- 著者: Takashi Semba, Ryo Sato, Akiyoshi Kasuga, Kentaro Suina, Tatsuhiro Shibata, Takashi Kohno, Makoto Suzuki, Hideyuki Saya, Yoshimi Arima
- Corresponding author: Yoshimi Arima (Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Cancers
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-12-17
- Article種別: Original Article
- PMID: 33348616
背景
肺癌は世界的に癌関連死の主要な原因であり、非小細胞肺癌 (NSCLC) のうち肺腺癌 (LUAD) が約85%を占める。LUADの病因には、上皮成長因子受容体 (EGFR) 変異、KRAS変異、未分化リンパ腫キナーゼ (ALK) 融合遺伝子などのドライバー変異が同定され、これらを標的とする分子標的療法が臨床応用されてきた。例えば、EGFR変異陽性LUADに対するゲフィチニブの臨床的奏効は Paez et al. Science 2004 により報告され、ALK融合遺伝子陽性LUADに対するクリゾチニブの効果は Kwak et al. NEnglJMed 2010 が示した通りである。しかし、これらの治療に対する耐性機序や、腫瘍細胞と腫瘍微小環境 (TME) の相互作用に関する詳細な理解には、適切な動物モデルが不可欠である。
既存の動物モデルには限界が存在する。遺伝子改変マウスモデル (GEMM) は腫瘍形成のメカニズム解明に有用であるものの、作製と維持に多大な時間と労力を要し、腫瘍発生率や進行の個体差が大きいという課題がある。また、免疫不全マウスを用いた異種移植モデルは、ヒト腫瘍細胞の増殖を可能にするが、宿主の免疫系を含むTMEを完全に再現できないという根本的な不足を抱える。Lewis肺癌 (LLC) 細胞のような同系マウス肺癌細胞株を用いた同系移植モデルはTMEを再現できるが、利用可能な細胞株の種類が限定的であり、特定の癌遺伝子変異がLUADの特性に与える影響を詳細に検討するには手薄であった。これらのこれまで研究では、ヒトLUADの多様な遺伝子変異と病理組織学的特徴を忠実に再現し、かつTMEとの相互作用を評価できる同系移植モデルの確立が未解明な残された課題であった。
目的
本研究の目的は、オルガノイド技術を活用し、肺胞上皮幹細胞の特性を保持したEpCAM陽性細胞を、KRAS G12VまたはEML4-ALKで形質転換することで、ヒトLUADの病理組織学的特徴を忠実に再現する同系移植マウスモデルを構築することである。さらに、このモデルを用いてLUADにおける新規のがん幹細胞 (CSC) マーカーを同定し、その生物学的機能と臨床的意義を明らかにすることを目指した。
結果
オルガノイド培養による肺上皮細胞の増殖と分化能の確認: C57BL/6マウス肺から単離したEpCAM陽性上皮細胞は、3D培養において嚢胞状、球状、分岐状の3種類のオルガノイドを形成した (Fig 1D, E)。これらのオルガノイド細胞は、肺系統マーカーである甲状腺転写因子-1 (TTF-1) を発現し、さらにアクアポリン5 (AQP5)、肺サーファクタントタンパク質C (SP-C)、クララ細胞10kDa分泌タンパク質 (CC-10) などの分化マーカーも発現することが確認された (Fig 1E)。SP-CとCC-10の両方を発現する気管支肺胞幹細胞 (BASCs) も検出された (Fig 1F)。これらの細胞は4回以上の継代が可能であり、継代を重ねるごとに球状コロニーが優勢となり、未分化状態を維持する傾向が示された (Fig 1G)。EpCAM陽性SCA-1陽性細胞の割合は、継代を重ねるごとに有意に増加した (p < 0.0001)。これは、本培養条件が肺上皮幹/前駆細胞を濃縮することを示唆する。
Cdkn2a欠損による癌遺伝子形質転換細胞の持続的増殖: 野生型マウス肺上皮細胞にKRAS G12VまたはEML4-ALKを強制発現させると、癌遺伝子誘発性老化により細胞増殖が停止した (Fig 2B)。しかし、CDKN2A遺伝子を欠損したCdkn2a-/-マウス由来のEpCAM陽性肺上皮細胞では、KRAS G12VまたはEML4-ALKの導入後も持続的な増殖が可能となり、KC細胞およびAC細胞と命名された (Fig 2B)。これらの細胞は3D培養で形態的に歪んだコロニーを形成し、TTF-1の発現を維持していた (Fig 2C)。この結果は、Cdkn2a欠損が癌遺伝子導入による増殖停止を回避し、肺細胞の特性を保持したまま異型増殖能を獲得させるために必須であることを示している。KC細胞およびAC細胞の95%以上がSCA-1陽性であった (KC 97%, AC 98%) (Fig 4C)。
ブレオマイシン前処理を介したOrthotopic LUADモデルの確立とクリゾチニブ感受性: KC細胞またはAC細胞をC57BL/6マウスの肺に気管内移植するだけでは腫瘍形成は認められなかった。しかし、ブレオマイシンによる一時的な肺線維化を前処理として導入することで、KC細胞移植マウスの69%、AC細胞移植マウスの63%で大型の腫瘍結節が形成された (Fig 3C)。リン酸緩衝生理食塩水 (PBS) 前処理群では腫瘍形成は0%であった。腫瘍形成マウスの生存期間中央値はKCモデルで62日、ACモデルで60日であった (Fig 3D)。病理組織学的解析の結果、KCおよびACモデルの腫瘍はTTF-1陽性の高分化型腺癌であり、ヒトLUADの病理像を忠実に再現していることが確認された (Fig 3E)。特にACモデルでは、EML4-ALK陽性ヒトLUADで頻繁にみられる乳頭状や篩状パターンが観察された。in vitroでのクリゾチニブに対する感受性を評価した結果、AC細胞のIC50は99 nMであったのに対し、KC細胞のIC50は1187 nMと有意な差が認められた (Fig 3F)。ヌードマウスを用いた皮下移植モデルでは、AC細胞由来腫瘍はクリゾチニブ治療14日間で完全に退縮したが、薬剤中止後に再増殖が認められた (Fig 3G)。
Ly6dの肺腺癌幹細胞マーカーとしての同定と機能的役割: Ly6/uPARファミリー遺伝子の発現解析から、Ly6dの発現パターンがSCA-1 (Ly6a) と非常に類似していることが判明した (Fig 4E)。フローサイトメトリー解析では、培養継代に伴いEpCAM陽性Ly6d陽性細胞の割合も有意に増加し (p < 0.0001)、KC細胞およびAC細胞の80%以上がLy6d陽性であることが示された (KC 84%, AC 87%) (Fig 4F, G)。さらに、SCA-1陽性KC/AC細胞の85%以上がLy6dを共発現しており (KC 88%, AC 93%)、腫瘍組織内でもSCA-1とLy6dの共発現が確認された (Fig 4H, I)。Ly6dの機能的役割を検討した結果、FACSで分離したLy6d高発現KC/AC細胞は、Ly6d低発現細胞と比較して3D培養でのコロニー形成能が有意に高かった (p = 0.0047) (Fig 5A)。また、Ly6d特異的shRNAによるLy6d発現抑制は、KC/AC細胞のコロニー形成数を有意に減少させた (Fig 5B)。これらの結果は、Ly6dがLUADにおけるCSCの機能的マーカーであることを強く示唆している。
ヒトLUADにおけるLY6D高発現と予後不良の関連: ヒトLUAD患者の腫瘍組織マイクロアレイを用いた解析では、Ly6d陽性腫瘍細胞が細胞増殖マーカーであるKi67も発現していることが確認された (Fig 6A)。Ly6d高発現腫瘍ではLy6d低発現腫瘍と比較してKi67陽性細胞の割合が有意に高かった (Fig 6B)。さらに、719人のLUAD患者のTCGAデータ解析により、LY6D mRNAの高発現が有意に予後不良と関連することが示された (ハザード比 (HR) 1.57, 95%信頼区間 (CI) 1.25-1.97, p < 0.001) (Fig 6C)。これらの臨床データは、Ly6dがヒトLUADの腫瘍増殖と悪性度に関与する重要なCSCマーカーであるという仮説を裏付けるものである。
考察/結論
本研究は、Cdkn2a欠損と癌遺伝子導入、そしてブレオマイシンによる肺線維化前処理を組み合わせることで、ヒトLUADの病理組織学的特徴と分子特性を忠実に再現する新規のオルガノイドベース同系移植マウスモデルを確立した。このモデルは、KRAS G12V駆動型 (KCモデル) とEML4-ALK駆動型 (ACモデル) の2種類であり、特にACモデルではクリゾチニブに対するALK依存性を示すなど、臨床的関連性が高いことが確認された。
① 先行研究との違い: これまでのGEMMや異種移植モデルが抱えていたTMEの不完全な再現性や作製労力の課題に対し、本モデルは免疫担当細胞を含む完全なTMEを持つ同系マウスにおいて、ヒトLUADの組織型や分子型を反映した腫瘍形成を可能とした点で対照的である。特に、ブレオマイシンによる一時的な線維化が腫瘍形成を促進するメカニズムは、腫瘍微小環境がCSCの幹細胞性維持や腫瘍内不均一性の発生に寄与するという Quail et al. NatMed 2013 の報告と一致し、これまでの研究では十分に検討されてこなかった点である。また、本研究で確立された3D培養条件は、EpCAM陽性SCA-1陽性細胞を濃縮し、継代により未分化状態を維持する球状コロニーが優勢となる点で、従来の培養法と異なる特性を示した。
② 新規性: 本研究で新規に確立されたオルガノイドベースの同系移植モデルは、特定の癌遺伝子変異がLUADの特性に与える影響をin vivoで詳細に解析するための強力なツールとなる。さらに、本研究はLy6dをLUADにおける新規な機能的CSCマーカーとして同定し、その発現がヒトLUAD患者の予後不良と有意に相関することを本研究で初めて報告した。Ly6d高発現細胞はLy6d低発現細胞と比較して有意に高いコロニー形成能を示し (p = 0.0047)、Ly6d発現抑制がコロニー形成数を減少させたことから、Ly6dがCSCの自己複製能に必須であることが示唆され、これまで報告されていない重要な発見である。
③ 臨床応用: 本モデル群は、LUADにおける化学療法、分子標的療法、免疫療法などの前臨床評価に極めて有用なツールとなる。特に、免疫チェックポイント阻害剤の有効性が Reck et al. NEnglJMed 2016 や Borghaei et al. NEnglJMed 2015 により示されているように、免疫担当細胞を含むTMEの役割が重要視される現在、本モデルは腫瘍-免疫微小環境相互作用の解明に貢献し、臨床現場での治療戦略開発に繋がるtranslationalな研究を加速させる可能性がある。Ly6dの同定は、新規CSC標的療法の開発や、LY6D発現をLUADの予後予測・治療応答バイオマーカーとして活用する臨床応用の可能性を提示する。
④ 残された課題: 今後の検討課題として、EGFR変異やKRAS G12C変異、PD-L1高発現などの他の主要なドライバー変異を持つLUADモデルへの拡張が挙げられる。また、ヒトLUADオルガノイドと自己T細胞の共培養系との比較研究を通じて、本マウスモデルのヒト臨床への外挿性をさらに検証する必要がある。Ly6dがCSCの自己複製能を制御する詳細な分子メカニズムの解明や、Ly6dを標的とした抗体薬物複合体 (ADC) やCAR-T細胞療法の開発も今後の研究方向性となる。さらに、ブレオマイシン前処理による腫瘍形成促進メカニズムにおける免疫細胞の役割についても、より詳細な解析が求められる。
方法
C57BL/6マウスの肺から、蛍光活性化セルソーティング (FACS) によりEpCAM陽性CD31陰性CD45陰性の上皮細胞を単離した。これらの細胞をMatrigelと上皮成長因子 (EGF)、ケラチノサイト増殖因子 (KGF)、Rhoキナーゼ (ROCK) 阻害剤を含む無血清培地で三次元培養 (3D culture) し、オルガノイドを形成させた。その後、緑色蛍光タンパク質 (GFP) とKRAS G12VまたはEML4-ALK cDNAを搭載したレトロウイルスを感染させ、GFP陽性細胞をFACSで選別した。野生型マウス肺上皮細胞では癌遺伝子導入により癌遺伝子誘発性老化 (oncogene-induced senescence) が誘導され増殖が停止するため、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子2A (CDKN2A) 遺伝子座 (p16Ink4aおよびp19Arfをコード) を欠損させたCdkn2a-/-マウス由来の肺上皮細胞を用いることで、KRAS G12V形質転換細胞 (KC細胞) およびEML4-ALK形質転換細胞 (AC細胞) の持続的な増殖能を獲得させた。
確立したKC/AC細胞を、気管内投与したブレオマイシン (bleomycin) により一時的な線維化を誘導したC57BL/6マウスの肺に気管内移植した。腫瘍形成後、KC/AC細胞由来腫瘍の病理組織学的特徴を評価した。また、AC細胞のALK依存性を確認するため、ALK阻害剤であるクリゾチニブ (crizotinib) に対するin vitroでの半数阻害濃度 (IC50) を測定し、ヌードマウスへの皮下移植モデルを用いてin vivoでの抗腫瘍効果と薬剤中止後の再増殖を評価した。
さらに、オルガノイド培養における細胞の幹細胞特性を評価するため、細胞表面マーカーであるSCA-1 (Ly6a) およびLy6ファミリーのLy6dの発現をフローサイトメトリーで解析した。Ly6dの機能的役割を検討するため、Ly6d高発現細胞と低発現細胞をFACSで分離し、3D培養でのコロニー形成能を比較した。また、Ly6d特異的短鎖ヘアピンRNA (shRNA) を用いたLy6d発現抑制がKC/AC細胞のコロニー形成能に与える影響を評価した。最後に、ヒトLUAD患者のThe Cancer Genome Atlas (TCGA) データを用いて、LY6D遺伝子発現と全生存期間 (overall survival) の関連をKaplan-Meierプロッターで解析し、Ly6dがCSCマーカーとしての臨床的意義を持つか検討した。組織マイクロアレイを用いたヒトLUAD組織におけるLy6dとKi67の免疫組織化学染色も実施した。