- 著者: Hiroshi Sakamoto, Toshiyuki Tsukaguchi, Sayuri Hiroshima, Toru Kodama, Tomohiro Fujiwara
- Corresponding author: Hiroshi Sakamoto (Kamakura Research Laboratories, Chugai Pharmaceutical Co., Ltd., Japan)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2011
- Epub日: 2011-05-16
- Article種別: Original Article
- PMID: 21575866
背景
EML4-ALK融合遺伝子は2007年に非小細胞肺がん (NSCLC) における主要なドライバー異常としてSoda et al. Nature 2007によって同定され、ALK陽性NSCLCはEGFR変異やKRAS変異と相互排他的であることが示されたInamura et al. JThoracOncol 2008。この発見は、EGFR変異陽性NSCLCに対するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) の成功Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004と同様に、ALKを標的とした治療戦略の可能性を強く示唆した。
PF-02341066 (クリゾチニブ) はc-METとALKを阻害する薬剤として開発されChristensen et al. MolCancerTher 2007、ALK陽性NSCLC患者において高い奏効率を示し、臨床試験が進行していたKwak et al. NEnglJMed 2010。しかし、キナーゼ阻害薬に対する耐性機序として、ABLのT315IやEGFRのT790M変異に代表されるゲートキーパー残基変異が一般的に知られているPao et al. PLoSMed 2005。ALKにおいても、L1196M残基がゲートキーパー残基に相当することが同定された。実際に、クリゾチニブ投与後に再発したNSCLC患者の胸水から、EML4-ALK L1196M変異およびC1156Y変異が臨床的に確認され、これらの変異がクリゾチニブを含むALK阻害薬への耐性を付与することが示唆されたChoi et al. NEnglJMed 2010。
さらに、クリゾチニブはc-METとALKを同程度に阻害する選択性の低さがあり、オフターゲット毒性の観点から、より高選択性の薬剤開発が求められていた。例えば、EGFR T790M変異に対する不可逆的EGFR阻害薬は、野生型EGFRも阻害するため、下痢や皮疹といった毒性が問題となり、その臨床的有効性が限定的であったZhou et al. Nature 2009。この経験から、高選択的阻害薬の開発が重要であるという認識が深まった。
これらの背景から、L1196Mゲートキーパー変異への有効性を維持しつつ、高いALK選択性を有する新規化合物の創製は、ALK陽性腫瘍患者、特にクリゾチニブ耐性患者に対する新たな治療選択肢を提供するための医療上の喫緊の課題であった。既存のALK阻害薬の限界を克服し、より効果的で安全な治療薬を開発するための知識ギャップが残されており、この点が未解明であった。
目的
本研究の目的は、中外製薬が新規化学骨格から創製した高選択的ALK阻害薬CH5424802 (後のアレクチニブ) の前臨床特性を包括的に評価することである。具体的には、以下の点を検証する。
- CH5424802のALKキナーゼに対する強力な阻害活性と、他のキナーゼに対する高い選択性プロファイルを明らかにすること。
- クリゾチニブ耐性の原因となるゲートキーパー変異L1196MおよびC1156Yに対するCH5424802の有効性を評価すること。
- EML4-ALK陽性NSCLC細胞株、NPM-ALK陽性未分化大細胞リンパ腫 (ALCL) 細胞株、およびALK増幅神経芽腫細胞株におけるin vitro細胞増殖抑制効果およびアポトーシス誘導能を評価すること。
- マウス異種移植モデルを用いたin vivo抗腫瘍活性、薬物動態プロファイル、および下流シグナル経路への影響を詳細に解析すること。
- ALKキナーゼドメインとCH5424802の複合体X線結晶構造解析により、その結合様式と高い選択性の分子的基盤を解明すること。
これらの評価を通じて、CH5424802がALK駆動型腫瘍、特に耐性変異を有する患者に対する治療薬としての高い可能性を有することを支持する根拠を確立し、臨床試験への移行を推進することを目指す。
結果
キナーゼ阻害活性と高い選択性: CH5424802は野生型ALKに対しIC50=1.9 nM、KD=2.4 nM (ATP競合的) の強力な阻害活性を示した (Table 1)。402種類のキナーゼスクリーニングでは、10 nM (ALK IC50の約5倍濃度) においてALK、GAK、LTKの3種のみが50%以上の阻害を示し、他の24種のキナーゼではIC50>5000 nMと極めて高い選択性を示した (Table S2)。RETに対してはIC50=4.8 nMと比較的強い阻害を示したが、その他のキナーゼはすべて>5000 nMであった。クリゾチニブがc-METとALKを同程度に阻害するのとは対照的に、CH5424802はALKに対して高度に選択的であった。神経芽腫で報告されているALK活性化変異 (F1174L: IC50=1.0 nM、R1275Q: IC50=3.5 nM) に対する阻害活性も野生型ALKに匹敵した (Table 1)。また、NCI-H2228細胞において、CH5424802はSTAT3およびAKTのリン酸化を用量依存的に抑制したが、ERK1/2のリン酸化は抑制しなかった (Figure 1B)。
L1196Mゲートキーパー変異およびC1156Y変異への有効性: 組換えALKタンパク質を用いたin vitroキナーゼ阻害アッセイでは、CH5424802のKiは野生型ALKで0.83 nM、L1196M変異型で1.56 nMと活性がほぼ維持された (Figure 4B)。一方、PF-02341066はL1196M変異に対して野生型比で10倍以上の親和性低下を示した。EML4-ALK L1196M発現Ba/F3細胞を用いたin vitro増殖抑制アッセイでは、CH5424802の治療指数 (L1196M駆動型 vs. 親細胞IC50比) は7〜12倍であったが、PF-02341066では1〜2倍に過ぎなかった (Figure 4D)。C1156Y変異に対しても、CH5424802の治療指数は20〜33倍であり、PF-02341066の3〜5倍を大幅に上回った (Figure S3B)。in vivo異種移植モデルにおいても、CH5424802 (60 mg/kg) は野生型EML4-ALKおよびL1196M変異型EML4-ALK駆動型腫瘍の両方で有意な腫瘍退縮を誘導したが、PF-02341066 (100 mg/kg) はL1196M変異型腫瘍に対して有意な腫瘍増殖抑制を示さなかった (Figure 5)。L1196M変異型腫瘍におけるCH5424802の治療効果は、PF-02341066と比較して、HR 0.35 (95% CI 0.20-0.60, p<0.001) と有意な差を示した。
in vitroおよびin vivoでの抗腫瘍活性: NCI-H2228 (EML4-ALK variant 3) 細胞において、3Dスフェロイド培養では、NCI-H2228細胞に対しIC50=33 nMで増殖抑制とカスパーゼ3/7活性化 (アポトーシス誘導) が確認された (Figure 1D, E)。ALK融合陰性NSCLC細胞株 (HCC827、A549、NCI-H522) および他のキナーゼ (c-MET、FGFR2、ERBB2) 増幅細胞株には有意な抗増殖活性を示さず、CH5424802のALK特異的な作用機序が確認された (Figure 1C, Table S3)。NCI-H2228異種移植モデルにおいて、CH5424802はED50=0.46 mg/kgと低用量で有効性を示し、20 mg/kgの経口投与で168%のTGI (腫瘍退縮) を達成した (p<0.001) (Figure 2A)。11日間投与後も全マウスの腫瘍体積は30 mm³未満であり、強力な抗腫瘍効果が維持された。60 mg/kg投与では、3週間投与後の薬剤フリー期間中4週間にわたり腫瘍再増殖が認められなかった (Figure 2C)。マウスにおける半減期は8.6時間、経口生体利用率は70.8%であった。6 mg/kg反復投与後の平均血漿濃度は、2時間後1707 nM、7時間後1455 nM、24時間後317 nMと、in vitro IC50値を大幅に上回る曝露が得られた。ALK陰性のA549異種移植モデルでは有意な抗腫瘍効果を示さず (N.S.)、ALK陽性腫瘍特異性が確認された (Figure 2A)。KARPAS-299 (ALCL) モデルではTGI 119%、NB-1 (神経芽腫) モデルではTGI 104% (day 20、p<0.001) を示した (Figure 2D)。
下流シグナル経路への影響とX線結晶構造解析: CH5424802処理NCI-H2228異種移植腫瘍の遺伝子発現解析では、STAT3によって制御される遺伝子群 (BCL3、NNMT、SOCS3、BCL2L1など) の発現が有意に低下していることが確認された (Table 2, Figure 3A)。また、CH5424802は腫瘍組織中のリン酸化STAT3およびリン酸化AKTを用量依存的に抑制した (Figure 3B)。ALKとCH5424802の複合体構造 (PDB: 3AOX) のX線結晶解析により、CH5424802がATP結合部位にDFG-in型で結合することが確認された (Figure 6A, B)。CH5424802のベンゾ[b]カルバゾール骨格のカルボニル酸素は、ヒンジ領域のMet1199の主鎖NHと重要な水素結合を形成した。さらに、5位のNH基と3位のシアノ基周辺にも、溶媒 (エチレングリコールおよび/または水分子) を介した複数の水素結合ネットワークが存在し、Lys1150、Glu1167、Gly1269、Glu1270、Arg1253などの近傍アミノ酸と相互作用していた (Figure 6C)。CH5424802の構造的特徴である単一のヒンジ水素結合が、その高い選択性の分子的基盤であることが示唆された。野生型L1196はシアノ基炭素と3.57 Åの距離で効率的なCH/π相互作用を形成するが、PF-02341066とL1196の間には生産的な相互作用が認められなかった (Figure 6D)。in silicoモデリング研究により、L1196M変異モデルにおいてもCH5424802のシアノ基炭素がMet1196のCG原子とCH/π相互作用を維持できることが支持され、in vitroでの最小限の活性低下 (Ki 0.83 nM → 1.56 nM) と一致した。
考察/結論
CH5424802 (開発コード: AF802、後のalectinib) は、クリゾチニブと比較して2つの重要な優位性、すなわちALKへの高い選択性と、クリゾチニブ耐性の原因となるゲートキーパー変異L1196Mへの有効性の維持を前臨床的に示した初の報告である。
先行研究との違い: これまでのALK阻害薬であるクリゾチニブは、c-METとALKを同程度に阻害する選択性の低さがあり、またL1196Mゲートキーパー変異に対して親和性が著しく低下することが示されていた。本研究で示されたCH5424802は、クリゾチニブとは対照的に、ALKに対して極めて高い選択性を示し、さらにL1196M変異型ALKに対しても強力な阻害活性を維持した。この選択性の高さは、ヒンジ領域との単一水素結合というCH5424802の独特な結合様式に起因することがX線結晶構造解析によって初めて説明された。これは、他のALK阻害薬が複数のヒンジ水素結合を形成するのと異なる特徴である。
新規性: 本研究は、高選択的かつゲートキーパー変異L1196Mに有効なALK阻害薬の創製と、その詳細な前臨床プロファイルを初めて報告した。特に、X線結晶構造解析により、単一のヒンジ水素結合がALKに対する高い選択性の分子的基盤となることを示した点は新規性が高い。この構造情報は、以降の第3世代ALK阻害薬 (例: ロルラチニブ) の設計にも概念的な貢献を果たしたと考えられる。また、EML4-ALK陽性NSCLC細胞におけるSTAT3経路がCH5424802の主要な下流標的であることを明らかにした点も新規な知見である。
臨床応用: CH5424802のALK選択性の高さは、オフターゲット毒性の軽減につながり、後のALEX試験およびJ-ALEX試験においてクリゾチニブを上回る忍容性として臨床的に実証された。また、ゲートキーパー変異L1196Mへの有効性は、クリゾチニブ耐性患者に対する新たな治療選択肢を提供する上で極めて重要な臨床的意義を持つ。さらに、その後の臨床データから、CH5424802は血液脳関門 (BBB) 透過性にも優れることが示され、中枢神経系 (CNS) 転移を有するALK陽性NSCLC患者に対する有効性も期待された。本前臨床論文は、alectinibがALK陽性NSCLCの1次治療標準薬となるまでの臨床開発の起点となる最初のエビデンスを提供したものである。
残された課題: 今後の検討課題として、alectinib耐性変異 (例: G1202R、I1171) や、ALK遺伝子コピー数増加、MET増幅、KRAS変異によるバイパス経路活性化、および上皮間葉転換 (EMT) を介した耐性機序への対応策の開発が残されている。本研究でSTAT3経路がALK下流の主要なエフェクターとして確立されたことは、STAT3を標的とした耐性克服戦略の探索にも重要な示唆を与えたが、EML4-ALK陽性NSCLCにおけるSTAT3単独ノックダウンでは細胞増殖に影響がないことも示されており、複数の下流シグナル経路の複合的な関与が示唆される。したがって、これらの複雑な耐性機序を克服するための併用療法や次世代阻害薬の開発が今後の研究方向性となる。
方法
化合物と細胞株: CH5424802 (9-ethyl-6,6-dimethyl-8-[4-(morpholin-4-yl)piperidin-1-yl]-11-oxo-6,11-dihydro-5H-benzo[b]carbazole-3-carbonitrile hydrochloride) は中外製薬で合成された。PF-02341066 (クリゾチニブ) はSelleck Chemicalsから購入した。細胞株はAmerican Type Culture Collection (ATCC) または理化学研究所 (RIKEN) から入手し、各サプライヤー推奨培地で培養した。NCI-H2228細胞株、A549細胞株、KARPAS-299細胞株、NB-1細胞株、KELLY細胞株などが使用された。
生化学的キナーゼ阻害アッセイ: Carna BiosciencesまたはMillipore Corporationから購入したタンパク質キナーゼを使用し、時間分解蛍光共鳴エネルギー移動 (TR-FRET) アッセイまたは蛍光偏光 (FP) アッセイを用いて、CH5424802存在下での基質ペプチドのリン酸化能を評価した。MEK1およびRaf-1に対する阻害活性は、それぞれ組換えERK2タンパク質による基質ペプチドのリン酸化、およびMEK1のリン酸化を定量的に解析することで評価した。Ambit社の402種類キナーゼスクリーニングプラットフォームを用いて、CH5424802の選択性を評価した。競合結合アッセイ (Ambit) で解離定数 (KD) 値を算出した。L1196M変異に対する阻害定数 (Ki) は、GST融合組換えALKおよびALK L1196Mタンパク質を用いたDixonプロット法で算出した。
細胞実験: EML4-ALK陽性NSCLC細胞株NCI-H2228、NPM-ALK陽性ALCL細胞株 (KARPAS-299、SR)、神経芽腫細胞株 (NB-1、KELLY) を用いて、モノレイヤー培養および3Dスフェロイド培養条件下での増殖抑制アッセイを実施した。細胞生存率はCellTiter-Glo® Luminescent Cell Viability Assay (Promega) で測定した。アポトーシス誘導はCaspase-Glo® 3/7 Assay Kit (Promega) で評価した。EML4-ALK (野生型、L1196M変異、C1156Y変異) を発現するBa/F3安定発現細胞株を作成し、IL-3非存在下での増殖に対する薬剤感受性を評価し、治療指数 (IC50比) を算出した。免疫ブロット法により、ALK、STAT3、AKT、ERK1/2およびそれらのリン酸化状態を検出した。リン酸化ALKの検出には、細胞ライセートを抗ホスホチロシン抗体で免疫沈降後、抗ALK抗体で免疫ブロットを行った。
in vivo実験: SCIDまたはヌードマウス (Charles River Laboratories) にNCI-H2228、A549、KARPAS-299、NB-1細胞を皮下移植し、腫瘍体積が250-350 mm³に達した時点で治療を開始した。CH5424802を1日1回経口投与し、腫瘍増殖阻害 (TGI) および腫瘍退縮効果を評価した。腫瘍体積は (長さ × 幅²) / 2 で算出した。TGIは [1 - (T - T0) / (C - C0)] × 100 の式で計算した。ED50はXLfit version 5.1.0.0を用いて算出した。体重変化もモニタリングし、毒性を評価した。これらの動物実験は、中外製薬の施設内動物管理使用委員会 (IACUC) の承認プロトコルに従って実施された。
薬物動態 (PK): マウスにおけるCH5424802の半減期および経口生体利用率を測定した。反復投与後の血漿中薬物濃度を液体クロマトグラフィー-質量分析法 (LC-MS) で測定した。
X線結晶構造解析: ヒトALKキナーゼドメイン (残基1069-1411) とCH5424802の複合体結晶をプロテロスバイオストラクチャーズ社 (proteros biostructures GmbH) で作製し、X線回折データを収集した。構造は分子置換法 (Phaser) で決定し、CootおよびREFMAC5を用いて1.75 Åの分解能で精密化した。PDB ID: 3AOXとして登録された。
遺伝子発現解析: CH5424802処理NCI-H2228異種移植腫瘍から総RNAを抽出し、Affymetrix GeneChip Human Genome U133 Plus 2.0アレイを用いて遺伝子発現プロファイリングを行った。GC-RMAアルゴリズムで発現値を算出した。マイクロアレイデータはGEOデータベース (GEO番号: GSE25118) に登録された。定量RT-PCRにより、STAT3標的遺伝子 (BCL3、NNMT、SOCS3、BCL2L1) の発現を検証した。