• 著者: Tyagi A, Wu SY, Sharma S, Wu K, Zhao D, Deshpande R, Singh R, Li W, Topaloglu U, Ruiz J, Watabe K
  • Corresponding author: Kounosuke Watabe (Wake Forest University School of Medicine, USA)
  • 雑誌: Oncogene
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2022-04-23
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35461327

背景

脳転移は中枢神経系で最も頻度の高い悪性腫瘍であり、肺がん患者の最大50%で発生し、中央生存期間は1年未満である。剖検研究では、臨床診断された発生率と比較して、肺がん脳転移の発生率が64%と高いことが示唆されている。喫煙は肺がんの主要リスク因子の一つであり、累積喫煙量が肺がん患者の脳転移速度と相関することが最近の研究で示されているが、その分子機序は未解明であった。ニコチンは喫煙の非発がん性中毒成分であるが、自然免疫系および適応免疫系に対する広範な影響を持ち、好中球機能を変化させてがん促進性の表現型 (N2型) を誘導することが示されている。

腫瘍関連好中球 (TAN) のN1/N2分極は腫瘍免疫において対立的な役割を果たすことが知られており、Fridlender et al. CancerCell 2009はTGF-βによる好中球のN1/N2分極が腫瘍免疫において重要な役割を果たすことを報告した。しかし、ニコチンによる好中球分極が脳転移前ニッチ形成とその後のがん細胞コロニー形成にどのように寄与するかは理解されていなかった。また、エクソソームが細胞間miRNA移送を介してがん幹細胞性・代謝リプログラミングを調節することが示されており、Valadi et al. NatCellBiol 2007はエクソソームがmRNAやmiRNAの細胞間輸送を介した遺伝子交換の新規メカニズムであることを報告した。さらに、Rodrigues et al. NatCellBiol 2019は腫瘍エクソソームCEMIPタンパク質が脳転移におけるがん細胞のコロニー形成を促進することを示している。しかし、ニコチン活性化好中球由来エクソソームのmiRNAカーゴが肺がん脳転移で担う役割については全く解明されておらず、この領域には知識のギャップが残されている。高NLR (好中球リンパ球比) が脳転移患者の予後不良と関連することが報告されているが、そのメカニズムは不明であった。本研究は、この不足しているメカニズム的理解を深めることを目的とする。

目的

本研究の目的は、以下の点を解明することである。(1) 喫煙と肺がん脳転移リスクの定量的関連を810名の患者コホートで確認し、喫煙が脳転移の発生率と予後に与える影響を評価する。(2) ニコチンによる好中球N2分極のSTAT3依存性メカニズムを解明し、ニコチンが脳転移前ニッチ形成にどのように寄与するかを明らかにする。(3) ニコチン活性化N2好中球由来エクソソームのmiRNAが脳転移促進に与える役割を解明し、特に標的miRNA (miR-4466) の作用機序 (SKI/SOX2/CPT1A軸) を同定する。(4) 喫煙者の血清・尿中miR-4466レベルを測定し、液体生検バイオマーカーとしての可能性と、STAT3阻害剤による治療標的としての妥当性を評価すること。これらの目的を達成することで、ニコチンが肺がん脳転移を促進する新規メカニズムを包括的に理解し、新たな治療戦略の開発に貢献することを目指す。

結果

喫煙と肺がん脳転移リスクの定量的関連: 810名の肺がん患者の後ろ向き解析により、現喫煙者の脳転移発症率は未喫煙者と比較して相対リスク (RR) 1.37 (95% CI: 1.15〜1.63, p<0.001, Fisher exact検定) と有意に高かった。脳転移後の無増悪生存期間も、現喫煙者で有意に短縮していた。脳転移巣の免疫組織化学では、現喫煙者の転移巣内好中球比率が約23%であったのに対し、未喫煙者では約4%にとどまり (p<0.001)、好中球浸潤と喫煙・脳転移の密接な関連が示された (Fig. 1C, D)。がん未罹患喫煙者の末梢血中循環好中球 (CD15+ SSChi) 数も、未喫煙者と比較して有意に高かった (Fig. 1E)。4コホート統合解析 (n=469) では、NLR高値が脳転移後の無増悪生存の有意な予後予測因子であることが確認された (Fig. 1F)。

ニコチン事前暴露による脳転移の顕著な増大と好中球依存性: ニコチン (2 mg/kg) 腹腔内事前投与後のH2030BrM心臓内投与ヌードマウスモデルでは、生物発光イメージング (BLI) で脳転移巣が対照群と比較して100倍以上増大し (p<0.001)、脳転移無増悪生存も有意に短縮した (Mantel-Cox検定) (Fig. 2B-D)。ニコチン事前暴露マウス (腫瘍細胞非投与段階) では、すでに脳内および末梢血のCD11b+ Ly6G+好中球が有意に増加しており、転移前の好中球動員が示された (Fig. 2E, F)。抗Ly6G抗体による好中球除去はニコチン誘発脳転移を有意に抑制し (p<0.01)、脳転移無増悪生存が改善した (Fig. 2G-L)。さらに、ニコチン前処置Balb/cマウスの骨髄由来N2好中球 (10^5細胞) の養子移植でも脳転移が有意に促進され (p<0.01)、N2好中球が転移促進に直接寄与することが実証された (Fig. 2M-P)。

STAT3依存的なN2好中球分極とエクソソームmiR-4466の同定: ニコチン (1 μM) 処置ヒト・マウス初代好中球でSTAT3 mRNA発現と活性化STAT3シグナルが有意に増加し、N2マーカー (Mrc1, Arg1, Arg2) が上昇した (qRT-PCR) (Fig. 3A, D)。STAT3 siRNAノックダウンによりN2マーカー発現が有意に低下したことで、STAT3活性化がN2分極に必須であることが示された (Fig. 3E)。ニコチン処置好中球由来エクソソームのmiRNAシーケンシング解析から、miR-4466とmiR-4488がニコチン活性化好中球で最も有意に上昇するmiRNA (トップ2) として同定された (Fig. 4C)。TaqMan PCRによるEV分画解析で、miR-4466はエクソソーム分画に最も豊富に検出された。がん未罹患の現喫煙者の血清・尿中miR-4466レベルは未喫煙者と比較して有意に高く (p<0.05)、喫煙による転移リスク上昇の非侵襲的早期マーカーとしての可能性が示された (Fig. 4D)。

miR-4466→SKI→SOX2/CPT1A軸の解明: 既報データセット (GSE14108) のTFcheckpoint・TCGAデータベース・miRwalk/DIANA-microT-CDSの統合解析から、SKI (SKI proto-oncogene) がmiR-4466の最有力標的として同定された (Fig. 4E)。miR-4466過剰発現H2030BrM細胞ではSKI発現が有意に低下し、SOX2発現が有意に増加した (Fig. 4F)。SKI 3’UTRルシフェラーゼアッセイで、miR-4466はSKI 3’UTRに直接結合してレポーター活性を有意に低下させた (p<0.01) (Fig. 4G)。ニコチン活性化好中球エクソソーム処置細胞でも同様のSKI低下・SOX2増加が確認され、SKI強制発現によりSOX2プロモーター活性が有意に低下した (Fig. 4H)。Seahorse解析でmiR-4466過剰発現細胞は脂肪酸酸化 (CPT1Aが律速酵素) が有意に亢進しており、%CSC (CD44+/ESA+)、腫瘍球形成、コロニー形成がいずれも有意に増加した (Fig. 4B)。この代謝シフトはグルコース低・脂肪酸豊富という脳実質の代謝環境への適応と解釈された。CPT1Aは脳転移組織で有意に上昇しており、miR-4466過剰発現細胞やニコチン活性化好中球エクソソーム処置細胞でも同様のCPT1A上昇が確認された (Fig. 5G-I)。SOX2ノックアウトH2030BrM細胞では、ニコチン活性化好中球エクソソームによるCPT1A発現増加が有意に抑制された (Fig. 5J)。CPT1A阻害剤エトモキシル (40 μM) は、miR-4466過剰発現がん細胞の細胞生存率、幹細胞性、腫瘍球形成能を有意に低下させた (Fig. 5K)。

STAT3阻害剤による脳転移抑制: STAT3阻害剤SH-4-54 (STAT3i) の低用量 (100 nM) 処置は、ニコチン活性化好中球におけるSTAT3およびpSTAT3発現を有意に低下させたが、がん細胞には影響を及ぼさなかった。STAT3iは、ニコチン誘発性エクソソームmiR-4466レベル、CSC表現型、がん細胞増殖を有意に減少させた (Fig. 6B, C)。in vivo実験では、ニコチン事前暴露による脳転移の100倍以上の増大が、STAT3iの併用により有意に抑制され、脳転移無増悪生存期間が延長した (Fig. 6F-H)。STAT3iはニコチン誘発性脳内N2好中球浸潤を有意にブロックした (Fig. 6I)。

考察/結論

本研究は、喫煙が肺がん脳転移リスクを相対リスク1.37 (95% CI: 1.15-1.63) に増大させることを810名の患者コホートで定量的に示した。さらに、「ニコチン→STAT3→N2好中球→exosomal miR-4466→SKI抑制→SOX2/CPT1A脱抑制→幹細胞性+脂肪酸酸化亢進→脳転移」という新規の多段階シグナルカスケードをin vivoモデルと臨床データで初めて包括的に解明した。

先行研究との違い: 好中球のN1/N2分極が腫瘍免疫を調節することは知られていたが (Fridlender et al. CancerCell 2009)、ニコチンがSTAT3を介して具体的にN2分極を誘導し、そのエクソソームが脳実質のがん細胞に特定のmiRNAを移送して代謝・幹細胞性の双方を変化させるという多段階機序は本論文で初めて示された。また、NLR高値が脳転移後の生存不良に関連するという臨床的知見と、N2好中球の機能的寄与を養子移植実験で実証した点も独自性が高い。喫煙と脳転移の関連を810名という大規模コホートで定量化 (RR 1.37, 95% CI: 1.15-1.63) した点も、臨床的エビデンスの強化に貢献する。

新規性: 本研究で初めて、ニコチンがSTAT3を介して好中球をN2表現型に分極させ、これらのN2好中球がエクソソームを介してmiR-4466を分泌し、これががん細胞のSKIを抑制することでSOX2とCPT1Aを脱抑制し、幹細胞性と脂肪酸酸化を亢進させるという新規メカニズムを解明した。これは、ニコチンが肺がん脳転移を促進するこれまで報告されていない経路である。

臨床応用: 本知見は、喫煙肺がん患者における脳転移ハイリスク患者の同定、および治療標的として (1) STAT3阻害 (N2分極抑制)、(2) CPT1A阻害 (エトモキシル)、(3) 抗miR-4466アンタゴミル治療の3つの戦略を提案する。重要な臨床的含意として、ニコチン代替療法 (ニコチンパッチ・電子タバコ等) は喫煙セシオンのツールとして広く使用されているが、本研究はニコチン自体が好中球分極を介して脳転移を促進する可能性を示しており、がん患者へのニコチン代替療法使用のリスクを再評価する必要性を示唆する。がん未罹患喫煙者の血清・尿中miR-4466レベルが有意に高いことは、喫煙による転移リスク上昇の非侵襲的早期マーカーとしての臨床応用が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) 後ろ向きコホート設計の限界と共変量の調整不足、(2) ニコチン以外のタバコ成分の独立した影響の評価、(3) miR-4466拮抗薬のin vivo有効性と毒性・BBB透過性の検証、(4) CPT1A阻害 (エトモキシル) の肺がん脳転移に対する前臨床試験、(5) ヒト前向きコホートでの血清・尿中miR-4466の脳転移予測能の検証、(6) 他部位への転移との比較 (骨・肝等ではニコチン効果が脳より小さいことが示唆される) が挙げられる。尿中miR-4466は非侵襲的であり、喫煙者における肺がん脳転移リスクの液体生検スクリーニングとしての応用が期待される。

方法

後ろ向きコホート解析:6つの既報肺がん転移患者コホートを統合した810名のパン解析を実施した。喫煙歴のある肺がん患者の脳転移発生率と脳転移無増悪生存期間を、未喫煙者と比較してFisher exact検定およびKaplan-Meier生存解析を用いて評価した。脳転移巣の免疫組織化学 (IHC) では、IBA1 (マクロファージ/ミクログリア)、ELA2 (好中球)、CD3ζ (T細胞)、CD45R (B細胞) を評価し、未喫煙者 (n=6) と現喫煙者 (n=20) の間で比較した。フローサイトメトリーにより、がん未罹患喫煙者の末梢血中のCD15+ SSChi循環好中球を定量した (n=12サンプル/群)。さらに、4つの肺がん脳転移コホート (n=469) を統合し、NLR (好中球リンパ球比) と無増悪生存期間 (PFS) の関連を評価した。

動物実験:免疫不全ヌードマウスおよび免疫能を有するBalb/cマウスにニコチン (2 mg/kg) を腹腔内投与し、その後H2030BrM-luc (ヒト) またはLL/2 (マウス) 細胞を心臓内注射した (n=6〜9/群)。ニコチンのヒト関連生理濃度は、コチニン血清レベルを測定することで確認した。好中球除去は抗Ly6G抗体を用いて実施し、ニコチン誘発脳転移への影響を評価した。また、ニコチン前処置Balb/cマウスの骨髄由来N2好中球 (10^5細胞) を養子移植し、脳転移促進への直接的な寄与を検討した。脳転移の評価は生物発光イメージング (BLI) およびex vivo解析により行った。

分子生物学的解析:ニコチン処置HL-60分化好中球およびヒト初代好中球を用いて、STAT3 mRNA発現と活性化STAT3シグナルを評価した。STAT3 siRNAノックダウンによりN2マーカー発現への影響を検討した。ニコチン処置好中球由来エクソソームのmiRNAシーケンシング解析を実施し、miR-4466とmiR-4488を同定した。TaqMan PCRにより、エクソソーム分画におけるmiR-4466の発現レベルを他の細胞外小胞 (EV) 分画と比較した。miR-4466過剰発現/阻害実験、SKI 3’UTRルシフェラーゼアッセイ、およびSOX2プロモーター活性測定により、miR-4466の標的および作用機序を解明した。Seahorse XFアナライザーを用いて脂肪酸酸化 (FAO) を測定し、CPT1Aの発現をqRT-PCRで定量した。がん未罹患喫煙者・非喫煙者の血清・尿中miR-4466レベルを測定し、バイオマーカーとしての可能性を評価した。STAT3阻害剤SH-4-54 (STAT3i) を用いて、ニコチン誘発性N2好中球分極および脳転移への影響をin vitroおよびin vivoで評価した。