- 著者: Mrinali P. Gupta, Sangeetha Tandalam, Shariss Ostrager, Alexander S. Lever, Angus R. Fung, David D. Hurley, Gemstonn B. Alegre, Jasmin E. Espinal, H. Lawrence Remmel, Sushmita Mukherjee, Benjamin M. Levine, Russell P. Robins, Henrik Molina, Brian D. Dill, Candia M. Kenific, Thomas Tuschl, David Lyden, Donald J. D’Amico, John T. G. Pena
- Corresponding author: John T. G. Pena (Weill Cornell Medicine, New York, NY, USA)
- 雑誌: Nature Methods
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-11-11
- Article種別: Original Article
- PMID: 31712780
背景
細胞外小胞 (extracellular vesicles, EV) は、エクソソーム (40-120 nm)、マイクロベシクル (120-1,000 nm)、アポトーシス小体 (1-5 µm) などの多様なサブポピュレーションから構成されるナノ粒子である (Raposo et al. JCellBiol 2013)。これらはタンパク質、脂質、およびRNAなどの生体分子を内包し、細胞間輸送やシグナル伝達といった重要な細胞間コミュニケーションを担うことが知られている (Valadi et al. NatCellBiol 2007)。多細胞生物のほぼ全ての細胞がEVを分泌しており、がんの転移や微小環境の再編成といった病理学的プロセスへの関与が数多く報告されている (Tkach et al. Cell 2016)。
生体内におけるEVの可視化技術としては、蛍光融合タンパク質を用いたアプローチや、Creリコンビナーゼとレポーター遺伝子を組み合わせたシステム、多光子顕微鏡 (multiphoton microscopy, MPM) を活用した生体内イメージングなどが開発されてきた (Zomer et al. Cell 2015)。さらに、腫瘍由来のマイクロベシクルが転移先の微小環境を変化させ、がんの進展を促進することも示されている (Skog et al. NatCellBiol 2008)。
しかし、EV生物学における最大の技術的障壁は、固定組織内においてEVをin situ、すなわち生体組織本来の微細構造を維持した状態で再現性をもって可視化する手法が確立されていない点であった。従来の標準的な組織固定法では、10%ホルマリン (ホルムアルデヒドまたはパラホルムアルデヒド) を用いてタンパク質間やタンパク質-核酸間の架橋を形成する。しかし、このホルマリンによる架橋結合は温度依存的に逆転 (reversible) することが知られており、通常の組織処理プロセス (室温から37°C以上) においてEVが組織外へ流出している可能性が懸念されていた。この温度依存的な架橋逆転によるEVの消失メカニズムを定量的に実証した研究はこれまで存在せず、固定組織内にEVを確実に保持するプロトコルは未確立であった。このように、組織内でのEV保持技術の欠如が大きな知識ギャップ (knowledge gap) として残されており、正確なin situイメージングを妨げる要因として未解明のまま放置されていた。組織内におけるEVの正確な空間分布や動態を把握するための固定技術の不足は、EV研究における重大な課題であり、これを解決するアプローチが強く求められていた。
目的
本研究の目的は、従来のホルマリン固定処理において発生する温度依存的な架橋逆転と、それに伴う組織からのEV流出メカニズムを定量的に実証することである。さらに、化学架橋剤であるEDC (1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide) を用いた二段階固定法 (formalin-EDC法) を開発し、アミノ基とカルボキシル基の間に非可逆的なアミド結合を形成させることで、EVを組織内に強固に保持できるか検証する。この新規固定法を眼球硝子体、乳がん腫瘍組織、培養細胞などの多様な生物学的サンプルに適用し、in situでの多重蛍光イメージングおよび電子顕微鏡観察を可能にする汎用的なプラットフォームを確立する。また、単離された硝子体EVが標的細胞に対して核酸や機能性タンパク質を転送する能力を持つかを検証し、その生物学的・機能的特性を明らかにすることを目的とする。
結果
ホルマリン固定における温度依存的EV流出の定量的実証: 従来のホルマリン単独固定を施した牛硝子体組織 (n=3 replicates) を37°Cの洗浄バッファーに浸漬したところ、TEM観察において洗浄液中に多数の典型的なカップ状のEV形態を示すナノ粒子が検出された。このEVの組織外流出は25°C以上の環境下で顕著に認められ、温度上昇に伴って流出粒子数が増大することが確認された。一方、4°Cの低温環境下で洗浄を行った場合、洗浄液中におけるEVのシグナルは著明に抑制され、NTAの検出閾値以下まで低下した (Fig. 1d)。NTAを用いた定量解析においても、37°Cおよび23°Cの洗浄液中からは高濃度のEV粒子が検出され、ホルマリンによる架橋結合が温度依存的に逆転し、組織からEVが容易に逸脱するという物理的機序が実証された。これに対し、同条件でformalin-EDC固定を施した組織 (n=3 replicates) から得られた洗浄液をNTAで測定した結果、EVシグナルは完全に検出限界以下となり、EDCによる非可逆的な化学架橋がEVの組織内保持に極めて有効であることが定量的に示された。
Formalin-EDC固定法によるin situ EV可視化と多角的同定: MPMを用いた全マウント牛硝子体組織のCFSE染色において、formalin-EDC固定を適用した標本では、ECS (extracellular space:細胞外間隙) に点状に分布する多数のEV形態シグナルが明瞭に観察された。定量的な画像解析の結果、formalin-EDC固定群では 143.2 ± 23.8 EV/画像 (mean ± SD) が検出されたのに対し、ホルマリン単独固定群では細胞外シグナルがほとんど消失しており、わずか 1.2 ± 0.9 EV/画像 (mean ± SD) しか検出されなかった (Student t-testによるp=0.0007、n=3 tissues、Fig. 1a-c)。これは約119.3-foldの保持効率の差に相当する。共焦点顕微鏡を用いたPI (赤) およびCFSE (緑) の多重染色では、formalin-EDC固定標本においてのみ細胞外RNAとタンパク質の共局在を示す黄色シグナルが確認された (Fig. 2a, b)。この細胞外PIシグナルはRNase A処理によって著明に減衰したことから、EV内に内包されたRNAであることが証明された。さらに、ヒト解剖後眼球を用いたTEM観察においても、硝子体基底部および毛様体無色素上皮 (non-pigmented epithelium, NPE) 近傍の細胞外マトリックス内に、豊富なEV集団が物理的に保持されている様子が直接的に可視化された (Fig. 1f, g)。また、EV特異的マーカーであるTSG-101に対する免疫組織化学染色を4°C条件下で実施したところ、ECS内に点状の陽性シグナルが検出され、CFSEで可視化されたEVの空間分布と一致した。
乳がん腫瘍モデルへの応用と細胞外DNAのin situ検出: formalin-EDC固定法を4T1マウス乳腺癌腫瘍組織 (n=3 mice) に適用し、MPMによるイメージングを行った。その結果、腫瘍の細胞外マトリックス内において、細胞外RNA (PI陽性、白色) およびタンパク質 (CFSE陽性) を含む多様なサイズ分布を持つEV群が明瞭に観察された (Fig. 3a)。観察されたEVの直径は、小型マイクロベシクル (約270 nm) から中型マイクロベシクル (約850 nm)、さらには1 µmを超えるアポトーシス小体 (約1.7 µm) まで不均一な集団を形成していた。特に興味深い所見として、一部の大型EVにおいて、DNA標識染料であるHoechst 33342とPIのシグナルが完全に共局在 (co-localization) している像が捉えられ、腫瘍由来EV内に二本鎖DNAが内包されていることがin situで初めて直接的に確認された (Fig. 3b) (Thakur et al. CellRes 2014)。腫瘍組織のTEM観察 (n=3 mice) では、細胞膜から出芽中のEV (約373 nm) や、細胞外に放出された多様なナノ粒子が非常に高い密度で保持されていることが確認された (Fig. 3c, d)。正常なマウス乳腺組織 (n=3 mice) と比較して、4T1腫瘍組織の細胞外空間におけるEV密度は著しく高く、がん微小環境におけるEV分泌の亢進が視覚的かつ定量的に実証された。
硝子体EVの機能評価: 核酸およびタンパク質の細胞内転送能: 単離した牛およびヒトの硝子体EVの生物学的活性を検証するため、in vitroおよびin vivoでの機能解析を実施した。まず、アクリジンオレンジ (AO) でRNAを蛍光標識した硝子体EVをARPE-19細胞に添加した結果、コントロール群と比較して極めて高い効率で標的細胞内へRNAが転送されることが確認された (p<0.0005、n=3 replicates)。次に、電気穿孔法を用いてBSA-フルオレセイン (66 kDa) を封入したEVをARPE-19細胞に投与したところ、細胞内への強力な蛍光シグナルの導入が確認され、EVを介したタンパク質転送が実証された (p<0.0005、n=3 replicates)。さらに、機能的立体構造の維持が蛍光発現に必須であるGFP (26.9 kDa) を内包させたEVの投与実験では、ARPE-19細胞の最大 88.3% においてGFPの緑色蛍光が観察され、活性を保った状態でのタンパク質デリバリーが達成された (p<0.005、n=3 replicates)。最後に、C57BL/6Jマウス (n=3 mice) を用いたin vivo検証において、BSA-フルオレセイン封入EVを硝子体内に微量注入した。注入後3日時点では網膜への浸透は観察されなかったが、注入後3週時点の組織切片解析において、複数の網膜細胞層にわたって広範なタンパク質転送シグナルが検出され、硝子体EVが生体内において長期的な薬物・遺伝子送達ベクターとして機能し得ることが示された。
考察/結論
本研究は、従来の標準的なホルマリン固定処理において、温度依存的な架橋逆転によって組織内からEVが流出・消失するという、EV生物学における長年の技術的盲点を定量的に実証し、EDCを用いた追加固定法 (formalin-EDC法) によってこの問題を根本的に解決した画期的な報告である。
先行研究との違い: これまでの組織学的研究では、ホルマリン固定された組織切片においてEVを安定して検出することが極めて困難であった。本研究はこの失敗の根本原因が、組織処理中の温度上昇に伴うホルマリン架橋の化学的逆転にあることを初めて突き止めた。この点で、従来のホルマリン固定のみに依存していた多くの先行研究とは明確に異なり、対照的な結果を示している。既存の生体内イメージング手法 (蛍光融合タンパク質やCre-loxPシステムなど) は生体への遺伝子導入や特殊な顕微鏡設備を必要とするが、本研究のformalin-EDC法は、固定後の組織標本に対して直接適用可能であり、通常の病理組織学的解析フローに容易に統合できる点で極めて実用的かつ優れている。
新規性: 本研究は、従来「生物学的に不活性なクッション」とみなされてきた眼球硝子体組織において、高度に組織化された機能的EVネットワークが存在することを本研究で初めて新規に明らかにした。これは硝子体の生理学的役割に関する従来のパラダイムを大きく塗り替える発見である。さらに、これらの硝子体EVがRNAや機能性タンパク質 (GFP、BSA) を高効率で細胞内へ転送する能力を有し、in vivoにおいて網膜細胞層へのデリバリーベクターとして機能することを本研究で初めて実証した。また、乳がん腫瘍組織のin situイメージングにより、がん微小環境内のEVに二本鎖DNAが内包されている様子を直接視覚的に捉えることにも成功した。
臨床応用: Formalin-EDC固定法は、眼科領域や腫瘍学領域における臨床検体を用いた病理診断への臨床的有用性が極めて高い。がん患者から採取された生検組織において、腫瘍由来EVの空間的分布や内包する核酸 (DNA/RNA) のin situ検出が可能になれば、新たなバイオマーカー診断ツールとしての応用が期待され、bench-to-bedsideの橋渡し研究を強力に推進する。また、硝子体EVが網膜細胞に対して優れた物質転送能を示すという知見は、加齢黄斑変性や糖尿病網膜症などの難治性眼疾患に対する、EVをベースとした新規のドラッグデリバリーシステム (DDS) や遺伝子治療ベクターの開発に向けた臨床応用への強力な足がかりとなる。
残された課題: 本研究における制限事項 (limitation) として、EDCによる強力な化学架橋がタンパク質の抗原決定基を修飾・改変してしまうため、一般的な免疫組織化学染色 (IHC) との適合性が低いという課題が挙げられる。本研究では、IHCを行う際にはホルマリン単独固定を用いて4°Cの低温条件下で迅速に処理する代替法を採用したが、今後の検討課題として、EDC固定後であっても抗原性を回復できる新たな抗原賦活化プロトコルの開発が必要である。また、臨床現場で広く蓄積されているホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 標本への直接的な適用可能性の検証や、EDC固定がEV内のRNAやタンパク質の生化学的完全性に与える影響の詳細な評価、さらには様々な疾患モデルにおけるEVの動態解明など、多くのfuture researchが残されている。
方法
EVの単離と特性評価: 牛眼球硝子体液からのEV単離は、段階的差分遠心法により実施した。まず、2,000gで2回 (4°C、30分)、続いて10,000g (4°C、30分) の低速遠心を行うことで細胞およびデブリを完全に除去した。その後、100,000gで2回 (4°C、1時間、Beckman L7-55 (L7-55 ultracentrifuge) 超遠心機、SW-41スイングバケットローター) の超遠心分離を行い、沈殿したEVを50 µlの無菌PBSに再懸濁した。EVの品質管理としてウエスタンブロットを実施し、陽性マーカー (TSG-101、Syntenin 1、CD81、CD9) および陰性マーカー (GM130、cytochrome c) の発現を確認した。粒径および粒子濃度の測定には、ナノ粒子トラッキング解析 (nanoparticle tracking analysis, NTA) システムであるNanoSight NS300 (Malvern) を使用した (Dragovic et al. Nanomedicine 2011)。
固定プロトコルの比較とEDC固定: ホルマリン固定された牛硝子体組織 (4%ホルマリン、pH 7.4、24時間、4°C) を、異なる温度 (37°C、23°C、4°C) の洗浄バッファーに浸漬し、流出したEVを透過型電子顕微鏡 (transmission electron microscopy, TEM; JEM 1400, 100 kV) およびNTAで定量評価した。新規開発したformalin-EDC固定プロトコルは以下の手順で実施した。まず、組織を4%ホルマリンで固定 (24時間、4°C) した後、0.1 M 1-methylimidazoleバッファー (pH 8.0、30分、4°C) で洗浄した。次に、新たに調製したEDC固定液 (0.10 M EDC + 0.1 M ETT (5-(ethylthio)-1H-tetrazole)、pH 8.0) に浸漬し、37°Cで3時間 (または16時間) 加熱することで非可逆的なアミド結合架橋を形成させた。
in situイメージングおよびプロテオーム解析: MPM (Olympus FV1000MPE (FV1000 multiphoton microscope)、25×/1.05 NA水浸対物レンズ) によるin situ可視化のため、CFSE (carboxyfluorescein succinimidyl ester、タンパク質標識、500 µM、24時間、37°C)、Hoechst 33342 (DNA標識、0.5 µg/ml)、およびPI (propidium iodide、DNA/RNA標識、50 µg/ml、24時間、37°C) による多重染色を施した。共焦点顕微鏡観察にはZeiss LSM 880を使用した。画像解析ソフトとしてFiji (Schindelin et al. NatMethods 2012) を用い、細胞径14 µmの閾値外に存在する100 nm以上の円形蛍光シグナルをEVとして盲検下で計数した。TSG-101の免疫組織化学 (immunohistochemistry, IHC) は、ホルマリン架橋逆転を防ぐため4°C条件下で実施した。プロテオーム解析は、LC-MS/MS (Q-Exactive (Q-Exactive Plus mass spectrometer)) を用いて牛硝子体全体とEV分画を比較定量した。統計解析には独立両側 Student t-test を使用した。
腫瘍モデルおよび機能解析: 4T1マウス乳腺癌細胞 (ATCC) を BALB/c 雌マウス (8週齢) の乳腺脂肪体にオルソトピック移植 (5 × 10^4 cells/50 µl PBS) し、2週後に腫瘍組織を回収した (n=3 mice)。in vitro機能実験として、アクリジンオレンジ (acridine orange, AO) で標識したEVをヒト網膜色素上皮細胞株であるARPE-19に添加し、核酸転送効率を評価した。また、電気穿孔法 (300 V、35 ms、2パルス、0.1 s間隔) を用いてBSA-フルオレセインまたはGFPを内包させたEVをARPE-19細胞に導入した。in vivo実験では、 C57BL/6J 雄マウス (8週齢) の硝子体内に、電気穿孔法でBSA-フルオレセインを封入したEV (0.025 µg/500 nl) を微量注入し、注入後3日、1週、3週時点で網膜組織への移行を評価した。また、HEK293T 細胞および HEK293 細胞を用いた in vitro での固定効率の検証も併せて実施した。