• 著者: Nolan K, Verzosa G, Cleaver T, Tippimanchai D, DePledge LN, Wang XJ, Young C, Le A, Doebele R, Li H, Malkoski SP
  • Corresponding author: Stephen P. Malkoski (Division of Pulmonary Sciences and Critical Care Medicine, University of Colorado Denver Anschutz Medical Campus)
  • 雑誌: Cancer Cell International
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32874131

背景

がん免疫療法の基礎および前臨床研究において、腫瘍と宿主の免疫系との相互作用を正確に評価するためには、免疫コンピテントな動物モデルが不可欠である。しかし、既存の肺がんモデルには重大な限界が存在する。遺伝子改変マウスモデルであるGEMM (genetically engineered mouse model) は、免疫正常環境下で自発的に腫瘍を発生させることができるものの、多発性の低悪性度腫瘍を形成しやすく、病変の進行が緩徐であるため、ヒトの進行期肺がんにおける複雑な腫瘍・宿主相互作用を正確に再現できないという課題がある。さらに、GEMM由来の腫瘍は遺伝子変異負荷が低いため、治療反応性が腫瘍新抗原(ネオアンチゲン)に依存する免疫チェックポイント阻害薬の評価には限界があることが指摘されている。GEMMの変異プロファイルに関する研究として、McFadden et al. ProcNatlAcadSciUSA 2016 は、EGFRやMYC、Krasによって駆動されるモデルのゲノムランドスケープを明らかにし、変異負荷の低さを指摘している。また、小細胞肺がんにおけるMYC駆動型モデルの特性については Mollaoglu et al. CancerCell 2017 が報告している。さらに、アデノウイルスやレンチウイルスを用いたCre組換え酵素の気管内投与による条件付き肺がんモデルの作製プロトコルは DuPage et al. NatProtoc 2009 によって確立されている。

しかし、これらのモデルから得られる細胞株は、C57BL/6宿主への同所性移植において十分な腫瘍形成能を示さないことが多く、免疫微小環境の解析や複合免疫療法の前臨床評価を行う上での大きな課題となっていた。これに対し、同所性移植モデルは、腫瘍細胞をレシピエントマウスの肺内に直接注入することで、転移性病変をより良く模倣し、GEMMと比較して実験期間を大幅に短縮できる有用なシステムである。しかし、このアプローチの広範な活用は、免疫正常なC57BL/6宿主において同所性腫瘍を形成可能な同系肺がん細胞株が極めて少ないという要因によって制限されてきた。商業的に利用可能なC57BL/6由来の肺がん細胞株は、1951年に樹立されたLLC (Lewis Lung Carcinoma) と1976年に樹立されたCMT167の2株にほぼ限定されており、これらはいずれもKras遺伝子変異を背景に持っている。

特定の遺伝子変異、特にEGFR変異やALK融合遺伝子などの多様なドライバー遺伝子変異が腫瘍免疫微小環境や免疫療法への感受性に与える影響については、依然として多くの部分が未解明である。例えば、ヒトのドライバー遺伝子陽性肺がんではPD-L1 (programmed death ligand 1) 遮断に対する治療反応性が低いことが知られているが(Gainor et al. ClinCancerRes 2016)、その詳細な機序や、異なるドライバー変異に応じた最適な免疫療法との併用戦略を前臨床段階で検証するためのモデル系は著しく不足している。したがって、C57BL/6背景において多様な遺伝子変異プロファイルを有し、かつ高い同所性腫瘍形成能を維持した新規の同系細胞株ライブラリーの構築が強く求められていた。

目的

本研究の目的は、免疫正常なC57BL/6背景のマウスにおいて、特定のドライバー遺伝子変異、すなわちKras、Pi3kca (phosphatidylinositol-4,5-bisphosphate 3-kinase catalytic subunit alpha)、およびEML4-ALK (echinoderm microtubule-associated protein-like 4 - anaplastic lymphoma kinase) 融合遺伝子、ならびに腫瘍抑制遺伝子欠失であるSmad4 (SMAD family member 4)、Tgfbr2 (transforming growth factor beta receptor type II)、Map3k7 (mitogen-activated protein kinase kinase kinase 7)、Pten (phosphatase and tensin homolog)、p53 (tumor protein p53) などの多様な組み合わせを有する新規の肺がん細胞株を系統的に樹立することである。さらに、樹立した細胞株が同種免疫正常宿主の肺内への同所性移植において、75%以上の高い腫瘍形成率を維持していることを検証する。これにより、異なる発がんドライバー遺伝子変異が腫瘍免疫微小環境に及ぼす影響を解析可能にし、小分子標的治療薬と免疫チェックポイント阻害薬などの複合免疫療法に関する前臨床評価を可能とする、汎用性の高い同所性肺がんモデル系を確立・拡充することを目指す。

結果

細胞株樹立の全体成功率と工程別収率の解析: 113例(n=113 primary tumors)の原発腫瘍から細胞株の樹立を試みた結果、最終的に免疫コンピテントなC57BL/6マウスにおいて75%以上の高い同所性肺腫瘍形成率を示す細胞株は6種類のみであり、全体の樹立成功率は5%(6/113)であった (Fig. 1d)。樹立プロセスの最大の障壁は第1世代(P1)の同種移植継代であり、P1継代失敗率は77%(87/113)に達した。P1継代に成功した26例(n=26 mice)のうち、最終的に安定した細胞株として確立されたのは23%(6/26)であった。原発腫瘍のサイズが5 mm未満の場合にP1継代の失敗率が顕著に高く、5 mm以上の腫瘍サイズを確保することが成功の重要な因子であることが示された。原発腫瘍の発生から同所性腫瘍形成能の確認までには、308日から509日の長期間を要した (Table 2)。

Kras変異系列細胞株の樹立と分子生物学的検証: Kras LSL-G12D変異を背景とする4種類の細胞株を樹立し、ゲノム組換えとタンパク質発現を検証した。X577株(Kras G12D/Smad4+/-)は、Ad5-CMV-Cre投与26週後に得られた12 mmの原発腫瘍から3継代を経て樹立され、ウェスタンブロットにてSMAD4タンパク質の完全な消失を確認した (Fig. 2c)。X911株(Kras G12D/Tgfbr2-/-)は、Ad5-SPC-Cre投与29週後の9 mmの腫瘍から2継代で樹立され、TGFBR2の消失が確認された (Fig. 3c)。E889株(Kras G12D/Map3k7-/-/GFP+)は、26週後の8 mmの腫瘍から2継代で樹立され、MAP3K7の消失とGFP (green fluorescent protein) の発現を確認した (Fig. 4c, d)。X381株(Kras G12D/Pten+/-/p53+/-/GFP+)は、19週後の1-3 mmの多発腫瘍をプールして3継代を経て樹立され、PTENおよびTP53の発現低下が確認された (Fig. 5c)。これらの細胞株は、in vitroにおいて安定した増殖を示した。

PI3K経路変異株およびEML4-ALK融合遺伝子株の樹立と薬剤感受性: PI3K経路活性化モデルとしてY856株(Pi3kca/p53+/-)を樹立した。Ad5-CMV-Cre投与11週後の6 mmの原発腫瘍から1継代で樹立され、TP53の発現低下と、PI3K活性化を示すpAKTの増加を確認した (Fig. 6c)。また、EML4-ALK融合遺伝子モデルとしてY143株を樹立した。Ad-EAウイルスの気管内投与14週後に得られた3-5 mmの多発腫瘍から樹立され、PCRにて特異的な融合遺伝子バンドを検出した (Fig. 7b)。Y143細胞(n=3 replicates)に対し、ALK阻害薬であるcrizotinibを0 nM、10 nM、30 nM、100 nMの濃度で処理したところ、AKTおよびERKのリン酸化が用量依存的に抑制された (Fig. 7c)。さらに、強力なALK阻害薬であるTAE-684を用いたMTSアッセイにより、Y143細胞の増殖に対する50%阻害濃度(IC50)は約5 nM(IC50 50 nMではなく、正確には IC50 50 nM 以下の範囲である IC50 5 nM)であることを確認し、本細胞株がALK依存性の増殖シグナルを保持していることが証明された (Fig. 7d)。

IFNγ刺激によるPD-L1発現誘導と免疫療法応答プロファイルの評価: 樹立した細胞株の免疫微小環境における特性を評価するため、IFNγ (interferon gamma) 刺激によるPD-L1の発現誘導能をリアルタイムPCR法にて定量した。CMT167、Y856、X577、E889、およびX381細胞では、IFNγ(100 ng/mL)の16時間処理により、PD-L1 mRNA発現が対照群と比較して顕著に上昇した(約5-foldから20-foldの増加)。これに対し、LLCおよび新規樹立株であるX911では、IFNγ刺激によるPD-L1の有意な誘導は認められなかった(Additional file 1: Figure S1)。この結果は、Bullock et al. LifeSciAlliance 2019 が報告した、腫瘍固有のIFNγ応答性が腫瘍微小環境の形成および抗PD-1抗体療法への感受性を規定するという知見と一致する。PD-L1誘導能を欠くX911株は、in vivoにおいて抗PD-1療法に対して抵抗性を示す可能性が高く、免疫療法抵抗性モデルのコントロール株として極めて有用であると考えられる。

新規6株における同所性肺腫瘍形成能の検証: 樹立された6種類の細胞株(X577、X911、E889、X381、Y856、Y143)について、免疫正常なC57BL/6レシピエントマウス(各群 n=4 mice 以上、雌雄各2匹以上)の左肺内に細胞懸濁液(250,000 cells)を直接注入し、同所性腫瘍形成能を評価した。その結果、すべての細胞株において、移植後45日以内に75%以上の高い確率で左肺内に単一の同所性腫瘍の形成が確認された (Fig. 2a, 3a, 4a, 5a, 6a, 7a)。組織学的解析(H&E (hematoxylin and eosin) 染色)により、Y856株(上皮間葉転換、EMT (epithelial-mesenchymal transition) 様の形態を示す)を除く5株は、臨床的なヒト肺腺がんに類似した明瞭な腺がん(adenocarcinoma)の形態を保持していることが示された。この高い同所性腫瘍形成能の確立により、完全な免疫系を有する宿主において、小分子標的治療薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用効果を評価するための頑健な前臨床プラットフォームが整備された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、C57BL/6背景のマウスにおいて、多様なドライバー遺伝子変異および腫瘍抑制遺伝子欠失を持つ6種類の同所性肺がん細胞株を系統的に樹立した。商業的に利用可能な既存のC57BL/6由来肺がん細胞株(LLCおよびCMT167)が、いずれもKras変異のみを背景に持っていたことと異なり、本研究ではKras変異に加えてPi3kca変異やEML4-ALK融合遺伝子を保持する細胞株を樹立した。これにより、単一の遺伝子変異モデルに依存していたこれまでと比較して、発がんドライバーの多様性が大幅に拡張された。また、混合遺伝背景から樹立された既存の細胞株がC57BL/6宿主に対して低い腫瘍形成能しか示さなかったのに対し、本研究の細胞株は95%以上の純粋なC57BL/6背景を有し、同種免疫正常宿主において75%以上の極めて高い同所性腫瘍形成率を達成した点で、先行研究のモデルと大きく異なる。

新規性: 本研究は、CRISPR/Cas9システムを用いたAd-EAウイルスの気管内投与により誘導された原発腫瘍から、免疫正常宿主で同所性増殖可能なEML4-ALK陽性マウス肺がん細胞株(Y143)を本研究で初めて樹立した。また、Kras変異にSmad4、Tgfbr2、Map3k7、Pten、p53などの異なる腫瘍抑制遺伝子の欠失を組み合わせた一連の同系細胞株ライブラリーを構築した試みは、これまで報告されていない極めて新規な成果である。さらに、これらの細胞株がIFNγ刺激に対して異なるPD-L1発現誘導プロファイルを示すことを明らかにし、腫瘍固有の遺伝子変異が免疫微小環境の形成に与える影響を解析するための新たなツールを提供した。

臨床応用: 本研究で樹立された細胞株ライブラリーは、がん免疫療法および分子標的治療の領域における前臨床評価において高い臨床的意義を持つ。特に、EML4-ALK陽性株(Y143)がALK阻害薬であるcrizotinibに対して用量依存的な感受性を示したことは、小分子阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1/PD-L1抗体など)の併用療法の有効性や毒性を、完全な免疫系を有する生体内で検証する道を開くものである。ヒトのドライバー遺伝子陽性肺がん患者における免疫療法の低い奏効率(Gainor et al. ClinCancerRes 2016)や、ALK阻害薬に対する耐性獲得機序(Doebele et al. ClinCancerRes 2012Davies et al. ClinCancerRes 2012)を克服するための新規治療戦略を開発する上で、本モデルの臨床応用は大いに期待される。

残された課題: 一方で、今後の検討課題として、いくつかのlimitationが挙げられる。第一に、原発腫瘍から同所性腫瘍形成能を持つ細胞株を樹立するプロセスは極めて非効率的であり、全体成功率は5%にとどまった。この過程で、細胞株はin vitroでの生存や免疫正常宿主での拒絶回避に必要な追加の遺伝子変異やエピジェネティックな変化を獲得している可能性が高い。これらの二次的変化が腫瘍の生物学的特性に与える影響については、今後のゲノムおよびトランスクリプトーム解析による詳細な検証が必要である。第二に、本研究では同所性移植における腫瘍形成率を評価したものの、各細胞株における詳細な腫瘍浸潤免疫細胞(T細胞、マクロファージ、骨髄由来抑制細胞など)のプロファイルや、実際のin vivoにおける抗PD-1抗体治療に対する感受性の直接的な比較は未実施であり、これらは残された課題として今後の研究で解明されるべきである。

方法

本研究で使用したすべてのマウス系統は、SNP (single nucleotide polymorphism) 解析(Dartmouse)により、95%以上のC57BL/6遺伝的背景を有することを確認した。使用した遺伝子改変マウスは、Kras LSL-G12D ノックインマウス、Pi3kca 変異ノックインマウス(R26Stop FL P110*)、条件付き p53 欠失マウス(p53 flox)、条件付き Pten 欠失マウス(Pten flox)、条件付き Map3k7 欠失マウス(Map3k7 flox)、条件付き Smad4 欠失マウス(Smad4 flox)、条件付き Tgfbr2 欠失マウス(Tgfbr2 flox)、およびCre活性化によりmTomatoからmGFP発現へと切り替わる ROSA mTmG (ROSA mTomato/mGFP) トラッキングマウスである。

原発腫瘍の形成は、アデノウイルスCre組換え酵素(Ad5-CMV-Cre または Ad5-SPC-Cre)を左肺に直接注入するか、あるいはCRISPR/Cas9システムを用いてEML4-ALK遺伝子転座を誘導するAd-EAウイルスを野生型C57BL/6マウスに気管内投与することによって開始した。腫瘍形成開始から11〜36週後にマウスを安楽死させ、原発腫瘍を無菌的に摘出した。

腫瘍の同種移植能を高め、非自己の免疫正常宿主における増殖能を選択するため、摘出した原発腫瘍を細切し、Matrigel (マトリゲル) と混合して、同系のC57BL/6レシピエントマウスの左肺(同所性)および右側腹部(異所性)に移植した(P1〜P4継代)。継代の際、拒絶反応を最小限に抑えるため、性別を一致させたレシピエントマウス(SNP解析で90%以上のC57BL/6背景、かつ主要組織適合遺伝子複合体であるMHC遺伝子座が存在する第17染色体にミスマッチがない個体)を使用した。

側腹部腫瘍が1 cmを超えるか、あるいは呼吸苦や体重減少などの症状が現れた時点で腫瘍を回収し、in vitroでの細胞培養を開始した。樹立された細胞株は、マイコプラズマ否定試験を実施後、5〜10継代の初期世代を用いて同所性腫瘍形成能アッセイに供した。レシピエントマウスの左肺に250,000個の細胞を、右側腹部に500,000個の細胞を注入し、少なくとも4匹(雌雄各2匹)において、75%以上の腫瘍形成率を達成することを成功基準とした。

ゲノムDNAを用いたPCR (polymerase chain reaction) 法により標的遺伝子の組換えを確認し、ウェスタンブロット法によりタンパク質発現(KRAS G12D、SMAD4、TGFBR2、TP53、PTEN、MAP3K7、pAKT、total AKT、GAPDH (glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase))を検証した。また、EML4-ALK陽性株(Y143)については、ALK阻害薬であるcrizotinib (クリゾチニブ) およびTAE-684に対する感受性を、MTS (3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium) アッセイおよびウェスタンブロットによるシグナル伝達抑制(pAKT (phosphorylated AKT (protein kinase B))、pERK (phosphorylated ERK (extracellular signal-regulated kinase)))の解析により評価した。統計解析においては、生存率や腫瘍形成能の比較のために Kaplan-Meier 法を用いた。