- 著者: Fumihiro Yamaguchi, Satoshi Kugawa, Hidetsugu Tateno, Fumio Kokubu, Kunihiko Fukuchi
- Corresponding author: Fumihiro Yamaguchi (Showa University School of Medicine, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2012
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 23026641
背景
肺癌における分子検査、特にEGFRやKRAS遺伝子変異の検出は、治療方針決定において極めて重要である。EGFR変異はEGFR-TKI (チロシンキナーゼ阻害薬) への著しい臨床的奏効と関連し、変異陽性NSCLC患者に対する一次治療としての有効性が確立されていると報告されている (Maemondo et al. NEnglJMed 2010、Mitsudomi et al. LancetOncol 2010)。一方、KRAS変異はEGFR-TKIに対する原発性耐性と関連することが報告されており (Pao et al. PLoSMed 2005)、EGFR変異とKRAS変異は相互に排他的であるとされる (Kosaka et al. CancerRes 2004、Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005)。これらの変異解析は通常、外科手術検体や生検標本を用いて行われる。
しかし、臨床現場では、特に進行期肺癌患者において、気管支鏡検査で十分な量の組織検体が得られないことがしばしばある。このような場合、細胞診標本(喀痰や気管支肺胞洗浄液 (BAL) など)が診断に用いられるが、これらの細胞診標本を用いた分子検査の感度には課題が残されていた。気管支鏡下カーレット洗浄液は、気管支鏡で腫瘍部位を直接スクレイピングした後に生理食塩水で洗浄・回収するもので、細胞診評価には利用されてきたが、分子検査への系統的な応用はこれまで十分に検討されていなかった。この領域には知識のギャップが存在し、低侵襲な検体を用いた分子診断法の開発が不足していた。
また、EGFR L747S変異は、EGFR-TKI治療後の獲得耐性に関連する変異として報告されていたが (Costa et al. JClinOncol 2008)、TKI未投与患者におけるde novo L747S変異の存在については未解明な点が多かった。P53遺伝子変異も肺癌の発生と進展に重要な役割を果たす腫瘍抑制遺伝子の機能喪失変異として知られており (Brown et al. NatRevCancer 2009)、その変異パターンや臨床的意義の解明も不足していた。本研究は、気管支鏡下カーレット洗浄液を用いたEGFR、KRAS、P53変異の系統的解析を行い、その臨床的有用性を評価することを目的とした。
目的
本研究の目的は、気管支鏡下カーレット洗浄液から採取した細胞を用いて、肺癌患者77例におけるEGFR、KRAS、P53遺伝子変異をダイレクトシーケンシング法で解析し、以下の点を明らかにすることである。(1) カーレット洗浄液が分子検査の材料として適用可能であるか、その検出感度と組織検体との一致率を評価する。(2) 各遺伝子変異(EGFR、KRAS、P53)の頻度、共存パターン、およびそれらの臨床病理学的特徴(性別、喫煙歴、病期、組織型)との関連を詳細に解析する。(3) 特に、EGFR L747S変異がTKI未投与患者においてde novoで存在しうるかを確認し、その臨床的意義を考察する。(4) EGFR変異とP53変異の共存が癌の進行や治療抵抗性に関連するかを評価し、P53変異が病期進行と独立して関連するかを多変量解析で検証する。これらの解析を通じて、低侵襲なカーレット洗浄液が肺癌の個別化医療における分子診断に寄与しうるかを検証する。
結果
変異検出頻度の全体像と排他的関係: 全77例中、54% (42/77例) で少なくとも1つの遺伝子に変異が認められた。EGFR変異は27% (21/77例) に検出され、合計23個のEGFR変異が同定された。KRAS変異は1% (1/77例) と低頻度であった。P53変異は36% (28/77例) に検出され、合計30個のP53変異が同定された。EGFR変異とKRAS変異は共存せず、排他的な関係が確認された。また、KRAS変異はEGFRまたはP53変異を有する患者では検出されなかった。EGFR変異のうち、exon 19欠失およびexon 21 L858RがEGFR変異全体の87% (20/23) を占め、患者ベースでは95% (20/21) であった (Table 5)。
EGFR変異と臨床病理学的特徴: EGFR変異は女性で44% (11/25例) に認められ、男性の19% (10/52例) と比較して有意に高率であった (p=0.044)。また、非喫煙者では52% (12/23例) にEGFR変異が検出され、喫煙者の17% (9/54例) と比較して有意に高率であった (p=0.004)。多変量ロジスティック回帰分析では、喫煙量 (パック年) の増加に伴いEGFR変異の頻度が有意に減少することが示された (OR 0.963; 95% CI 0.934-0.993; p=0.017)。年齢、性別、病期、細胞診診断はEGFR変異と有意な関連を示さなかった (Table 4)。
P53変異と臨床病理学的特徴: P53変異は男性で46% (24/52例) に認められ、女性の16% (4/25例) と比較して有意に高率であった (p=0.02)。病期別では、ステージI-IIの12% (3/26例) に対し、ステージIII-IVでは49% (25/51例) と有意に高頻度であった (p=0.003)。特にSCLC患者では89% (8/9例) と極めて高率にP53変異が検出され、NSCLC患者の29% (20/68例) と比較して有意差が認められた (p=0.001)。多変量解析では、P53変異は進行期 (ステージIII-IV vs I-II) と強く関連しており (OR 5.726; 95% CI 1.373-23.880; p=0.017)、SCLC診断とも有意に関連していた (OR 0.082; 95% CI 0.008-0.793; p=0.031) (Table 4)。
De novo EGFR L747S変異の検出: EGFR-TKI未投与の3例において、EGFR L747S変異が検出された。この変異は通常、EGFR-TKI治療後の獲得耐性に関連すると報告されていたものである。3例中1例はSCLC患者であった。L747S変異を有する患者のうち2例ではP53変異も共存していた。L747S変異を持つ62歳女性の現喫煙者患者は、三次治療としてEGFR-TKIを投与されたが、臨床症状および画像所見の改善は認められず、臨床的な一次耐性を示した。この結果は、L747S変異がde novoで存在し、初回TKI投与前から固有の耐性機序となりうる可能性を初めて示唆するものである。また、EGFR exon 20挿入変異 (D770_N771insGF) も1例のEGFR-TKI未投与喫煙者で検出された。これらの耐性関連変異は、いずれも重喫煙者 (>30パック年) の患者でのみ検出された。
EGFRとP53の共変異と進行癌との関連: EGFR変異陽性21例のうち38% (8例) でP53変異が共存していた。興味深いことに、これら8例は全て進行肺癌 (ステージIIIまたはIV) と診断されていた。この共存変異を持つ患者群には、exon 19欠失が3例、L747Sが2例、L858Rが3例 (うち1例はE709Gとの二重変異) が含まれた。P53変異は、多変量解析において進行期 (ステージIII-IV) と有意に強く関連しており (OR 5.726; 95% CI 1.373-23.880; p=0.017)、病期が進行するにつれてP53変異が蓄積する可能性が示唆された。
カーレット洗浄液による変異検出の妥当性: 組織検体と細胞診標本の両方が利用可能であった18例の腺癌患者において、臨床検査室で実施された組織検体を用いたEGFR変異解析結果 (exon 19欠失3例、L858R 3例、変異なし6例) と、カーレット洗浄液を用いた本研究の結果は100% (12/12例) 一致した。この高い一致率は、カーレット洗浄液が分子診断材料として信頼性が高いことを裏付けるものである。また、PCRの検出感度評価では、EGFR exon 19欠失を有するPC9細胞のDNAが256倍希釈 (腫瘍細胞含量約1%に相当) まで検出可能であることが確認された。これは、本研究の全77症例において、腫瘍細胞が1%以上含まれていれば変異検出に十分な細胞数があることを示唆し、臨床検体への適用妥当性を支持する。
P53変異の分布と特性: 検出された30個のP53変異のうち、73% (22/30) がexon 4からexon 8のコドン102から292に位置するDNA結合ドメインに集中していた (Table 6)。変異のタイプとしては、63% (19/30) がミスセンス変異であった。G:CからT:Aへの転換 (G to T) は6例 (喫煙者5例、非喫煙者1例) に認められ、これは喫煙関連のP53変異パターンと一致する。フレームシフト変異および終止コドン変異 (nonsense) はそれぞれ3個ずつ検出され、P53機能喪失の多様な機序が存在することが示された。SCLC症例ではP53変異率が89% (8/9例) と特に高く、SCLCの腫瘍発生におけるP53変異の中心的な役割を支持する既報の知見と一致した。EGFR変異とP53変異の共存例8例は全て進行期 (Stage III/IV) であったことから、TP53機能喪失がEGFR変異陽性肺癌の進展や転移を促進する可能性が示唆された。
考察/結論
本研究は、気管支鏡下カーレット洗浄液から採取した細胞を用いて、肺癌患者におけるEGFR、KRAS、P53遺伝子変異をダイレクトシーケンシング法で系統的に解析できることを初めて示した。この結果は、組織生検が困難な症例において、カーレット洗浄液が代替的な分子検査材料として実用的な選択肢となりうることを示唆する。
新規性: 最も重要な新規知見は、EGFR-TKI未投与の3例(うち1例はSCLC)において、通常はEGFR-TKI治療後の獲得耐性変異として報告されるEGFR L747S変異がde novoで検出されたことである。これは、L747S変異が初回TKI投与前から存在しうる固有の耐性機序となりうることを示唆するものであり、これまでの報告とは異なる新たな知見である。この発見は、EGFR-TKI治療前のスクリーニングにおいて、L747S変異の存在を考慮する必要があることを示唆する。
先行研究との違い: 本研究では、EGFR変異とP53変異の共存が認められた8例全てが進行期肺癌 (ステージIIIまたはIV) であった。これは、P53変異が肺癌の進展や転移と関連するという先行研究の報告を支持するものであるが、特にEGFR変異との共存が進行期に限定されるという点は、両変異の相互作用が癌の悪性度を高める可能性を示唆しており、これまでの報告と比較してより具体的な臨床的含意を持つ。また、P53変異が進行期肺癌で有意に高頻度であるという多変量解析の結果 (OR 5.726, 95% CI 1.373-23.880, p=0.017) は、P53機能喪失が癌の進行を加速させるという仮説を強く支持する。
臨床応用: カーレット洗浄液は、気管支鏡検査時に追加の侵襲なく採取できるという大きな利点がある。組織検体の採取が困難な患者や、繰り返し分子検査が必要な患者にとって、この低侵襲なアプローチは分子診断の機会を拡大し、個別化医療の推進に貢献しうる。特に、EGFR L747S変異がde novoで存在しうるという知見は、EGFR-TKI治療前の分子スクリーニングの重要性を再認識させ、治療戦略の最適化に役立つ可能性がある。
残された課題: 本研究の限界としては、ダイレクトシーケンシング法の変異検出感度が、次世代シーケンシング (NGS) やデジタルPCR (ddPCR) などの高感度な方法と比較して低い点が挙げられる。ダイレクトシーケンシングの検出限界は腫瘍細胞含量約20-25%以上とされるため、腫瘍細胞が少ない検体では変異を見落とす可能性がある。また、本研究は少数例での横断的解析であり、EGFRとP53変異の共存がEGFR-TKIに対する獲得耐性や癌の進行を実際に加速させるかどうかについては、大規模な前向き臨床研究によるさらなる検証が今後の検討課題として残されている。将来的には、カーレット洗浄液を用いた分子検査のアプローチは、液体生検 (ctDNA) や気管支鏡下超音波 (EBUS) ガイド下生検などの、より低侵襲で高感度なバイオマーカー検査技術の発展と組み合わせて、その有用性がさらに高まる可能性がある。
方法
本研究は、昭和大学藤が丘病院において2009年4月から2010年10月までに治療を受けた肺癌患者77例を対象とした後方視的コホート研究である。研究は昭和大学ゲノム研究倫理委員会から承認 (承認番号113) を得ており、全患者から書面によるインフォームドコンセントを取得した。
検体採取は、気管支鏡診断時に原発腫瘍部位をカーレットでスクレイピングした後、5 mLの生理食塩水で洗浄・回収することで行った。回収された洗浄液の半分は細胞診評価に供され、残りの半分は分子検査用に-80℃で保存された。細胞診の結果は患者選択には影響しなかった。77例中40例では、組織学的および細胞学的標本の両方が利用可能であり、これらには腺癌18例、扁平上皮癌12例、未分類NSCLC 1例、小細胞肺癌 (SCLC) 9例が含まれた。
DNA抽出は、洗浄液を8000 rpmで5分間遠心分離して得られた細胞ペレットから、QIAamp DNA Miniキット (Qiagen社製) を用いて行った。抽出されたDNA量は600 ngから3000 ng/症例の範囲であった。EGFR遺伝子 (exon 18-21)、KRAS遺伝子 (exon 2)、P53遺伝子 (exon 2-9) の変異ホットスポット領域を対象に、Table 1に示されたプライマーを用いてPCR増幅を行った。PCR反応はGene Amp PCR System 9700 (Roche社製) を使用し、反応液25 μL中にテンプレートDNA 50 ng、Platinum Taq DNA polymerase (Invitrogen社製) 0.1ユニット、各プライマー25 pmol、dNTP 5 nmolを含んだ。サイクリング条件は95℃で30秒、60℃で30秒、72℃で60秒を35サイクルとした。PCR産物は5%ポリアクリルアミドゲルまたは1.5%アガロースゲルで電気泳動後、臭化エチジウム染色により確認した。
PCR産物はBigDye terminator kitおよびABI Prism 3130 xl (Applied Biosystems社製) を用いてダイレクトシーケンシングを行い、異なるプライマーでのシーケンシングにより変異を確認した。フレームシフト変異が疑われる場合は、PCR産物をpGEM T easy vector (Promega社製) にライゲーションし、JM109細胞に形質転換後、複数のクローンを選択してプラスミドDNAをシーケンシングした。各遺伝子の参照配列はGenBank (EGFR: NG_007726; KRAS: NG_007524; P53: NC_000017) から取得した。
PCRの検出感度評価のため、EGFR exon 19欠失を有するPC9細胞のDNAを野生型ヒトリンパ球DNAで2倍希釈系列を作成し、ダイレクトシーケンシングによる検出限界を評価した。統計解析にはFisherの正確検定またはPearsonのカイ二乗検定を用いて2つのカテゴリカル変数の関連を単変量解析した。複数の変数がEGFRまたはP53変異に与える調整効果はロジスティック回帰モデルを用いて評価し、結果はオッズ比 (OR) と95%信頼区間 (CI) で示した。P値が0.05未満を有意と判断し、すべての解析はDr.SPSS II (SPSS社製) を用いて実施した。