- 著者: William Pao, Katherine E. Hutchinson
- Corresponding author: William Pao (Vanderbilt-Ingram Cancer Center, Nashville, TN)
- 雑誌: Nature Medicine
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-03-06
- Article種別: Commentary
- PMID: 22395697
背景
肺癌は依然として癌関連死亡の主要な原因であり、特に非小細胞肺癌 (NSCLC) は肺癌全体の80%以上を占める。近年、NSCLCの治療パラダイムは、組織学的分類(腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌)に基づくものから、腫瘍形成を駆動・維持する特定の遺伝子異常を組み込んだ分子サブタイプ分類へと大きく移行している。このような「ドライバー変異」は、恒常的に活性化された変異シグナルタンパク質をもたらし、EGFR、HER2、KRAS、ALK、BRAF、PIK3CA、AKT1、ROS1、NRAS、MAP2K1などの癌遺伝子に最も一般的に発生することが知られている。例えば、EGFR遺伝子のキナーゼドメインに特定のドライバー変異を有する肺腫瘍は、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるゲフィチニブやエルロチニブに感受性を示すが、ALK阻害薬であるクリゾチニブには抵抗性を示す。対照的に、ALK融合またはROS1融合を有する肺腫瘍はクリゾチニブに感受性を示すが、ゲフィチニブやエルロチニブには抵抗性を示すことが報告されている。
個々の腫瘍の遺伝子構成に合わせたキナーゼ阻害薬による治療は、細胞傷害性化学療法と比較して優れた臨床的利益をもたらすことが示されている。しかし、未選択のNSCLCの約半数は、既知の臨床的に関連する癌原性ドライバーを持たない状態であった。この「ドライバー不明」の患者群に対する新たな治療標的の同定は、喫緊の課題として認識されていた。ALK融合遺伝子の発見から、その阻害薬であるクリゾチニブの米国食品医薬品局 (FDA) 承認までわずか4年という急速な展開は、新たなドライバー変異の探索とそれに基づく分子標的治療薬開発への期待を高めていた。
RET遺伝子 (rearranged during transfection) は、神経堤細胞の発生において重要な役割を果たす受容体型チロシンキナーゼをコードする。RETの活性化は、GDNF (glial cell line-derived neurotrophic factor) ファミリーリガンドの結合とGFRα (glial cell line-derived neurotrophic factor family receptor α 1) 受容体との相互作用を伴い、細胞内シグナル伝達経路を活性化する。歴史的に、RETの異常は甲状腺癌と関連付けられてきた。散発性および遺伝性髄様甲状腺癌では、それぞれ体細胞および生殖細胞系列の点変異が報告されている。乳頭甲状腺癌では、CCDC6、PRKAR1A、NCOA4 (ELE1)、GOLGA5、TRIM24 (HTIF1)、TRIM33 (RFG7)、KTN1、ERC1 (ELKS) などの遺伝子とのRET融合が発見されている。RETに特異的な阻害薬は当時利用可能ではなかったが、RET阻害活性を有するキナーゼ阻害薬の臨床試験が甲状腺癌で実施され、その結果、バンデタニブが進行性または症候性の転移性髄様甲状腺癌の成人患者に対する治療薬としてFDAに承認された。しかし、乳頭甲状腺癌におけるRET融合の存在にもかかわらず、RET融合陽性甲状腺癌におけるRETキナーゼ阻害薬の臨床活性はまだ十分に確立されていなかった。肺癌におけるRET融合は、これまで報告されておらず、その関連性は未解明であった。この知識のギャップを埋めることが、新たな治療戦略開発の鍵となると考えられた。
目的
本Commentary (News & Views) は、同号のNature Medicineに掲載されたKohno et al. NatMed 2012、Lipson et al. NatMed 2012、Takeuchi et al. NatMed 2012の3つの研究報告と、別途発表されたJu et al. (2011) の研究結果を総括することを目的とする。これらの独立した研究グループが肺癌において同定したRET融合遺伝子、特にKIF5B-RET融合の発見に焦点を当て、その生物学的特性、臨床的意義、および既存のマルチキナーゼ阻害薬による治療可能性について論じる。具体的には、RET融合が肺癌の新たな分子サブセットを定義し、これまで標的が不明であった患者群に対する新たな分子標的治療の道を開く可能性を評価し、今後の研究および臨床応用の方向性を示すことを目指す。
結果
KIF5B-RET融合遺伝子の独立した同定: 4つの独立した研究グループ(Kohno et al. NatMed 2012、Lipson et al. NatMed 2012、Takeuchi et al. NatMed 2012、Ju et al. (2011))が、肺腺癌患者においてKIF5B (kinesin family member 5B) とRET遺伝子の融合を独立して同定した。これらの融合は、KIF5BのコイルドコイルドメインとRETのキナーゼドメインを含む形で発生し、RETキナーゼドメインは機能的に無傷であった。合計7種類のKIF5B-RET融合バリアントが特定され、例えばKIF5Bエクソン15とRETエクソン12の融合 (K15;R12) など、様々なブレークポイントが報告された (Table 1)。
KIF5B-RET融合の発生率と排他性: KIF5B-RET融合の発生率は、各研究で一貫して肺腺癌の約1%と推定された。具体的には、Kohno et al. NatMed 2012の研究では1.6% (n=433)、Lipson et al. NatMed 2012の研究では推定1.2%、Takeuchi et al. NatMed 2012の研究では0.9% (n=1529) と報告された。これらの結果から、世界中で年間約12,000人の肺癌患者がRET融合陽性であると推定された。これらの融合は主に腺癌および非喫煙者に見られ、EGFR変異、KRAS変異、およびALK融合とは相互排他的であることが示された。これは、RET融合が独立したドライバー変異であることを強く示唆する。
機能的悪性化能と薬剤感受性の実証: KIF5B-RET融合遺伝子を発現させた細胞株を用いた機能研究により、これらの融合遺伝子がin vitroで活性化能を有し、細胞の形質転換を誘導することが確認された。さらに、Takeuchi et al. NatMed 2012の研究ではin vivoでも形質転換能が示された。薬剤感受性試験では、RET阻害活性を持つマルチキナーゼ阻害薬であるバンデタニブ、スニチニブ、ソラフェニブが、KIF5B-RET融合によって媒介されるシグナル伝達および細胞増殖をin vitroで抑制することが確認された。例えば、バンデタニブはKIF5B-RET融合陽性細胞の増殖を効果的に抑制した。しかし、これらの薬剤に対するRET融合陽性患者の臨床応答例は、当時まだ報告されていなかった。
臨床的スクリーニング法への示唆: Lipson et al. NatMed 2012によって開発された標的キャプチャー・再シーケンシング法は、約200の癌遺伝子における再配置、点変異、挿入欠失、コピー数変化を同時に検出できることが示された。この方法は、時間、コスト、および貴重な腫瘍検体の節約に貢献し、従来の複数の検査(分子遺伝学検査、細胞遺伝学検査など)を統合・迅速化する可能性を秘めている。これにより、既知のドライバー変異を持たない肺癌患者の割合をさらに減少させ、新たなドライバー変異の同定を促進することが期待された。
考察/結論
本Commentaryは、RET融合が肺癌の新たな分子サブセットを定義し、これまで標的が不明であった症例の一部を説明しうる可能性を論じた点で、当該分野の研究に新たな方向性を示した。ALK融合の発見 (2007年) からALK TKIであるクリゾチニブのFDA承認 (2011年) までわずか4年という前例が引用され、RET融合においても同様の迅速な治療開発が期待されることが述べられた。
先行研究との違い: これまでの肺癌におけるドライバー変異の探索は、EGFR、KRAS、ALK、ROS1などに焦点を当ててきたが、本研究で報告されたRET融合は、これらの既知のドライバー変異とは相互排他的である点が特徴的である。これは、RET融合が独立した癌原性ドライバーとして機能し、特定の患者群に特異的な治療標的となりうることを示唆する。また、RET融合は、ALKやROS1融合と同様に、非喫煙者の腺癌に優先的に集積する傾向があり、この生物学的類似性は、RET融合が真のドライバー変異であるという妥当性を支持する。
新規性: 本研究で初めて、KIF5B-RET融合遺伝子が肺腺癌の約1%に存在し、その機能的悪性化能がin vitroおよびin vivoで確認された。この発見は、肺癌における新たな分子標的の同定という点で新規性が高い。特に、既存のマルチキナーゼ阻害薬(バンデタニブ、スニチニブ、ソラフェニブ)がRET阻害活性を有し、KIF5B-RET融合陽性細胞の増殖を抑制することが示された点は、既存薬の新たな適用可能性を示唆する。
臨床応用: 本知見は、RET融合陽性肺癌患者に対する分子標的治療の臨床応用への道を開くものである。既存のRET阻害活性を持つマルチキナーゼ阻害薬がin vitroで効果を示したことから、これらの薬剤がRET融合陽性患者の治療選択肢となる可能性が示唆された。将来的には、より強力で選択的なRET阻害薬の開発が、より優れた臨床効果をもたらすと予測される。また、Lipson et al. NatMed 2012が開発した標的キャプチャー・再シーケンシング法は、臨床現場での遺伝子スクリーニングを効率化し、複数の遺伝子異常を同時に検出することで、患者の貴重な腫瘍検体を最大限に活用し、個別化医療の推進に貢献する臨床的意義を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、RET融合陽性患者におけるRET阻害薬の臨床効果を検証する前向き臨床試験の実施が挙げられる。また、現在のRET TKIがマルチキナーゼ阻害薬であるため、より強力で特異的なRET阻害薬の開発が望まれる。さらに、RET融合が甲状腺癌においてチェルノブイリ原発事故後の放射線被曝と関連していることが報告されていることから、肺癌におけるRET融合も放射線被曝と関連があるのか、特に非喫煙者における肺癌リスクとの関連性について、今後の研究で解明する必要がある。最適なスクリーニング法の標準化も残された課題であり、臨床ルーチン検査への組み込みに向けた検証が求められる。
方法
本論文はCommentaryであり、特定の実験プロトコルを記述するものではない。むしろ、4つの独立した研究グループが実施した異なる手法によるRET融合遺伝子の同定と検証の結果を比較・統合し、その意義を解説するものである。
具体的には、各研究グループは以下の手法を用いてKIF5B-RET融合遺伝子を発見・検証した。
- Kohno et al. NatMed 2012: 全トランスクリプトームシーケンシングを用いて肺癌組織サンプルをスクリーニングし、RT-PCRおよびサンガーシーケンシングにより融合遺伝子を検証した。
- Lipson et al. NatMed 2012: 標的キャプチャーおよび再シーケンシング法を開発し、これを用いて肺癌検体における既知および新規のドライバー変異を探索した。RET融合の検証にはRT-PCRおよびRET免疫組織化学 (IHC) を用いた。
- Takeuchi et al. NatMed 2012: 免疫組織化学 (IHC) および蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) スクリーニングを組織マイクロアレイに対して実施し、RET融合を同定した。
- Ju et al. (2011): 全ゲノムシーケンシングおよび全トランスクリプトームシーケンシングを用いて、肺癌患者のドライバー変異を探索した。
これらの研究は、凍結組織および/またはホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 腫瘍サンプルを対象としており、様々な民族的背景を持つ患者群 (日本人、アメリカ人、ノルウェー人、白人、韓国人、アフリカ系アメリカ人) からの検体が含まれていた。各研究グループは、KIF5B遺伝子とRET遺伝子の融合を独立して発見し、その機能的意義をin vitroおよびin vivo実験で評価した。機能評価には、KIF5B-RET融合遺伝子を発現させた細胞株を用いた活性化能および形質転換能の確認、ならびにバンデタニブ、スニチニブ、ソラフェニブなどのRET阻害活性を有するマルチキナーゼ阻害薬によるシグナル伝達および増殖抑制効果の評価が含まれた。
本Commentaryでは、これらの多様な発見手法と検証結果を統合し、RET融合が肺癌の新たな分子サブセットとして確立される可能性、その臨床的関連性、および既存薬による治療可能性について考察する。特に、Lipson et al. NatMed 2012が開発した標的キャプチャー・再シーケンシング法が、再配置、点変異、挿入欠失、コピー数変化を同時に検出できる汎用性の高いスクリーニング法として、将来の臨床検査への応用可能性についても言及する。