- 著者: Zhu Jiale, Ye Junjie, Ma Yulin, et al.
- Corresponding author: Yang Mei (Guangdong Provincial People’s Hospital / Southern Medical University)
- 雑誌: Journal for ImmunoTherapy of Cancer
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-06-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 42342408
背景
乳癌 (BC) は女性の最多発がんであり、GLOBOCAN 2020 では年間 230 万例以上と肺癌を超えて第 1 位となっている。転移性 BC の 5 年生存率は約 29% にとどまり、脳転移 (BrM) は特に致命的な転帰をもたらす。BrM の発生頻度は転移性 BC 全体で 10-30%、HER2 陽性・TNBC (triple-negative breast cancer; トリプルネガティブ乳癌) では 30-50% に達し、BrM 診断後の中央値 OS (median overall survival) は 8.3 ヵ月と報告されている (Eichler 2008)。免疫チェックポイント阻害薬の BC BrM への効果は血液脳関門・脳固有の免疫微小環境により著しく制限されているが、その空間的構造や細胞間シグナルの全体像は不明な点が多い (Jassowicz et al. CancerCell 2026)。
既存の研究では bulk トランスクリプトミクスや通常の免疫組織化学が主流であり、細胞近傍域 (cellular neighborhood; CN) レベルの空間組織化や直接的な細胞間相互作用を解析できないという本質的な限界があった (Guldner et al. Cell 2020)。Karimi ら (2023) や Klughammer ら (2024) は scRNA-seq (single-cell RNA sequencing; 一細胞 RNA シーケンス) と空間トランスクリプトミクス (ST; spatial transcriptomics) で BC BrM の免疫多様性を明らかにしつつも、空間的ニッチ構造と細胞間シグナル軸が免疫逃避にどう寄与するかは未確立であり、治療標的としての実証データも不足していた (Rodriguez-Baena et al. CancerCell 2025)。
目的
高次元 IMC・公開 scRNA-seq・ST・in vivo 治療実験を統合した空間マルチオミクスアトラスを構築し、BC BrM における細胞組成変化・空間ニッチ再プログラミング・免疫逃避シグナル軸を同定するとともに、同定された標的に対する AXL (AXL receptor tyrosine kinase; AXL 受容体チロシンキナーゼ) 阻害と CD47 ブロック併用の前臨床的有効性を検証する。
結果
IMC 単細胞特性評価と BC vs BrM 間の細胞組成シフト:39 種類の金属標識抗体パネルを用いた IMC (imaging mass cytometry; イメージング質量サイトメトリー) を BC 20 ROI (region of interest; 関心領域) と BrM 40 ROI の合計 60 ROI に対して実施した (8 例女性患者: TNBC 3 例・HER2 陽性 3 例・LB 2 例; Figure 1)。9 つの主要細胞クラス (上皮・間質・内皮・骨髄系・T/B 細胞・星状細胞) を同定し、各細胞系譜内に機能的サブクラスターを解像した (Figure 2)。BC vs BrM の部位別組成比較では、BrM において CD163-CD11b- マクロファージの有意な減少 (p=0.0067) および MMP9+ マクロファージの減少 (p=0.022) が認められ、E-cadherin+ 上皮 (p=0.029)・筋線維芽細胞 (p=0.039)・間葉細胞 (p=0.047) も同様に低下していた。Spearman 相関解析により IMC 単細胞クラスター比率と CN 頻度の間の有意な正相関が確認され (n=8 patients)、細胞組成と空間ニッチ構造の共変動が支持された (Figure 2)。
細胞近傍域 (CN) アーキテクチャと部位特異的再プログラミング:IMC マップ上の 10 最近傍組成ベクトルの k-means クラスタリングにより 10 個の CN を定義した (Figure 3)。CN1 (免疫許容性ニッチ) は CD163-CD11b- マクロファージ・メモリー T/B 細胞・樹状細胞 (DC) を主体とする抗原提示基盤を持ち、BC で優勢であったが BrM では有意に減少した (p=0.015)。一方、CN9 (浸潤-免疫抑制ニッチ) は CD163+/PD-L1+ マクロファージ・疲弊 T 細胞 (PD-1+ CD4 T / Treg) および侵襲性上皮 (MMP9+ / SOX2+) を含み、BrM で有意に拡張していた (p=0.033)。Ro/e (observed-to-expected ratio) 解析では CN9 の境界部がBC では MMP9+ 上皮が優勢な浸潤前縁を示す一方、BrM では Treg/PD-1+ CD4 T による免疫遮蔽バリアを形成していた (Figure 4)。
ScRNA-seq・ST 統合による CN1/CN9 転写プログラムの解明:公開 scRNA-seq データセット (BC: n=10; BrM: n=12; GEO GSE225600/GSE186344/HRA006468) を用いた APOE (apolipoprotein E; アポリポタンパク E)+ マクロファージは CD163-CD11b- サブセットに対応し、C1QC (complement 1q chain C; 補体成分 1q C 鎖)+・SPP1+・FOLR2+・FCN1+・CXCL10+ マクロファージは CD163+ 偏向であった (Figure 5)。CN9 では GAS6 (growth arrest-specific 6) シグナルが TAM (Tyro3/AXL/MER 受容体チロシンキナーゼファミリー) を活性化して免疫寛容化・エフェロサイトーシスを誘導しており、AXL および MERTK (MER proto-oncogene tyrosine kinase; MER プロトオンコジーン受容体チロシンキナーゼ) の両経路を経由して全 CD163+ マクロファージサブセットに広く検出された。また CD47-SIRPα (signal regulatory protein alpha; シグナル調節タンパク α) 抗食作用シグナル、NECTIN2-TIGIT (T-cell immunoreceptor with Ig and ITIM domains; T 細胞免疫受容体)、および PGE2 (prostaglandin E2; プロスタグランジン E2) と EP4 (E-type prostanoid receptor 4; プロスタグランジン E2 受容体 4 型) を介した T 細胞抑制・Treg 安定化が同定された (Figure 6)。GSEA (Gene Set Enrichment Analysis) では CN1 が TCR シグナル・NK 細胞傷害・抗原提示・ケモカインシグナルで濃縮され、CN9 では細胞接着分子・NF-κB・PD-L1/PD-1 チェックポイント経路が優勢であった。SCENIC (Single-Cell rEgulatory Network Inference and Clustering) による転写因子レギュロン解析で CN9 および CN1 に機能的に対照的な転写プログラムが同定された (Figure 6)。RCTD (Robust Cell Type Decomposition) による ST データ deconvolution は CN1 様・CN9 様ドメインを in situ で再現し、解剖学的整合性を検証した。
In vivo 治療実験:AXL 阻害 + 抗 CD47 併用の有効性:4T1-Luc 細胞 (n=2×10⁵ 個/50 µL PBS (phosphate-buffered saline)) を頸動脈注射した BALB/c マウス (雌 8 週齢) を 4 群 (PBS 対照・R428 単剤・抗 CD47 単剤・R428+抗 CD47 併用) に割り付け (n=5 per group)、D1 から治療を開始した。生物発光イメージングを D1/D3/D6/D9 に実施した (Figure 7)。PBS 群は経時的に生物発光シグナルが増大したのに対し、R428 (AXL 阻害剤, 50 mg/kg 経口毎日) 単剤・抗 CD47 抗体 (100 µg/マウス 週 2 回腹腔内) 単剤はそれぞれ部分的な増殖抑制を示した。R428+抗 CD47 併用群は最低の生物発光シグナルを示し、D9 での定量解析では vs PBS p=0.016、vs R428 単剤 p=0.008、vs 抗 CD47 単剤 p=0.004 と有意な優越性を示した。mIHC (multiplex immunohistochemistry; 多重免疫組織化学) では CD68 (マクロファージ全体) が増加した一方 CD163 は相対的に低下し、免疫抑制マクロファージの機能的再プログラミングを示唆した。CSF (cerebrospinal fluid; 脳脊髄液) プロテオーム (NuLISA 120-plex Mouse Inflammation Panel; n=2 per group) では、T 細胞共刺激の GSVA (Gene Set Variation Analysis) スコアが Combo=0.72 vs PBS=-0.26、IL-1 シグナルが Combo=0.66 vs PBS=-0.48 と最大の治療効果を示した。
考察/結論
① 先行研究との違い:既報の BC BrM 解析は bulk 転写産物解析や単一モダリティの scRNA-seq に依拠しており、CN レベルの空間組織化を捉えられなかったという点で本研究のアプローチと異なる。Karimi ら (2023) や Klughammer ら (2024) の scRNA-seq + ST 統合が cellular neighborhood 定義を明示的に行わなかったのに対し、本研究は 39-plex IMC を起点に CN を構築・検証し、in vivo 治療実験を加えた点で大幅に展開を進めた。
② 新規性:本研究は BC BrM において CD163+ マクロファージが量的に増加するのでなく、免疫抑制性 CN9 ニッチ内に空間的に再配置され機能的役割を担うことを新規に示した。さらに TAM/GAS6・CD47-SIRPα・NECTIN2-TIGIT・PGE2-EP4 という複数の免疫抑制軸が CN9 で協調的に活性化することをリガンド-受容体推定と経路解析で体系的に実証し、これまでにない空間解像度でのメカニズム地図を提供した。
③ 臨床応用:CN1 の崩壊と CN9 の拡張は PD-1/PD-L1 阻害薬の BC BrM における限定的な効果を説明する空間的基盤を提供する。TAM/GAS6 軸・TIGIT 軸・PGE2-EP4 軸の阻害や CD47-SIRPα ブロックによるマクロファージ機能的再プログラミングは、抗原提示能の回復と抗腫瘍 T 細胞反応の再活性化に向けた合理的な併用戦略として臨床応用が期待される。
④ 残された課題:本コホートは n=8 患者 (20 BC / 40 BrM ROI) と規模が限られており、患者間の BrM 不均一性を十分に捉えていない可能性がある。In vivo 実験は D1 早期治療開始の 4T1-Luc 単一モデルであり、確立病変や spontaneous 転移モデルへの拡張が必要である。CSF プロテオーム解析は n=2/群の探索的パイロットであり、統計的確信度の向上には大規模な検証が求められる。今後の研究では治療後・縦断的サンプルで CD163-/CD163+ マクロファージ遷移のタイミングを解明し、臨床転帰との相関を確立することが残された課題である。
方法
患者コホート: 8 例女性患者 (TNBC 3 例・HER2+ 3 例・LB 2 例)、全例 treatment-naive、Guangdong Provincial People’s Hospital (倫理委員会承認済み)。IMC: 39-plex 金属標識抗体パネル、FFPE (formalin-fixed paraffin-embedded; ホルマリン固定パラフィン包埋) 切片、Hyperion Imaging System (Standard BioTools)、1 µm 解像度、500×500 µm² ROI、アルカン抗原回収 (pH 9.0, 95°C, 20 min)、イリジウムインターカレーター対比染色。画像処理: Ilastik ピクセル分類 + CellProfiler watershed 分割、20-800 µm² 面積フィルタ、arcsinh 変換 (cofactor=5)。クラスタリング: Seurat/Cytofkit2、Phenograph (k=10)、UMAP (Uniform Manifold Approximation and Projection)。CN 定義: imcRtools で 10 最近傍、k-means クラスタリング。公開 scRNA-seq: GEO GSE225600/GSE186344/HRA006468 (BC n=10、BrM n=12)、Seurat V4.0.1。ST: GEO GSE179572 + Zenodo 14247036 (BC n=7、BrM n=1)、Space Ranger、RCTD deconvolution。統計: Wilcoxon rank-sum / Kruskal-Wallis + Benjamini-Hochberg 補正; 線形混合効果モデル (lmerTest); Spearman 相関; P<0.05 有意。In vivo: BALB/c 雌 8 週齢、頸動脈注射 (4T1-Luc 2×10⁵ 細胞)、R428 (Bemcentinib) 50 mg/kg 経口毎日、抗 CD47 (MIAP301) 100 µg 腹腔内週 2 回、n=5 per group、IACUC (Institutional Animal Care and Use Committee, 承認番号 TOP-1PZ-GM260205) 承認。CSF: NuLISA 120-plex Mouse Inflammation Panel、GSVA (MSigDB KEGG/Hallmark/Reactome)。配列識別子: GEO GSE225600・GSE186344・HRA006468・GSE179572。