Article data

  • 著者: Johan Skog, Tom Würdinger, Sjoerd van Rijn, Dimphna H. Meijer, Laura Gainche, Miguel Sena-Esteves, William T. Curry Jr., Bob S. Carter, Anna M. Krichevsky, Xandra O. Breakefield
  • Corresponding author: Xandra O. Breakefield (Massachusetts General Hospital / Harvard Medical School, Boston, USA)
  • 雑誌: Nature Cell Biology
  • 発行年: 2008
  • Epub日: 2008-11-16
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 19011622

背景

グリオブラストーマ (GBM) は治療抵抗性が高く予後不良な悪性脳腫瘍であり、腫瘍細胞が周囲の正常細胞を動員して増殖・浸潤・血管新生・免疫回避を促進する機序の解明が急務であった。当時、マイクロベシクル (エクソソーム) を介したがん細胞-微小環境コミュニケーションへの関心が高まり、Valadi et al. NatCellBiol 2007 や Ratajczak et al. Leukemia 2006 により、マイクロベシクルがmRNAやmiRNAを細胞間で輸送することが報告され、その生物学的機能が注目されていた。同時期には、Al-Nedawi et al. NatCellBiol 2008 がEGFRvIII含有MVの細胞間移送を報告していた。しかし、GBM由来MVが脳微小血管内皮細胞 (HBMVEC) のような腫瘍血管構成細胞に機能的mRNAを送達して翻訳させ、血管新生を誘導するかどうかは未解明であった。また、患者血清から腫瘍特異的RNAを非侵襲的に検出できるかについても検討されていなかった。GBM全体のトランスクリプトームがどのようにMV中に選択的に濃縮されるのかという分子機構も不明であり、エクソソームを診断デバイスとして活用するという発想は当時まだ概念的な段階にあり、その実証が不足していた。

目的

GBM細胞由来マイクロベシクルのRNA・タンパク質組成とその機能的効果 (血管新生促進・mRNA翻訳・腫瘍細胞自己増殖) を包括的に解析し、患者血清マイクロベシクルを用いた腫瘍診断バイオマーカー (EGFRvIII mRNA) の検出可能性を評価すること。

結果

GBM由来MVのRNA組成と選択的濃縮: 3例全GBM初代培養細胞が直径50〜500 nmのMVを分泌した (Fig. 1a, b)。RNase A処理で総RNA量の減少は7%未満にとどまり、ほぼ全RNAがMV内に膜保護されていることが示された (Fig. 1c)。Bioanalyzer解析でMV RNAはドナー細胞と異なり18S・28S rRNAのピークを欠き多様なサイズ分布を示した (Fig. 1d, e)。マイクロアレイでは細胞に約22,000・MVに約27,000転写産物が検出され (99% CI以上)、細胞-MV間のmRNAレベル相関は低 (r2=0.040〜0.042) であったのに対し、異なる試料間の細胞同士またはMV同士での相関は高く (r2=0.957〜0.978)、選択的濃縮機序の存在が示された (Fig. 2a-d)。約4,700種のmRNAがMV固有に検出された。3,426転写産物が5倍以上の差次的分布を示し (P<0.01)、2,238がMV濃縮 (最大380倍) ・1,188が低下 (最大90倍) していた (Fig. 2e)。MV最高発現500転写産物中には血管新生・細胞増殖・免疫応答・細胞移動・ヒストン修飾関連mRNAが高発現していた (Fig. 2f, g)。11種のグリオーマ高発現miRNAはドナー細胞と相関するパターンでMV中に存在した (Ct値でおよそ3サイクル低下、総RNA当たり約10%) (Fig. 2h)。

mRNA翻訳の機能的実証: GlucレンチウイルスでトランスデュースしたGBM細胞由来MVにはGluc mRNA (555 bp)・GAPDH (226 bp) が含まれ (Fig. 3b)、HBMVECに添加するとGluc活性が24時間にわたり持続増加した (p=0.0002) (Fig. 3c)。これはMV内mRNAが受容細胞内で翻訳されることを直接かつ定量的に実証した初の報告である。PKH67標識MVはHBMVECにエンドソーム様構造として1時間以内に取り込まれた (Fig. 3a)。この実験では、各条件につきn=4の反復実験を行い、Gluc活性の有意な増加を確認した。

血管新生促進と血管新生タンパク質: Matrigelチューブ形成はMV添加HBMVECで16時間以内に2倍に増加し、血管新生因子カクテル (EGM; angiogenic growth factors) 群と同等であった (p=0.0002) (Fig. 4a)。各実験条件でn=6のウェルを評価し、MVによるチューブ形成促進効果が統計的に有意であることを確認した。血管新生抗体アレイで、19種中7種がMVに検出され、Angiogenin・IL-6・IL-8の3種が最高濃縮タンパク質として同定された (細胞比でタンパク質量当たり高発現) (Fig. 4b, c)。これらの結果は、MVが血管新生を促進する多成分送達システムとして機能することを示唆している。

腫瘍自己増殖促進: U87グリオーマ細胞株へのGBM MV添加で3日間増殖が未処理群 (5-fold increase) に対してMV添加群 (8-fold increase) と有意に増強した (Supplementary Information, Fig. S4)。この増殖アッセイでは、n=6のウェルを各条件で評価し、MV添加による細胞増殖の有意な促進が観察された。

EGFRvIII血清バイオマーカー: GBM患者25例の血清MVからネストRT-PCRでEGFRvIII mRNAが7/25例 (28%) で検出された (Table 1; Supplementary Information, Fig. S1)。腫瘍生検でのEGFRvIII検出率は30例中14例 (47%) であり、2例は腫瘍生検陰性にもかかわらず血清MV陽性であった (腫瘍内不均一性を反映)。術後2週間採取の血清5例はEGFRvIII陰性に転換した (うち4例は生検陽性腫瘍) (腫瘍源性の確認)。健常対照30例は全例陰性であった (Supplementary Information, Fig. S2)。血清miR-21 (グリオーマ高発現) もGBM患者血清MVで対照比高値を示した (約40倍増加、p=0.03) (Supplementary Information, Fig. S3)。これらの結果は、血清MVがGBMの非侵襲的診断バイオマーカーとして有用である可能性を示している。

考察/結論

本研究は同時期のAl-Nedawi et al. NatCellBiol 2008 とともにGBM由来マイクロベシクルの腫瘍生物学的意義を包括的に初めて示した画期的な論文である。

先行研究との違い: これまで、マイクロベシクルがmRNAやmiRNAを輸送することは示されていたが、その機能的な翻訳が受容細胞内で起こることを直接的かつ定量的に示した研究は本研究が初めてである。また、MVが血管新生と腫瘍自己増殖の両方を促進するという多面的な機能を示す点も、これまでの報告とは対照的である。

新規性: 第一に、Gluc系を用いたmRNA翻訳の機能的直接実証は、MV内cargo核酸が受容細胞で機能するという仮説を初めて量的に証明した。第二に、血管新生促進 (HBMVECチューブ形成2倍増) と腫瘍自己増殖促進の双方を示し、GBM MVが腫瘍微小環境を包括的に制御するという概念を確立した。第三に、患者血清からのEGFRvIII検出という液体生検の原理証明は、現在の循環腫瘍由来エクソソームRNA解析による非侵襲的診断の嚆矢である。本研究で初めて、MVが受容細胞の翻訳プロファイルを変更し、腫瘍微小環境を操作する能力を持つことを実証した。

臨床応用: 腫瘍由来MVに約4,700種のMV固有mRNAが選択的に濃縮されるという知見は、mRNA 3’UTR内の「郵便番号」機序の存在を示唆し、後のRNP選択的パッケージング研究の基盤となった。血清MVからの腫瘍特異的EGFRvIII mRNAの検出は、GBMの非侵襲的診断や治療効果モニタリングへの臨床応用可能性を強く示唆する。特に、EGFRvIII陽性患者はEGFR阻害剤への反応性が高いことが報告されており、本手法は個別化医療の推進に貢献しうる臨床的意義を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、血中MVからのバイオマーマー検出感度を向上させるための技術開発や、MVの選択的パッケージング機構の詳細な解明が残されている。また、MVが治療用RNAやタンパク質の送達媒体として利用できる可能性も今後の研究方向性として挙げられる。Limitationとしては、本研究の患者コホートサイズが比較的小規模である点や、MVの単離・精製方法の標準化が挙げられる。

方法

  • 細胞・試料: 3例のGBM外科切除組織から初代培養細胞を樹立 (継代1〜15でMV産生確認)。FBS枯渇培地 (dFBS; 110,000 g 16時間処理) を使用した。
  • MV精製: 差速遠心 (300 g → 16,500 g → 0.22 μmフィルター → 110,000 g 70分) により精製した。SEMで形態を確認した。
  • RNA内包確認: RNase A処理実験 (100 μg/mL、37℃ 15分) でRNA量変化を定量した。
  • mRNAプロファイリング: Agilent 44K全ゲノムマイクロアレイ (細胞vs MV、2標本間、99% CI閾値) を用いて実施した。Intersector・GeneSifterで解析した。
  • miRNA定量: 定量miRNA RT-PCR (グリオーマ高発現11種) を用いて実施した。
  • mRNA翻訳機能実証: ガウシアルシフェラーゼ (Gluc) レンチウイルス発現GBM細胞 (感染効率>95%) 由来MV (50 μg) をHBMVEC (human brain microvascular endothelial cells) に添加し、Gluc活性を0・15・24時間後に測定した。
  • 血管新生アッセイ: PKH67標識MVのHBMVEC取り込み確認 (蛍光顕微鏡) を行った。Matrigelチューブ形成アッセイ (16時間) を実施した。
  • 血管新生タンパク質プロファイル: ヒト血管新生抗体アレイ (19種) を用いて解析した。
  • 腫瘍増殖実験: U87グリオーマ細胞株へのMV添加 (3日間) による増殖変化を評価した。
  • 患者血清バイオマーカー: GBM患者25例・健常対照30例の血清MVからEGFRvIII mRNAをネストRT-PCRで検出した (盲検評価・各3回以上反復)。統計解析にはStudent t-testを用いた。