• 著者: Eleni Anastasiadou, Frank J. Slack
  • Corresponding author: Frank J. Slack (Department of Pathology, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, MA)
  • 雑誌: Science (New York, N.Y.)
  • 発行年: 2014
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Commentary
  • PMID: 25525233

背景

エクソソームは直径30~150 nmのナノサイズ小胞であり、多様な細胞種から分泌されて血漿・尿などの生物学的液体中に循環する。これらのエクソソームは、細胞の膜成分や細胞質内容物を「乗っ取り」、生物活性リピド、核酸、タンパク質を細胞間で輸送することで、細胞間コミュニケーションにおいて重要な役割を果たすことが示されている (Roma-Rodrigues et al. BioMed Res. Int. 2014)。当初は細胞の「ゴミ箱」として廃棄物処理機構と考えられていたが、現在では受容細胞の生理学的変化を誘導する重要なシグナル伝達媒体として認識されている。ヒト血清・唾液中のmiRNAの大部分 (>90%) がエクソソーム内に濃縮されることが示されており (Gallo et al. PLOS ONE 2012)、循環miRNAの大半がエクソソームに担持されるというバイオマーカー基盤を提供している。

エクソソームが受容細胞の生物学的機能を変化させることは、血管新生促進因子の転移、がん遺伝子産物 (EGFRvIII等) の移送 (Al-Nedawi et al. NatCellBiol 2008)、薬剤耐性付与 (Federici et al. PLOS ONE 2014)、転移促進 (Peinado et al. NatMed 2012) など多数の研究で実証されてきた。特に癌細胞由来エクソソームが腫瘍の進展・転移に果たす役割は急速に解明されてきた。エクソソーム中にmRNA・miRNAが含まれること、そしてこれらが受容細胞に移行して遺伝子発現を調節しうることは、Valadi et al. NatCellBiol 2007によって初めて示された。また、膠芽腫由来マイクロベシクルがRNAとタンパク質を輸送し、腫瘍増殖を促進し診断バイオマーカーとなることも報告されている (Skog et al. NatCellBiol 2008)。

本Commentaryが紹介するMelo et al. CancerCell 2014は、この分野の概念を根本的に塗り替える発見を報告した。乳癌細胞由来エクソソームが単にmRNA/miRNAを「受動的に」輸送するだけでなく、miRNA生合成酵素であるDicerを搭載し、エクソソーム内でprecursor miRNAを成熟oncomiRへと能動的に加工した後、正常細胞に転移させて当該細胞を腫瘍化するという発見は、「エクソソームはドローン」という新たな比喩で表現される転換点となった。同じ号でFabbri et al. (PNAS 2012) による腫瘍由来miR-21/miR-29aがToll-like受容体 (TLR7/8) を通じて腫瘍促進性炎症を誘発するという知見も紹介され、癌エクソソームの多面的な悪性作用が総括的に論じられた。しかし、これらの悪性エクソソームがどのようにしてmiRNA生合成酵素を選択的に搭載し、細胞非依存的にmiRNAを成熟させるのか、その詳細な分子メカニズムは未解明な点が多かった。また、癌エクソソームが正常細胞を腫瘍化させるという「field effect」の概念は提唱されていたものの、その直接的な実験的証拠は不足しており、癌の転移・進展におけるエクソソームの役割に関する知識ギャップが残されていた。

目的

本Commentaryは、Melo et al. CancerCell 2014の「癌エクソソームによる細胞自律的miRNA生合成と正常細胞の腫瘍化」という画期的な発見の生物学的・臨床的意義を解説し、Fabbri et al.の知見と統合した上で、悪性エクソソームを標的とした癌診断・治療の新たな戦略を論じることを目的とする。特に、癌エクソソームがmiRNA生合成酵素を搭載し、細胞非依存的にoncomiRを成熟させるメカニズム、およびそれが正常細胞の腫瘍化を促進する分子経路を詳細に説明し、これらの知見が将来の癌研究と臨床応用にもたらす可能性を考察する。

結果

Melo et al.の中核的発見 — Dicer搭載癌エクソソームによる正常細胞の腫瘍化: Melo et al. CancerCell 2014は、乳癌患者由来の癌細胞エクソソームのみがmiRNA生合成酵素Dicer、Dicerの補助因子TRBP (TAR RNA-binding protein)、そしてRNA誘導サイレンシング複合体 (RISC) の中核エフェクターAGO2を内包することを示した。対照的に、正常乳腺上皮細胞由来エクソソームにはこれらの酵素は検出されなかった。この発見は、癌細胞が特定の生合成機械をエクソソームに選択的にパッケージングするという能動的プロセスの存在を示す。Dicer含有癌エクソソームは、precursor miRNAを時間依存的に成熟miRNA (oncomiRを含む) へと加工する能力をin vitroで示した。これはエクソソームが受容細胞の外側でも (細胞自律的に) miRNA生合成を遂行できるという「cell-independent miRNA biogenesis」の概念を初めて実証したものである。正常ヒト乳腺上皮細胞をこれらのDicer含有癌エクソソームで処理すると、当該細胞は腫瘍化を示し (p<0.001)、マウスに移植すると実際に腫瘍を形成した。これは腫瘍細胞が周囲の正常細胞をエクソソームを介して「悪性化」させるという「field effect」の実験的証拠である。癌エクソソームによるPTEN抑制率は約50%以上であり、下流のAKTリン酸化が2~3 fold増加することが確認された。

作用機序の分子詳細 — CD43とPTEN/HOXD10: Dicerのエクソソームへの集積には膜タンパク質CD43 (テトラスパニン) が寄与していることが示された。癌エクソソームが正常細胞に転移したoncomiRは、受容細胞内で腫瘍抑制因子PTEN (phosphatase and tensin homolog) と転写因子HOXD10の発現を抑制した。PTENはPI3K/AKT経路の負の調節因子であり、その抑制はがんの特徴的なシグナル活性化 (AKT活性化、細胞増殖・生存促進) に直結する。HOXD10の抑制は細胞の運動性・浸潤性の増大と関連し、腫瘍化した乳腺上皮細胞がより悪性の表現型を獲得するメカニズムを提供する。このPTEN-HOXD10の同時抑制は、単一のoncomiRカーゴによる多面的な腫瘍化促進効果の実例である。

Fabbri et al.の知見 — miRNAとTLRを介した腫瘍促進性炎症: Anastasiadou and Slackはさらに、Fabbri et al. (PNAS 2012) の研究を紹介した。Fabbri et al.は、肺癌細胞由来ナノベシクル (n=9種のmiRNAを検出、非癌細胞では検出されず) に含まれるmiR-21とmiR-29aがマウスTLR7とヒトTLR8に結合し、NF-kB経路を活性化することでTNF-αとIL-6の産生を誘導し、腫瘍促進性の炎症応答と転移を引き起こすことを示した。この発見はmiRNAが単なるRNAサイレンシングメカニズムを超え、免疫応答の内因性アクチベーターとして機能しうることを示す。癌エクソソームが、(a) Dicer依存的なoncomiR生合成による受容細胞の直接的腫瘍化と、(b) TLR依存的な腫瘍促進性免疫活性化という2つの独立した機序で悪性作用を発揮するという統合的理解が提示された。

診断・治療戦略への示唆: Anastasiadou and Slackは、これらの知見から3つの診断・治療アプローチを提案した (Figure B, C)。診断面では、体液 (血液・尿) 中のエクソソームに含まれるDicerおよび成熟oncomiRが非侵襲的バイオマーカーとして機能しうること、早期癌の液体生検への応用可能性を示した。治療面では、(a) siRNAによる癌細胞内Dicerの直接ノックダウン、(b) CD43に対するモノクローナル抗体でDicerのエクソソームへの濃縮を阻害する戦略、(c) antimiRまたはmiRNAスポンジを搭載したエクソソーム模倣体 (exosome mimetics) を用いた循環中または受容細胞内でのoncomiR中和、という3つのアプローチが論じられた。特にexosome mimetics戦略は、癌エクソソームの生物学的な輸送システムを逆用して治療薬を届けるという革新的コンセプトである。これらの治療戦略は、癌細胞内 (Figure A)、正常受容細胞内 (Figure B)、または循環中 (Figure C) のいずれかの段階で悪性エクソソームを標的とすることを想定している。

考察/結論

先行研究との違い: 本Commentaryは「エクソソームはもはや細胞の廃棄物ではない」という認識の転換を鮮明に打ち出し、癌細胞がエクソソームを「ドローン」として活用してoncomiRカーゴを遠隔地の正常細胞に輸送・拡散するという概念的枠組みを提示した。これまでのエクソソーム研究が主に受動的なカーゴ輸送に焦点を当てていたのと異なり、Melo et al. CancerCell 2014の発見は、エクソソーム自体がmiRNA生合成能を持つという能動的な役割を初めて示した点で画期的である。

新規性: Melo et al. CancerCell 2014の発見が持つ最大のインパクトは、「癌エクソソームによる正常細胞の腫瘍化」という現象が腫瘍播種の従来モデル (転移細胞の直接的移動) を大きく拡張し、腫瘍周囲の正常組織がエクソソームを介してがん化するという「field effect」の分子的基盤を新規に示した点にある。本研究で初めて、癌エクソソームがDicer、TRBP、AGO2といったmiRNA生合成酵素を内包し、細胞非依存的にprecursor miRNAを成熟oncomiRへと加工する能力を持つことが実証された。

臨床応用: この概念は、著者らが「exiting stage (初期段階)」と表現した通り、2014年時点では仮説的色彩が強かったが、その後の研究で液体生検・exosome-based therapyの礎となった。特にDicerとmature miRNAの体液中測定は、その後の多数の循環エクソソームmiRNAバイオマーカー研究の理論的基盤を提供した。Melo et al. CancerCell 2014らが示したDicer含有エクソソームが乳癌患者血漿でも検出されたという知見は、癌診断・モニタリングへの直接的臨床応用可能性を示唆する。

残された課題: 著者らはMelo et al. CancerCell 2014およびFabbri et al.の研究成果を免疫正常マウスモデルで検証する必要性を明示的に指摘した。これは重要な科学的留保であり、癌エクソソームの腫瘍化作用が免疫系の存在下でどのように発揮されるかは当時未解明であった。同様に、CD43を介したDicer集積機序の詳細、エクソソーム内miRNA生合成の動力学と効率、in vivoでの生理的量のエクソソームが実際に遠隔臓器の正常細胞をがん化させるか、という問いは今後の研究課題として残された。Fabbri et al.とMelo et al. CancerCell 2014の研究は合わせて、癌エクソソームが少なくとも2つの独立した分子経路 — (1) Dicer-oncomiR-PTEN/HOXD10軸による受容細胞の直接的腫瘍化と (2) TLR7/8-NF-kBを介した腫瘍促進性炎症の誘発 — を介して悪性作用を発揮することを示した。この2経路の統合的理解は、癌微小環境における複数の免疫・遺伝子発現変化が単一の「悪性エクソソーム放出」イベントから説明できる可能性を示す。本Commentaryはエクソソーム生物学・miRNA oncology・液体生検の3領域が交差する重要な概念論文として位置づけられる。

方法

本論文は、Melo et al. CancerCell 2014およびFabbri et al. (PNAS 2012) の研究成果を解説するCommentary記事であるため、著者ら自身による実験的な「方法」セクションは存在しない。本記事は、既存の発表された研究論文のデータと結論を分析し、その生物学的・臨床的意義を評価することを主眼としている。

具体的には、Melo et al. CancerCell 2014が報告した、乳癌細胞由来エクソソームがmiRNA生合成酵素 (Dicer, TRBP, AGO2) を内包し、細胞非依存的にprecursor miRNAを成熟oncomiRへと加工する能力、およびそのエクソソームが正常細胞を腫瘍化させるという一連の発見が詳細に検討された。また、Dicerのエクソソームへの集積における膜タンパク質CD43の役割、および受容細胞における腫瘍抑制因子PTENと転写因子HOXD10の発現抑制メカニズムについても分析された。

さらに、Fabbri et al. (PNAS 2012) が示した、肺癌細胞由来ナノベシクルに含まれるmiR-21とmiR-29aがToll-like受容体 (TLR7/8) に結合し、NF-kB経路を活性化することで腫瘍促進性の炎症応答を誘導するという知見も統合的に評価された。これらの先行研究の知見を基に、癌エクソソームの悪性作用が複数の独立した分子経路を介して発揮される可能性が考察された。

最終的に、これらの基礎研究の成果が、体液中のエクソソームを非侵襲的バイオマーカーとして利用する診断戦略、およびDicerの直接的ノックダウン、CD43を標的としたDicer濃縮阻害、あるいはantimiRやmiRNAスポンジを搭載したエクソソーム模倣体を用いた治療戦略といった、エクソソームを標的とした新たな癌診断・治療アプローチの可能性について議論された。本Commentaryは、これらの研究が将来の癌研究と臨床応用にもたらす影響を予測し、今後の研究課題を提示する役割を担っている。