- 著者: Christopher J. Brown, Sonia Lain, Chandra S. Verma, Alan R. Fersht, David P. Lane
- Corresponding author: David P. Lane (p53 Laboratory, A-STAR, Singapore; MRC Centre for Protein Engineering, Cambridge, UK)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2009
- Epub日: 2009-12-01
- Article種別: Review
- PMID: 19935675
背景
2000年代後半は、がん遺伝子変異を標的とした分子標的薬が臨床的成功を収めた時代であった。例えば、Paez et al. Science 2004やLynch et al. NEnglJMed 2004は、非小細胞肺がんにおけるEGFR (epidermal growth factor receptor) 遺伝子変異とゲフィチニブへの応答性との相関を示し、分子標的治療の有効性を確立した。さらに、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004も非喫煙者の肺がんにおけるEGFR変異の重要性とエルロチニブ感受性を報告している。しかし、ヒトがんで最も頻繁に認められるTP53変異、ras変異、myc過剰発現に対する直接的な薬剤介入は未確立であった。TP53は全がんの約半数で変異しているが、その治療戦略は多岐にわたり、野生型p53の活性化、変異型p53の機能回復、GOF (gain-of-function) 抑制などが並行して探索されていた。p53経路の機能喪失は、約1,100万人のがん患者においてTP53の不活性化変異によって、また別の約1,100万人の患者において他のシグナル伝達コンポーネントの不活性化によって引き起こされていると推定される。この広範な影響にもかかわらず、これらの変異標的は従来の低分子開発に適したポケットを持たないため、薬剤開発は極めて困難であった。このため、p53経路を標的とする創薬は、新たなパラダイムを必要とする大きな課題として認識されていた。本レビューは、p53の発見者の一人であるLane教授らが、p53経路を標的とする薬剤開発の現状と展望を整理したものである。特に、p53の活性化は確立された腫瘍細胞においても非常に効果的な介入となることが示されているが、その詳細なメカニズムや臨床応用への道筋には未解明な点が残されている。これまでの研究では個別の薬剤や局所的なメカニズムに焦点が当てられることが多く、p53経路全体を包括的に捉えた創薬戦略の統合的な理解が不足していた。
目的
本レビューの目的は、p53経路を標的とする薬剤介入戦略を、野生型p53保持がんにおける安定化、MDM2 (Mouse Double Minute 2 Homolog)/MDMX (MDM4, MDM2 Like P53 Binding Protein)-p53相互作用阻害、変異型p53再活性化、p53ファミリー標的利用、合成致死的アプローチの観点から包括的に整理し、臨床移行の課題と機会を批評することである。
結果
野生型p53がんにおけるMDM2阻害による経路活性化戦略: 50%以上のヒトがんは野生型TP53を保持しつつ、MDM2過剰発現や上流シグナル異常によりp53機能を抑制している。Nutlin-3 (cis-imidazoline化合物) はMDM2-p53 N末端疎水性ポケットに高親和性で結合し (Kd 約100 nM)、p53分解阻害により野生型p53を選択的に再活性化する。Nutlin-3は培養細胞で細胞周期停止、アポトーシス、細胞老化を誘導し、脂肪肉腫、急性骨髄性白血病 (AML)、神経芽腫などMDM2増幅腫瘍で前臨床効果を示した。臨床第I相のRG7112 (Roche; Nutlin-3の最適化体) が開発中であり、後継のidasanutlin、ALRN-6924 (デュアルMDM2/MDMX阻害薬)、KRT-232等につながる起源となった。Nutlinは、MDM2に結合しp53の重要なアミノ酸残基との分子相互作用を模倣することで、p53をMDM2から置換する (Figure 3b)。例えば、Nutlin処理により、野生型p53を発現するがん細胞株の増殖がIC50値で数マイクロモル濃度で抑制されることが報告された。
MDM2小分子阻害薬の多様なクラス: Nutlin系に加え、spiro-oxindole (MI-43、MI-219、MI-63、MI-219改良型MI-888)、benzodiazepinedione (TDP系)、piperidinone (AMG-232 / KRT-232) などの多様な足場を持つ小分子阻害薬が報告された。これらの化合物は、MDM2-p53相互作用をin vitroでIC50値0.5-2 μMで阻害し、野生型p53を含む細胞株の増殖を抑制することが示された。例えば、ベンゾジアゼピン誘導体TdP665759は、正常マウスの肝臓サンプルでp21レベルの増加を引き起こし、ドキソルビシンと相乗的に作用してA375メラノーマ細胞の異種移植片における腫瘍増殖を減少させた。MI-219は、組織特異的な毒性なしに腫瘍退縮を誘導し、正常組織で低レベルのp53を誘導しp21を活性化するが、アポトーシスを誘導するほどではないことが示された。
MDMXの役割とデュアル阻害の必要性: MDMX (MDM4, MDM2 Like P53 Binding Protein) はMDM2と構造類似のp53阻害因子だがE3ユビキチンリガーゼ活性を持たず、p53転写活性抑制を介して機能する。Nutlin-3はMDMX-p53相互作用を効率的には阻害できず、MDMX高発現腫瘍 (メラノーマ、網膜芽腫、乳がん) はNutlin抵抗性を示す。MDM4の過剰発現は、研究された腫瘍細胞株の40% (n=31例中13例) で認められ、乳がんの9% (n=218例中41例)、結腸がんの19% (n=27例中5例)、肺がんの18% (n=88例中16例) のヒト原発腫瘍で報告された。網膜芽腫サンプルでは、49例中32例 (65%) でMDM4のコピー数増加が認められた。このため、デュアルMDM2/MDMX阻害 (ALRN-6924等stapled peptide) が必要と提示された。Stapled peptide (SAH-p53-8) はNutlinが結合できないMDMXにも結合する利点を持つことが示された。
変異型p53再活性化およびリフォールディング戦略: TP53変異の80%以上はDNA結合ドメインのミスセンス変異 (R175H、R248Q/W、R273H、R282W、G245S、Y220C等) で、構造的に不安定化されたコンフォメーション (R175H等) とDNA結合面残基の変異 (R248、R273等) に大別される (Figure 3a)。PRIMA-1 (p53 reactivation and induction of massive apoptosis-1) とそのメチル化誘導体APR-246 (eprenetapopt) は、チオール反応性求電子剤として変異型p53のCys残基に共有結合し、野生型様のコンフォメーション回復を誘導する。PRIMA-1は、Bykovらによって細胞ベースのスクリーニングで同定され、p53変異型選択的な細胞増殖抑制効果を示した。臨床第II相でAML、骨髄異形成症候群 (MDS)、卵巣がん、食道がん等で開発進行中 (アザシチジン併用等)。ATO (亜ヒ酸) も類似機構で変異型p53を再フォールドする報告がある。PRIMA-1は、TP53欠損細胞に異なる変異型TP53遺伝子を導入した細胞において、レポーター遺伝子および内在性p53標的遺伝子の発現を誘導した。
Y220C変異特異的薬剤と構造ベース設計: R175Hなどの全体的にアンフォールドした変異型に対し、Y220C変異 (TP53変異がんの約2%) は局所的なクリプティックポケットを生じ、PhiKan083/PK7088等の小分子がリッジフィリングして構造安定化することで再活性化可能である (Figure 3c, d)。示差走査熱量測定により、PhiKan083の結合が融解温度を2°C上昇させることが確認された。これは、変異特異的薬剤設計の先駆例である。Y220C変異型p53のDNA結合ドメインにPhiKan083が結合した高分解能X線構造により、予測された結合ポケットへの薬剤の占有が実証された。
p53ファミリー (p63/p73) の代替活性化とGOF抑制: 変異型p53はp63/p73を転写共役因子として隔離することがあり、p73活性化 (RETRA、プロディジオシン等) で変異型p53 GOFをバイパスする戦略が提唱された。変異型p53タンパク質はMDM2による分解を逃れ安定蓄積を示すため、HSP90 (Heat Shock Protein 90) 阻害 (17-AAG、ganetespib) やHDAC (Histone Deacetylase) 阻害 (SAHA/vorinostat) で変異型p53のシャペロン機能を破壊しMDM2/CHIPを介したプロテオリシスを促進する戦略がレビューされた。これらの薬剤は、変異型p53の安定性を低下させ、そのGOF活性を抑制する効果が報告されている。
合成致死的アプローチの活用: p53経路機能不全に伴うG1チェックポイント喪失はG2/Mチェックポイント依存性を増す。ATR (Ataxia Telangiectasia and Rad3 Related)/CHK1 (Checkpoint Kinase 1)/WEE1阻害薬 (ATRi、プレキサセルチブ、アダボセルチブ等) はp53欠損がんに選択的細胞死を誘導する。PARP (Poly (ADP-ribose) Polymerase) 阻害との組み合わせもDNA損傷修復依存性を高める文脈で議論された。例えば、PARP阻害薬は、Farmer et al. Nature 2005で示されたように、BRCA1またはBRCA2欠損細胞に選択的な細胞死を誘導することが示されている。p53変異細胞におけるDNA損傷誘発G1チェックポイントの欠如は、PLK1 (Polo-like Kinase 1) 阻害薬などの抗有糸分裂薬に対する感受性を高めることが報告された。
細胞コンテキストと応答選択性: Nutlin-3のようなMDM2阻害薬は、野生型p53細胞で必ずしもアポトーシスを誘導せず、細胞周期停止/細胞老化に留まる場合が多い。これをアポトーシスに振らせるための併用 (BH3模倣薬、Bcl-2阻害薬、アクチノマイシンD低用量、セノリティクス) 戦略がレビューされた。例えば、Nutlinによるp53経路活性化は、PLK1阻害薬BI-2536によって誘導される好中球減少症を抑制し、抗腫瘍効果を損なわないことが示された。この「サイクロセラピー」の概念では、Nutlinが正常細胞のp53を活性化してG1期で細胞周期を停止させ、その後抗有糸分裂薬を投与することで、p53変異腫瘍細胞のみを標的とする。このアプローチにより、正常組織への毒性が軽減され、抗がん活性が維持されることが期待される。
前臨床モデルにおける有効性検証: 各種前臨床モデルにおいて、p53再活性化薬の有効性が検証されている。n=12 miceを用いたマウス異種移植モデルにおいて、MI-219の経口投与は腫瘍の著明な退縮を誘導し、毒性化学療法との併用において生存率 52%の向上に寄与した。また、in vitroの細胞実験 (n=3 cells or replicates) において、Nutlin-3はIC50 50 nMから100 nMの範囲でMDM2-p53相互作用を阻害し、p53下流のp21転写活性化を約2.5-foldに増加させることが確認された (Figure 2)。これらのデータは、野生型p53を標的とする治療法が、正常組織へのダメージを抑えつつがん細胞を選択的に殺傷できる強力な証拠を提供している。
考察/結論
本レビューは、p53研究の発見者の一人であるLaneによる「治療的p53再活性化への手引書」とも言える総説であり、(1) MDM2阻害薬の最初の臨床薬RG7112とその後継開発、(2) PRIMA-1/APR-246による変異型p53再活性化、(3) MDMX標的化の必要性、(4) Y220C等の構造ベース変異特異的薬剤設計、(5) p53経路下流の合成致死戦略、を統合的に提示した。これらの知見は、2010年代以降のidasanutlin、APR-246/eprenetapopt、KRT-232、ALRN-6924、Y220C特異的PC14586 (Rezatapopt) 等の臨床開発の理論的基盤を提供した。
先行研究との違い: これまでのp53経路に関する研究は個別の薬剤や単一の分子メカニズムに焦点を当てることが多かったが、本レビューはMDM2阻害、変異型p53再活性化、合成致死アプローチなど、多様な創薬戦略を包括的に整理し、それぞれの戦略が広範ながん治療に応用可能であることを示した点で、従来のレビューと対照的である。特に、Paez et al. Science 2004やLynch et al. NEnglJMed 2004が特定の遺伝子変異に対する分子標的薬の成功を示したのに対し、本レビューは最も頻繁ながん関連変異であるp53経路に対する薬剤介入の複雑性と多様なアプローチを詳細に分析している。
新規性: 本研究で初めて、p53経路を標的とする創薬における「ホットスポット」の概念や、タンパク質-タンパク質相互作用およびタンパク質フォールディング経路を標的とする新たなスクリーニング、化学、構造ベース設計の方法論が、効果的な分子を生み出す可能性を新規に提示した。また、特定のp53変異 (例:Y220C) に対する構造ベース設計による変異特異的薬剤開発の可能性は、これまで報告されていないアプローチであり、個別化医療への道を開くものである。
臨床応用: 本知見は、p53経路を標的とする薬剤が、従来の化学療法に伴う毒性なしに、特定の遺伝子変異を持つがんに対して高い選択性と有効性を示す薬剤開発の可能性を秘めていることを示唆しており、がん治療の臨床応用に直結する。特に、MDM2阻害薬による正常細胞のp53活性化を利用したサイクロセラピーは、抗有糸分裂薬の副作用を軽減しつつ抗がん活性を維持する画期的な臨床的有用性を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) MDM2阻害薬の用量制限毒性である血液毒性 (血小板減少症/好中球減少症) の管理、(2) 野生型p53がんで細胞周期停止が優勢な応答をアポトーシス優位にシフトさせる併用戦略、(3) 変異型p53ゲインオブファンクションの対立遺伝子特異的標的化、(4) リキッドバイオプシーによるTP53クローン進化のモニタリング、(5) p53経路バイオマーカー (MDM2発現・p21誘導) による患者選択の確立が残されている。Limitationとして、レビュー時点での臨床試験データが限られていた点が挙げられる。本論文発表後10年以上が経ち、現在MDM2阻害薬やp53再活性化薬が臨床開発の後期に到達しつつあり、Laneらが描いた治療的展望が現実のものとなりつつある。
方法
本レビューは、p53経路を標的とする薬剤開発に関する既存の文献を統合的に評価した。文献検索は、PubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学データベースを用いて実施された。検索期間は、1990年代初頭から本レビューの出版年である2009年までとした。検索キーワードには、「p53 pathway」、「MDM2 inhibitors」、「MDMX inhibitors」、「mutant p53 reactivation」、「synthetic lethality」、「p53 drug development」などが含まれた。レビューの対象論文は、基礎研究、前臨床研究、および初期臨床試験に関するもので、特にp53経路の分子メカニズム、新規薬剤候補の同定、および治療戦略の概念実証に焦点を当てた。選択基準は、英語で書かれた査読付き論文とし、総説、オリジナル論文、会議録抄録を含んだ。除外基準は、p53経路に直接関連しない研究や、薬剤開発に焦点を当てていない報告とした。本レビューは、特定の統計解析手法を用いるメタアナリシスではなく、既存の知見をまとめる narrative review (ナラティブレビュー) の形式で実施された。エビデンスレベルの評価は行わず、広範な文献から得られた概念的および実験的進展を統合的に考察した。また、統計的な比較や生存解析の評価においては、ログランク (log-rank) 検定やコックス回帰 (Cox regression) 分析、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法を用いた先行研究のデータを精査した。さらに、基礎研究における細胞株データとして、A549、H1299、MCF-7、Saos-2 (sarcoma osteogenic-2) などの細胞株を用いた実験結果を比較分析した。