• 著者: Weksler B, Dhupar R, Parikh V, Nason KS, Pennathur A, Ferson PF
  • Corresponding author: Benny Weksler (Department of Cardiothoracic Surgery, UPMC Presbyterian Hospital, Pittsburgh, PA)
  • 雑誌: Annals of Thoracic Surgery
  • 発行年: 2013
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article (Retrospective, Database study)
  • PMID: 23141529

背景

胸腺癌は前縦隔に発生する上皮性腫瘍の一種であるが、一般的な胸腺腫と比較して極めて侵攻性が高く、予後不良な稀少疾患である。その5年生存率は28%から67%と報告されており、治療方針の確立が急務とされている。しかし、その稀少性ゆえに単一施設での大規模な臨床研究は困難であり、これまでの報告の多くは小規模なコホート研究にとどまっていた。胸腺上皮性腫瘍に関する最大のシリーズとしては、Kondo et al. AnnThoracSurg 2003 による1,320例の解析があるが、そのうち胸腺癌は186例にすぎず、詳細な予後因子の解析や治療介入の影響については十分に解明されていない。また、Masaoka et al. JThoracOncol 2010 による正岡分類病期システムや、Detterbeck et al. AnnThoracSurg 2006 によるWHO (World Health Organization) 分類システムが予後予測に有用であると示唆されているものの、胸腺癌における外科的切除、放射線療法、あるいは多剤併用化学療法といった集学的治療の具体的な生存ベネフィットは未確立のままであった。このように、胸腺癌の至適治療戦略や独立した予後予測因子に関する大規模データに基づく検証は圧倒的に不足しており、治療選択におけるエビデンスの構築が強く求められていた。特に、どの外科的介入が真に全体生存期間の改善に寄与するかという点については、議論が分かれるところであり、未解明な課題として残されていた。

目的

本研究の目的は、米国がん研究所が主導するSEER (Surveillance, Epidemiology, and End Results) データベースを用いて、これまでに報告された中で最大規模となる290例の胸腺癌患者コホートを構築し、その臨床病理学的特徴を明らかにすることである。具体的には、(1) 患者背景、腫瘍因子、および治療介入が主要評価項目である全体生存期間(OS: overall survival)に与える影響を単変量および多変量解析によって同定し、予後予測因子を確立すること、(2) 完全胸腺切除をはじめとする外科的介入の有無や術式が生存期間に及ぼす影響を詳細に評価すること、そして (3) 外科的完全切除が施行された症例群における独立した予後因子を抽出し、臨床現場における最適な治療戦略の決定に資するエビデンスを提供することである。

結果

患者背景および治療選択の分布特徴: 対象となった290例の胸腺癌患者のうち、男性は176例 (60.7%)、女性は114例 (39.3%) であり、平均年齢は59.1±14.2歳であった。人種別では白人が204例 (70.3%) と多数を占め、平均腫瘍径は71.5±33 mmであった。正岡分類病期の分布は、I期が41例 (14.1%)、II期が15例 (5.2%)、III期が129例 (44.5%)、IV期が74例 (25.5%)、病期不明が31例 (10.7%) であった (Table 1)。治療アプローチとしては、手術非施行例が96例 (33.1%)、局所療法のみ(生検など)が51例 (17.6%)、完全胸腺切除(単純、全、または根治的切除)が121例 (41.7%)、debulking(腫瘍減量手術)が15例 (5.2%) であった。また、全体の53.1%にあたる154例に対して放射線療法が実施された。病期別の治療選択をみると、IV期の患者は手術非施行群の41.7%を占めており、進行期症例ほど手術が回避される傾向が示された (Table 1)。

全コホートにおける生存成績と独立した予後因子の同定: 全胸腺癌患者290例における生存期間中央値は48ヶ月 (95% CI 38.4-57.6) であり、5年生存率および10年生存率はともに40%であった (Fig 1)。単変量解析において生存期間に有意な影響を与える因子として、性別 (p=0.009)、手術術式 (p<0.001)、正岡分類病期 (p<0.001)、および腫瘍グレード (p=0.044) の4因子が同定された。一方、年齢 (p=0.339)、腫瘍径 (p=0.366)、放射線療法の有無 (p=0.920)、および人種 (p=0.403) は有意な因子ではなかった (Table 2)。これらの有意な因子を投入した多変量Cox回帰解析の結果、手術術式 (HR 0.639, 95% CI 0.476-0.856, p=0.003)、性別(男性 vs 女性: HR 2.152, 95% CI 1.188-3.901, p=0.012)、および正岡分類病期 (HR 1.857, 95% CI 1.269-2.720, p=0.001) の3因子が、全体生存期間における独立した予後予測因子として同定された (Table 3)。腫瘍グレードは多変量解析では有意差を示さなかった (HR 1.086, 95% CI 0.738-1.600, p=0.675)。

手術術式別の生存期間比較とWHO B3胸腺腫との予後対比: 手術術式別の生存解析において、完全胸腺切除を施行された患者群 (n=121) は極めて良好な転帰を示し、生存期間中央値は105ヶ月 (95% CI 43.0-167.0) に達した。これに対し、手術非施行群 (n=96) の生存期間中央値は29ヶ月 (95% CI 13.9-44.1) にとどまり、完全胸腺切除群において生存期間が著しく延長していることが確認された (105 vs 29 months, p<0.001) (Fig 2)。局所療法のみを施行された群の生存期間中央値は47ヶ月、debulking群では41ヶ月であり、不完全な切除や局所介入のみでは十分な生存ベネフィットが得られないことが示された。さらに、病理学的鑑別が臨床上重要となるWHO分類 B3胸腺腫との生存比較を行ったところ、B3胸腺腫群の生存期間中央値は99ヶ月 (95% CI 63.4-134.6) であったのに対し、胸腺癌群は48ヶ月 (95% CI 38.4-94.1) であり、胸腺癌の予後が有意に不良であることが大規模データによって裏付けられた (99 vs 48 months, p<0.001)。

完全胸腺切除施行例におけるサブ解析と予後因子の抽出: 完全胸腺切除を施行された121例のサブグループを対象とした解析において、単変量解析では人種 (p=0.013) および正岡分類病期 (p<0.001) の2因子のみが有意な予後因子として抽出された (Table 4)。性別 (p=0.46)、年齢 (p=0.41)、腫瘍径 (p=0.661)、腫瘍グレード (p=0.708)、および放射線療法の有無 (p=0.606) は、完全切除群内においては生存期間に有意な影響を与えなかった。この完全切除群を対象とした多変量Cox回帰解析の結果、正岡分類病期 (HR 2.692, 95% CI 1.568-4.621, p=0.001) および人種(非白人 vs 白人: HR 1.625, 95% CI 1.115-2.369, p=0.012)の2因子が、完全切除後における独立した予後予測因子として残存することが明らかになった (Table 5)。これは、完全切除が達成された症例であっても、診断時の病期進行度および患者の人種的背景が長期予後に強く関与していることを示している。

考察/結論

本研究は、SEERデータベースを用いて290例という過去最大の胸腺癌コホートを対象に多変量解析を行い、予後因子を同定した画期的な研究である。

先行研究との違い: 本研究における生存期間中央値48ヶ月、5年生存率40%という結果は、過去の小規模シリーズで報告された生存期間(24〜167ヶ月)および5年生存率(27.5%〜61%)の範囲内に位置するものである。しかし、単一施設での限られた症例数に基づく先行研究と異なり、本研究は全米規模の人口ベースデータベースを使用しているため、選択バイアスが極めて低く、胸腺癌のリアルワールドにおける予後をより正確に反映している。また、男性の性別が女性と比較して独立した良好な予後因子であるという知見(男性 vs 女性: HR 2.152, 95% CI 1.188-3.901, p=0.012)は、性別による予後の差を認めなかった先行研究の報告と対照的であり、胸腺癌の生物学的特性における性差の存在を示唆する新たな知見である。

新規性: 本研究で初めて、完全胸腺切除を施行された患者群において、人種(非白人 vs 白人: HR 1.625, 95% CI 1.115-2.369, p=0.012)が独立した予後因子であることが新規に同定された。この人種間における生存率の差異は、医療アクセスや社会経済的要因、あるいは遺伝的背景の相違に起因する可能性があり、胸腺癌治療における新たな視点を提供するものである。また、完全切除例における生存期間中央値が105ヶ月に達し、非手術例の29ヶ月と比較して約3.6倍の生存延長を示すことを、マルチバリアント解析を用いて統計学的に厳密に証明したのも本研究が最初である。

臨床応用: 本知見の臨床的意義は極めて大きい。胸腺癌と診断された患者においては、可能な限り完全胸腺切除を目指す外科的治療が第一選択とされるべきであることが強く支持された。また、完全切除後であっても正岡分類病期が強力な独立予後因子(HR 2.692, 95% CI 1.568-4.621, p=0.001)として残存することから、III期やIV期などの進行期症例においては、手術単独にとどまらず、術後放射線療法や化学療法を組み合わせた集学的治療戦略の構築が臨床現場において必須であると考えられる。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在し、これらは今後の課題として残されている。第一に、SEERデータベースの特性上、化学療法に関する詳細なデータが完全に欠落している点である。胸腺癌における術前・術後化学療法の有効性を評価することは本研究では不可能であった。第二に、腫瘍グレード(WHO分類)のデータが49.3%と高頻度で欠損していたため、組織学的亜型が予後に与える影響を十分に評価できなかった。第三に、無病生存期間や再発に関する情報がデータベースに含まれておらず、放射線療法が局所制御に果たす役割を検証できなかった。今後は、詳細な病理診断の標準化と、化学療法や新規薬剤(免疫チェックポイント阻害薬など)の治療データを含む多施設共同の前向きレジストリ研究が必要である。

方法

本研究では、全米人口の約28%をカバーするがん登録データベースであるSEER 17 Registryから、1973年から2008年までに登録された胸腺癌症例を抽出した。症例の特定には、ICD-O3 (International Classification of Diseases for Oncology, 3rd Edition) コードである8586、8588、および8589を用いた。データベース上で最初に胸腺癌が報告されたのは1986年であった。最終的に290例の患者が解析対象として同定された。本研究はデータベースを用いたレトロスペクティブコホート(retrospective cohort)研究であり、前向きランダム化比較試験(RCT)ではないため、ClinicalTrials.govなどの臨床試験登録ID(NCT番号、例えばNCT00000000など)は取得されていないが、SEER 17 Registryの公式データセット(November 2009 submission)を用いて厳格に実施された。

収集された変数には、患者背景(年齢、性別、人種)、正岡分類病期、腫瘍径、腫瘍悪性度(グレードIからIV)、手術術式(手術なし、局所療法のみ、完全胸腺切除、debulking)、放射線療法の有無、生存期間、および死因が含まれた。データの欠損率は、放射線療法で1.4%、手術術式で2.4%、病期で10.7%、腫瘍径で26.6%、腫瘍グレードで49.3%であった。統計解析にはSPSS (Statistical Package for the Social Sciences) version 19.0を用い、生存曲線の推定にはKaplan-Meier法を、群間比較にはlog-rank検定を適用した。さらに、単変量解析で有意であった変数を用いて、Cox比例ハザードモデル(Cox proportional hazards model)による多変量解析(Cox regression)を実施し、独立した予後因子を同定した。すべてのハザード比(HR: hazard ratio)は95%信頼区間(CI: confidence interval)とともに算出された。有意水準はp<0.05に設定された。