (reverse-phase protein array) を用いて TET 組織から抽出したタンパク質を対象に、検証済み抗体を用いてシグナル強度を定量した。
統合クラスタリングおよび統計解析: sCNA、mRNA、miRNA、DNAメチル化、RPPAの5プラットフォームから得られた個別クラスター情報を統合するため、COCA (cluster-of-clusters-assignments) 法 (Network et al. Nature 2012) を適用した。各サンプルのプラットフォーム別クラスター帰属度をファジー行列化し、ConsensusClusterPlus (Wilkerson et al. Bioinformatics 2010) を用いて最終的な4つの統合分子サブタイプを定義した。多次元ゲノムデータから患者特異的なパスウェイ活性を推測するため PARADIGM 解析を実施した。生存解析 (OS および PFS) には Kaplan-Meier 法、log-rank test (ログランク検定)、および Cox 比例ハザード (Cox proportional hazards) モデルを用いた。群間比較には Wilcoxon rank-sum test、Fisher exact test (フィッシャー直接確率検定) を用い、多重比較補正には Benjamini-Hochberg 法による FDR (false discovery rate) を適用した。染色体腕レベルの sCNA とMG合併状態の関連はカイ二乗 (chi-squared) 検定で評価し、q < 0.05 を有意水準とした。