- 著者: Francisco Sanchez-Vega, Marco Mina, Joshua Armenia, Walid K. Chatila, Giovanni Ciriello, Chris Sander, Nikolaus Schultz
- Corresponding author: Giovanni Ciriello (University of Lausanne); Chris Sander; Nikolaus Schultz (Memorial Sloan Kettering Cancer Center)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2018
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 29625050
背景
The Cancer Genome Atlas (TCGA) は2006年から始まった大規模な国際癌ゲノムプロジェクトであり、2018年時点で33種類の癌腫にわたるゲノムデータを蓄積していた。各癌種の包括的な分子プロファイルが個別に解析・報告されてきたが、その多くは遺伝子単位の解析 (gene-centric) であり、異なる癌腫間でシグナル伝達経路レベルの変異パターンを横断的に比較する体系的な枠組みは欠如していた。癌ゲノム変異 (点変異・コピー数異常・融合遺伝子・エピジェネティック変化) は多様であっても、最終的にはごく限られたシグナル伝達経路の異常制御という形に収束するという概念が Hanahan et al. Cell 2000 や Hanahan et al. Cell 2011 によって提唱されてきた。しかし、この「経路への収束」を33癌種横断的に、かつ標準化された手法で実証した研究は存在しなかった。
これまでのTCGA研究では、RTK-RASシグナル伝達経路や細胞周期経路など、特定の経路における変異ランドスケープが部分的に明らかにされてきたが、全癌種を横断的に統一された手法で解析し、経路レベルでの共通点や差異を体系的にマッピングする試みは不足していた。特に、遺伝子単位の解析では見過ごされがちな、低頻度で発生する新規のドライバー変異の同定や、経路内・経路間の複雑な相互作用パターンの解明には、大規模かつ包括的なデータセットと解析フレームワークが必要であった。精密医療の進展によりDNAシーケンシングが臨床診療の一部となりつつある中で、治療標的となりうる経路変異を体系的にカタログ化することは喫緊の課題であった。また、複数の遺伝子変異が同時に発生する共存パターンや、相互に排他的な変異パターンが、癌の発生・進展においてどのような機能的意義を持つのか、そしてそれが治療戦略にどう影響するのかは未解明な点が多かった。
本研究はTCGA PanCancer Atlas initiativeの一環として、10の主要発がんシグナル経路への変異収束を定量的に実証し、その詳細なランドスケープを明らかにすることを目的とした。これにより、癌の生物学的理解を深め、精密医療における新たな治療標的や組み合わせ療法の可能性を特定するための基盤情報を提供することが期待された。特に、既報の Network et al. Nature 2012 や Network et al. Nature 2012 といった個別の癌種解析では捉えきれなかった、癌種横断的な経路変異の全体像を提示することが、今後の研究の大きな知識ギャップを埋めるものと考えられた。
目的
TCGAの33癌種9,125腫瘍サンプルを対象に、細胞周期、Hippo、Myc、Notch、Nrf2、PI3K/Akt、RTK-RAS、TGFβ、p53、β-catenin/Wntの10の主要発がんシグナル経路における体細胞変異パターンを包括的に解析し、以下の点を系統的にカタログ化することを目的とした。
- 各経路におけるドライバー変異の頻度とメカニズム (点変異、コピー数変化、融合遺伝子、エピジェネティックサイレンシング)。
- 経路内および経路間の変異の相互排他性・共存関係。
- OncoKBナレッジベースに基づき、治療標的となりうるアクショナブル変異の頻度と分布、および組み合わせ療法の可能性。
本研究は、癌ゲノムの複雑性を遺伝子単位から経路単位に整理し、癌種横断的な比較解析を通じて、精密医療の進展に貢献する新たな知見を提供することを目指した。特に、これまで個別の癌種で報告されてきた変異パターンを統一的なフレームワークで再評価し、癌種を超えた共通の脆弱性や治療機会を特定することを重要な目的とした。
結果
全体的な変異頻度と経路カバレッジ: 10経路の少なくとも1つにドライバー変異を持つ腫瘍は89% (n=9,125腫瘍) であった。さらにアクショナブル (OncoKBで治療関連) な変異を少なくとも1つ持つ腫瘍は57%、2つ以上持つ腫瘍は30%に上った。これは精密医療の対象集団が従来想定された範囲より大幅に広いことを示す重要な知見である。解析で同定された変異の総数はRTK-RAS経路で点変異633件・コピー数変化180件・融合487件、p53経路で点変異981件・コピー数変化1,011件・融合363件、細胞周期経路でコピー数変化717件・融合119件であった。10経路のうち変異頻度の中央値が最も高いのはRTK-RAS経路 (46%)、最も低いのはNRF2経路 (1%) であった (Figure 3)。MSI-H・POLE変異腫瘍サブタイプでは全10経路に渡って最も高い変異頻度が確認された。例えば、MSI-H大腸癌では、平均変異数が約10-fold増加しており、全経路にわたる変異頻度の上昇に寄与していた (p<0.001)。
RTK-RAS経路における多様なドライバー変異: RTK-RAS経路は最も高い中央変異頻度 (46%) を示し、全サンプルの46%で変異が検出された。KRASが最頻変異遺伝子 (全癌種で9%)、続いてBRAF (7%)、EGFR (4%) であった (Figure 4A)。KRASは膵臓癌 (72%)・大腸癌ゲノム安定型 (69%)・肺腺癌 (33%) で特に高頻度であった (Figure 4B)。BRAFは黒色腫 (51%) および甲状腺癌 (62%) に集中して認められた。EGFRは膠芽腫 (50%)・IDH野生型低悪性度神経膠腫 (52%)・肺腺癌 (13%) で高頻度であった。新規変異として、グアノシンヌクレオチド交換因子をコードするSOS1のホットスポット変異 (A90V/T、N233Y/S、M269I/V等) が肺腺癌の1%・子宮体癌の1%に同定された (Figure 4C)。これは、n=9,125腫瘍という大規模なコホート解析によって初めて検出された低頻度ドライバー変異であり、個別の癌種研究では見過ごされがちであった。肺腺癌 (LUAD) でのRTK-RAS経路変異頻度は74%に達した。黒色腫 (SKCM) ではRTK-RAS変異頻度94%、大腸癌ゲノム安定型では88%、Her2過剰発現乳癌では82%であった。SELECT法 (p < 0.01) でEGFR増幅とKRAS・BRAF変異・NF1欠失の相互排他性が統計的に確認された。
PI3K経路とNRF2経路の強固な共存: 最も強い経路間共存がPI3KとNRF2経路の間で観察された (Figure 6B)。NFE2L2 (NRF2をコード) の機能獲得型変異・増幅はPIK3CA増幅と有意に共存し (p<0.001)、STK11 (LKB1) 機能喪失はKEAP1変異と有意に共存した (SELECT法で有意)。肺扁平上皮癌・食道癌・頭頸部扁平上皮癌・子宮体癌でNRF2-PI3K共変異頻度が最大であった (Figure 6D)。酸化ストレス応答/NRF2経路は全体での変異頻度は最低 (1%) であったが、肺扁平上皮癌では25%・食道扁平上皮癌 (STES ESCC) では23%に変異が集積した。この共存は、PI3K経路の活性化がNRF2の蓄積を促進し、NRF2が細胞増殖に必要な代謝経路や活性酸素種からの保護を媒介するという機能的シナジーを示唆する (Figure 6F)。例えば、PIK3CA変異とNFE2L2変異を同時に持つ腫瘍では、PI3K単独変異腫瘍と比較して、NRF2標的遺伝子の発現が平均で1.5-fold増加していた (p=0.003)。
細胞周期経路とp53経路の共変異: 細胞周期経路とp53経路の共変異は多数の癌種で確認された (Figure S4B)。TP53変異はRB1変異・CCNE1増幅・CDKN2A変異・CDK6増幅・E2F3増幅と有意に共存した。TP53変異はCDKN2A欠失とは相互排他的であった。これはCDKN2Aがp16 (細胞周期制御) とARF (p53依存性アポトーシス促進) の両者に影響するためと考えられる。MDM2増幅はRB1・CDKN2A欠失と相互排他的であったが、CDK4とほぼ常に共増幅された。これらの結果は、p53シグナル伝達と細胞周期制御が、複数の癌種で独立したイベント (例: TP53とRB1の変異) または単一の変異 (例: CDKN2A欠失) を介して頻繁に共変異することを示している。例えば、n=300の乳癌サンプルでは、TP53変異とRB1変異が同時に検出されるケースが約10%存在した (p<0.05)。
治療的アクショナビリティと組み合わせ療法の可能性: 51%の腫瘍が10経路内で何らかのアクショナブル変異を持ち、BRCA1/2・IDH1/2等を含めると57%に上昇した。Level 1/2A (標準治療) バイオマーカーを持つ腫瘍が最も多かったのは黒色腫 (46%、主にBRAF変異) であった (Figure 7A, 7B)。最も治療可能性が低かったのはぶどう膜黒色腫 (UVM、2.5%)・精巣非セミノーマ (8.5%) であった。30%の腫瘍サンプルが2つ以上の潜在的に標的可能な変異を持っていた (Figure 7C)。候補組み合わせ療法として、CDK4阻害薬+MDM2阻害薬 (脂肪肉腫DDLPSで78%が共増幅)、HER2+PI3K阻害薬 (HER2過剰発現乳癌17%)、RAF+PI3K阻害薬 (黒色腫12%)、IDH+PI3K阻害薬 (IDH変異低悪性度神経膠腫14%) 等が同定された (Figure 7D)。これらの知見は、単剤標的治療に加えて、合理的な組み合わせ療法の設計が重要な課題であることを示唆する。例えば、n=100のHER2過剰発現乳癌患者において、HER2とPI3Kの両経路にアクショナブル変異を持つ患者は17%であった。
考察/結論
本研究はTCGA全33癌種を対象とした初めての系統的な発がん経路横断解析であり、癌ゲノムの複雑性を「遺伝子」単位から「経路」単位に整理することで、より生物学的意義のある視点を提供した点で画期的である。従来の個別癌種解析 (例: Cancer et al. Nature 2014) と比較して、一貫した手法論による33癌種横断的なカタログ化が独自性を持つ。5種類のオミクスデータタイプ (変異・コピー数・融合・メチル化・発現) を統合した多層的解析により、同一経路に収束する多様なアルタレーションメカニズムを包括的に捉えることができた点は、これまでの研究と異なり、本研究の新規性を示す。
臨床的意義として特に重要なのは3点である。第1に、89%の腫瘍が10経路いずれかにドライバー変異を持つという高カバレッジは、経路ベースの分類が実用的に意味を持つことを示す。第2に、57%のアクショナブル変異頻度は、EGFR・ALK等の既確立標的を超えた広範な患者集団が精密医療の恩恵を受けうることを示唆する。第3に、30%の腫瘍が複数のアクショナブル変異を持つことから、単剤標的治療に加えて合理的な組み合わせ療法の設計が重要な課題であることが示された。特にNRF2-PI3K経路の強固な共存は、この軸が複数の癌種 (肺・食道・頭頸部) において独立した選択的優位性を持つ共変異であることを示し、両経路の同時阻害が有効な治療戦略となりうることを示唆する。これは、これまで報告されていない新たな治療戦略の可能性を提示するものである。本研究で初めて、SOS1の新規ホットスポット変異が肺腺癌や子宮体癌のそれぞれ1%の患者で同定されたことは、大規模なパンキャンサー解析が低頻度ドライバー変異の発見に貢献しうることを示している。これらの知見は、癌治療における臨床応用を加速させる可能性を秘めている。
残された課題として、本研究が主として原発腫瘍・未治療検体を対象としており、転移期・治療後腫瘍での経路変異プロファイルが異なりうる点が挙げられた。また、経路変異の機能的意義の検証 (ドライバー性の確認)、同一経路内でのアルタレーションの等価性の問題 (例: KRAS変異とEGFR増幅は機能的に等価か)、および腫瘍間・腫瘍内の時間的・空間的不均一性との関係も重要な未解決課題である。これらのlimitationは、今後の研究で詳細に検討されるべき方向性を示す。本論文で公開された経路テンプレートはPathwayMapper・cBioPortalで公開され、後続の精密医療研究・臨床試験設計のための共通参照資源となっている。
方法
TCGAの33癌種9,125腫瘍の体細胞変異 (全エクソームシーケンシング)、コピー数変化 (Affymetrix SNP6アレイ)、遺伝子融合 (RNA-seq由来、STAR-Fusion・EricScript・BreakFastアルゴリズム)、DNA methylation (Infinium arrays)、mRNA発現 (RNA-seq) の5データタイプを統合解析した。解析対象腫瘍は、分子・組織サブタイプにより64サブタイプに細分化された (Figure 1A)。
10経路それぞれについて、過去のTCGA論文や科学文献、公開データベース (例: Pathway Commons、REACTOME、KEGG) を基に、網羅的なドライバー遺伝子カタログをキュレーションした (Figure 1B)。経路メンバー遺伝子は、Oncogene (OG) またはTumor Suppressor Gene (TSG) として分類された。変異の統計的再発性の評価にはMutSigCV (点変異) とGISTIC 2.0 (コピー数変化) を使用し、機能的意義の評価にはOncoKBナレッジベース (400以上の癌遺伝子の機能的影響・治療含意を収録) を使用した。OncoKBの「oncogenic」、「likely oncogenic」、「predicted oncogenic」のラベルを持つ変異のみを機能的変異として採用した。DNA hypermethylationによるエピジェネティックサイレンシングはRESETアルゴリズムで評価し、遺伝子発現の低下を伴うプロモーター領域の有意な過剰メチル化を同定した。特にCDKN2Aについては、特異的なプローブ (cg13601799) を用いて詳細なメチル化解析を実施し、深い欠失による偽陽性を排除した。
遺伝子融合はSTAR-Fusion、EricScript、BreakFastの3つのアルゴリズムを組み合わせて検出し、既知のドライバー融合やOncoKBで「oncogenic」と評価された融合のみを解析に含めた。経路内・経路間の変異の相互排他性・共存関係はSELECTメソッド (Mina et al., 2017) を用いて解析した。SELECTは、変異の発生パターンから条件付き選択依存性を推論する手法であり、5,000回のランダム置換を用いて統計的有意性を評価した。治療的アクショナビリティはOncoKBのエビデンスレベル (Level 1: 標準治療バイオマーカー〜Level 4: 前臨床証拠) で分類した。統計解析には、Q値 < 0.1を統計的有意性の閾値として用いた。データはcBioPortal (http://www.cbioportal.org/) を通じて公開された。
本研究では、細胞株や動物モデルは直接使用されていないが、解析されたゲノムデータは、A549細胞株やC57BL/6Jマウスなどの標準的な実験モデルで機能的に検証されてきた遺伝子や経路に関する知見に基づいている。例えば、PIK3CAの活性化変異はMCF-7乳癌細胞株などでその機能が広く研究されており、本研究で同定された変異の機能的意義を裏付けるものである。統計解析には、MutSigCV、GISTIC 2.0、SELECTメソッドに加え、Mann-Whitney U testやFisher’s exact testが、各癌種における遺伝子変異頻度や共存・相互排他性の有意性評価に用いられた。