- 著者: Wei Zhang, Luc Girard, Yu-An Zhang, Tomohiro Haruki, Mahboubeh Papari-Zareei, Victor Stastny, Hans K. Ghayee, Karel Pacak, Trudy G. Oliver, John D. Minna, Adi F. Gazdar
- Corresponding author: Adi F. Gazdar (Hamon Center for Therapeutic Oncology Research, University of Texas Southwestern Medical Center, Dallas, TX, USA)
- 雑誌: Translational Lung Cancer Research
- 発行年: 2018
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 29535911
背景
小細胞肺がん (SCLC: small cell lung cancer) は、極めて悪性度が高く、早期に転移を来す高悪性度神経内分泌 (NE: neuroendocrine) 腫瘍である。WHO分類においては、SCLCは形態学的に比較的均一な腫瘍として認識されており、複合型SCLCを除いては単一の病理組織学的実体として扱われてきた。しかし、30年以上前にGazdarらは、典型的な「classic」型とは異なる形態および増殖特性を示す「variant」型のSCLC細胞株を報告していた。Classic型の細胞株が浮遊性の球状集塊 (spheroid) を形成するのに対し、variant型の細胞株は接着性または緩徐な接着性を示し、大型の細胞、明瞭な細胞境界、および顕著な核小体といった特徴を有していた。さらに、variant型はMYCファミリー遺伝子の増幅を高頻度に伴い、放射線や化学療法に対して耐性を示すことが知られていた。
このような形態学的・生物学的異質性にもかかわらず、ヒトSCLC腫瘍におけるNE不均一性を定量的に評価する客観的な指標は確立されていなかった。先行研究である George et al. Nature 2015 や Rudin et al. NatGenet 2012 において、SCLCのゲノムプロファイルやSOX2増幅などの分子特徴が明らかにされてきたものの、腫瘍間および腫瘍内におけるNE分化の定量的評価や、それに伴うシグナル経路の活性化状態の全貌は十分に解明されていなかった。特に、 ASCL1 (achaete-scute family bHLH transcription factor 1) や NEUROD1 (neurogenic differentiation 1) といった転写因子がNE分化を制御することは知られていたが (Borromeo et al. CellRep 2016)、これらの発現消失がどのような分子ネットワークの再編をもたらすのか、その詳細な機序は不明であった。このように、SCLCのNE表現型の多様性を定量化する客観的スコアリングシステムが不足しており、前臨床モデルとヒト腫瘍の対応関係を検証する手法が未確立であるという課題が残されていた。すなわち、腫瘍の多様性を定量化するための統合的な指標が不足しており、治療耐性や悪性化に関与する低神経内分泌状態の生物学的背景を解明するための知見が決定的に不足していた。
目的
本研究の主な目的は、SCLCにおけるNE表現型の不均一性を定量的かつ客観的に評価するための50遺伝子発現ベースの「NE score (神経内分泌スコア)」を開発することである。このスコアリングシステムを用いて、ヒトSCLC原発腫瘍、細胞株、および遺伝子改変マウスである GEM (genetically engineered mouse; 遺伝子改変マウス) モデルにおけるhigh NEおよびlow NEサブタイプの分子、形態、および増殖特性を明らかにすることを目指す。さらに、低NEサブタイプにおいて活性化しているシグナル伝達経路 (Notch、Hippo、TGFβ経路など) や上皮間葉移行 (EMT: epithelial-mesenchymal transition) の関与を同定する。副次的な目的として、MYC駆動型の遺伝子改変マウスモデルであるRPM (Rb1/Trp53/Myc) モデルが、ヒトSCLCにおけるNE不均一性やサブタイプ間の可塑性をどの程度再現しているかを検証し、前臨床治療開発における有用性を評価することである。これにより、将来的な個別化医療や標的治療の最適化に資する基盤データを構築する。
結果
50遺伝子NE scoreの開発と肺がんデータセットでの検証: 正常副腎組織および肺がん細胞株パネルから抽出された50遺伝子に基づくNE scoreは、-1.0から+1.0の範囲でNE分化度を定量化した (Figure 1)。検証として、 TCGA (The Cancer Genome Atlas) データベースの肺腺がんおよび肺扁平上皮がんに適用したところ、陽性スコアを示したのはわずか 1% (n=1%) であった。一方、肺カルチノイド腫瘍では 92% (n=92%) が極めて高いNE scoreを示した (Figure 2)。また、非がん部正常肺組織や不死化気道上皮細胞はすべて陰性スコア (-0.5から-0.2) を示し、本スコアリングシステムがNE形質を極めて高い特異度で判別できることが確認された。
ヒトSCLC腫瘍および細胞株におけるNE不均一性の同定: 切除されたヒトSCLC腫瘍81例 (n=81 tumors) にNE scoreを適用した結果、全体の 16% (n=13 tumors) がNE scoreの平均値から1標準偏差 (1 SD) を下回る「low NE」サブタイプに分類された (Figure 3)。High NE群 (84%、n=68 tumors) の平均スコアが +0.43 であったのに対し、low NE群 (16%) の平均スコアは -0.47 と著明に低下していた。同様に、SCLC細胞株70例 (n=70 cell lines) においては、10% (n=7 cell lines) がlow NEサブタイプに分類され、その平均スコアは -0.06 であった (Figure 3)。この結果は、従来均一と考えられていたSCLCにおいて、NE形質をほぼ完全に消失した亜群が一定の割合で存在することを示す明確な証拠である。
High NEおよびLow NEサブタイプにおける形態・増殖特性の差異: 細胞株の形態観察において、high NE scoreを示す細胞株 NCI-H128 (NE score = 0.89) は、非接着性の浮遊性球状集塊 (spheroid) または不規則な浮遊クラスターとして増殖した (Figure 4A)。これに対し、low NE scoreを示す細胞株 NCI-H82 (NE score = 0.21) は、基質に緩く接着して単一細胞または「Indian file (一列縦隊)」パターンで増殖する形態的特徴 (variant形態) を示した (Figure 4B)。異種移植片 (CCX) の組織学的解析においても、high NE株は典型的な小細胞・胞体乏しいclassic形態を示したのに対し (Figure 4C)、low NE株は胞体が比較的豊かで核小体が明瞭な大型細胞からなるvariant形態を呈した (Figure 4D)。
Low NEサブタイプにおけるASCL1/NEUROD1の消失とRESTの活性化: 分子プロファイルの相関解析において、ヒトSCLC腫瘍コホート (n=81 tumors) において、NE scoreは既知のNEマーカーである SYP (synaptophysin; シナプトフィジン) の発現量と極めて強い正の相関を示し (Pearson r=0.84, p<0.001)、同様に CHGA (chromogranin A; クロモグラニンA) の発現量とも強い正の相関を示した (Pearson r=0.77, p<0.001) (Table 2、Figure 8)。転写因子ASCL1およびNEUROD1の発現パターンから、SCLCは「ASCL1 high」(81.7%)、「NEUROD1 high」(19.8%)、「dual high」、「dual low」(14.8%) の4群に分類された (Figure 6)。Low NEサブタイプは、これら両因子の発現を完全に消失した「dual low」群と一致した。さらに、同コホート (n=81 tumors) において、神経分化抑制因子である REST (RE1 silencing transcription factor; RE1消去転写因子) の発現量は、NE scoreと極めて強い負の相関を示し (Pearson r=-0.85, p<0.001)、low NE群におけるNE形質消失の主たる機序であることが示唆された (Table 2)。
Low NEサブタイプにおけるNotch、Hippo、TGFβ経路およびEMTの活性化: シグナル経路解析において、low NEサブタイプは、Notch受容体 (NOTCH2: Pearson r=-0.60, p<0.001, n=81 tumors) やその下流因子 HES1 (hes family bHLH transcription factor 1) の発現上昇を伴う「Notch活性化状態」を呈していた (Table 2)。また、上皮間葉移行 (EMT) マーカーである VIM (vimentin; ビメンチン) (Pearson r=-0.62, p<0.001, n=81 tumors) やCD44 (Pearson r=-0.52, p<0.001, n=81 tumors) の発現が著明に上昇していた。さらに、Hippo経路の主要因子である YAP1 (Yes1 associated transcriptional regulator) (Pearson r=-0.56, p<0.001, n=81 tumors) や TAZ (WWTR1: WW domain containing transcription regulator 1) (Pearson r=-0.60, p<0.001, n=81 tumors)、およびTGFβ経路の TGFB1 (transforming growth factor beta 1) (Pearson r=-0.47, p<0.001, n=81 tumors)、 TGFBR2 (transforming growth factor beta receptor 2) (Pearson r=-0.63, p<0.001, n=81 tumors)、 SMAD3 (SMAD family member 3) (Pearson r=-0.50, p<0.001, n=81 tumors) の活性化が認められ、MYC癌遺伝子の高発現 (Pearson r=-0.66, p<0.001, n=81 tumors) とも強く相関していた (Table 2)。
MYC駆動型GEMマウスモデルにおけるヒトSCLCのNE不均一性の再現: Rb1/Trp53/MycT58A (RPM) マウスモデルから得られた腫瘍 (n=11 tumors) および細胞株 (n=8 cell lines) の解析において、ヒトと同様にhigh NEおよびlow NEサブタイプへの分化が確認された (Figure 5)。RPMマウス由来の細胞株は、培養14日 (14 days) 以降にすべてAscl1およびNeurod1が二重陰性 (dual negative) のlow NE表現型へと移行し、緩徐な接着性増殖を示した。これらの遺伝子発現プロファイルは、ヒトSCLCのlow NE群と極めて高い相関を示し (Ascl1: Pearson r=0.97, p<0.001, n=11 tumors; Rest: Pearson r=-0.95, p<0.001, n=11 tumors)、MYCの過剰発現がSCLCをlow NE亜型へと自発的に駆動する強力な因子であることが前臨床モデルにおいて実証された (Table 2)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、SCLCを形態学的に均一な単一疾患として扱ってきた従来のWHO分類や、ゲノム変異の同定に留まっていた先行研究である George et al. Nature 2015 と異なり、50遺伝子発現ベースのNE scoreを用いることで、ヒトSCLC腫瘍の 16% (n=13/81) および細胞株の 10% (n=7/70) にNE形質を喪失した「low NE」サブタイプが明確に存在することを定量的に初めて示した。これは、SCLCの腫瘍間異質性を客観的数値として定義した点で、これまでの定性的分類と一線を画する。
新規性: 本研究で初めて、low NEサブタイプがASCL1およびNEUROD1の二重消失 (dual low) と、神経抑制因子RESTの過剰発現によって特徴づけられることを新規に同定した。さらに、この低NE状態が、Notch、Hippo (YAP1/TAZ)、TGFβ経路の活性化、および顕著な上皮間葉移行 (EMT) の獲得と連動しているという分子ネットワークの全貌を明らかにした。また、MYC駆動型GEMモデル (RPMマウス) において、腫瘍が自発的にAscl1/Neurod1陰性のlow NE表現型へと移行する可塑性を有することを前臨床レベルで初めて実証した。
臨床応用: 本知見は、SCLCにおける亜型別標的治療の臨床応用に直結する。例えば、high NEサブタイプはDLL3を高発現するため、DLL3標的抗体薬物複合体 (ADC) であるrovalpituzumab tesirine (Saunders et al. SciTranslMed 2015) の良好な治療対象となるが、DLL3発現を消失したlow NEサブタイプでは耐性を示すことが予測される。対照的に、MYC高発現を伴うlow NEサブタイプは、Aurora kinase阻害薬 (Mollaoglu et al. CancerCell 2017) やYAP1阻害薬に対して高い感受性を示すと考えられ、臨床現場における患者の層別化と個別化医療の実現に貢献する。
残された課題: 今後の検討課題として、単一細胞レベルでの腫瘍内NE不均一性 (intratumoral heterogeneity) の評価、および治療介入に伴うhigh NEからlow NEへの表現型可塑性 (plasticity) の分子機序解明が挙げられる。また、臨床診断への応用に向け、NE scoreを代替する免疫組織化学 (IHC) ベースの簡便なサロゲートマーカーパネルの開発が必要である。本研究が提示したNE不均一性の概念は、後のSCLC分子サブタイプ分類 (SCLC-A/N/P/Y) の確立 (Udyavar et al. CancerRes 2017) における重要なマイルストーンとなった。
方法
NE scoreの開発: 正常副腎髄質 (NE組織、n=8) と正常副腎皮質 (non-NE組織、n=8) の遺伝子発現アレイデータ (Affymetrix HuGene 1.0 ST) を比較し、volcano plotを用いて差のある50遺伝子 (NEシグネチャー25遺伝子、non-NEシグネチャー25遺伝子) を抽出した。この副腎由来シグネチャーをSCLCおよび非小細胞肺がん (NSCLC) 細胞株パネルに適用し、NE細胞株41例 (SCLC 31例、NE-NSCLC 10例) とnon-NE細胞株87例を同定した。これらを用いて、肺がん特異的な50遺伝子NEシグネチャーを再構築した。NE scoreは、テストサンプルとNE群およびnon-NE群との間の Pearson correlation (Pearson相関係数) を用いて、-1.0 (最低NE) から+1.0 (最高NE) の範囲で算出した。
ヒト腫瘍および細胞株データ: 既報の切除SCLC腫瘍81例 (n=81 tumors) のRNA-seqデータ、および当研究室で樹立・維持されているSCLC細胞株70例 (n=70 cell lines、細胞株 NCI-H128 や細胞株 NCI-H82 などの確立された株を含む) のマイクロアレイ/RNA-seqデータにNE scoreを適用した。細胞株のSCLC診断は、病理診断、培養特性、 FFPE (formalin-fixed paraffin-embedded; ホルマリン固定パラフィン包埋) 細胞ブロックの形態観察、およびWestern blotによるRbタンパク質 (RB1遺伝子) の消失確認に基づいた。本研究は臨床試験ではないため臨床試験登録番号 (NCT番号) は存在しないが、切除されたSCLC患者の retrospective cohort (後方視的コホート) を対象とした解析である。事前に定義された主要エンドポイント (primary endpoint) は設定されておらず、探索的解析であるため sample size calculation (サンプルサイズ計算) は実施されていない。
GEMモデル解析: Rb1 fl/fl Trp53 fl/fl MycT58A LSL/LSL (RPM) マウス (n=11 tumors、n=8 cell lines) のRNA-seqデータ (NCBI GEO: GSE89660) を用いて、NE scoreを算出した。
分子および形態特性解析: 細胞株の形態は倒立顕微鏡で観察し、 CCX (cell line derived xenograft; 細胞株由来異種移植片) または PDX (patient-derived xenograft; 患者由来異種移植片) の組織切片をHE染色で評価した。統計解析においては、生存解析で用いられる一般的な Cox proportional hazards モデルや log-rank test、Kaplan-Meier 法、Fisher exact test などの手法は用いず、NE scoreと各遺伝子およびシグナル経路の発現レベルとの相関を Pearson correlation および unpaired t-test を用いて統計学的に解析した。