- 著者: Cai-Hong Yun, Kristen E. Mengwasser, Angela V. Toms, Michele S. Woo, Heidi Greulich, Kwok-Kin Wong, Matthew Meyerson, Michael J. Eck
- Corresponding author: Michael J. Eck (eck@red.dfci.harvard.edu, Dana-Farber Cancer Institute / Harvard Medical School)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences USA
- 発行年: 2008
- Epub日: 2008-02-12
- Article種別: Original Article
- PMID: 18227510
背景
表皮成長因子受容体 (EGFR) のチロシンキナーゼ領域における活性化変異は、非小細胞肺がん (NSCLC) の主要な原因遺伝子として同定されている。特に、exon 19 の欠失変異や L858R 一塩基置換変異を有する肺腺がんは、初期治療において可逆的 EGFR チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) である gefitinib や erlotinib に対して極めて高い感受性を示すことが、Paez et al. Science 2004、Lynch et al. NEnglJMed 2004、および Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004 などの先行研究によって報告されている。これらの活性化変異は、キナーゼの自己阻害状態を不安定化させて恒常的な活性化を引き起こすだけでなく、ATP に対する親和性を低下させ、結果として TKI に対する感受性を高めるという機序が示されていた。しかし、臨床的にはこれらの TKI による治療開始後、約半数の症例においてゲートキーパー残基であるスレオニン 790 のメチオニン置換 (T790M) という二次変異が生じ、獲得耐性 (acquired resistance) が誘導されることが Kobayashi et al. NEnglJMed 2005 や Pao et al. PLoSMed 2005 によって明らかにされた。当時、この T790M 変異による耐性獲得のメカニズムについては、「メチオニンの嵩高い側鎖が ATP 結合ポケットへの TKI の進入を立体的に阻害する」という立体障害モデルが支配的な仮説であった。しかし、このモデルは、構造的に類似した不可逆阻害薬 (CL-387,785、EKB-569、HKI-272 など) が T790M 変異体に対しても有効であるという Kwak et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005 などの知見と矛盾しており、真の耐性機序は未解明のままであった。このように、立体障害仮説のみでは説明できない構造生物学的・生化学的な矛盾が存在し、T790M 変異が薬物感受性を低下させる詳細な分子メカニズムに関する直接的な検証データが不足しているという課題が残されていた。
目的
本研究の目的は、EGFR T790M ゲートキーパー変異による TKI 耐性獲得の真の生化学的および構造生物学的メカニズムを解明することである。具体的には、以下の 4 つの課題を検証することを目的とする。第一に、野生型 (WT)、L858R、T790M、および L858R/T790M 二重変異 EGFR キナーゼドメインに対する gefitinib および AEE788 の直接結合定数 (Kd) を測定し、立体障害仮説の妥当性を直接検証する。第二に、各変異体の ATP に対するミカエリス・メンテン定数 (Km) および分子ターンオーバー数 (kcat) を測定し、T790M 変異が触媒活性および ATP 親和性に与える影響を定量的に評価する。第三に、T790M 変異キナーゼの apo 体、ならびに AEE788 および不可逆的阻害薬 HKI-272 との共結晶構造を決定し、阻害薬がどのように結合ポケットに収容されるかを原子レベルで可視化する。第四に、細胞内の生理的 ATP 濃度下における見かけの阻害定数 (Ki(app)) を算出し、T790M 変異による耐性が立体障害ではなく ATP との競合によって生じるという新たな耐性モデルを提示することである。
結果
T790M変異体における高親和性阻害薬結合の維持: 直接結合アッセイを用いた蛍光消光測定により、gefitinib に対する各 EGFR キナーゼドメインの直接結合定数 (Kd) を測定した (Table 1)。その結果、驚くべきことに、T790M 単独変異体および L858R/T790M 二重変異体は、依然として低ナノモル規模の極めて高い親和性で gefitinib に結合することが判明した。具体的な Kd 値は、WT で 35.3 ± 0.4 nM、T790M で 4.6 ± 0.1 nM、L858R で 2.4 ± 0.1 nM、L858R/T790M で 10.9 ± 0.6 nM であった (n=3 replicates)。L858R/T790M 二重変異体における gefitinib 親和性は、感受性変異である L858R 単独体と比較して約 4.5-fold 低下したに過ぎず、臨床的に T790M 変異が獲得耐性の約 50% を占めるという事実や、細胞レベルで観察される 100-fold 以上の感受性低下を説明するには全く不十分であった。また、ピロロピリミジン系阻害薬 AEE788 に対しても、L858R/T790M は 18.6 ± 0.5 nM という強力な結合親和性を維持していた (L858R では 1.1 ± 0.1 nM)。これらの直接結合データは、T790M 変異が阻害薬の結合を立体的に阻害するという従来の「立体障害」仮説を直接的に否定するものである (Fig. 1)。
T790M変異キナーゼの結晶構造解析と阻害薬収容機構: T790M 変異が阻害薬結合を阻害しない構造的理由を解明するため、X 線結晶構造解析を行った。T790M/AEE788 複合体構造 (PDB ID: 2JIU) では、キナーゼは活性型構造 (active conformation) をとり、AEE788 のピロロピリミジン環がヒンジ領域の Met793 と 2 本の水素結合を形成していた (Fig. 2A)。T790M 変異によるメチオニンの嵩高い側鎖は、apo 体 (PDB ID: 2JIT) と比較して異なるロタマー (rotamer; 側鎖立体配座) へと回転することにより、阻害薬のフェネチルアミン置換基を衝突なく収容 (accommodation) していた (Fig. 2B)。一方、不可逆的阻害薬 HKI-272 との複合体構造 (PDB ID: 2JIV) では、キナーゼは C-helix が外側に変位した不活性型構造 (inactive conformation) をとっていた (Fig. 2C)。この不活性型構造によって形成される拡張された疎水性ポケットに、HKI-272 の 2-pyridinyl 基およびニトリル置換基が収まり、Met790 側鎖との立体衝突を回避していた。さらに、HKI-272 のクロトンアミド基と Cys797 の側鎖との間に共有結合 (covalent bond) が形成されていることが電子密度マップから確認された (Fig. 2D)。この結晶構造解析は n=1 crystal ずつを用いて行われ、分解能は 2.8 Å であった。
T790M変異によるATP親和性の劇的な回復: 定常状態の酵素速度論解析により、各変異体の ATP に対する Km 値および kcat 値を測定した (Table 2)。L858R 単独変異体は、WT (Km = 5.2 ± 0.2 μM) と比較して ATP 親和性が著しく低下し、Km(ATP) が 148 ± 4 μM へと約 28-fold に増大していた。しかし、二次変異である T790M が導入された L858R/T790M 二重変異体では、Km(ATP) が 8.4 ± 0.3 μM へと劇的に低下し、WT と同等レベルの極めて高い ATP 親和性を回復することが示された (n=3 replicates)。この ATP 親和性の回復は約 17-fold に達する。また、T790M 単独変異体は WT と同等の Km(ATP) (5.9 ± 0.1 μM) を示しつつ、kcat が WT の 0.026 s⁻¹ から 0.137 s⁻¹ へと約 5-fold に上昇しており、キナーゼ活性自体を活性化する性質を有していた。L858R/T790M の触媒効率 (kcat/Km) は 5.43 × 10⁻² μM⁻¹·s⁻¹ であり、L858R 単独体 (1.00 × 10⁻² μM⁻¹·s⁻¹) の約 5.4-fold に達していた。
生理的ATP濃度下における阻害薬競合の定量的検証: 得られた生化学的パラメータに基づき、細胞内の生理的 ATP 濃度 (約 1 mM) における見かけの阻害定数 Ki(app) を算出した (Fig. 3A)。L858R 単独体では、ATP 親和性が低いため (Km = 148 μM)、1 mM ATP 存在下でも Ki(app) は低ナノモル範囲に維持され、gefitinib による有効な阻害が可能である。これに対し、L858R/T790M 二重変異体では、ATP 親和性が劇的に回復しているため (Km = 8.4 μM)、1 mM ATP 存在下では強力な ATP 競合が生じ、Ki(app) が 1.3 μM へと 100-fold 以上に上昇して阻害効果が著しく減弱する。この理論的予測は、in vitro キナーゼ阻害アッセイによって直接検証された。L858R/T790M は 10 μM ATP 条件下では gefitinib により IC50 10 nM 規模で強力に阻害されたが、1.0 mM ATP 条件下では完全に耐性化した (Fig. 3C)。一方、L858R 単独体は 1.0 mM ATP 条件下でも十分な感受性を維持していた (Fig. 3B)。この阻害実験は n=3 replicates で実施され、統計的有意差 (p<0.05) が確認された。
考察/結論
本研究は、EGFR T790M ゲートキーパー変異による可逆的 TKI 耐性の真のメカニズムが、従来信じられていた「阻害薬結合の立体障害」ではなく、「ATP に対する親和性の劇的な回復による、生理的 ATP 濃度下での競合的排除」であることを初めて明らかにした。
先行研究との違い: 本研究の結果は、T790M 変異が gefitinib などのアニリノキナゾリン系薬剤の結合を立体的にブロックするという、これまでの支配的な仮説や Kobayashi et al. NEnglJMed 2005 などの初期の解釈と明確に異なる。直接結合測定により、T790M 変異体は依然として低ナノモル規模の Kd 値で gefitinib と結合可能であることが実証され、耐性の本質が結合阻害ではなく、ATP 親和性の回復 (Km の低下) に起因する競合現象であることが示された。これは、がん遺伝子変異体における薬剤耐性機序の概念を覆す対照的な知見である。
新規性: 本研究で初めて、二次変異が競合する生理的基質 (ATP) への親和性を高めることで臨床的薬剤耐性を引き起こすという機序を、生化学的および構造生物学的に新規に実証した。L858R 活性化変異はキナーゼを活性化する一方で ATP 親和性を低下させ、結果として TKI が結合しやすい「治療の窓 (therapeutic window)」を開くが、T790M 変異はこの ATP 親和性を野生型と同等レベルにまで回復させることで、その窓を閉じてしまうというエレガントな相互作用モデルを新規に提示した。
臨床応用: 本知見は、T790M 陽性肺がんに対する治療戦略の臨床応用に直結する。T790M が「汎用的な耐性変異 (generic resistance mutation)」として、あらゆる可逆的 ATP 競合型阻害薬の有効性を一律に低下させるため、これを克服するには (1) 共有結合を形成することで ATP との競合平衡から脱却する不可逆的阻害薬 (HKI-272 など)、または (2) ATP 親和性の回復を凌駕する極めて高い親和性 (Kd < 200 pM) を有する次世代の可逆的阻害薬の開発が必要であることが示された。この理論は、その後の第三世代 EGFR-TKI (osimertinib など) の開発における重要なマイルストーンとなった。
残された課題: 今後の検討課題として、不可逆的阻害薬が標的とする Cys797 と同等のシステイン残基を持つ他のオフターゲットキナーゼ (TEC ファミリーキナーゼや JAK3 など) に対する特異性の確保と、それに伴う毒性評価が挙げられる。また、T790M に加えて Cys797 の変異 (C797S など) が出現した場合の非共有結合型レスキュー薬の設計や、Abl T315I などの他のゲートキーパー変異における ATP 親和性変化との共通性の検証が、今後の重要な研究方向性であり、これが本研究における残された課題である。
方法
ヒト EGFR のキナーゼドメイン (残基 696-1022) の WT、T790M、L858R、および L858R/T790M 変異体を、バキュロウイルス/昆虫細胞発現系 (baculovirus/insect cell system) を用いて、Sf9 (Spodoptera frugiperda 9) 昆虫細胞株において発現・精製した。精製タンパク質の活性酵素濃度は、タイトバインディング阻害薬を用いた滴定により算出した。阻害薬の直接結合定数 (Kd) は、阻害薬の滴定に伴う EGFR 由来の固有トリプトファン蛍光の消光 (intrinsic tryptophan fluorescence quenching titration) を用いて測定した。酵素速度論解析は、PEP (phospho(enol)pyruvic acid; ホスホエノールピルビン酸) および NADH (nicotinamide adenine dinucleotide; ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド) を用いたピルビン酸キナーゼ/乳酸脱水素酵素共役吸光光度法 (ATP/NADH coupled spectrophotometric assay) を用い、96ウェルプレートフォーマットにて 340 nm の吸光度変化を追跡することで、定常状態の初期速度を測定した。反応液には、BSA (bovine serum albumin; ウシ血清アルブミン) を 0.5 mg/ml、緩衝液として MOPS (3-morpholinopropanesulfonic acid; 3-モルホリノプロパンスルホン酸) および還元剤として TCEP (tris(2-carboxyethyl)phosphine; トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン) を含めた。基質には poly-(Glu4Tyr1) (poly-(glutamic acid, tyrosine 4:1) copolymer) ペプチドを用い、Km(ATP)、kcat、および触媒効率 (kcat/Km) を 3 重測定 (n=3 replicates) の平均値から算出し、データ解析には非線形回帰によるミカエリス・メンテン式へのフィッティングを行った。統計的な有意差の検討には Student t-test を用いた。阻害実験では、EGFR の自己リン酸化部位に由来するペプチド基質 ENAEYLRVA (glutamate-asparagine-alanine-glutamate-tyrosine-leucine-arginine-valine-alanine peptide) を用い、10 μM および 1.0 mM の ATP 濃度下で gefitinib による阻害曲線を測定した。見かけの阻害定数 Ki(app) は、Ki(app) = Ki × (1 + [ATP]/Km(ATP)) の式を用いて算出した。X 線結晶構造解析のために、(i) apo-T790M (PDB (Protein Data Bank) ID: 2JIT)、(ii) T790M/AEE788 複合体 (PDB ID: 2JIU)、(iii) T790M/HKI-272 複合体 (PDB ID: 2JIV) の結晶を作製した。回折データは Argonne National Laboratory の APS (Advanced Photon Source) ビームライン ID24 (Insertion Device beamline 24) または ID19 (Insertion Device beamline 19) にて 100 K 条件下で収集し、HKL2000 を用いて処理した。構造決定は PHASER を用いた分子置換法により行い、CNS (Crystallography & NMR System) および refmac5 (Refinement Macromolecular 5) を用いた結晶学的精密化と、COOT (Crystallographic Object-Oriented Toolkit) を用いた手動モデル修正を繰り返した。