Article data
- 著者: Wenjun Zhou, Dalia Ercan, Liang Chen, Cai-Hong Yun, Danan Li, Marzia Capelletti, Alexis B. Cortot, Lucian Chirieac, Roxana E. Iacob, Robert Padera, John R. Engen, Kwok-Kin Wong, Michael J. Eck, Nathanael S. Gray, Pasi A. Jänne
- Corresponding author: Nathanael S. Gray (Nathanael_Gray@dfci.harvard.edu) および Pasi A. Jänne (pjanne@partners.org), Dana-Farber Cancer Institute, Boston
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2009
- Epub日: 2009-12-24
- Article種別: Original Article
- PMID: 20033049
背景
EGFR (epidermal growth factor receptor) 変異を有する非小細胞肺癌 (NSCLC) では gefitinib / erlotinib などの EGFR チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) が高い奏効率を示す。IPASS 試験において gefitinib が EGFR 変異陽性 NSCLC の一次治療として化学療法を上回ることが示され (Mok et al. NEnglJMed 2009)、Kobayashi らは EGFR 変異 (L858R および delE746_A750) が gefitinib / erlotinib に対する感受性と ATP 比でのキナーゼ親和性変化を予測することを示した (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005)。しかし、これら EGFR-TKI の臨床効果は acquired resistance により最終的に限界に達し、耐性患者の約 50% では EGFR の gatekeeper 残基 T790M 変異が原因として検出されることが複数のグループにより報告された。T790M は ABL T315I と異なり gefitinib との直接的な立体障害は小さいが、ATP 親和性を野生型 EGFR (WT EGFR) に近い水準に回復させることで ATP 競合的な quinazoline 系阻害薬の有効性を低下させる (Yun et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008)。
この問題に対して第二世代の不可逆 EGFR 阻害薬 CL-387,785、HKI-272 (neratinib)、PF00299804 (dacomitinib)、CI-1033 (canertinib) が開発され、EGFR Cys797 と Michael 付加反応による共有結合を形成することで ATP 親和性の高い T790M を前臨床モデルで阻害できることが示された。しかしこれらはすべて anilinoquinazoline 骨格を共有しており WT EGFR に対しても高い活性を保持するため、T790M 阻害に必要な血中濃度に到達する前に皮膚症状・下痢などの WT EGFR 阻害由来の用量制限毒性が発現する。実際に HKI-272 (phase II)、CI-1033 (phase II)、PF00299804 (phase I) の臨床試験では gefitinib/erlotinib 耐性 NSCLC での臨床的有効性は限定的で、dose-limiting toxicity が問題となった。すなわち「T790M を選択的に抑制し WT EGFR は温存する」変異選択的阻害薬が不足しており、従来の quinazoline 骨格の制約を離れた新規足場の探索が gap in knowledge であった。
目的
Quinazoline 骨格の制約から離れ、(1) T790M を選択的に阻害し WT EGFR を温存する新規骨格の共有結合型阻害薬を機能的細胞スクリーニングで同定する、(2) X 線結晶構造解析により変異選択性の構造的根拠を解明する、(3) EGFR T790M マウス肺癌モデルで in vivo 有効性と忍容性を実証する、(4) T790M 出現予防としての初回治療応用可能性を評価することを目的とする。
結果
スクリーニングによる新規 pyrimidine 系共有結合型 EGFR 阻害薬の同定:不可逆ライブラリの機能的細胞スクリーニングにより 3 種の近縁 anilinopyrimidine 化合物 WZ3146 (X=O, Y=H)、WZ4002 (X=O, Y=OMe)、WZ8040 (X=S, Y=H) を同定した (Fig. 1a)。これら WZ 化合物は PC9GR (delE746_A750/T790M) における IC50 が HKI-272 比 約300-fold 低い値を示し (n=6 replicates per assay, 3 independent experiments; Supplementary Table 1)、H1975 (L858R/T790M) および Ba/F3-T790M 細胞でも同様の顕著な potency 増強を示した (Fig. 1b)。IC50 値は PC9GR および H1975 において低 nM 域を達成しており、pEGFR / pAKT / pERK1/2 の阻害とよく相関した (Fig. 1c)。NIH-3T3-delE746_A750/T790M 細胞においても WZ4002 は CL-387,785 / HKI-272 / gefitinib を大きく上回る pEGFR 阻害を示した (Fig. 1d)。一方 ERBB2 gatekeeper 変異 (T798I) 発現 NIH-3T3 細胞では WZ 化合物は効果を示さず、ERBB family 横断的な抑制毒性は低かった。また recombinant EGFR T790M に WZ3146 を加えた electrospray MS 解析により 1 分子付加の化学量論的付加体形成を確認し、pepsin 消化 LC-MS/MS で Cys797 への共有結合性 adduct を同定した (Supplementary Fig. 4)。これにより WZ 化合物が設計通りの covalent 機序で EGFR Cys797 に結合することが直接証明された。
野生型 EGFR に対する高い選択性と in vivo での温存:EGFR WT HN11 細胞および Ba/F3-EGFRvIII (WT kinase domain) において WZ4002 は CL-387,785 / HKI-272 比 3-100-fold 低い増殖抑制活性を示し (Fig. 2a)、NIH-3T3-WT EGFR での pEGFR 阻害能は quinazoline 系比 100-fold 弱かった (Fig. 2b)。Recombinant タンパクを用いた kinase アッセイでも WZ4002 は L858R/T790M を WT より強く阻害し、HKI-272 / gefitinib とは逆のプロファイルを呈した (Supplementary Fig. 7)。Ambit 400-kinase パネルでは WZ4002 は EGFR 以外に Cys 残基を持つ TEC family kinase (BMX, BLK) 等の subset に結合したが、TEL-fusion Ba/F3 assay では WZ4002 は WZ3146 より EGFR 選択的であった。野生型温存の直接的 in vivo 証拠として、マウス毛包の IHC では erlotinib が pEGFR 陽性率を vehicle 対照比で有意に低下させたのに対し (n=3)、WZ4002 (n=2) は変化なく (Fig. 2c, d)、WZ4002 が生体内で WT EGFR を阻害しないことを直接示した。
WZ4002–EGFR T790M 共結晶構造と変異選択性の構造基盤:WZ4002–EGFR T790M 複合体の結晶構造 (Protein Data Bank (PDB) 3IKA, 2.9 Å 分解能, R=21.3%, Rfree=25.4%) により変異選択性の構造基盤が解明された (Fig. 3)。WZ4002 は EGFR T790M の active conformation (C-helix inward, DFG-in) の ATP 結合クレフトに結合し、anilinopyrimidine コアが hinge 残基 Met793 の主鎖アミドおよびカルボニルと bidentate 水素結合を形成する。pyrimidine 環上の Cl 置換基が gatekeeper 変異残基 Met790 と疎水接触し、Met790 の疎水性がこの接触を強化することで T790M 選択性に寄与する。aniline 環の OMe 基は Leu792/Pro794 へと伸び、linker phenyl 環が pyrimidine コアと直交することで acrylamide が Cys797 thiol と共有結合を形成する幾何配置となる。WT EGFR (Thr790) では疎水性接触が成立せず、JAK3 (Tyr792 相当) / TEC family (Phe 相当) では OMe 基との立体衝突が生じるため選択性が担保される。reversible 類縁体 WZ4003 (Cys797 非反応性) でも L858R/T790M に対し WT 比 100-fold tight binding を示し (Supplementary Table 10)、anilinopyrimidine 骨格自体が変異選択的であることが確認された。細胞レベルでは EGFR C797S 変異体に対する WZ4002 の IC50 が 100-fold 上昇することから、強力な細胞活性には共有結合形成が不可欠であることが示された (Supplementary Table 2)。
マウスモデルにおける in vivo 有効性と忍容性:WZ4002 の PK データは経口投与後の最高血漿中濃度 429 ng/mL、半減期 2.5 h、経口 bioavailability 24% であった (Supplementary Table 6-8)。EGFR-TL (T790M/L858R) および EGFR-TD (delE746_A750/T790M) トランスジェニックマウスへの WZ4002 25 mg/kg/day 投与では、2 用量 (2.5 mg/kg および 25 mg/kg) ともに pEGFR / pAKT / pERK1/2 の顕著な抑制が確認された (Fig. 4a)。腫瘍の IHC では TUNEL 陽性細胞の増加と Ki67 陽性細胞の減少が vehicle 対照と比較して有意差をもって示された (n=4 per group, P < 0.05, Fig. 4b, c)。MRI による腫瘍体積評価では 2 週間の投与で vehicle 群に対して有意な腫瘍縮小が両 T790M モデルで得られた (P=0.018, Fig. 4d, e)。組織学的には tumor nodule の消失と線維化を示す改造/瘢痕形成が確認された (Fig. 4f)。忍容性については体重変化・血清 creatinine・白血球数 (WBC) に毒性所見がなく (Supplementary Fig. 10)、WT EGFR 温存と整合した良好な忍容性が示された。
T790M 耐性クローンの出現予防:ENU mutagenesis を用いた耐性出現試験において、gefitinib または HKI-272 を臨床達成可能血中濃度で使用した場合は T790M 含有耐性クローンが容易に出現するのに対し、WZ4002 処理 Ba/F3-L858R (100 nM, 1 μM) および PC9 NSCLC 細胞からは T790M 含有クローンが 1 例も単離されなかった (Supplementary Table 9)。これは WZ4002 が T790M 変異を保有する耐性クローンの出現を阻止できる可能性を示しており、既存の EGFR 変異 NSCLC に対する初回治療としての応用可能性を示唆する。
考察/結論
本研究は、従来の anilinoquinazoline 骨格とは全く異なる anilinopyrimidine + acrylamide warhead という薬剤化学的アプローチにより、EGFR T790M を選択的に阻害し WT EGFR は温存するという性質を兼備した変異選択的 EGFR-TKI クラスを初めて同定したものである。これまでの研究では Cys797 への共有結合が T790M 阻害に有利であることは知られていたが (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005)、既存の不可逆阻害薬 (HKI-272, CI-1033, PF00299804) はいずれも quinazoline 骨格に依存し WT EGFR にも同等以上の活性を示すため臨床的成功は限定的だった。先行研究と異なり、WZ4002 は骨格レベルで T790M (Met790) の疎水性に適合するよう最適化されており、reversible 類縁体 WZ4003 でも T790M/WT 選択比 100-fold を達成することから「共有結合に依存しない骨格自体の変異選択性」が新規の点である。
WZ4002 の新規な点は、(1) quinazoline に依存しない pyrimidine 骨格で T790M を選択的に阻害すること、(2) 30-100-fold の T790M 選択性と 100-fold の WT EGFR 温存を細胞・生体の両レベルで示すこと、(3) マウスモデルで毒性なく有意な腫瘍縮小を達成すること、(4) T790M 耐性クローン出現を予防できる可能性を示すことにある。本研究で初めて実証されたこれらの性質は、その後の第三世代 EGFR-TKI 開発 (osimertinib [AZD9291]、rociletinib [CO-1686]、HM61713 など) に直接の理論的・化学的基盤を提供した。また「変異キナーゼに対する機能的薬理スクリーニング」という方法論は、耐性変異または発癌性変異に対する mutant-selective キナーゼ阻害薬探索の汎用戦略として位置づけられた (ABL T315I や BCR-ABL 等への応用可能性も論文で言及)。
臨床応用の観点からは、WZ4002 の変異選択性により EGFR 変異 NSCLC 患者において WT EGFR 由来の皮膚症状・下痢という用量制限毒性を回避しながら T790M 獲得耐性を克服できる臨床的意義を持つ。さらに初回治療としての使用により T790M 出現を予防し gefitinib 比より長い疾患進行までの時間を達成できる可能性が示唆され、この bench-to-bedside の方向性はその後 osimertinib の第 III 相 FLAURA 試験で EGFR 変異 NSCLC 一次治療における PFS 延長として実証された。
残された課題としては、(1) WZ4002 そのものの臨床 PK 最適化と Phase I/II 試験における安全性・有効性検証、(2) 三次変異 C797S による耐性 (本研究でも C797S に対し IC50 100-fold 上昇が確認された点が limitation として存在し、臨床的耐性機序の全貌は未解明)、(3) BMX / BLK / JAK2 / JAK3 等の off-target Cys kinase 阻害の臨床的影響、(4) 第三世代 TKI の最適投与シークエンス (first-line vs. post-gefitinib sequential) に関する臨床試験デザイン、(5) 同一 mutant-selective 戦略を BCR-ABL T315I など他の gatekeeper 変異への応用展開といった future research が今後の検討課題として挙げられる。
方法
Cys797 への Michael 付加反応に適した acrylamide warhead を側鎖として持つ多様なキナーゼ阻害薬コア骨格の focused 不可逆ライブラリを構築した。スクリーニング条件は、PC9GR (gefitinib-resistant, delE746_A750/T790M) と PC9 (delE746_A750, gefitinib 感受性) の両細胞株の増殖を阻害し、かつ A549 (KRAS 変異) および H3122 (EML4-ALK) 細胞株には 10 μM まで毒性を示さない化合物を選択するものとした。比較対照として可逆性阻害薬 gefitinib、不可逆 quinazoline 系阻害薬 CL-387,785 および HKI-272 を使用した。Hit 化合物の IC50 は MTS (3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium) colorimetric 増殖アッセイで測定した。評価に使用した細胞株は NSCLC 細胞株 (PC9GR, PC9, H1975 [L858R/T790M])、Ba/F3 細胞株パネル (各種 EGFR 変異体 TEL (translocation ETS leukemia) fusion を含む)、NIH-3T3 細胞株 (各種 EGFR 変異体安定発現) である。シグナル伝達解析は Western blot による pEGFR / pAKT / pERK1/2 評価で行った。Ambit 400-kinase パネルスクリーニングにより選択性プロファイルを取得し (10 μM 投与で 95% 以上阻害のキナーゼを同定)、TEL-fusion Ba/F3 細胞 (BMX (bone marrow kinase X-linked), BLK (B lymphocyte kinase), JAK2, JAK3) で off-target Cys kinase 阻害の機能的確認を実施した。共有結合の確認には recombinant EGFR T790M タンパクと WZ3146 を反応させ electrospray mass spectrometry で付加体の化学量論を定量し、pepsin 消化後 LC-MS/MS (liquid chromatography-tandem mass spectrometry) により修飾部位を同定した。WZ4002–EGFR T790M 複合体の結晶構造解析 (PDB 3IKA) は 2.9 Å 分解能まで回折データを収集し、結晶学的 R 値 21.3% (Rfree 25.4%) に精密化した。薬物動態 (PK) 試験は Sai Advantium Pharma が実施し、血漿中濃度・半減期・経口 bioavailability を評価した。In vivo 試験は EGFR-TL (T790M/L858R) トランスジェニックマウスおよび EGFR-TD (exon19 del/T790M) 誘導性 bitransgenic マウスに対し WZ4002 25 mg/kg/day を経口 (gavage) 投与し、MRI で腫瘍体積を 0 週・2 週で追跡した。免疫組織化学 (IHC) で pEGFR, TUNEL (terminal deoxynucleotidyl transferase dUTP nick end labeling), Ki67 を定量し、毛包 IHC で WT EGFR in vivo 阻害を erlotinib と比較した。耐性出現評価は N-ethyl-N-nitrosourea (ENU) mutagenesis を EGFR L858R および delE746_A750 Ba/F3 細胞に適用し、WZ4002 (100 nM または 1 μM)、HKI-272 (200 nM)、gefitinib (1 μM) 存在下で耐性クローンを選択・単離・シークエンス確認した。統計解析は平均 ± 標準偏差で表記し、群間比較には unpaired Student’s t-test を用いて P 値を算出した (有意差閾値 P < 0.05)。