• 著者: Hsu CH, Chan JK, Yin CH, Lee CC, Chern CU, Liao CI
  • Corresponding author: Cheng-I Liao (Kaohsiung Veterans General Hospital, Taiwan)
  • 雑誌: PLoS ONE
  • 発行年: 2019
  • Epub日: 2019-12-31
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 31891634

背景

胸腺癌は胸腺由来腫瘍で、WHO (World Health Organization) 分類により胸腺腫、胸腺癌、胸腺神経内分泌腫瘍 (NET, neuroendocrine tumor)、その他に分類され、胸腺腫・胸腺癌・胸腺NETの3者は胸腺上皮腫瘍と総称される。胸腺腫は前縦隔腫瘍の最大50%を占める最多病型だが絶対発生率は稀で、胸腺癌はさらに稀で攻撃的かつ予後不良、胸腺NETは全胸腺癌の2-5%に過ぎない。5年OS (overall survival) は胸腺腫で約90%、胸腺癌で約55%、胸腺NETで28-75%と病型間で大きく異なる。米国の先行研究として、Engels et al. IntJCancer 2003 はSEER (Surveillance, Epidemiology, and End Results) データから胸腺腫の年齢標準化率を0.13-0.15/10万人と報告し、黒人とAsian/Pacific Islander集団で高いことから遺伝的要因の関与を示唆した。欧州では deJong et al. EurJCancer 2008 がオランダ全国病理登録から胸腺腫0.22-0.26/10万人、胸腺癌0.03-0.06/10万人を報告し、RARECARE (Surveillance of Rare Cancers in Europe) プロジェクト (Siesling et al.) は胸腺上皮腫瘍0.17/10万人で65歳以上にピークがあると示した。治療標的を概観した Kelly et al. JClinOncol 2011 も人種差を指摘している。しかしこれら既報の多くは単一時点または旧い解析手法 (SEER*StatのみのAPC算出) に依拠しており、トレンドの変化点 (joinpoint) をいつ生じたかを同定する解析が不足していた。とくに2004年のWHO分類改訂が病型別発生率に与えた影響、および性別・人種別の経時変化を変化点付きで定量した研究は手薄であった。この knowledge gap を埋めることが本研究の動機である。

目的

米国における胸腺癌 (胸腺腫、胸腺癌、胸腺NET) 発生率の1973-2015年の長期トレンドを、Joinpoint regression解析を用いて変化点を含めて定量し、組織型別・性別・年齢別・人種別の差異を明らかにすることを目的とする。

結果

全体の組織型分布:USCS 2001-2015から胸腺癌患者 n=13,586 を同定した。内訳は胸腺腫 n=9,041 (66.3%)、胸腺癌 n=2,772 (20.4%)、胸腺NET n=481 (3.5%)、その他 n=1,319 (9.7%) であり、胸腺腫が3分の2を占める一方で胸腺NETは極めて稀であった。胸腺腫の発生率は白人より黒人およびAsian/Pacific Islander集団で高く、胸腺癌全体は男性に多かったが、胸腺腫単独では男女比がほぼ同等であった (Fig 1, Fig 2)。

胸腺癌全体の経時トレンドと変化点:USCSデータで胸腺癌全体の年齢標準化率は2001年の0.23/10万人から2015年の0.30/10万人へ上昇し、AAPCは1.8% (p < 0.05) であった。Joinpoint解析では2001-2006年にAPC 4.9% (95% CI 1.8-8.1, p < 0.05) で有意に増加した後、2006-2015年はAPC 0.1% (95% CI -1.0-1.2) と横ばいに転じる明確な変化点が同定された (Table 1, Table 2)。前半期の増加は胸腺腫と胸腺癌、特に女性例の増加が主因であった。

組織型別トレンドの二極化:胸腺腫の率は0.16から0.19/10万人へ上昇 (AAPC 1.0%, p < 0.05) したが、2001-2008年のAPC 2.9% (95% CI 1.8-4.0) から2008-2015年のAPC -0.9% (95% CI -1.9-0.0) へと減少に転じた。対照的に胸腺癌は0.03から0.07/10万人 (約2.3-fold) へ増加し、AAPC 5.3% (p < 0.05)、2001-2004年APC 15.7%・2004-2015年APC 2.6% (95% CI 1.0-4.3) で一貫して上昇した。胸腺NETは0.01/10万人で安定 (AAPC -2.3%, p > 0.05) であった。すなわち全体率の頭打ちは、胸腺腫の減少と胸腺癌の増加が相殺した結果であった (Table 2)。

性別トレンド:男性の胸腺癌率は0.28から0.35/10万人 (AAPC 1.0%, p < 0.05)、女性は0.18から0.26/10万人 (AAPC 1.7%, p < 0.05) へ増加した。病型別では男性の胸腺癌が0.04から0.10/10万人 (2.5-fold, AAPC 4.1%, p < 0.05)、女性の胸腺癌が0.02から0.05/10万人 (AAPC 3.7%, p < 0.05) と両性で胸腺癌が増加した。一方で男性胸腺腫はAAPC 0.4% (p > 0.05) と不変、女性胸腺腫はAAPC 0.8% (p > 0.05) で安定し、2001-2012年のAPC 2.5% (95% CI 1.5-3.6) の白人女性での増加が目立った (Table 2)。

人種差:胸腺癌全体の発生率と増加幅はAsian/Pacific Islanderが最大で、0.37から0.60/10万人 (AAPC 2.4%, 95% CI 0.2-4.6, p < 0.05) であった。次いで黒人が0.33から0.50/10万人 (AAPC 2.0%, p < 0.05)、白人が0.21から0.25/10万人 (AAPC 1.4%, p > 0.05) と続いた。Asian/Pacific Islanderの率は白人の約2.4-foldで、胸腺腫特異的な人種差は遺伝的背景の関与を示唆した (Fig 1, Table 2)。

長期トレンドと症例基盤:本解析の母集団は USCS の n=13,586 cases であり、より長い観測期間を持つ SEER 9 Regs (1973-2015) では胸腺癌全体の年齢標準化率が1973-2008年にAPC 3.3% (95% CI 2.7-3.9, p < 0.05) で増加した後、2008-2015年にAPC -2.9%へと反転し、USCSより前から始まる長期データでも近年の頭打ちが裏付けられた (Table 1)。データベースの観測人口が大きいほど (SEER 18 約28% > SEER 13 約13% > SEER 9 約9%) 希少腫瘍特有の年次変動が緩和され、より安定した率推定が得られた。胸腺NETは全期間で年間症例数が少数にとどまり、独立した変化点解析は統計的に不能であった (Table 1)。

年齢分布:胸腺癌の年齢別発生率は70-74歳でピーク (1.06/10万人) に達し、それより高齢では減少した。病型別では胸腺腫が70-79歳で0.68/10万人と最高、胸腺癌が70-74歳で0.25/10万人、胸腺NETが60-74歳で0.03/10万人とより若年でピークを示した。症例割合では60-64歳男性胸腺腫13.2%、65-69歳男性胸腺癌15.8%、65-69歳女性胸腺腫13.0%、65-69歳女性胸腺癌13.8%が最多群であった (Fig 4, Fig 5)。

考察/結論

本研究は米国の胸腺癌発生率トレンドを、Joinpoint regressionにより時系列の変化点を含めて記述した、これまでで最大規模の人口ベース解析である。最大の知見は、胸腺癌全体の率が2006年以降頭打ちになる背後で、胸腺腫が2008年以降減少し胸腺癌が2004年以降増加するという病型別の二極化が進行している点である。著者らはこの相反トレンドが、IHC (immunohistochemistry) 技術の進歩と、2004年WHO分類改訂で旧type C胸腺腫が胸腺癌へ再分類されたこと (分類の modification) に起因すると考察した。これまでの研究 (既報のEngels解析) は経時変化を一定とみなしていたのに対し、本研究では変化点を明示できた点が対照的である。新規性として、本研究で初めて性別・人種別の病型トレンドを変化点付きで定量し、Asian/Pacific Islanderで胸腺癌発生率が最高かつ増加最大であることを大規模データで示した。これは胸腺腫の人種差を報告した既報 (Engels et al. IntJCancer 2003) と整合し、遺伝的感受性の関与を補強する。2004年改訂とその後の分類継続的更新の臨床的意義は、Marx et al. JThoracOncol 2022 が論じた診断基準の精緻化が登録データの病型構成を直接動かすという点にある。臨床応用の観点では、(1) 稀少腫瘍の臨床試験における症例数設計の基盤データ、(2) 60-64歳男性・65-69歳女性という好発層を踏まえた縦隔腫瘤の鑑別、(3) 予後不良で切除困難な胸腺癌 (Weksler et al. AnnThoracSurg 2013 が示した予後因子) の早期同定が挙げられ、bench-to-bedsideの橋渡しに資する。limitationとして、後ろ向き登録解析ゆえの情報バイアス、施設間の病理診断のばらつき、中央病理レビュー欠如、胸腺NETの極端な少数性による解析不能がある。今後の課題は、(1) 胸腺癌増加の病因的解明、(2) 胸腺腫減少における分類変化以外の因子の特定、(3) Asian集団での遺伝的感受性の検証、(4) 米国外 (欧州・アジア太平洋・アフリカ) での疫学とゲノム解析の蓄積であり、残された課題として胸腺NETを2015年以降に独立カテゴリへ再編した影響の長期追跡も必要である。

方法

データソースはUSCS (United States Cancer Statistics) 2001-2015 public use database (米国人口の約97%をカバー) と、長期トレンド解析用のSEER 9 Regs (1973-2015、米国人口の約9%)、SEER 13 Regs (1992-2015、約13%)、SEER 18 Regs (2000-2015、約28%) を用いた。症例同定にはICD-O-3 (International Classification of Diseases for Oncology, third edition) のtopography code C37.9 と behavior code 3 を用いて胸腺の悪性腫瘍を抽出し、SEERガイドラインに従って中皮腫 (9050-9055)、胚細胞腫瘍 (9060-9091)、Kaposi肉腫 (9140)、リンパ腫・白血病 (9550-9992) を除外した。組織型別のhistology codeは胸腺腫 (8581-8585)、胸腺癌 (8020, 8023, 8033, 8070, 8082, 8123, 8140, 8200, 8260, 8310, 8430, 8480, 8560, 8576, 8586)、胸腺NET (8013, 8041, 8045, 8240, 8249) で定義した。すべての発生率は2000年US standard population (18年齢群) で年齢調整し、人口10万人あたりの率として SEERStat software version 8.3.5 で算出した。トレンドの定量にはJoinpoint Regression Program version 4.6.0.0 を用い、APC (annual percent change) とAAPC (average annual percent change) を推定した。Joinpointは weighted least square 法と permutation test に基づき、SEERStat単独では検出できないトレンド変化点を統計的に同定する。脱識別化された公開データベースを用いるため施設内倫理審査は不要であった。