- 著者: Gautier Follain, David Herrmann, Sébastien Harlepp, Vincent Hyenne, Naël Osmani, Sean C. Warren, Paul Timpson, Jacky G. Goetz
- Corresponding author: Paul Timpson (Garvan Institute of Medical Research, Sydney, New South Wales, Australia), Jacky G. Goetz (INSERM UMR_S1109, Strasbourg, France)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2020
- Epub日: 2019-11-28
- Article種別: Review
- PMID: 31780785
背景
がんの転移は、原発巣から離脱した腫瘍細胞が遠隔臓器へと播種・生着する動的なカスケードであり、がん患者の予後を規定する最重要因子である。Stephen Pagetが提唱した「種と土壌 (seed and soil)」仮説以来、転移研究は主に細胞生物学的および分子遺伝学的な相互作用の観点から論じられてきた。一方で、特定の臓器における血流パターンと転移頻度との間に正の相関が存在することを示す「血行動態理論 (hemodynamic theory)」が Weiss et al. (1981) などの先行研究によって古くから提示されており、流体力学的な物理因子が転移形成に寄与することが示唆されていた。しかし、近年に至るまで、剪断応力 (shear stress)、流速、血管径、間質液圧 (IFP: interstitial fluid pressure) といった物理的パラメータが、循環腫瘍細胞 (CTC: circulating tumor cell) の生存、血管内停留、血管外漏出 (extravasation) を制御する具体的な物理・分子メカニズムは体系的に整理されていなかった。特に、血液、リンパ液、間質液という3つの異なる体液系が、腫瘍細胞や細胞外小胞 (EV: extracellular vesicle) の輸送に与える影響については、その複雑性から研究が手薄であり、包括的な理解が不足していた。マイクロフルイディクス (microfluidics) 技術や高解像度生体内イメージング、ゼブラフィッシュモデルの発展により、生体内の流体力学的力を定量的に解析することが可能になりつつあるが、これら異分野の知見を統合し、転移カスケード全体における流体力学の役割を体系化した総説は未確立であった。また、EVが転移前ニッチ (PMN: pre-metastatic niche) を形成する過程において、流体の物理的特性がどのように関与しているかという点についても、依然として大きな知識 gap が残されており、物理的環境要因が転移カスケードの各段階を物理的に選別・形成しているという新しい概念の体系化が決定的に不足していた。
目的
本総説は、循環腫瘍細胞 (CTC) および細胞外小胞 (EV) を含む腫瘍由来物質が、血液、リンパ液、間質液といった体液の流体力学的特性 (剪断応力、流速、レイノルズ数など) を利用・搾取して転移を成立させる物理的・分子生物学的メカニズムを体系的に整理することを目的とする。さらに、これら流体力学的な物理因子や細胞・内皮反応を標的とした物理的・薬理学的介入が、転移を抑制するための新たな治療戦略 (bench-to-bedside) となる可能性を提示する。
結果
間質液圧 (IFP) と腫瘍内流体力学: 固形腫瘍の微小環境においては、異常な血管新生に伴う血管透過性の亢進と、腫瘍増殖による固形ストレス (solid stress) がリンパ管を圧迫・閉塞させる。これにより、腫瘍核内の間質液圧 (IFP: interstitial fluid pressure) は著しく上昇し、膵臓がんマウスモデルにおいては健常組織と比較して 9-fold 以上の高圧環境が形成される。間質液は、腫瘍中心部 (高圧) から周辺部 (低圧) へ向けて、流速 0.001-0.004 mm s⁻¹、剪断応力 0.1-1 Dyn cm⁻² という極めて緩やかな層流 (laminar flow, Re=0.00005-0.0002) として流出する (Table 1)。この間質流 (interstitial flow) は、物理的な対流・拡散効果によって腫瘍細胞やEVを周辺のリンパ管や血管へと押し流す。さらに、間質流はグリオブラストーマ細胞の CXCR4 依存的な浸潤を促進し、乳がん細胞においてはコラーゲンI線維を足場としたアメーバ様運動 (amoeboid motility) を誘導する。また、マクロファージを M2 様表現型へと分極させ、腫瘍細胞の指向性移動を支援する。高IFPは、外部からの薬物送達を物理的に阻害する要因でもあり、治療抵抗性の原因となる。
リンパ系を介した早期播種と逐次転移: 乳がんや大腸がんなどの臨床データおよび動物モデルにおいて、腫瘍の早期段階からの播種が確認されている。リンパ管は、剪断応力 0.64-12 Dyn cm⁻²、流速 0.02-1 mm s⁻¹、Re=0.000033-0.002 という極めて低流動かつ低剪断な環境を提供しており (Table 1)、血液循環と比較してCTCの初期生存に有利に働く。リンパ流による物理的刺激は、CTCにおいて YAP1 依存的な細胞遊走活性化、あるいは TAZ 依存的な細胞分裂促進シグナルを誘発する。リンパ節に到達した腫瘍細胞は、 subcapsular sinus (辺縁竇) からリンパ節皮質に集積し、そこから高内皮静脈 (HEV: high endothelial venule) を侵襲して直接血流へと合流し、肺などの遠隔臓器へ逐次的に二次転移を形成することが、 photoconversion 技術を用いたマウス追跡実験により実証されている (Brown et al. Science 2018, Pereira et al. Science 2018)。大腸がん患者の系統発生解析では、 35% の症例においてリンパ節転移と遠隔転移が共通の転移祖先を共有していることが示され、リンパ-血液経路の逐次的利用が臨床的にも裏付けられている。
血行循環における高剪断応力とCTCの生存・耐性機構: 動脈循環は、流速 100-500 mm s⁻¹、剪断応力 4-30 Dyn cm⁻² に達する過酷な環境である (Table 1)。このような高剪断応力環境下では、CTCの 90% 以上が物理的損傷によって壊死 (necrosis) もしくはアポトーシスを誘発される (Fig. 2)。剪断応力 12 Dyn cm⁻² で細胞周期停止が、 2 Dyn cm⁻² でアポトーシスが誘導される。これに対し、生き残る一部の悪性CTCは、カルシウム依存的な小胞融合による細胞膜修復機構を備えている。また、核の剛性を規定するラミンA/C (lamin A/C) の発現や、核膜近傍の F-actin キャップを制御する TIAM2-RAC1 (T lymphoma invasion and metastasis-inducing protein 2 - Ras-related C3 botulinum toxin substrate 1) シグナル伝達経路が、核を物理的変形から保護する。さらに、CTCは β-globin や MnSOD の発現を上昇させることで、流体力学的ストレスによって生じる活性酸素種 (ROS) を消去し生存する。血流内での platelets (血小板) との相互作用は、 anoikis (失着床性細胞死) に対する耐性を付与し、CD44 やインテグリンの発現を介して血管内皮への接着能を増強する。
CTCの血管内停留・外滲における流体力学: 毛細血管床 (剪断応力 10-20 Dyn cm⁻²、流速 0.01-1.5 mm s⁻¹) においては、血管径がCTCの直径よりも小さいため、物理的閉塞 (mechanical occlusion) が血管内停留の主要因となる (Fig. 3)。脳毛細血管におけるリアルタイムイメージングでは、停留したCTCの 40-60% が血流の剪断力を受けながら血管外漏出へと移行する。停留プロセスは、物理的閉塞だけでなく、内皮細胞との能動的接着 (CD44 や β1 インテグリンを介した metastable な初期接着から、高エネルギーの安定接着への移行) も関与する。単一のCTCと比較して、CTCクラスター (CTC clusters) は血中半減期が短いものの、毛細血管のような狭小な流路において一列に再配列して通過する柔軟性を持ち、単一細胞の 50-fold 以上の高い転移能を示す。好中球 (neutrophils) やがん関連線維芽細胞 (CAF) を同伴したヘテロクラスターは、内皮への接着効率を高め、自然免疫 (NK細胞など) からの攻撃を回避するシグナルを提供する (Szczerba et al. Nature 2019)。
EVの流動動態と臓器指向性転移前ニッチ (PMN) 形成: 腫瘍由来EVは、静脈内投与後の血中半減期が約 2 min と極めて短く、主に肝臓の Kupffer 細胞や脾臓・肺のマクロファージによって迅速に捕捉される。EVの臓器指向性 (organotropism) は、その表面に発現するインテグリンレパートリーに規定されており、α6β4 および α6β1 は肺への、αvβ5 は肝臓への特異的集積を誘導する (Hoshino et al. Nature 2015)。膵臓がん由来EVは、肝臓の Kupffer 細胞に取り込まれて TGF-β 分泌を刺激し、フィブロネクチン沈着を伴う ECM リモデリングと骨髄由来細胞の動員を引き起こすことで、肝転移前ニッチを形成する (Costa-Silva et al. NatCellBiol 2015)。ゼブラフィッシュ胚を用いた高解像度生体内イメージングでは、EVが Hagen-Poiseuille 式に従う放物線状の流速プロファイルに基づき、血管壁近傍の低流速領域にマージネーション (margination) して効率的に内皮細胞やマクロファージに取り込まれる様子が観察されている (Verweij et al. DevCell 2019)。この低流速領域は、後続するCTCが停留・外滲する部位と物理的に一致しており、流体力学的選択圧がPMN形成と転移生着の空間的同調を制御している。
流体力学解析のためのモデル系と定量ツール: 流体力学的な力を生体内で定量化するため、多様なモデル系が活用されている (Table 2)。ゼブラフィッシュ胚は、光学的透明性と血流制御の容易さから、単一のCTCやEVの動態をリアルタイムで追跡するのに最適である。ゼブラフィッシュの尾部尾側造血組織 (CHT) における毛細血管径や流速、剪断応力は、哺乳類の脳毛細血管と極めて高い類似性を示す。また、in vitro において定義された剪断応力を再現するマイクロフルイディクスや、3Dプリンティングによる血管モデルが、細胞剛性と接着ダイナミクスの解析に用いられている。力学的計測においては、in vivo で約 100 pN までの微小な力を直接測定可能な光学ピンセット、細胞内張力を可視化する FRET バイオセンサー、細胞剛性を非侵襲的にマッピングする Brillouin 顕微鏡、および蛍光ビーズを用いた流速プロファイル測定技術が基盤となっている (Table 3)。
考察/結論
本総説は、がんの転移研究において、従来の分子生物学的アプローチに流体力学的な物理的視点を統合した画期的なパラダイムを提示している。
先行研究との違い: 従来の転移研究が、主に腫瘍細胞の遺伝子変異やケモカイン受容体などのシグナル伝達物質に焦点を当てていたのとは対照的に、本研究は、血液やリンパ液などの体液が及ぼす物理的な力 (剪断応力、流速、間質液圧) が、転移の効率や臓器指向性を直接的に決定する制御因子であることを明確に示した。これは、化学的シグナルのみに依存していた従来の転移モデルに対し、物理的環境要因が転移カスケードの各段階を物理的に選別・形成しているという新しい概念を提示するものである。
新規性: 本研究は、血液、リンパ液、間質液の3つの流体システムにおける物理パラメータ (Table 1) を体系的に整理し、CTCやEVがこれらの流体力学的力をどのように感知し、生存や接着シグナルへと変換しているかを包括的にレビューした。特に、EVが血流の放物線状流速プロファイルに従って血管壁近傍にマージネーションし、CTCの血管外漏出部位と物理的に同調してPMNを形成するという流体力学的選択圧の役割を初めて体系化した。さらに、多様な実験モデル (Table 2) や力学計測ツール (Table 3) の定量的比較を新規に提供し、物理・生物学融合領域の標準的指針を確立した。
臨床応用: 本知見は、流体力学的介入を標的とした新たな抗転移治療戦略への道を開く。臨床的有用性として、抗凝固剤ヒルジン (hirudin) やヘパリンを用いたCTC-血小板相互作用の阻害による転移抑制、あるいは β 遮断薬プロプラノロール (propranolol) によるストレス誘発性リンパ流速上昇の抑制が挙げられる。また、アンジオテンシン変換酵素阻害薬ロサルタン (losartan) やヒアルロニダーゼである PEGPH20 (pegvorhyaluronidase alfa) を用いて腫瘍内の高IFPを正常化し、血管の圧迫を解除することで、化学療法や免疫療法の腫瘍内送達効率を劇的に改善する治療法 (bench-to-bedside) が示されている。さらに、CTCの剪断応力耐性マーカー (β-globin やラミンA/C) や、好中球とのヘテロクラスター形成を標的とした液体生検 (liquid biopsy) は、微小残存病変 (MRD) の超早期検出や治療モニタリングにおいて高い臨床的意義を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、生体内における流体力学的力と細胞内シグナル伝達 (メカノトランスダクション) の相互作用を、単一細胞レベルかつ高時間分解能で完全に定量化する技術の確立が必要である。また、ゼブラフィッシュやマウスなどの動物モデルから得られた知見を、ヒト臨床におけるCTC動態へと正確に外サプライするための検証が求められる。患者個々の血管解剖学的特徴や血行動態の異質性を考慮した、個別化流体力学療法の開発や、治療介入に最適な時間窓 (time window) の特定が、今後の重要な研究方向性である。
方法
本論文は総説 (Review) であるため、新規の患者コホートや動物実験による直接的なデータ取得は行われていない。代わりに、PubMed、Embase、Web of Science などの主要な学術データベースを用いて、2019年9月までに発表された流体力学、腫瘍生物学、生物物理学、生体イメージングに関する広範な文献検索を実施した。文献の選択基準 (inclusion/exclusion criteria) としては、マイクロフルイディクスを用いた in vitro 流動モデル、ゼブラフィッシュ (zebrafish) 胚を用いた高解像度 in vivo イメージング、およびマウス (mouse) 転移モデルを用いた定量解析を扱った英語文献とした。解析対象とした物理的パラメータには、剪断応力 (shear stress、単位: Dyn cm⁻²)、流速 (velocity、単位: mm s⁻¹)、レイノルズ数 (Reynolds number: Re)、間質液圧 (IFP) が含まれる。また、CTCの生存や接着に関与する分子シグナル (YAP1, TAZ, CD44, インテグリンなど) や、EVの臓器指向性 (organotropism) に関連するインテグリンサブタイプ、さらに力学計測ツール (光学ピンセット、FRET (Förster resonance energy transfer) バイオセンサー、Brillouin顕微鏡など) の有用性について、既存の定量的エビデンスを統合的に比較・分析した。統計的シミュレーションや血流モデリングの評価においては、Navier-Stokes方程式やDarcyの法則、Bellのモデルなどの物理数理モデルを適用した文献を抽出し、その予測精度と限界を検証した。なお、本総説の記述にあたっては、PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) ステートメントのガイドラインを参考にし、エビデンスレベルの評価には GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムの考え方を導入して、抽出されたデータの信頼性を担保した。