• 著者: Zixin Wang, Jie Zhu, Yanfang Liu, Ziqiao Wang, Xuetao Cao, Yan Gu
  • Corresponding author: Yan Gu (National Key Laboratory of Medical Immunology, Naval Medical University)
  • 雑誌: PNAS
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2022-08-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35914155

背景

がんの遠隔転移は、一次腫瘍が放出する因子によってあらかじめ形成される前転移ニッチ (premetastatic niche; PMN) と呼ばれる微小環境の構築に依存している。Peinado et al. NatRevCancer 2017Kaplan et al. Nature 2005 などの先行研究により、骨髄由来細胞の動員や免疫抑制環境の形成がPMN構築に不可欠であることが示されてきた。特に免疫抑制はがん細胞の定着を助ける重要な特徴 (hallmark) である Hanahan et al. CancerDiscov 2022。しかし、肺転移において、肺胞の構造を維持する肺胞II型 (alveolar type 2; AT2) 上皮細胞などの実質細胞が、腫瘍の教育を受けてどのように免疫抑制的PMNの形成に積極的に寄与するかについては、詳細な分子機構が依然として未解明であった。

著者らの先行研究である Liu et al. CancerCell 2016 では、腫瘍由来のエクソソームがAT2細胞のTLR3を活性化し、好中球を動員するケモカインの分泌を誘導することが示された。しかし、AT2細胞自体が免疫抑制的な微小環境を直接構築する能力や、その極性化 (polarization) を制御する代謝経路については、研究が極めて不足している。また、腫瘍由来の分泌因子やエクソソームが、特定のAT2細胞サブポピュレーションをどのように誘導し、T細胞応答を阻害するのかという点についても、詳細な知見が不足しており、PMN形成における上皮細胞の役割の全容解明には大きなgapが残されている。したがって、AT2細胞の不均一性と腫瘍環境下での機能変化を単一細胞レベルで解析し、その免疫調節機構を明らかにすることが、肺転移の早期介入法を確立するための重要な課題である。

目的

本研究の目的は、単一細胞RNAシーケンシング (single-cell RNA sequencing; scRNA-seq) を用いて、腫瘍環境下の肺におけるAT2上皮細胞の不均一性を詳細に解析し、腫瘍によって誘導される新規の免疫抑制性AT2細胞サブポピュレーションを同定することである。特に、腫瘍由来エクソソームの刺激によってAT2細胞で発現が誘導されるグルタチオンペルオキシダーゼ3 (glutathione peroxidase 3; GPX3) の役割に着目し、GPX3陽性 (GPX3+) AT2細胞が免疫抑制性サイトカインであるインターロイキン10 (interleukin-10; IL-10) を産生する分子機構を解明する。さらに、GPX3による細胞内活性酸素種 (reactive oxygen species; ROS) の消去が、プロリル水酸化酵素2 (prolyl hydroxylase domain-containing protein 2; PHD2) を介した低酸素誘導因子1α (hypoxia-inducible factor 1-alpha; HIF-1α) の分解を抑制し、HIF-1αを安定化させてIL-10転写を直接活性化するカスケードを実証する。最終的に、AT2細胞特異的GPX3欠損マウスを用いて、この経路がin vivoでのPMN形成および自発的肺転移に与える影響を評価し、肺転移予防のための新たな治療標的としての妥当性を検証することを目的とする。

結果

腫瘍担癌状態における新規GPX3+ AT2細胞サブポピュレーションの同定: 健常マウスおよびLLC担癌マウスの肺上皮細胞 20,354 個を用いた scRNA-seq 解析により、細胞群は 12 個のクラスターに分類された (Fig. 1A, 1B)。その中で、クラスター7 (Cluster 7) は健常マウスと比較してLLC担癌マウスの肺においてその存在比率が著明に上昇していた (Fig. 1C)。Monocle 3による擬似時間解析では、クラスター7は他のAT2細胞クラスターとは異なる独自の分岐(ブランチ)の終点に位置することが示された。BrdU増殖アッセイの結果、担癌マウス肺におけるSftpc+ AT2細胞の増殖率は極めて低く、このクラスター7の増加は既存のAT2細胞の増殖・拡大によるものではなく、腫瘍の教育によって誘導された新規の細胞集団であることを示唆している。遺伝子発現解析の結果、クラスター7における発現上昇遺伝子の第1位はGPX3であり、GPX3の発現強度は他クラスターと比較して著しく高かった (Fig. 1D, 1E)。GSEA解析では、クラスター7において炎症反応経路や酸化ストレス応答、およびT細胞応答の抑制に関連する遺伝子セットが有意に濃縮されていた (Fig. 1F)。

AT2細胞特異的GPX3欠損による肺転移の抑制と生存期間の延長: GPX3+ AT2細胞のPMN形成における機能をin vivoで検証するため、AT2細胞特異的GPX3欠損 (GPX3 cKO) マウス (n=10 mice) を用いて自発的肺転移モデルを構築した (Fig. 2A)。GPX3 cKO マウスでは、対照群である GPX3fl リターメイト (n=10 mice) と比較して、LLCおよびB16/F10の両モデルにおいて肺転移巣の数およびサイズが著明に減少した (p<0.001) (Fig. 2B, 2C)。さらに、原発巣切除後の生存期間を比較したところ、GPX3 cKO マウスは対照群と比較して生存期間が有意に延長した (p<0.001) (Fig. 2D)。肺内免疫細胞のフローサイトメトリー解析では、GPX3 cKO マウスの肺においてCD4+ T細胞の割合が有意に増加した一方で、CD4+ Foxp3+ Treg細胞の割合は顕著に減少していた (p<0.001) (Fig. 2E, 2F)。また、好中球や単球などの骨髄由来免疫抑制細胞の集積もGPX3 cKOマウスで抑制されていた。これらの結果は、AT2細胞におけるGPX3が、免疫抑制的なPMNの形成および肺転移の促進に必須であることを示している。

GPX3+ AT2細胞によるCD4+ T細胞増殖抑制とIL-10分泌の必須性: 次に、GPX3+ AT2細胞がT細胞応答を抑制する詳細な機構をin vitro共培養系で検討した (Fig. 3A)。LLCまたはB16/F10担癌GPX3flマウスからソートしたAT2細胞と共培養したCD4+ T細胞は、CFSEアッセイにおいて増殖が著しく抑制されたが、GPX3 cKOマウス由来のAT2細胞や健常マウス由来のAT2細胞ではこの抑制効果は見られなかった (p<0.001) (Fig. 3B-3D)。また、担癌GPX3flマウス由来のAT2細胞はCD4+ Foxp3+ Treg細胞の分化・誘導を促進した (Fig. 3E, 3F)。トランスウェルを用いた共培養実験でもT細胞の増殖抑制が維持されたことから、接触非依存的な可溶性因子が関与していることが示された。RNA-seqおよびGSEA解析により、担癌マウス由来のAT2細胞ではIL-10やTGF-βなどの抗炎症性因子の発現が上昇し、IL-1αやTNFなどの前炎症性因子の発現が低下する「極性化」が確認された (Fig. 4A)。特に、担癌マウス由来のAT2細胞ではIL-10の発現が健常対照と比較して約 4.0-fold に上昇しており、このIL-10産生亢進はGPX3 cKOマウス由来のAT2細胞では完全に消失していた (Fig. 4B, 4C)。さらに、抗IL-10中和抗体添加実験、またはIL-10欠損マウス由来のAT2細胞の使用により、T細胞の増殖抑制およびTregの誘導効果が完全に解除された (Fig. 4D)。

GPX3-ROS-PHD2-HIF-1α-IL-10分子カスケードの解明: GPX3がIL-10発現を制御する分子内シグナルを解明するため、MLE-12細胞 (n=3 replicates) を用いて解析を行った。腫瘍由来エクソソームで刺激した MLE-12 細胞では、GSSG/GSH比の上昇がみられ、GPX3をsiRNAでノックダウンすると細胞内ROSレベルが約 2.5-fold に著明に上昇した (Fig. 5B-5D)。通常、十分な酸素が存在する環境下では、HIF-1αはPHD2によってプロリル水酸化を受け、プロテアソームで速やかに分解される。しかし、腫瘍エクソソーム刺激下ではGPX3がROSを消去することでPHD2の活性を抑制し、HIF-1αのプロリン水酸化および分解を阻害してHIF-1αタンパク質を安定化させていた。実際に、GPX3のノックダウンによりPHD2の発現が上昇し、水酸化HIF-1αが増加してHIF-1αタンパク質レベルが著しく低下した (Fig. 5F, 5H)。さらに、ChIPアッセイにより、安定化したHIF-1αがIL-10プロモーター領域の第1番目の低酸素応答配列 (hypoxia response element; HRE) Iに直接結合し、IL-10の転写を直接活性化していることが証明された (Fig. 5I, 5J)。in vivoにおいても、腫瘍エクソソームを尾静脈注射したマウスの肺において、GPX3、HIF-1α、IL-10の共発現と、Sftpc+ AT2細胞におけるIL-10産生の亢進が確認された (Fig. 4I)。

考察/結論

先行研究との違い: 従来のPMN研究は、Qian et al. Nature 2011 などのように、骨髄から動員されるマクロファージや好中球、あるいはTregなどの免疫細胞側の変化や機能抑制に焦点を端的に当てたものが主流であった。これに対し、本研究は肺の実質細胞であるAT2上皮細胞が、一次腫瘍からのシグナルを能動的に受容して自ら「極性化」し、直接的に免疫抑制能を獲得するという点で、これまでの免疫細胞中心のPMN形成モデルと異なり、上皮実質細胞が能動的な免疫調節因子として機能するという新たなパラダイムを提示している。

新規性: 本研究は、腫瘍由来エクソソームの刺激によってAT2細胞内でGPX3の発現が誘導され、これが細胞内ROSの消去を介してPHD2によるHIF-1αの水酸化分解を抑制し、安定化したHIF-1αがIL-10の転写を直接活性化するという「GPX3-ROS-PHD2-HIF-1α-IL-10」シグナルカスケードを本研究で初めて明らかにした。上皮細胞における抗酸化酵素GPX3が、単なる代謝維持にとどまらず、免疫抑制性サイトカインの産生を介してT細胞の増殖阻害やTregの誘導を制御し、PMN形成を強力に推進するという分子メカニズムの同定は、極めて新規性の高い知見である。

臨床応用: 本研究の成果は、がんの肺転移に対する新たな予防・治療戦略の臨床応用に直結する。GPX3+ AT2細胞およびそこから分泌されるIL-10は、転移細胞が肺に定着する前の超早期段階における介入標的として極めて有望である。例えば、AT2細胞におけるGPX3活性の特異的阻害や、HIF-1α阻害剤、あるいはIL-10シグナル遮断薬の投与は、肺における免疫抑制環境の解除を通じて、乳がんや大腸がん、メラノーマなど、肺転移を来しやすい多様ながん種における転移予防法としての臨床的有用性が期待される。

残された課題: 一方で、今後の検討課題として、腫瘍由来エクソソーム内のどの特定の分子(RNAやタンパク質など)がAT2細胞のGPX3発現を特異的に誘導するのか、その上流受容体およびシグナル伝達経路の同定が挙げられる。また、本研究のlimitationとして、マウスモデルにおける知見がヒトの実際の臨床病態にどの程度外挿できるかという点があり、ヒト肺転移組織におけるGPX3+ AT2細胞の同定や、臨床予後との相関について、さらに大規模なコホートを用いた検証が必要である。

方法

単一細胞解析および情報解析: C57BL/6J 背景の健常マウスおよびルシフェラーゼ標識 Lewis lung carcinoma (LLC) 腫瘍担癌マウスの肺組織から、CD45- EpCAM+ 肺上皮細胞をソートし、10x Genomicsプラットフォームを用いてscRNA-seqを実施した。得られた20,354個の細胞データを、Seuratパッケージを用いて統合・クラスタリングし、t-distributed stochastic neighbor embedding (t-SNE) により可視化した。擬似時間解析にはMonocle 3を用い、AT2細胞の分化軌跡を解析した。また、Stuart et al. Cell 2019Aran et al. NatImmunol 2019 の手法を参考に、SingleRを用いた細胞同定および遺伝子セット富裕化解析 (gene set enrichment analysis; GSEA) による経路解析を行った。

動物実験モデル: AT2細胞特異的にGPX3を欠損させた条件付きノックアウト (conditional knockout; cKO) マウス (GPX3 cKO) を、GPX3-floxed (GPX3fl) マウスと surfactant protein C-internal ribosome entry site-improved Cre (Sftpc-IRES-iCre) マウスを交配させることで作製した。自発的肺転移モデルとして、GPX3 cKO マウスまたは GPX3fl リターメイト (n=10 mice/群) の背部皮下に 1*10^6 個の LLC 細胞または B16 melanoma F10 subline (B16/F10) メラノーマ細胞を接種した。接種後20〜21日目に原発巣を外科的に切除し、40日目にIn Vivo Imaging System (IVIS) を用いた生物発光イメージングおよび肺組織の hematoxylin and eosin (H&E) 染色により肺転移巣を定量評価した。生存解析には Kaplan-Meier 法を用いた。また、in vivoでのCD4+ T細胞の役割を検証するため、抗CD4抗体を用いたT細胞枯渇実験を行った。

免疫細胞および共培養解析: 肺単一細胞懸濁液を調製し、フローサイトメトリーを用いてCD4+ T細胞、CD8+ T細胞、CD4+ Foxp3+ 制御性T (regulatory T; Treg) 細胞、好中球 (CD11b+ Ly6G+ Ly6Cint)、単球 (CD11b+ Ly6G- Ly6C+) の割合と絶対数を解析した。T細胞増殖アッセイでは、脾臓から単離したCD4+ T細胞を carboxyfluorescein diacetate succinimidyl ester (CFSE) で標識し、健常または担癌マウスからソートしたAT2細胞 (CD45- Sftpc+) と 1:2 の比率で共培養した。抗CD3/CD28抗体およびIL-2刺激下で72時間培養後、フローサイトメトリーでT細胞の増殖率を測定した。IL-10の関与を検証するため、抗IL-10中和抗体添加実験およびIL-10ノックアウトマウス由来AT2細胞を用いた共培養実験も実施した。

分子生物学的解析: マウス肺胞上皮細胞株である MLE-12 細胞を用い、超遠心法で精製した腫瘍由来エクソソーム (50 μg/mL) を添加して刺激した。GPX3またはHIF-1αのノックダウンにはsiRNAを用いた。細胞内ROSはDCFDA蛍光プローブを用いたフローサイトメトリーで測定し、酸化型グルタチオン / 還元型グルタチオン (oxidized glutathione / reduced glutathione; GSSG/GSH) 比はグルタチオン測定キットで評価した。HIF-1α、PHD2、水酸化HIF-1α、IL-10のタンパク質発現はウェスタンブロッティングで、mRNA発現は定量PCR (quantitative polymerase chain reaction; qPCR) で解析した。HIF-1αのIL-10プロモーターへの直接結合は、クロマチン免疫沈降 (chromatin immunoprecipitation; ChIP) アッセイにより検証した。統計解析には Student’s t-test および two-way ANOVA を用いた。