- 著者: McFadden DG, Papagiannakopoulos T, Taylor-Weiner A, Stewart C, Carter SL, Cibulskis K, et al.
- Corresponding author: Getz G (Broad Institute); Jacks T (MIT)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2014
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 24630729
背景
小細胞肺癌 (SCLC) は喫煙と強く関連する予後不良な癌であり、5年生存率は5%未満と極めて低い。SCLCはTP53とRB1の不活化がほぼ普遍的に認められることを特徴とするが、治療標的となりうるドライバー変異の同定はこれまで遅れていた。ヒトSCLCのゲノム解析は、喫煙による高い変異負荷が統計的ノイズとなり、ドライバー変異の特定を困難にしていた。実際、当時発表された2つの主要なヒトSCLCゲノム解析研究(Peifer et al. NatGenet 2012およびRudin et al. NatGenet 2012)でさえ、異なる候補ドライバー遺伝子を同定するにとどまり、コンセンサスが得られていなかった。このことは、高変異負荷環境下でのドライバー変異探索における統計的課題を浮き彫りにしていた。
本研究で用いたPR mSCLC GEMM (Genetically Engineered Mouse Model) モデルは、Trp53とRb1の肺特異的ノックアウトによりSCLCを発症するモデルであり、Meuwissen et al. (2003) により報告された。このモデルは、12-14ヶ月という比較的長い潜伏期、高頻度な遠隔転移、そして喫煙変異に依存しないSCLC発症という特徴を持つ。特に、タバコ変異原が存在しないため、ゲノム上の点変異頻度が低く、変異ノイズが少ない環境で真のドライバー変異を探索し、腫瘍のクローン進化を詳細に解析するのに理想的なシステムであると考えられた。このような低変異ノイズモデルを用いることで、ヒトSCLCゲノム解析における統計的課題を克服し、SCLCの発生と進展における保存されたドライバー遺伝子および経路をより明確に特定できると期待された。また、腫瘍の不均一性やクローン進化は癌の治療抵抗性や転移に深く関与することが知られており(Gerlinger et al. NEnglJMed 2012)、このモデルでの詳細なクローン解析は、SCLCの進展メカニズムの理解に重要な知見をもたらすと考えられた。しかし、転移におけるクローン動態、特に複数のサブクローンが転移巣を形成する様式については、まだ未解明な点が多かった。特に、SCLCの転移における多クローン性播種のメカニズムは、これまで十分に解明されておらず、この領域には大きな知識のギャップが残されている。
目的
本研究の目的は、Trp53/Rb1欠損PR mSCLCモデルの原発腫瘍および転移巣のゲノムシーケンシング(エクソームおよび全ゲノム)を実施し、以下の3点を明らかにすることである。(1) SCLCの発生と進展を駆動する体細胞変異およびコピー数変化を統計的に同定すること。(2) 同定されたドライバー候補であるPtenの不活化がSCLCの進展に果たす機能的役割をin vivoで検証すること。(3) ABSOLUTE解析(Carter et al. NatBiotechnol 2012)を用いて、原発腫瘍と転移巣間のクローン動態を定量的に解析し、転移播種の様式を解明すること。これらの解析を通じて、SCLCのゲノム進化のメカニズムと、ヒトSCLCの治療戦略に繋がる新たな知見を得ることを目指した。特に、Pten (phosphatase and tensin homolog) の機能的役割と、転移におけるクローン動態の多様性を詳細に明らかにすることが本研究の主要な目的である。
結果
ゲノムワイドコピー数変化の同定: 17例の原発腫瘍におけるゲノムワイドコピー数解析の結果、最も頻繁に観察されたコピー数変化はChr19 (chromosome 19) のヘミ接合性欠失(9/17例; GISTIC q値 < 1×10⁻¹⁵)であり、次いでChr4 (chromosome 4) のゲイン(6/17例; GISTIC q値 < 1×10⁻¹⁵)であった (Fig 1A-C)。Chr4上には、既知のSCLCドライバー遺伝子であるMycl1 (MYC proto-oncogene, bHLH transcription factor 1) (8/17例; GISTIC q値 = 3.7×10⁻⁷)およびNfib(4/17例; GISTIC q値 = 1.0×10⁻⁴)の焦点状増幅が検出された。さらに、Notchシグナル伝達経路のエフェクターであるHes2/3/5を含む領域の焦点状欠失(q値 = 2.39×10⁻⁵)も同定された。Chr4上の複雑な増幅は、chromothripsisのような単一の壊滅的イベントではなく、連続的な再構成サイクルによる段階的な増幅として解釈された。このことは、腫瘍が複数の段階を経て遺伝子増幅を獲得し、選択的な優位性を得ていく過程を示唆する。全ゲノムシーケンシング (WGS) により、14腫瘍でゲノム再編成が同定された (Fig 1G)。mSCLCはヒト癌と比較して、ゲノム再編成およびコピー数変化の頻度は同等であったが、点変異頻度は有意に低かった (Fig 1D-F)。平均で1腫瘍あたり27.9個のタンパク質変化を伴う点変異が検出された (n=27 tumors)。
統計的有意変異遺伝子の特定とPten経路の不活化: MutSig解析により、Pten (phosphatase and tensin homolog)(Chr19 28.14cM)とOlfr811の2つの遺伝子のみが統計的に有意な変異遺伝子として同定された(p < 0.05) (Fig 2A)。Ptenには3件の点変異(T131P、T26P、R267-スプライス変異)が検出され、これらはいずれもヒト癌またはCowden症候群で報告されている機能喪失型変異に対応していた。また、PI3K/PTEN経路の他のコンポーネントであるMagi1、Eef2k、Ikbkbにも、それぞれ2例の変異が独立して同定された。これらの結果は、SCLCの大部分の腫瘍(Chr19欠失腫瘍およびPten点変異腫瘍)においてPten経路が障害されていることを強く示唆する。免疫組織化学(IHC)解析により、高悪性度SCLCではPtenタンパク質発現の消失とpAkt(S473)の亢進が相互排他的なパターンで確認され、Pten経路の不活化がSCLCの進展に重要な役割を果たすことが示された (Fig 2D, E)。Pten欠損は早期の神経内分泌体 (NEB) ではなく、進行した腫瘍で観察された (Fig 2B, C)。
Pten欠損によるSCLC進展の劇的加速とゲノム進化への影響: PRPt (Trp53/Rb1/Pten三重欠損) マウスは、対照群であるPRマウスと比較して、ルシフェラーゼイメージングにより明確な腫瘍成長の加速を示した (Fig 3A, B)。相対光子束 (photon flux) はPRPtマウスで2.5-fold以上の増加を示した。MRI解析では、PRPtマウスにおいて有意に増大した腫瘍体積が確認された(p < 0.01) (Fig 3C, D)。さらに、中央生存期間はPRPtマウスで6.3ヶ月 (n=10 mice)、PRPt/+マウスで8.3ヶ月 (n=10 mice)、PRマウスで17.5ヶ月 (n=10 mice) と、Pten欠損により生存期間が劇的に短縮することが示された(p < 0.01) (Fig 3E)。組織学的解析では、PRPt腫瘍において増殖マーカーであるpH3の増加とアポトーシスマーカーである切断型カスパーゼ3の減少が確認され、Pten欠損が細胞増殖を促進し、アポトーシスを抑制することで腫瘍進展を加速することが裏付けられた。興味深いことに、PRPt腫瘍ではChr19欠失が消失しており(11例全例でChr19の正常コピー数を保持)、MYCl1増幅は維持されていた (Fig 4A, B)。このことは、Pten欠損単独でChr19全体欠失と同等の選択的優位性を提供し、Chr19欠失の主要なドライバーがPtenであることを示唆する。
クローン進化と転移播種の多様な様式: ABSOLUTE解析による癌細胞分画(CCF)の推定結果から、PR mSCLC腫瘍は2〜5個のサブクローンからなる不均一な構造を持つことが明らかになった (n=6 animals)。動物3588の解析では、1つの原発腫瘍(3588-T1)から派生した同一の祖先クローン(clone 1a)から、2つの独立した肝転移(3588-C1および3588-M1)がそれぞれ形成された「並行播種(parallel seeding)」の様式が確認された (Fig 5A-E)。これは、原発腫瘍内の特定のクローンが複数の転移巣を独立して形成しうることを示唆する。
さらに、動物3151の解析では、原発腫瘍(3151-T1)に存在する2つの独立したサブクローン(clone 1とclone 2)がリンパ節転移(3151-N1)に同時に存在するという「多クローン性播種(polyclonal seeding)」が初めて実証された (Fig 5F, G)。このことは、リンパ節転移が単一の細胞ではなく、複数の異なるクローンによって形成されうることを示唆する画期的な発見である。加えて、このリンパ節転移から、clone 1aが進化したclone 1bが遠隔肝転移(3151-M1)を樹立するという「連続播種(sequential spread)」の様式も観察された (Fig 5H-J)。これは、転移巣がさらなる転移の起点となりうることを示している。動物984においても、同様にリンパ節への多クローン播種が確認され (Fig 5K-M)、多クローン性播種がSCLC転移における一般的なメカニズムである可能性が示唆された。これらの結果は、SCLCの転移が単一のクローンによる単純な拡散ではなく、複雑なクローン動態を伴う多段階的なプロセスであることを明確に示した。
考察/結論
本研究は、遺伝子改変マウスモデル(GEMM)のゲノム解析として当時最も包括的な記述を提供し、SCLCの発生と進展における重要なメカニズムを明らかにした。本研究の独自性は、(1) 単一遺伝子であるPtenの不活化が、Chr19全体欠失という染色体規模の大きな変化を駆動しうること、(2) Pten欠損がSCLCの生存期間を17.5ヶ月から6.3ヶ月へと劇的に短縮させること、(3) リンパ節転移への多クローン性播種という、これまで報告されていない転移様式を初めて実証した点にある。
先行研究との違い: 先行するヒトSCLCゲノム解析研究(Peifer et al. NatGenet 2012およびRudin et al. NatGenet 2012)は複数の候補ドライバー遺伝子を挙げたが、本研究で同定されたドライバーとは必ずしも一致しなかった。これは、ヒトSCLCにおける高変異バックグラウンドが統計的ノイズとなり、真のドライバーを特定する上での課題を反映していると考えられる。本研究では、喫煙変異に依存しない低変異モデルを用いることで、Pten/PI3K経路がSCLCの真の保存されたドライバーであることを統計的および機能的に証明できた点で、これまでの研究とは対照的である。
新規性: 本研究で初めて、Pten欠損がChr19全体欠失を駆動する主要な選択圧であることを示し、単一遺伝子の不活化が染色体規模のゲノム再編成を引き起こしうるという新規の概念を提示した。また、リンパ節転移が単一のクローンではなく、複数の原発腫瘍サブクローンによって形成される「多クローン性播種」という転移様式を、詳細なゲノムシーケンシングとクローン解析により初めて実証した。さらに、リンパ節転移巣が遠隔転移の起点となりうる「連続播種」の存在も明らかにした。これらの知見は、癌の転移メカニズムに関するこれまでの理解を大きく拡張するものである。
臨床応用: ヒトSCLCの約20%にPTEN変異が既報であり(Dacic et al. 2002など)、本研究の結果は、PTEN経路に異常を持つSCLCサブセットに対してPI3K阻害薬が有効である可能性を強く支持する。これは、SCLCの個別化医療戦略を開発する上で重要な臨床的含意を持つ。また、リンパ節が複数の原発サブクローンのハブとして機能し、遠隔転移のゲートウェイとなりうるという新概念は、センチネルリンパ節生検の予後的意義に分子生物学的根拠を与えるものである。転移進展におけるクローン多様性は、治療抵抗性の発生にも寄与すると考えられ、転移巣のクローン構成を考慮した治療戦略の必要性を示唆する。
残された課題: 今後の検討課題としては、多クローン性播種がヒトSCLCにおいてどの程度普遍的に認められるかを検証すること(ヒト腫瘍への拡張)、PI3K阻害薬の有効性を前臨床モデルおよび臨床試験で評価すること、そして識別された各サブクローン内の変異がドライバー変異であるかパッセンジャー変異であるかを機能的に判定することが挙げられる。また、リンパ節微小環境における遺伝的・エピジェネティックな変化が全身転移にどのように寄与するかを解明することも重要である。
方法
本研究では、6匹のマウスから採取した27例の原発腫瘍および転移巣(合計33エクソーム)に対してエクソームシーケンシングを実施した。さらに、14腫瘍については全ゲノムシーケンシング(WGS)も実施した。シーケンシングデータは、テール由来の正常DNAを対照として、MuTect(Cibulskis et al. NatBiotechnol 2013)を用いて体細胞点変異を検出した。平均カバレッジは約92倍であり、平均0.91変異/Mb、1腫瘍あたり27.9個の体細胞変異が検出された。コピー数解析にはGISTIC2.0(Mermel et al. GenomeBiol 2011)を適用し、統計的に有意なコピー数変化領域を同定した。
腫瘍のクローン構造解析には、ABSOLUTE (Absolute quantification of somatic DNA alterations in human cancer) アルゴリズムを使用し、各変異の癌細胞分画(CCF: cancer cell fraction)を推定することで、腫瘍内のサブクローン構成と進化経路を再構築した。この解析により、腫瘍の不均一性とクローン進化のパターンを定量的に評価した。
機能的検証として、PRPtマウス(Trp53/Rb1/Pten三重欠損)コホートを新たに作製した。これらのマウスでは、神経内分泌細胞特異的なCGRPプロモーター制御下でCreリコンビナーゼを発現するアデノウイルスを気管内投与することにより、Rb1、Trp53、およびPten遺伝子を肺神経内分泌細胞で選択的に欠損させた。腫瘍の成長動態は、ルシフェラーゼイメージングおよび小動物用MRIを用いてin vivoで経時的に追跡した。また、組織学的解析により、腫瘍の病理学的特徴、増殖マーカー(pH3)、およびアポトーシスマーカー(切断型カスパーゼ3)の発現を評価した。これらの実験により、Pten欠損がSCLCの発生および進展に与える影響を詳細に解析した。統計解析には、生存期間の比較にログランク検定 (log-rank test) を用いた。また、腫瘍体積や細胞増殖の比較にはMann-Whitney U検定が適用された。