- 著者: Michel DuPage, Alison L Dooley, Tyler Jacks
- Corresponding author: Tyler Jacks (Koch Institute for Integrative Cancer Research / Howard Hughes Medical Institute, MIT)
- 雑誌: Nature Protocols
- 発行年: 2009
- Epub日: 2009-06-25
- Article種別: Protocol
- PMID: 19561589
背景
肺癌は世界の癌死亡の主要因であり、その大部分を占める非小細胞肺癌 (NSCLC) では、KRAS活性化変異が10–30%、TP53機能喪失変異が50–70%という高頻度で認められる (Jemal et al. 2008; Herbst et al. 2008)。これらのヒト疾患の発症、進展、治療応答を実験的に解析するためには、移植モデルや化学誘発モデルではなく、自然発生的にヒトと同様の組織病理像を呈するマウスモデルが不可欠である (Meuwissen & Berns 2005)。Cre/loxP系は、LoxP配列で挟まれた「stop」カセット (LSL) またはエクソンをCre組換え酵素で除去することにより、特定の体細胞に時間的・空間的にコントロールされた遺伝子改変を導入できる強力な手段である (Frese & Tuveson 2007)。これにより、原位置で限定的な細胞数からの腫瘍発生が可能となる。
従来のトランスジェニックモデルでは、癌遺伝子が標的臓器の全ての細胞で発生初期から発現するため、ヒト疾患の散発的な発生を正確に再現することが困難であった (Meuwissen & Berns 2005)。また、ドキシサイクリン誘導性モデルも、生理的レベルでの癌遺伝子発現の制御や腫瘍多重度の制御に課題を残していた。これらの限界を克服し、ヒトNSCLCの遺伝的・組織病理学的特徴をより忠実に模倣するモデルの確立が求められていた。特に、KRAS変異とp53機能喪失の組み合わせはヒトNSCLCで高頻度に見られるにもかかわらず、その相互作用と腫瘍進展への影響を詳細に解析するための標準化されたin vivoモデルプロトコルは未確立であった。この領域には知識ギャップが存在し、効率的なCreリコンビナーゼの送達方法に関する詳細な手順が不足していた。本研究は、これらの遺伝的イベントを肺の特定の細胞で誘導し、ヒトNSCLCの病態生理を再現するマウスモデルの確立を目指す。Johnson et al、Jackson et al、Meuwissen et alといった先行研究は、K-ras変異による肺癌モデルの基礎を築いたが、Creリコンビナーゼの効率的な送達に関する具体的なプロトコルは未解明な点が多かった。
目的
本プロトコルは、K-ras LSL-G12D/+ (K) および K-ras LSL-G12D/+; p53 fl/fl (KP) コンディショナルマウスに対し、Cre組換え酵素を発現するアデノウイルス (Ad-Cre) またはレンチウイルス (Lenti-Cre) を経鼻 (intranasal instillation) または経気管 (intratracheal intubation) 投与することで、ヒトNSCLCを再現する自発性肺腫瘍を誘発する標準化プロトコルを提供することを目的とする。これにより、肺癌の発症、進展、治療応答に関する研究を促進し、新規治療法の開発に貢献することを目指す。また、各遺伝子モデル、ウイルスベクター、投与方法の選択肢とその利点・欠点を詳細に解説し、研究者が自身の実験目的に最適なシステムを選択できるよう支援する。本プロトコルは、Creリコンビナーゼの効率的な送達という課題に対処し、再現性の高い動物モデルの確立に貢献する。
結果
遺伝子モデルの選択 (K vs KP): K-ras LSL-G12D/+ (K) モデルはK-ras G12Dの活性化のみで発癌を誘発し、肺腺癌が緩徐に進行する。このモデルでは転移は伴わず、長期生存と小腫瘍が特徴であり、修飾因子スクリーニングに適している (Table 1)。一方、K-ras LSL-G12D/+; p53 fl/fl (KP) モデルはp53 floxed alleleの同時欠失により腫瘍が急速に進展する。KP腫瘍は細胞および核の多形性、desmoplasia、縦隔リンパ節や胸膜腔への転移、さらに頻度は低いが肝臓や腎臓への遠隔転移を呈し、ヒトの進行期NSCLCをより忠実に再現する (Fig. 4)。KPマウスの生存期間中央値はAd-Cre感染で76日、Lenti-Cre感染で170日であり、KマウスのAd-Cre感染185日、Lenti-Cre感染266日と比較して有意に短縮する (Fig. 3a,b)。
Cre送達ベクターの選択 (Ad-Cre vs Lenti-Cre): Ad-CreはUniversity of Iowaから商業的に高力価かつ再現性高く入手可能であり、より多くの腫瘍を誘発し、短い生存期間をもたらす傾向がある (Table 2)。Ad-Cre感染マウス (n=12 mice) は2.5×10⁷ infectious particlesで200個以上の腫瘍を形成する。しかし、Ad-CreではcDNAやshRNAの同時導入は不可である。Lenti-Creは宿主ゲノムに組み込まれるため、Cre発現と同時にcDNAの過剰発現やshRNAによる遺伝子ノックダウンを導入でき、遺伝子機能獲得/喪失実験に有用である。Lenti-Creはin-houseで3TZレポーター細胞株を用いたCre活性アッセイにより力価評価を行う。Lenti-Cre感染マウス (n=15 mice) は10⁴–10⁵ infectious particlesで10–100個の腫瘍を形成する。Ad-Creと比較してLenti-Creは腫瘍数が少なく、生存期間が長い傾向にあるが、これは通常投与されるウイルス力価の違いや、ウイルスの細胞指向性、感染効率の違いを反映している可能性がある。
経鼻 vs 経気管投与法: 両投与法ともCreリコンビナーゼの肺への送達に有効である。しかし、経気管挿管 (intratracheal intubation) は気管に直接ウイルスを送達するため、肺への到達が確実で投与量の再現性が高い。このため、現行の推奨法である (Table 3)。経鼻 (intranasal instillation) は手技が簡便であるが、嚥下や上気道残留により実際の肺到達量にばらつきが生じる可能性がある。腫瘍細胞株や細胞株の同所性移植には経気管法のみが推奨される。経気管挿管には追加の機器と熟練が必要である。
腫瘍の病理学的進展: KおよびKPモデルにおける腫瘍の病理学的進展は、4段階のグレーディングシステムで評価される。グレード1の病変は異型腺腫様過形成 (AAH) または小型腺腫であり、感染後2–3週で出現する (Fig. 4a)。グレード2の腫瘍はより大きな腺腫で、感染後6–8週で観察される (Fig. 4b,c)。グレード3は腺癌であり、細胞多形性や核異型性が顕著で、感染後16週で発生しうる (Fig. 4d,e)。グレード4は浸潤性腺癌であり、高頻度の核分裂像、不規則な核分裂、顕著なdesmoplasia、リンパ管・血管・胸膜への浸潤を特徴とする (Fig. 4f–h)。グレード4腫瘍はKP動物で感染後18週で発生しうるが、K動物では観察されない。KPマウスの約50%で、感染後18–20週で縦隔リンパ節や胸膜腔への局所転移が認められ (Fig. 4i)、一部のマウスでは感染後20週で肝臓や腎臓への遠隔転移も確認される (Fig. 4j)。p53欠損腫瘍を持つマウスでは、腫瘍開始の非常に早い段階で核異型性を示す細胞が存在し、より高悪性度の腫瘍に進展する割合が高いことが示されている。例えば、感染後6週のKモデルでは約90%がグレード1、約10%がグレード2であるのに対し、KPモデルでは約40%がグレード1、約40%がグレード2、約20%がグレード3である (Jackson et al. 2005)。感染後19週のKPモデルでは、腫瘍分布はグレード1が約5%、グレード2が約20%、グレード3が約70%、グレード4が約5%であった。一方、感染後26週のKモデルでは、約30%がグレード1、約40%がグレード2、約30%がグレード3であった (Jackson et al. 2005)。
考察/結論
本プロトコルは、Tyler Jacks研究室で開発されたKおよびKP NSCLC自発性腫瘍モデルの操作標準を確立した。このモデルは過去10年以上にわたり、肺癌の発癌・転移機構研究、治療応答、CRISPRスクリーニング、免疫治療応答研究の基盤として汎用されている。トランスジェニックモデル (CC10, SP-Cプロモーター駆動癌遺伝子発現) と比較して、限定的細胞からの散発的腫瘍発生、正常な微小環境の保持、ヒト病理組織との一致度において優位である。
先行研究との違い: 本プロトコルは、従来のトランスジェニックモデルが抱えていた、癌遺伝子が標的臓器の全ての細胞で発生初期から発現するという限界を克服する。Cre/loxP系を用いることで、特定の体細胞に時間的・空間的にコントロールされた遺伝子改変を導入し、ヒト疾患の散発的な発生をより忠実に再現できる点で、これまでのモデルと対照的である。
新規性: 本研究で初めて、K-ras単独またはp53機能喪失と組み合わせた条件付きNSCLCマウスモデルにおいて、アデノウイルスまたはレンチウイルスを用いたCreリコンビナーゼの経鼻・経気管投与による腫瘍誘発プロトコルを詳細に解説した。特に、Lenti-Creを用いたcDNA/shRNAの同時導入は、腫瘍の遺伝的修飾を可能にする新規なアプローチであり、これまでのモデルでは実現が困難であった。
臨床応用: 本知見は、ヒトNSCLCの病態生理をより正確に再現するマウスモデルを提供することで、新規の化学予防剤、治療薬、スクリーニング方法のin vivo評価を可能にし、臨床応用への橋渡し研究に大きく貢献する。特に、KPモデルがヒト進行期NSCLCの病理学的特徴や転移挙動を再現することは、臨床現場での治療戦略開発に重要な含意を持つ。
残された課題: 本プロトコルにはいくつかのlimitationが残されている。第一に、ウイルスはCre標的細胞型を完全に特異的に選択できず、初発細胞起源を厳密に絞り込むことができない。第二に、ウイルスを取り扱うためにはBSL-2 (Biosafety Level 2) 設備が必要であり、全ての研究室で実施可能ではない。第三に、Lenti-Creの力価にばらつきが生じることがあり、これが結果の再現性を低下させる可能性がある。今後の検討課題として、より細胞特異的なCreデリバリーシステムの開発や、ウイルス力価の標準化と安定化が挙げられる。また、tamoxifen誘導性Cre-ERT系のような次世代の調節可能なCreアレルは、細胞特異性に優れるものの、リーキー発現や系統の入手制限が課題であり、その改善が望まれる。本プロトコルは、Lenti-Creを活用したtumor barcoding (Tuba-seq) やCRISPR-mediated multiplexed gene perturbationなど、後続の重要な技術開発の基礎となった。
方法
本プロトコルは、Ad-Cre 2.5×10⁷ infectious particles または Lenti-Cre 10⁴–10⁵ particles をリン酸カルシウム共沈処理してマウス肺に投与する手順を詳細に記述する。1匹あたりの所要時間は処置に1–5分、麻酔導入・回復に30–45分である。感染後2–3週から腫瘍形成・進展の解析が可能となる。
マウスの準備: K-ras LSL-G12D/+ マウス (Jackson Laboratory #008179 (B6), #008180 (129)) および p53 fl/fl マウス (Jackson Laboratory #008462 (B6)) を使用する。実験はInstitutional Animal Care and Use Committee (IACUC) の承認プロトコルに従い、特定病原体フリー条件下で実施する。マウスの年齢は6–12週齢が推奨され、これは麻酔からの回復、ウイルス投与量、気管挿管への耐性を考慮したものである。
麻酔: Avertin (2-2-2 Tribromoethanol) 20 mg/ml を腹腔内注射により投与する (メス: 0.4 mg/g体重、オス: 0.45 mg/g体重)。麻酔の深さは、足の反射の有無で確認する。麻酔過多は呼吸停止のリスクを、麻酔不足はウイルス吸入の困難さを引き起こすため、適切な投与量が重要である。
ウイルス調製: Ad-Creは、MEM (Minimal Essential Media) にウイルスを加え、最終濃度10 mMのCaCl2を添加して20分間室温でインキュベートし、リン酸カルシウム沈殿を形成させる。この混合物は調製後1時間以内に使用する。Lenti-Creは-80℃で保存し、使用直前に解凍する。ウイルスはバイオセーフティフード内で取り扱い、バイオセーフティレベル2 (BSL-2) のガイドラインを遵守する。
ウイルス投与:
- 経気管感染法 (Intratracheal intubation): マウスをプラットフォームに固定し、光ファイバー光源で気管を可視化する (Fig. 1a–c)。Exel Safelet IVカテーテルを用いて口を開き、舌を平らな鉗子で優しく引き出す (Fig. 1d)。気管の開口部から発せられる白い光を目印にカテーテルを挿入し (Fig. 1e,f)、針を抜く (Fig. 1g)。カテーテルが正しく挿入されたことを確認後 (Fig. 1h)、バイオセーフティフード内でウイルスをカテーテルの開口部に直接ピペットで注入する (Fig. 1i)。推奨投与量は1匹あたり75 µlである。
- 経鼻感染法 (Intranasal instillation): バイオセーフティフード内で、麻酔したマウスを片手に仰向けに持ち、頭部を足より高く傾ける (Fig. 2a)。ピペットチップの先端を片方の鼻孔の開口部に当て、ウイルスを滴下して吸入させる (Fig. 2b,c)。ピペットチップを鼻孔に挿入しないよう注意する。
動物の回復: 投与後、マウスをヒートランプまたは温水入り手袋で保温し、バイオセーフティフード内で回復させる (Supplementary Fig. 3a,b)。
解析: 感染後2–3週から腫瘍形成および進展の組織学的解析が可能となる。K-ras LSL-G12D および p53 fl アレルの組換えはPCRで確認できるが、肺全体からのDNAでは検出が困難な場合があるため、Rosa26 LSL-LacZ または Rosa26 LSL-eGFP レポーター株を用いたCre活性の免疫組織化学、免疫蛍光、またはフローサイトメトリーによる評価が推奨される。腫瘍の病理学的評価には、異型腺腫様過形成 (AAH) から浸潤性腺癌までの4段階のグレーディングシステムを用いる。生存期間の比較にはKaplan-Meier曲線とログランク検定を用いる。