- 著者: Kurtis D. Davies, Anh T. Le, Mariana F. Theodoro, Margaret C. Skokan, Dara L. Aisner, Eamon M. Berge, Luigi M. Terracciano, Federico Cappuzzo, Matteo Incarbone, Massimo Roncalli, Marco Alloisio, Armando Santoro, D. Ross Camidge, Marileila Varella-Garcia, Robert C. Doebele
- Corresponding author: Robert C. Doebele (Division of Medical Oncology, University of Colorado, Aurora, CO, USA)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-07-03
- Article種別: Original Article
- PMID: 22919003
背景
非小細胞肺がん (NSCLC) の治療は、近年、分子標的薬の登場により大きな進歩を遂げた。特に、上皮成長因子受容体 (EGFR) 変異陽性患者に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) や、未分化リンパ腫キナーゼ (ALK) 遺伝子再構成陽性患者に対するクリゾチニブの成功は、精密医療の有効性を示す好例である。これらの治療法は、特定の遺伝子異常を持つ患者群において劇的な臨床効果をもたらし、NSCLC治療のパラダイムを大きく変革したことは、Lynch et al. NEnglJMed 2004やSoda et al. Nature 2007、Kwak et al. NEnglJMed 2010らによって報告されている。しかし、これらの既知のドライバー遺伝子変異を持たない「pan-negative」と呼ばれる患者群が依然として多数存在し、彼らに対する効果的な治療戦略の確立は喫緊の課題として残されていた。この患者群に対する治療選択肢は依然として不足しており、新たな分子標的の探索が求められていた。
ROS1は、染色体6q22に位置するインスリン受容体ファミリーに属する受容体型チロシンキナーゼ (RTK) である。ROS1は、そのキナーゼドメインがALKと約77%のアミノ酸配列相同性を持つことが知られており、ALK/MET/ROS1阻害薬であるクリゾチニブによる阻害感受性がin vitroで予測されていた。2007年には、Rikova et al. Cell 2007が、NSCLCのリン酸化チロシンプロテオーム解析を通じてROS1の活性化を発見し、SLC34A2-ROS1およびCD74-ROS1融合遺伝子を初めて同定した。この発見は、ROS1融合遺伝子がNSCLCの新たな治療標的となりうる可能性を示唆するものであった。
しかし、当時のNSCLC患者集団におけるROS1遺伝子再構成の真の頻度、多様な融合パートナー遺伝子の存在、ROS1融合陽性NSCLCの臨床的特徴、そしてクリゾチニブの臨床効果については、まだ十分に確立されていなかった。特に、大規模な患者コホートを用いたROS1再構成の系統的な評価や、その臨床的意義を裏付けるデータが不足していた。また、ROS1融合タンパク質が細胞内でどのようなシグナル伝達経路を活性化し、その阻害が細胞増殖や生存にどのような影響を与えるかといったメカニズムの詳細な解明も未解明な点が多かった。これらの知識ギャップを埋めることは、ROS1融合遺伝子をNSCLCの新たな治療標的として確立し、pan-negative患者群に対する治療選択肢を拡大するために不可欠であった。本研究は、これらの未解明な点を明らかにし、ROS1融合遺伝子の臨床的意義と治療標的としての妥当性を検証することを目的とした。
目的
本研究の目的は、非小細胞肺がん (NSCLC) 患者におけるROS1遺伝子再構成の頻度と多様性を系統的に評価し、ROS1融合タンパク質が治療標的として有効であることを確立することである。具体的には、以下の点を検証する。
- ROS1遺伝子再構成の頻度評価: 大規模なNSCLC組織マイクロアレイ (TMA) パネルおよび前向きスクリーニングコホートにおいて、FISH (Fluorescence In Situ Hybridization) break-apartプローブを用いてROS1遺伝子再構成の有病率を正確に特定する。
- 融合パートナー遺伝子の同定: FISH陽性検体において、inverse PCRおよびRT-PCR (Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction) を駆使し、ROS1の多様な融合パートナー遺伝子を同定し、その構造的特徴を解析する。
- クリゾチニブの臨床効果検証: ROS1遺伝子再構成陽性NSCLC患者に対し、ALK/MET/ROS1阻害薬であるクリゾチニブを投与し、その臨床的抗腫瘍効果を評価する。本研究では、Pfizerの第I相試験の拡大コホート (NCT00585195) に登録されたROS1陽性患者におけるクリゾチニブの治療効果を評価する。
- ROS1阻害のメカニズム解明: SLC34A2-ROS1融合遺伝子を内在的に発現するHCC78細胞株を用いて、クリゾチニブおよびその他のROS1阻害薬が細胞増殖、細胞周期進行、および主要な細胞内シグナル伝達経路に与える影響をin vitroで詳細に解析し、ROS1融合タンパク質が細胞の成長と生存に不可欠なドライバーであることを実証する。
これらの目的を達成することで、ROS1融合遺伝子がNSCLCの新たな分子標的として確立され、ROS1阻害薬がこの患者群に対する有効な治療戦略となりうることを示唆する。
結果
TMAにおけるROS1遺伝子再構成の頻度: 447例のNSCLC TMAパネルのうち、評価可能であった428例をROS1 break-apart FISHアッセイでスクリーニングした結果、5例 (1.2%) がROS1遺伝子再構成陽性であることが判明した (Fig. 1A)。これらの陽性検体の患者背景は、年齢が41歳から71歳、女性3例、男性2例であった。喫煙歴については、3例が喫煙者(現喫煙者または元喫煙者)、2例が非喫煙者であった。組織型は、3例が腺癌、2例が扁平上皮癌であった。扁平上皮癌の2例は、TTF-1陰性かつp63陽性の免疫組織化学染色により確認された。FISH解析では、split signalと単一の3’信号の両方が観察され、再構成陽性細胞の割合はサンプルあたり25%から84%の範囲であった。
前向き患者コホートでのROS1陽性例とクリゾチニブの臨床効果: コロラド大学でスクリーニングされたn=48例のNSCLC患者のうち、1例 (2.1%) がROS1遺伝子再構成陽性であった (Fig. 2A)。この患者は65歳の男性非喫煙者で、腺癌と診断され、EGFRおよびKRASは野生型、ALK再構成は陰性であった。この患者にクリゾチニブ250 mg BIDを投与したところ、治療開始8週後のCTスキャンで標的病変の57%の腫瘍縮小が確認された。PETスキャンでも標準化摂取量 (SUV) が10.8から3.7に減少し、部分奏効 (partial response) と判定された (Fig. 2D)。この結果は、ROS1融合遺伝子陽性NSCLC患者におけるクリゾチニブの明確な臨床効果を初めて実証するものであった。
ROS1融合パートナー遺伝子の多様性: ROS1陽性と判定された合計n=6検体(TMAの5例と患者コホートの1例)について、RT-PCRおよびinverse PCRを用いて融合パートナー遺伝子を同定した。患者コホートの1例とTMAの1例において、SDC4-ROS1融合遺伝子が同定された。この融合は、SDC4エクソン2とROS1エクソン32(長鎖型)またはROS1エクソン34(短鎖型)の融合として存在し、単一の融合遺伝子からの選択的スプライシングを示唆した (Fig. 2B)。SDC4-ROS1融合遺伝子を導入したBa/F3細胞は、IL3非依存性の増殖を示し、ROS1融合タンパク質が活性化された癌遺伝子として機能することを確認した (Fig. 2C)。TMAの2例において、CD74-ROS1融合遺伝子が同定された。これらのサンプルでは、CD74エクソン6とROS1エクソン34の融合である短鎖型のみが発現していた。TMAの残りの2例において、SLC34A2-ROS1融合遺伝子が同定された。これらのサンプルでは、HCC78細胞と同様に、SLC34A2エクソン4とROS1エクソン32およびエクソン34の融合である長鎖型と短鎖型の両方が発現していた (Fig. 1B)。同定された全ての融合遺伝子において、ROS1のキナーゼドメインは保持されており、5’側のパートナー遺伝子由来のオリゴマー化モチーフがROS1キナーゼの恒常的活性化を駆動する典型的な構造を示した。
HCC78細胞株におけるROS1阻害剤の抗増殖効果とシグナル伝達経路への影響: SLC34A2-ROS1融合遺伝子を発現するHCC78細胞株に対し、クリゾチニブおよびNVP-TAE684を投与した結果、両薬剤ともにnmol/Lオーダーで濃度依存的な細胞増殖抑制効果を示した (Fig. 3B)。NVP-TAE684のIC50は105 nmol/L、クリゾチニブのIC50は775 nmol/Lであった。細胞周期解析では、両薬剤がS期およびG2/M期の細胞割合を減少させ、G1期停止を誘導することが示された (Fig. 3C)。ウェスタンブロット解析では、クリゾチニブおよびNVP-TAE684がROS1の自己リン酸化を完全に消失させ、下流のSHP2、AKT、ERK1/2、STAT3のリン酸化も同時に抑制した (Fig. 4)。これは、ROS1融合タンパク質がSHP2-RAS-MAPK経路、PI3K-AKT経路、JAK-STAT3経路といった複数の主要な細胞内シグナル伝達経路を駆動し、その阻害がこれらの経路を同時に遮断することを示唆する。
ROS1と他のドライバー変異との相互排他性: ROS1陽性と判定されたn=6例の患者検体は、いずれもEGFR変異、KRAS変異、およびALK再構成が陰性であった。この結果は、ROS1融合遺伝子が他の主要なNSCLCドライバー変異と相互排他的に存在し、独立した癌ドライバーとして機能することを示唆する。
HCC78細胞におけるEGFR活性化のROS1阻害感受性への影響: HCC78細胞は、ROS1融合遺伝子に加えて、リン酸化EGFRおよびリン酸化METも高発現していることがリン酸化RTKアレイで確認された (Fig. 3D)。単剤でのゲフィチニブ(EGFR阻害薬)またはPF-04217903(MET阻害薬)はHCC78細胞の増殖に影響を与えなかったが、1 µmol/LのゲフィチニブをNVP-TAE684と併用することで、HCC78細胞のNVP-TAE684に対する感受性が有意に向上した (IC50が157 nmol/Lから43 nmol/Lに低下、p<0.05) (Fig. 3E)。この結果は、HCC78細胞のROS1阻害剤に対する比較的低い感受性が、EGFRの活性化に少なくとも部分的に起因する可能性を示唆する。
考察/結論
本研究は、非小細胞肺がん (NSCLC) におけるROS1遺伝子再構成の頻度を系統的に評価し、その多様な融合パートナーを同定するとともに、ROS1融合タンパク質がクリゾチニブの有効な治療標的となりうることを臨床的およびメカニズム的に確立した先駆的な研究である。
新規性: 本研究で初めて、ROS1遺伝子再構成陽性NSCLC患者1例において、クリゾチニブによる明確な腫瘍縮小(57%の腫瘍縮小)を実証した。これは、ROS1融合遺伝子がALK融合遺伝子と同様にクリゾチニブに感受性を示すことを臨床的に証明した最初の報告の一つである。また、SDC4-ROS1融合遺伝子を新規に同定し、その機能的活性をin vitroで確認したことも新規の発見である。
先行研究との違い: Rikova et al. Cell 2007によるROS1融合遺伝子の発見に続き、本研究は大規模なTMAパネルを用いたFISHスクリーニングにより、NSCLCにおけるROS1再構成の有病率が約1.2%であることを明らかにした。これは、Bergethon et al. JClinOncol 2012やTakeuchi et al. NatMed 2012など、同時期に報告された他の研究と概ね一致する頻度であり、ROS1融合遺伝子がNSCLCの稀ながらも重要なドライバー変異であることを裏付けた。これまで腺癌に限定されるという報告が多かったのに対し、本研究ではTMAサンプルにおいて扁平上皮癌の組織型を持つROS1陽性例も同定された点が異なり、ROS1融合の多様性を示唆する。
臨床応用: 本研究の知見は、ROS1融合遺伝子陽性NSCLC患者に対するクリゾチニブの臨床応用を強力に支持するものである。クリゾチニブは、ROS1キナーゼに対してALKよりも高い親和性を持つことがin vitroデータで示されており、ROS1融合陽性患者における高い奏効が期待される。本研究で示されたクリゾチニブの臨床効果とHCC78細胞株での抗増殖効果およびシグナル伝達経路の抑制は、ROS1融合遺伝子がNSCLCの新たな治療標的として確立されるための重要な基盤となった。この成果は、その後のクリゾチニブのROS1融合陽性NSCLCへの適応拡大(2016年FDA承認)に決定的に貢献した。
残された課題: 今後の検討課題として、クリゾチニブに対する耐性メカニズムの解明が挙げられる。本研究では、HCC78細胞においてEGFRの活性化がROS1阻害剤への感受性を低下させる可能性が示唆された。これは、ALK融合陽性NSCLCにおけるEGFR活性化による耐性機構の報告(Doebele et al. ClinCancerRes 2012)と同様のバイパス経路の存在を示唆しており、ROS1耐性克服のための併用療法開発の必要性を示している。また、ROS1融合遺伝子の多様なスプライシングバリアントの臨床的意義や、中枢神経系転移に対するROS1阻害薬の効果、長期的な生存アウトカムの評価も今後の重要な研究課題である。本研究は、NSCLCにおける「稀だが治療可能な」分子標的の探索と臨床応用における方法論的雛形を提供した。
方法
本研究では、ROS1遺伝子再構成の頻度、融合パートナーの同定、およびROS1阻害の治療効果を評価するため、複数の実験手法を用いた。
組織マイクロアレイ (TMA) スクリーニング: イタリアのIstituto Clinico Humanitasで2000年から2004年の間に外科的に切除された447例の白人NSCLC患者組織を含むTMAパネルを構築した。各患者から3つの0.6mm径のコアが採取された。ROS1遺伝子再構成の検出には、カスタム設計されたROS1 break-apart FISHプローブセットを使用した。このプローブセットは、ROS1遺伝子の5’側と3’側にそれぞれ蛍光標識されたプローブを配置し、遺伝子再構成によりプローブが分離されることで陽性と判定される。陽性判定基準は、核の15%以上でsplit signalまたは単一の3’信号が検出されることとした。FISH解析は、臨床的、病理学的、分子学的情報に盲検化された状態で実施された。
患者コホートのスクリーニングと治療: コロラド大学の倫理委員会承認後、48例の前向きNSCLC患者をROS1 FISHアッセイでスクリーニングした。ROS1再構成陽性と判定された1例の患者(EGFRおよびKRAS野生型、ALK再構成陰性の腺癌患者)に対し、Pfizerの第I相試験の拡大コホート (NCT00585195) としてクリゾチニブ(250 mg BID)を28日サイクルで経口投与した。治療効果は、RECIST 1.1 (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) に基づくCTスキャンおよびFDG-PETスキャンによる標準化摂取量 (SUV) の変化で評価した。
融合パートナー遺伝子の同定: FISH陽性検体(TMAの5例と患者コホートの1例)からRNAを抽出し、cDNAを合成した。融合パートナーの同定には、まず逆転写PCR (RT-PCR) を用い、既報のSLC34A2-ROS1およびCD74-ROS1融合遺伝子に特異的なプライマーでスクリーニングした。これらの融合が検出されなかった検体に対しては、inverse PCR法を適用した。Inverse PCRでは、ROS1特異的なプライマーを用いてcDNAを環状化し、その後制限酵素で再線形化することで未知の融合パートナー領域を増幅した。増幅されたPCR産物はゲル分離後、サンガーシーケンスにより配列を決定し、融合パートナーを確定した。
細胞株実験: SLC34A2-ROS1融合遺伝子を内在的に発現するHCC78 NSCLC細胞株、およびSDC4-ROS1融合遺伝子を導入したBa/F3細胞株を用いた。これらの細胞株に対し、クリゾチニブ、NVP-TAE684(ALK/ROS1阻害薬)、ゲフィチニブ(EGFR阻害薬)、PF-04217903(MET阻害薬)を様々な濃度で投与した。
- 細胞増殖アッセイ: MTSアッセイを用いて、薬剤投与後の細胞増殖を濃度依存的に評価し、IC50値を算出した。
- 細胞周期解析: プロピジウムヨウジド染色後、フローサイトメトリーにより細胞周期分布(G1、S、G2/M期)を解析した。
- シグナル伝達経路解析: ウェスタンブロット法により、ROS1自己リン酸化、および下流のSHP2、AKT、ERK1/2、STAT3のリン酸化レベルを評価した。また、リン酸化RTKアレイを用いて、他のRTKの活性化状態もスクリーニングした。
統計解析: IC50値の算出にはGraphPad Prismソフトウェアを使用した。細胞増殖アッセイにおける群間比較には、一元配置分散分析 (ANOVA) 後、ボンフェローニ多重比較検定を用いた。