• 著者: Hyun-Sung Lee, Hee-Jin Jang, Rohan Shah, David Yoon, Masatsugu Hamaji, Ori Wald, Ju-Seog Lee, David J. Sugarbaker, Bryan M. Burt
  • Corresponding author: Bryan M. Burt (Baylor College of Medicine, Houston, TX, USA)
  • 雑誌: Clinical Cancer Research
  • 発行年: 2017
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28400429

背景

胸腺上皮腫瘍 (Thymic Epithelial Tumors, TET) は稀な腫瘍であり、その病理学的および生物学的多様性から臨床転帰の予測が困難な場合が多い。世界的に年間約0.32/10万人という低い発生率が報告されており、その希少性から生物学的特性の理解は未だ発展途上である。WHO組織型分類とMasaoka et al. Cancer 1981が提唱したMasaoka-Koga病期分類は主要な予後因子として広く用いられてきたが、同一病期・同一組織型であっても患者ごとの臨床経過に異質性が認められる点が課題であった。このため、従来の分類体系だけでは腫瘍の生物学的特性を十分に反映できていないと認識されており、Kondo et al. AnnThoracSurg 2003らが報告したように、より詳細な予後層別化が求められていた。

近年、The Cancer Genome Atlas (TCGA) による包括的なゲノムデータが公開され、複数のオミクス層を統合した分子分類の構築が可能となった。特に、Petrini et al. NatGenet 2014らがthymomaに特異的な高頻度変異として同定した一般転写因子II-I (General Transcription Factor II-I, GTF2I) 変異は、分子分類の有力なアンカーとなりうると期待されていた。一方、染色体不安定性 (chromosomal instability, CIN) は他の固形癌において予後不良因子として知られているものの、TETにおけるその役割は未解明であった。従来の病理組織学的分類や病期分類ではTETの臨床的異質性を完全に説明することが困難であり、より精密な予後予測と個別化治療戦略の開発に資する分子分類システムの確立が喫緊の課題として認識されていた。

目的

本研究は、TCGAに登録された胸腺上皮腫瘍 (TET) 120例のゲノムデータ (DNA変異、mRNA発現、体細胞コピー数変化) を多次元的に統合解析し、臨床的に意義のある分子サブタイプを同定することを目的とした。さらに、同定されたサブタイプを2つの独立したコホートでバリデーションし、各サブタイプに特異的な治療戦略の可能性を探索することも目的とした。

結果

4つの新規分子サブタイプの同定と既存分類との関連: TCGAコホート120例の胸腺上皮腫瘍 (TET) は、DNA変異、mRNA発現、体細胞コピー数変化 (SCNA) を統合した多次元ゲノム解析により、4つの分子サブタイプに分類された (Fig 1A)。最も頻繁に認められたGTF2I遺伝子のミスセンス変異 (p.Leu424His) を有するGTF2I群が46例 (38.3%) であった。この変異はmRNA発現パターンにも明確に反映され、変異組織は階層的クラスタリング解析で一貫してクラスター化された (p=1.17×10⁻¹⁵)。次に、GTF2I野生型腫瘍の非監督mRNAクラスタリングにより、T細胞シグナル関連遺伝子の発現が豊富なT細胞シグナル (TS) 群が39例 (33%) と同定された。残りの腫瘍はSCNA解析に基づき、染色体安定 (CS) 群が10例 (8%)、染色体不安定 (CIN) 群が25例 (21%) と分類された。これらの分子サブタイプはWHO組織型分類と統計学的に強い関連を示し (p=3.3×10⁻¹⁴)、GTF2I群は主にtype AおよびABに、TS群はB1およびB2に、CIN群はB3および胸腺癌に多く認められた (Fig 1B)。各サブタイプは、重症筋無力症 (Myasthenia Gravis, MG) の合併頻度においても特徴的な傾向を示し、GTF2I群で13%、TS群で25%、CS群で40%、CIN群で44%であった。

GTF2I変異の病期・組織型横断的良好予後意義: GTF2I変異は、従来のWHO組織型分類やMasaoka病期分類の枠を超えた良好予後マーカーとなりうることが示された。高度WHO型 (B2、B3、胸腺癌) の患者54例中7例 (13.0%) にGTF2I変異が認められたが、これらの患者は全例無再発であった (Fig 2C)。同様に、Masaoka stage III-IVの患者21例中5例 (23.8%) がGTF2I変異を有しており、これらの患者もまた全例無再発であった (Fig 2D)。この結果は、GTF2I変異の存在が、より進行した病態においても良好な臨床転帰と関連していることを強く示唆し、従来の予後分類に分子情報が付加されることの有用性を示唆する。一方で、早期WHO分類 (A、AB、B1) およびMasaoka病期 (I-II) の患者では、CIN群に分類された患者が不良な予後を示した。

CIN群の独立した不良予後因子としての同定と特徴的な分子プロファイル: Kaplan-Meier生存曲線解析では、GTF2I群およびTS群の患者は無病生存期間 (DFS) および全生存期間 (OS) が良好であったのに対し、CIN群の患者は有意に不良なDFSおよびOSを示した (p=0.005) (Fig 2B)。多変量Cox回帰解析の結果、WHO組織型分類、Masaoka病期、および分子サブタイプを共変量として含む解析において、CIN群は他のサブタイプと比較して、独立した不良なDFS予後因子であることが明らかになった (ハザード比 [HR] 3.27, 95%信頼区間 [CI] 1.37–7.79, p=0.007) (Supplementary Table S3)。CIN群の特徴として、腫瘍抑制遺伝子CDKN2Aを含む9p21.3領域の欠失が最も頻繁な体細胞コピー数変化であり、この欠失はCIN群患者の7例 (28%) で認められた。さらに、プロテオミクス解析では、CIN群においてSRCキナーゼおよびc-KITタンパク質の過剰発現が認められた (Fig 5D)。これらのタンパク質は、細胞増殖や生存に関わるシグナル伝達経路において重要な役割を果たすことが知られている。

分子サブタイプごとの特徴的な経路解析と治療含意: Ingenuity Pathway Analysis (IPA) による正準経路解析では、各分子サブタイプに特異的なシグナル経路が同定された (Fig 5C)。GTF2I群はヒト胚性幹細胞の多能性およびWnt/β-cateninシグナル経路に富んでいた。TS群はT細胞受容体シグナル、CTLA4シグナル、ICOS/ICOSLシグナルなど、T細胞シグナル関連遺伝子が豊富に発現しており、CD8AとPD-1 mRNAの両方が高発現していた (Fig 5F)。これは免疫原性の高い腫瘍微小環境 (TME) を反映し、免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) に対して高い応答性を示す可能性を示唆する。この仮説を支持するように、メラノーマ患者コホートでの解析では、TS mRNAシグネチャーが抗PD-1療法への応答と有意に相関することが示された (曲線下面積 [AUC] 0.84, p=0.020) (Fig 5G)。CS群はGタンパク質共役型受容体シグナル、Toll様受容体シグナル、上皮間葉転換 (EMT) 経路の調節に関連する経路が特徴的であった。CIN群はNFκB、EGF、FAK、テロメラーゼシグナル経路の活性化が認められた。免疫チェックポイント阻害遺伝子のmRNA発現解析では、TS群でPD-1 mRNAが高発現し、CS群およびCIN群でPD-L1 mRNAが高発現する傾向が示された (Fig 5E)。

独立コホートでの分子サブタイプのバリデーション: 本研究で同定された分子サブタイプは、2つの独立した外部コホート (GSE57892, n=22; GSE29695, n=36) においても、WHO分類およびMasaoka病期と有意な相関を示し、分類の再現性が確認された (Fig 3)。特に、コホート1 (GSE57892) では、CIN群におけるCDKN2A欠失の濃縮がTCGAコホートと同様に再現された。コホート2 (GSE29695) ではDNA変異およびSCNAデータが利用できなかったため、mRNAシグネチャーに基づいて分子サブタイプが同定されたが、これらのmRNAシグネチャーはTCGAコホートおよびコホート1における各分子サブタイプと統計学的に有意な相関を示した (Fig 4)。これにより、本分子分類システムの堅牢性が示された。

考察/結論

本研究は、胸腺上皮腫瘍 (TET) の多次元ゲノム解析に基づき、GTF2I、T細胞シグナル (TS)、染色体安定 (CS)、染色体不安定 (CIN) の4つの新規分子サブタイプを同定した。

① 先行研究との違い: これまでのTET分類は主にWHO組織型やMasaoka病期といった単一の臨床病理学的指標に依存しており、同一分類内での臨床転帰の異質性を十分に説明できていなかった。本研究は、DNA変異、mRNA発現、体細胞コピー数変化を統合した多次元的なアプローチを用いることで、従来の分類では捉えきれなかったTETの分子生物学的異質性を明らかにした点で、先行研究と大きく異なる。特に、GTF2I変異が進行期においても良好な予後と関連すること、およびCIN群が独立した不良予後因子であることは、従来の分類体系では困難であった層別化を可能にする。

② 新規性: 本研究で初めて、TETの包括的な多次元ゲノムデータに基づいた、臨床的に意義のある分子分類システムを確立した。GTF2I変異の存在が良好な予後と関連すること、T細胞シグナルが豊富なTS群が免疫チェックポイント阻害剤への応答性を示唆すること、そして染色体不安定性が独立した不良予後因子であるCIN群の同定は、これまでに報告されていない新規な知見である。これらのサブタイプは、独立したコホートでもその堅牢性が検証されており、TETの分子病態理解を深める上で重要な基盤を提供する。

③ 臨床応用: 本分子分類システムは、TET患者の予後予測をより精密化し、個別化された治療戦略の開発に貢献する臨床的意義を持つ。例えば、TS群の腫瘍はPD-1およびCD8Aの高発現を示し、メラノーマコホートにおいて抗PD-1療法への応答と相関したことから、免疫チェックポイント阻害剤の有望な標的となりうる。Katsuya et al. LungCancer 2015もTETにおけるPD-L1発現を報告している。また、CIN群ではSRCキナーゼやc-KITの過剰発現、およびEGF、FAKシグナルの活性化が認められ、これらの経路を標的とする薬剤 (例: スニチニブなど Thomas et al. LancetOncol 2015) への応答が期待される。一方、TET患者は重症筋無力症などの自己免疫疾患を合併する割合が高く、免疫チェックポイント阻害剤の使用には注意が必要であるとMenzies et al. AnnOncol 2017らも指摘している。本分類は、治療選択におけるリスクとベネフィットの評価に役立つ可能性がある。

④ 残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。TETは稀少疾患であり、TCGAコホートのサンプルサイズは他の腫瘍タイプと比較して小さい (n=120)。また、治療反応性に関する知見は主に経路解析やプロテオミクスデータからの間接的な示唆であり、前向き臨床試験による検証が今後の課題である。特に、外科的切除の完全性に関する詳細なデータがTCGAコホートでは不明であり、生存解析に影響を与えた可能性も否定できない。しかし、本研究で確立された分子分類は、TETの病態解明と個別化治療の推進に向けた重要な一歩であり、今後の研究の方向性を示すものである。

方法

TCGAポータルから取得したTETコホート (n=120) のDNA変異、mRNA発現、体細胞コピー数変化 (somatic copy number alteration, SCNA)、および臨床データを統合解析した。患者のフォローアップ中央値は42.3ヶ月 (範囲0.5~150ヶ月) であった。分子サブタイプの決定は、以下の決定木アプローチに従って実施された。(1) GTF2I変異陽性例をGTF2I群として優先的に分類した。(2) GTF2I野生型腫瘍に対して非監督mRNAクラスタリングを行い、T細胞シグナル関連遺伝子の発現が豊富なT細胞シグナル (T-cell signaling, TS) 群を同定した。(3) 残りの腫瘍をSCNA解析に基づき、染色体安定 (chromosomal stability, CS) 群と染色体不安定 (chromosomal instability, CIN) 群に分類した。このSCNA解析では、特に腫瘍抑制遺伝子CDKN2Aを含む9p21.3領域の欠失の有無が重視された。

同定された分子サブタイプの妥当性は、NCBI Gene Expression Omnibus (GEO) の2つの独立バリデーションコホート (GSE57892, n=22; GSE29695, n=36) を用いて検証された。主要評価項目は無病生存期間 (Disease-Free Survival, DFS) および全生存期間 (Overall Survival, OS) とし、Kaplan-Meier法、log-rank検定、およびCox比例ハザード回帰モデルを用いた多変量解析により予後因子を評価した。遺伝子セット濃縮解析にはIngenuity Pathway Analysis (IPA) を使用した。mRNAシグネチャーの同定には、Compound Covariate Predictor (CCP) アルゴリズムとLeave-One-Out Cross-Validation (LOOCV) を用いた。統計的有意水準はp < 0.05とした。