• 著者: Y. Saito, J. Koya, K. Kataoka
  • Corresponding author: K. Kataoka (National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Cancer Science
  • 発行年: 2021
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 33073435

背景

次世代シーケンシング (NGS) の普及により、腫瘍サンプルの包括的ゲノムプロファイリングが日常的に行われるようになった。オンコジーンは多くの場合、少数のホットスポット変異 (例: PIK3CAのR88Q・E542K・E545K・H1047R、EGFRのL858R・exon19欠失・T790M) によって活性化されると理解されてきた。これらのホットスポット変異の12%〜87%はマイナー位置 (稀頻度の弱機能性変異) に存在するにもかかわらず、それらが単独でなぜ腫瘍に蓄積するのかは未解明であった。Vogelstein et al. Science 2013は癌ゲノムのランドスケープを包括的に記述したが、オンコジーン内の複数変異 (MM) の機能的意義については深く言及されていなかった。

近年の大規模ゲノム研究により、単一のオンコジーン内に複数の変異 (multiple mutations; MM) が共存する患者が多数存在することが示され始めた。これらのMMが独立した偶然の共存なのか、それとも相乗的に機能する分子的メカニズムがあるのかという疑問が生じていた。NGSパネル解析ではMMの位相情報 (cis/trans) が通常提供されないため、その機能的意義の解釈が困難であった。また、MMが薬剤感受性に与える影響は標準的な精密医療の枠組みで未評価であり、この点に関する知識が不足していた。Sanchez-Vega et al. Cell 2018は癌ゲノムアトラスにおけるオンコジェニックシグナル経路を解析したが、MMの網羅的な機能的評価は十分ではなかった。さらに、McGranahan et al. Cell 2017は腫瘍内不均一性とクローン進化の重要性を強調したが、MMが腫瘍進化に与える具体的な影響についてはさらなる詳細な検討が必要であった。特に、機能的に弱いとされるマイナー変異が、なぜ癌において頻繁に観察されるのか、その理由が十分に解明されていなかった点が重要な課題として残されていた。

目的

癌ゲノムデータベースにおけるオンコジーン内MMの有病率・種類・分子メカニズム (エピスタシス効果) を体系的にレビューし、de novo MM・薬剤耐性二次的MM・異なるサブクローン由来MMの3類型と、精密医療への治療的含意を整理すること。特に、MMが単一変異と比較してどのように異なる生物学的特性を示し、それが薬剤感受性や治療戦略にどのような影響を与えるかを明らかにすることを目的とする。また、MMの検出における既存の診断技術の限界と、将来的な技術的進歩の必要性についても考察する。本レビューは、オンコジーン内の複数変異が単なる偶然の共存ではなく、協調的な機能発現を伴う進化的選択の産物であるという仮説を検証し、精密医療におけるMM評価の重要性を確立することを目指す。

結果

MMの有病率とオンコジーン横断的分布: Saito et al. (Nature 2020) の60,000超の腫瘍を対象としたパンキャンサー遺伝子解析 (n=11,043検体の再解析) により、変異陽性サンプルの9%​に同一オンコジーン内のMMが存在することが示された。調査した60オンコジーンのうち14個 (約25%) でMMが有意に濃縮されており、PIK3CAとEGFRがそれぞれ10%​と最高頻度を示した (Figure 2)。HER2・KRAS・NOTCH1 (T-ALL特異的)・CARD11 (Caspase recruitment domain family member 11) (非ホジキンリンパ腫特異的) 等でもMMが報告された。これらのMMは未治療の原発腫瘍で高頻度に観察され、「de novo」MMとして治療とは独立に存在することが確認された。de novo MMの検出率は癌種によって異なり、婦人科癌・乳癌でPIK3CA MM頻度が高く、肺腺癌ではEGFR MMが特徴的に集積していた。CARD11 MMは非ホジキンリンパ腫に限定的であり、NOTCH1 MMはT-ALLで優位に観察された。全60オンコジーンの中でMMが統計的に有意に濃縮されていたのは14個 (23%) であり、残りの46遺伝子では有意なMM濃縮は認められず、MMは全オンコジーンで一様に生じる現象ではなく選択的な機能的現象であることが確認された。

MMの3タイプ分類とそれぞれの特性: MMは生物学的起源と分子メカニズムにより以下の3類型に整理された (Table 1、Figure 3)。 De novo MM (治療前腫瘍の複数変異の共存) は以下の特徴を持つ。(1) 大多数がcis配置 (同一アレル上に存在) であり一致したバリアントアレル頻度 (VAF) を示す。(2) 両変異とも単一ホットスポット変異と同等の正の選択圧下に置かれており、driver-driver変異の組み合わせである。(3) 単一ホットスポット変異と比較して、変異の種類・位置・アミノ酸変化のパターンが異なり、個別には稀な「マイナー」ホットスポット変異が高頻度に観察される。例えば、PIK3CA MMとして最頻度はE545K-E726K・R88Q-H1047R等のマイナー-メジャーまたはマイナー-マイナーの組み合わせが多く、メジャー変異同士 (E542K-E545K等、同一ドメイン) の組み合わせは有意に少ない。このパターンは、同一ドメイン内のメジャー変異同士の組み合わせが負のエピスタシスを生じやすく (機能的に冗長または拮抗)、異なるドメイン間変異の組み合わせが正のエピスタシスを生じやすいことと整合する。

薬剤耐性二次的MM (TKI後の二次変異を伴うMM) の代表例はEGFR T790M (一次耐性変異) への追加変異 (C797S・L718Q等) である。Kobayashi et al. NEnglJMed 2005はT790M変異が第一世代TKIへの耐性を付与することを示した。EGFR一次変異+T790M患者のうち、C797SがT790Mとcisに存在する場合は三代TKI (osimertinib後の治療) に全耐性となるが、transに存在する場合は一代+三代TKIの組み合わせが有効となりうる (Figure 3B)。Thress et al. NatMed 2015はC797S変異が第三世代TKIへの耐性を付与することを報告した。AML患者のIDH2 R140Q+Q316EはIDH2阻害薬enasidenibへの耐性を付与するが、Q316E単独では耐性は生じない (MMとしてのみ機能する耐性機序)。FLT3阻害薬に関しては、診断時にFLT3-ITD (FLT3 internal tandem duplication)+TKD (tyrosine kinase domain) 両変異を持つAML患者は全AML患者の約1-2%​を占め、単独変異陽性患者と比較してFLT3阻害薬への耐性が増大することが示された。

異なるサブクローン由来MM (腫瘍内不均一性に起因するMM) は主要変異同士の組み合わせ (KRAS G12/G13のミスセンス変異の組み合わせ等) でtrans配置を取ることが多く、単細胞シーケンシングにより独立したサブクローン起源が確認される (Figure 3C)。B-ALL患者でのJAK2 R683の異なるミスセンス変異が創始クローンと再発クローンに独立して出現する例 (並行進化の典型) が報告されており、サブクローン由来MMは再発・治療失敗のリスクを高める可能性がある。液体生検 (cfDNA) はサブクローン由来MMの縦断的モニタリングに有用だが、バルクNGSではcis/trans位相の判別が困難であるため、長鎖リードシーケンシング等の技術的進歩が必要である。

エピスタシス効果の分子機構: PIK3CA MMにおけるE545K-E726K・R88Q-H1047Rの組み合わせでは、変異導入細胞株でのAKTリン酸化の相乗的亢進と細胞増殖促進がウェスタンブロット・細胞増殖アッセイで実証された。皮下xenograftモデルではdouble mutant (R88Q-H1047R) 細胞がsingle mutant (R88QまたはH1047R単独) より有意に高い増殖速度を示し、腫瘍体積の増加は単独変異比で約2.0〜3.5-fold増大 (各単独効果の和より大きい: 正のエピスタシス)。分子動力学シミュレーションではPIK3CA R88Q-H1047RがABD (activation loop domain) とキナーゼドメイン間の塩橋を不安定化してコンフォメーション変化を協調的に促進することが示された。生化学的解析では、いくつかのdouble mutant PIK3CA蛋白が制御サブユニット (p85) から容易に解離し、アニオン性脂質・PIP2リポソームへの結合親和性が増大することが実証された。NOTCH1 MMではT-ALLでHDドメイン+PEST (proline-glutamic acid-serine-threonine rich) ドメイン変異の組み合わせが有意に濃縮されており、ルシフェラーゼアッセイで転写活性の相乗的増強が確認された。一方、E542K-E545Kのような同一ドメイン内メジャー変異同士の組み合わせは増殖効果が相加的またはそれ以下 (負のエピスタシス) であり、in vitro実験で確認された。エピスタシス効果の大きさと方向は変異間の構造的位置関係 (同一 vs. 異なるドメイン)、シグナル経路への影響の独立性、および個々の変異の基礎活性強度に依存することが体系的に明らかとなった。

薬剤感受性への影響と商業パネルの限界: PIK3CA MM (de novo) は単一変異と比較してPI3K阻害薬への感受性が増大することが報告された。PIK3CA MM保有細胞株は単一変異細胞株より高いPI3K阻害薬感受性を示し、PIK3CA自体への依存性も高い。ctDNAでPIK3CA MMが検出された患者は、単一変異陽性患者と比較してPI3K alpha阻害薬 taselisib への感受性が増大した (臨床データ)。対照的に、EGFR L858R+E709A/G (cis) を持つBa/F3細胞はgefitinib/erlotinib耐性だがafatinib感受性を示すなど、薬剤感受性はMM遺伝子の種類・変異の組み合わせ・使用薬剤によって異なる。商業的NGS診断ではPIK3CA MMの頻度が0.7%​と大幅に過小評価されており (実際は10%以上)、これは商業パネルがホットスポット周辺のみをカバーするパネル設計の不完全さに起因する。この過小評価により、PIK3CA MM患者の大多数がPI3K阻害薬増感効果の恩恵を受ける機会を逃しているという精密医療の機会損失が生じていることが示された。将来的には全エクソン/全コドンカバレッジを備えたパネルと位相情報取得の標準化が必要である。

超高速スクリーニングと機能的解析: 各MMの機能的意義を診療判断に活用するためには、変異の機能評価が迅速・網羅的に実施される必要がある。Kohsaka et al. SciTranslMed 2017が確立したウイルスベクター発現系 + Ba/F3細胞株を用いた超高速スクリーニング法は、数百種の変異体の形質転換活性と薬剤感受性を数週間以内に網羅評価できる。この手法は、商業的NGS診断でMMが検出された際に対応する薬剤選択の根拠を迅速に提供するプラットフォームとして有望であり、個別MMの機能評価 → 薬剤選択 → 治療適用という精密医療の流れを実用化する鍵となる。EGFR各種MMに対する機能的解析では、afatinib等の二次世代TKIへの感受性プロファイルが一次世代TKIとは異なることが示されており、MM保有患者への適切な薬剤選択が可能となりつつある。

考察/結論

先行研究との違い: 本レビューは、Saito et al. (Nature 2020) の大規模パンキャンサー解析 (60,000超腫瘍) を基礎とし、オンコジーン内MM現象を体系的に確立した先駆的研究の知見を統合した。これまでPIK3CA MMが乳癌・婦人科癌で機能解析されていたが (Vasan et al. Science 2019等)、本レビューはその知見を60種のオンコジーン・多癌腫にまで拡張した概念的整理として位置付けられる。とりわけ、「同一オンコジーン内の複数変異」という現象が偶然の共存ではなく、正のエピスタシスによる協調的シグナル増幅という進化的選択の産物であることを体系的に示した意義は大きい。この枠組みは、変異陽性患者の約9%を占めるMM保有患者を標準の精密医療フローとは異なる基準で評価すべきという重要な臨床的洞察を提供する。

新規性: 本レビューが取り上げる3タイプのMM分類 (de novo / 耐性二次MM / サブクローン由来MM) は、MMを一括して扱ってきた従来の理解を刷新し、それぞれに固有の生物学的起源・エピスタシス特性・臨床的含意があることを新規に示した。特に、de novoと耐性二次MMでは変異の機能的評価と位相情報の解釈が全く異なる戦略を要するため、診断報告書に位相情報と変異起源の推定が必ず含まれるべきという論理的根拠を提供する。

臨床応用: de novo MM (特にPIK3CA・EGFR) は変異陽性患者の9%以上に存在し、治療反応性の予測に重要な情報を含むため、臨床応用への含意は大きい。具体的には: (1) PI3K阻害薬 (alpelisib等) 使用時にPIK3CA MMの有無が感受性に影響するため、商業パネルの設計に全エクソン/コドンカバレッジと位相情報の取得が必要である (現在商業パネルはPIK3CA MM頻度を0.7%​と過小評価しており実際の10%​から大幅に乖離している); (2) EGFR TKI治療後の二次耐性変異のcis/trans位相情報が次治療戦略 (三代TKI単独 vs. 一代+三代TKIの組み合わせ等) を規定する; (3) de novo MMの機能的解析 (超高速スクリーニング) を診療判断に組み込む体制整備が精密医療実装の鍵となる。これらはいずれも、現行のホットスポット型パネルから全エクソン型パネルへの移行と、長鎖リードシーケンシングによる位相情報取得の標準化を促す方向性を示している。

残された課題: 今後の検討課題として、MM間のエピスタシス効果を癌腫横断的に体系化した大規模機能ゲノム解析 (CRISPRスクリーン等) が残されている。単細胞・液体生検による位相情報取得の臨床実装も重要な課題であり、現行のバルクNGSではMMのcis/trans識別が困難なため、長鎖リードシーケンシング等の技術革新が求められる。また、MMの機能的意義が癌腫・遺伝的背景・治療コンテキストによって異なることが示されており、一般化可能な予測モデルの開発も今後の重要課題である。さらに、大規模な機能スクリーニングデータベースの整備により、臨床で検出されたMMに対してほぼリアルタイムで機能情報と薬剤感受性プロファイルが参照できる環境の構築が精密医療の次段階として展望される。

方法

本論文はレビュー記事であるため、特定の実験手法や患者コホートを用いた研究は実施されていない。代わりに、既存の癌ゲノムデータベース、大規模なパンキャンサー遺伝子解析、および機能的解析に関する先行研究の知見を統合・整理した。文献検索はPubMed、Embase、Web of Scienceを用いて行われ、2020年までの関連文献が対象とされた。検索キーワードには「multiple mutations」「oncogene」「epistasis」「drug resistance」「PIK3CA」「EGFR」「precision medicine」などが含まれた。レビューの包含基準は、オンコジーン内の複数変異の機能的意義、薬剤感受性、または臨床的含意を報告した原著論文、レビュー記事、メタアナリシスとした。除外基準は、単一変異のみを扱った研究、腫瘍抑制遺伝子の変異のみを扱った研究、および非英語文献とした。

具体的には、Saito et al. (Nature 2020) による60,000超の腫瘍を対象としたパンキャンサー遺伝子解析 (n=11,043検体の再解析) のデータに基づき、オンコジーン内MMの有病率とオンコジーン横断的分布を評価した。この解析では、60のオンコジーンにおけるMMの濃縮が統計的に有意であるかどうかがパーミュテーションテストによって評価された。

MMの分子メカニズム、特にエピスタシス効果については、PIK3CAおよびNOTCH1におけるMMの機能的検証実験 (ウェスタンブロットによるAKTリン酸化の評価、細胞増殖アッセイ、皮下ゼノグラフトモデルでの腫瘍増殖速度測定、ルシフェラーゼアッセイによる転写活性評価) の結果を引用した。PIK3CA R88Q-H1047R MMの構造的メカニズムについては、分子動力学シミュレーションおよび生化学的解析 (制御サブユニットからの解離、アニオン性脂質・PIP2リポソームへの結合親和性) の結果を統合した。

薬剤感受性への影響については、PIK3CA MMとPI3K阻害薬taselisibの関連性に関する臨床データ、およびEGFR L858R+E709A/G (cis) MMとgefitinib/erlotinib/afatinibに対する感受性に関するBa/F3細胞株を用いたin vitro実験の結果をレビューした。商業的NGS診断パネルの限界については、PIK3CA MMの検出頻度の過小評価に関する報告を分析した。

超高速スクリーニングと機能的解析のセクションでは、Kohsaka et al. SciTranslMed 2017が確立したウイルスベクター発現系とBa/F3細胞株を用いたスクリーニング法を、MMの機能的意義を迅速かつ網羅的に評価する有望なプラットフォームとして紹介した。

MMの3タイプ分類 (de novo MM、薬剤耐性二次的MM、異なるサブクローン由来MM) は、それぞれの生物学的起源、アレル配置 (cis/trans)、変異選択、薬剤感受性プロファイルに基づいて整理された。特に、EGFR T790M変異におけるC797Sのcis/trans位相情報が治療選択に与える影響について、既報の臨床的知見を統合した。異なるサブクローン由来MMについては、単細胞シーケンシング技術や液体生検の応用可能性についても言及した。