• 著者: Jimin Min, Lisa Schweizer, Gijs Zonderland, Benson Chellakkan Selvanesan, Julie H. Thomsen, Lukas Oldenburg, Seong-Woo Bae, Bongjun Kim, Sharía D. Hernández, Gabriela Jez, Vincent Bernard, Benjamin J. Swanson, Kelsey A. Klute, Huamin Wang, Thomas C. Caffrey, Paul M. Grandgenett, Michael A. Hollingsworth, Ishani Ummat, Maximilian T. Strauss, Andreas Mund, Anirban Maitra
  • Corresponding author: Andreas Mund (Resolute Bio, Copenhagen), Jimin Min (New York University Grossman School of Medicine)
  • 雑誌: Cancer Discovery
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-04-21
  • Article種別: Original Article
  • DOI: 10.1158/2159-8290.CD-25-1119

背景

膵管腺癌 (PDAC: pancreatic ductal adenocarcinoma) は、遅発的な診断と高い転移浸潤性により根治的治療の機会を逸し、5年生存率が10%未満という極めて予後不良な難治性腫瘍である (Halbrook et al. 2023)。PDACの古典的な進行モデルは、正常膵管上皮から腺房上皮-管状化生 (ADM: acinar-to-ductal metaplasia) を経て、低異型度PanIN (LG-PanIN: low-grade pancreatic intraepithelial neoplasia)、高異型度PanIN (HG-PanIN: high-grade PanIN)、そして浸潤癌へと段階的に進行すると想定されている (Fischer et al. 2018)。しかし、これらの各移行段階におけるタンパク質レベルでの分子変化はこれまで体系的に解析されておらず、詳細なメカニズムは未解明であった。

近年の研究では、一般人口の約60%に偶発的PanIN (iPanIN) が存在することが示されたが (Carpenter et al. 2023)、そのほとんどはPDACに進行しない。形態学的に同一であるにもかかわらず、iPanINと癌隣接PanIN (cPanIN) が異なる生物学的挙動を示すことは長年指摘されてきたが、タンパク質レベルでの分子的な乖離は不明であった。また、HG-cPanINがLG-PanINの単なる量的増強なのか、それとも質的に新しい分子状態なのかという基本的な問いも、ヒト組織のタンパク質レベルでは体系的に解明されていなかった。先行研究のCarpenter et al. (2023) はトランスクリプトミクス解析によりiPanINとcPanINの類似性が差異を上回ると結論づけたが、タンパク質レベルでの検討では異なる結論が得られる可能性が指摘されており、この点も未検討であった。

さらに、「場のがん化 (field cancerization)」という概念、すなわち形態学的に正常な周囲組織にも分子的な変化が及んでいるという現象が、PDAC切除後の高い再発率の原因として注目されているが (Curtius et al. 2018)、これをタンパク質レベルで定量的に評価した研究は皆無であった。これらの知識ギャップを埋める上で、技術的な障壁が大きく立ちはだかっていた。液体生検は初期病変では感度が不足し、バルクオミクス解析は空間情報を失い、抗体法は探索カバレッジが限定的である。また、mRNAレベルとタンパク質存在量の間には必ずしも相関がないという原則も、従来のRNA中心のアプローチの限界を示唆していた。これらの課題を克服するため、AI駆動型計算病理とレーザーマイクロダイセクション・超高感度質量分析 (MS: mass spectrometry) を組み合わせた新しい技術による解決が強く求められていた。

目的

本研究の目的は、AI搭載の病理基盤モデル (H-optimus-0) と精密レーザーマイクロダイセクション、超高感度Orbitrap Astral MSを統合したDeep Visual Proteomics (DVP) 技術 (Mund et al. 2022) を用いて、正常膵管から浸潤癌に至るPDAC多段階発癌の最初の空間的プロテオームカルトグラフィーを作成することである。これにより、癌場効果、前駆病変のグレード、および癌のコンテキストに依存した分子移行を同定し、PDACの早期発生における基本的な疑問に答えることを目指した。特に、形態学的に正常な組織においても分子的な再プログラミングが起こり、癌のコンテキストが組織の細胞状態に深く影響を与えるという仮説を検証することを目的とした。

結果

DVPワークフローとコホート構成: PDACの初期段階における空間的・分子的な進行を研究するため、DVPワークフローを適用した (Fig. 1A)。このワークフローは、高解像度顕微鏡、AI駆動型計算病理、標的レーザーマイクロダイセクション、および超高感度質量分析を組み合わせたものである。H&E染色されたFFPE組織の3 µm切片から高解像度画像をAIベースの病理基盤モデルH-optimus-0 (1.1億パラメータ、50万以上のWSIで事前学習、RRID:SCR_028225) で解析し、表現型クラスターを特定した。病理基盤モデルと病理医の注釈に基づき、20例 (癌非保有臓器ドナー = iCohort: n=10、PDAC患者 = cCohort: n=10) の合計115領域から約100細胞をLeica LMD7レーザーマイクロダイセクションで単離し、Orbitrap Astral MSでプロテオミクス解析を実施した。これにより、iNormal、iADM、LG-iPanIN、cNormal、LG-cPanIN、HG-cPanIN、Tumorの7つの生物学的グループを設定した。解析の結果、9,181種のユニークタンパク質 (Fig. 1E) と117,178種のユニークペプチド前駆体を定量し (Fig. 1F)、6桁の存在量ダイナミックレンジを達成した。KRAS、TP53、HMGA2などの既知のPDACマーカーのペプチドは、全てのグループで確実に検出された (Fig. 1G)。

PDAC腫瘍内不均一性の空間的プロファイリング: 3症例のPDACについて、腫瘍内2領域ずつをマイクロダイセクションし、H-optimus-0による局所クラスタリングで形態学的に異なる領域を選択した。主成分分析 (PCA) では、各症例の2領域が明確に分離した (患者5: Dim1=25.3%寄与、Fig. 2D; 患者2: Dim1=32.1%、患者3: Dim1=31.6%)。これらの違いは、細胞外マトリックス (ECM) タンパク質に限定されず、細胞内ストレス、RNA制御、ミトコンドリアプログラムにまで及んでいた (Fig. 2D-F)。この結果は、PDAC内でも腫瘍細胞内在性の状態多様性が分子的に存在することを、空間的プロテオーム解析によって初めて示した。

癌特異的分子シグネチャーとHG-cPanINの特殊性: 全コホートのPCAでは、TumorプロテオームはNormal/PanINから明確に分離し、HG-cPanINはLG-cPanINと腫瘍の中間位置を占めた (Fig. 3A)。これは、HG-cPanINがLG-PanINの単なる連続的延長ではなく、質的に異なる分子状態であることを示唆する。腫瘍優位タンパク質として、腫瘍間質相互作用を制御するLGALS1 (Galectin-1)、コラーゲンシャペロンであるSERPINH1 (HSP47)、コラーゲン糖鎖修飾に関与するCOLGALT1が同定された (Fig. 3B)。これらのタンパク質はECMリモデリング、MAPK/METシグナル伝達、細胞運動能パスウェイの富化と関連していた (Supplementary Tables S2-S3)。HG-cPanINと腫瘍のみで共有されるタンパク質には、RUNX2、FOSL1、CDC20、IFITM3が含まれ、浸潤前から腫瘍様プログラムが既に確立していることを示した (Supplementary Table S4)。

形態学的に同等な病変の分子的乖離と癌場効果: iNormalとcNormalの比較では、192タンパク質が有意差を示し、そのうち68% (131タンパク質) がcNormalで高発現であった (Fig. 3I)。代表例として、AGR2はcNormalで5.4倍、CYB5Aは8.1倍高発現であった。これは、形態学的に同一の正常膵管が、癌保有膵臓では既に広範な分子的再プログラミングを受けていることをタンパク質レベルで初めて示した。また、LG-iPanINとLG-cPanINの比較では301タンパク質が有意差を呈し、88% (264タンパク質) がLG-cPanINで高発現であった (Fig. 3J)。この差はトランスクリプトミクスで報告されたものよりも顕著であり、LG-cPanINではECMリモデリング (CD44、LUM、BGN、COL6A2)、免疫/IFN応答 (B2M、STAT1、免疫グロブリン)、代謝再プログラミング (PGAM1) が特異的に富化されていた。PCAの次元2 (分散7.1%) はiCohortとcCohortを層別し、次元1 (14.4%) が組織学的分類を分離する二軸構造が明らかになった (Fig. 3C)。

HG-cPanINのプロテオミクスシグネチャー: HG-cPanINはcNormalと比較して1,075タンパク質、LG-cPanINと比較して951タンパク質が有意差を示した (Fig. 4A-B)。HG-cPanINでは、栄養獲得およびミトコンドリア膜生物学タンパク質 (TFRC、TOMM20/TOMM40、LETM1) が増加し、脂質合成 (FASN、p<0.001 vs. LG-cPanIN) とグリコリシス (PFKP、p<0.001) 関連タンパク質も高発現であった (Fig. 4C)。パスウェイ富化解析では、ミトコンドリア翻訳、電子伝達系、ミトファジー経路 (PINK1/Parkin経路: SQSTM1/p62、VDAC1、PGAM5、p<0.01-0.0001) が例外的に強く活性化されており (Fig. 4D-F)、浸潤前から高いエネルギー需要と品質管理依存性が示唆された。

癌場効果の4分子プログラムと直交検証: 包括的解析から、以下の4つの反復分子プログラムが同定された: (i) ストレス適応 (CYB5A、AGR2、TAGLN、PLP2)、(ii) 免疫エンゲージメント (MHC-I抗原提示、STAT1/STAT3/IRF9、CRP、補体C3/C4A/C7/C9、A2M)、(iii) 代謝再プログラミング (PGAM1↑・PDK4↓のグリコリシス変化、FASN、PFKP)、(iv) ミトコンドリアリモデリング (SQSTM1、VDAC1、PGAM5↑→CKMT1A、GSR、ACADS↓と浸潤マーカーFSCN1↑への移行) (Fig. 5A)。これらはcNormal正常膵管から既に検出可能であり、病変進行に伴い段階的に増強した (Fig. 5B-J)。直交検証として、独立コホートのmIF (organ donor n=10、patient n=8) により、CKMT1A↑ (早期前駆病変全型)、FSCN1↑ (腫瘍のみ)、CYB5A・STAT1↑ (LG-cPanIN > LG-iPanIN) が確認され (Supplementary Fig. S10)、プロテオミクス所見が独立に支持された。

iADMプロテオームとKRAS変異プロファイリング: iNormalとiADMの比較では129タンパク質が、iNormalとLG-iPanINの比較では90タンパク質が有意に増加し、72タンパク質が共通であった (Fig. 6C)。CKMT1A (ミトコンドリアクレアチンキナーゼ) は両病変で最も強く誘導され (Fig. 6A-B)、早期管系再プログラミングの指標と示唆された。iADMとLG-iPanINの違いとして、iADMはPHGDH↑ (代謝再プログラミング) を、LG-iPanINはCENPV・LIN7A↑ (クロマチン調節・上皮構造タンパク質) を特徴とした。突然変異特異的ペプチドサーチとddPCR (droplet digital PCR) による検証では、iADMの44% (4/9領域) でKRAS G12Dを検出し、LG-iPanINの46% (12/26病変、4/8 donors) でKRAS変異を確認した。内訳はG12D 41.7% (5/12)、G12V 16.7% (2/12)、G13D 50% (6/12) であった (Fig. 7A-B)。一部の変異保有者は38歳・32歳と若年であり、年齢依存性変異蓄積の可能性も示唆された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、Yiu et al. CancerDiscov 2026がトランスクリプトミクスレベルでiPanINとcPanINの間に類似性が差異を上回ると結論づけたのとは異なり、タンパク質レベルでLG-iPanINとLG-cPanINの間に大きな分子的乖離が存在することを示した。これはmRNA発現量とタンパク質存在量の乖離という生物学的原則と整合し、従来のRNA中心的解析が過小評価してきた差異をプロテオームが検出できることを初めて示す。また、Tang et al. CancerCell 2026の空間トランスクリプトミクスがPanIN周囲の間質変化を記述したのに対し、本研究は上皮細胞内在性タンパク質プログラムに焦点を当て、電子伝達系、脂質合成、PINK1/Parkinミトファジーなど、機能的に標的可能な代謝経路をHG-cPanINの分子的脆弱性として特定した点で対照的な知見を提供した。空間的マルチオミクスの方法論的進展という文脈では、Yiu et al. CancerDiscov 2026のsame-slide統合アプローチと相補的であり、プロテオームと転写産物のマルチレイヤー解析の重要性を支持する。

新規性: 本研究で初めて、ヒト組織の正常膵管から浸潤癌まで全段階を網羅する空間的プロテオームカルトグラフィーが構築された。特に新規な発見として、(a) 形態学的に正常なcNormal膵管が既に癌場化シグネチャーをCYB5Aで8.1倍、AGR2で5.4倍レベルで保有すること、(b) HG-cPanINがLG-cPanINから質的に異なる分子状態であり、FASN/PFKP/PINK1-Parkinミトファジー依存の高エネルギー消費・品質管理プログラムを浸潤前に確立すること、(c) 癌非保有ドナーのiADMの44% (4/9領域) およびLG-iPanINの46% (12/26病変) でKRAS変異ペプチドが直接質量分析で検出可能であることが挙げられる。また、CYB5A、WTIP、B2M、AGR2からなる癌場化バイオマーカーパネルを初めて規定し、臨床的に有用な新規の早期リスク層別化基盤を提示した点も画期的である。AIベース病理基盤モデルとDVPの統合は、Tang et al. CancerCell 2026の生存解析のような患者アウトカムと分子プロファイルを結びつける次の研究段階への基盤を提供する新規な解析フレームワークである。

臨床応用: 本研究が規定したバイオマーカーパネルは、PDACの早期検出戦略に直接応用可能である。CYB5A、WTIP、B2M、AGR2は、画像検査で前駆病変が同定される以前から癌場化マーカーとして膵液や液体生検への適用が期待される。遺伝学的研究が、共通祖先からPDAC発症まで数年単位の潜伏期を推定していることは、この早期バイオマーカー戦略が実際に機能する時間窓を示唆する。FASN、PFKP、PINK1/Parkinミトファジー依存性はHG-cPanINにおける代謝的脆弱性を規定し、癌介入 (interception) 戦略の治療標的として即時臨床に翻訳できる候補である。さらに、膵臓癌の免疫微小環境の変化に関するViatore et al. CancerImmunolRes 2026との統合解析により、免疫調節介入タイミングをプロテオームで指定するという新たな臨床的アプローチも考えられる。

残された課題: 本研究は横断研究であり、同一患者での縦断的追跡によって各前駆病変からPDACへの実際の進行軌跡を確認することが今後の研究として必要である。レーザーマイクロダイセクションでは約100細胞の混合集団を採取するため、単細胞解像度でのプロファイリングとの統合は残された課題である。cNormal領域は腫瘍と空間的に分離した異なるブロックから切り出されたが、微細な腫瘍細胞混在の可能性は完全には排除できない。KRAS変異ペプチドの検出感度とFFPE組織でのDNA検証は技術的制約があり、変異保有iPanINの自然史と進行リスクを正確に評価するためにより大規模なコホートでの検証が不可欠である。さらに、本DVP-AIパイプラインの臨床応用には、標準化された病理アノテーションプロトコルのもとでの前向き独立コホート検証が必要であり、H-optimus-0の院内展開のための計算インフラ整備も今後の方向性として重要である。

方法

研究デザインは、前向き収集FFPE組織を用いた空間プロテオミクス横断研究である。癌非保有臓器ドナー (iCohort: n=10) とPDAC患者 (cCohort: n=10、腫瘍評価用3例含む) の合計20例から115領域をマイクロダイセクションした。追加バリデーションコホートとして、臓器ドナーn=10 (mIF)、患者n=8 (mIF、うち3例新規) を用いた。組織はUniversity of Nebraska Medical Center (UNMC) Normal Organ Recovery Program/Rapid Autopsy Program/Donor Network WestおよびMD Anderson Cancer Center (MDACC) から入手した。UNMC IRB 091-01、MDACC IRB LAB05-0854の承認を得ており、書面によるインフォームドコンセントを取得した。臓器ドナーコホートの年齢範囲は23-69歳、患者コホートは49-84歳で、性別は全コホートに含まれた。

AI画像解析では、Leica LMD7でFFPE 3µm切片をH&E染色後、0.24 mppタイル (224×224 pixels) に分割し、H-optimus-0 (1.1B params、50万以上のWSIで事前学習、RRID:SCR_028225) でタイル埋め込みを行った。NVIDIA RTX 4090 GPU 2基でモデル推論を実施した。Faiss k-meansクラスタリング (iCohort: k=23、cCohort: k=10、HG-cPanIN: k=25、PDACは局所k=2-10) を適用し、F1スコアで最適kを病理医アノテーション対照で検証した (iPanIN: k=47、cPanIN: k=62、HG-cPanIN: k=50)。

プロテオミクスは、Orbitrap Astral MS上でdata-independent acquisition (DIA)-NN 1.8.1を用いて定量した。log2変換後、正規化を行い、Moderated linear modelとBenjamini-Hochberg FDR補正を用いて差次的存在量検定を行った。targeted ANOVAとTukey post hoc検定により段階構造モジュールを抽出した。GSEAはキュレートされたパスウェイデータベースを使用した。

KRAS変異検索では、KRAS参照配列のin silico変異体FASTA (G12A/C/D/R/V/G13Dなど) をDIA-NNに追加参照として使用し、match-between-runsを無効化することで同定確信度を高めた。ddPCR (droplet digital PCR) は、KRAS G12/G13 Screening Kit (Bio-Rad) とQIAamp DNA FFPE Advanced Kit (QIAGEN) を用いて、QX200 ddPCR System (Bio-Rad) で実施した。mIF (multiplex immunofluorescence) は、熱誘導エピトープ回収後、一次抗体4°C一晩反応、DAPI (Invitrogen ProLong Diamond) でマウントし、ZEISS蛍光顕微鏡 (AxioVision、20倍) で画像取得した。QuPathを用いてDAPI核セグメンテーション後、ROI解析を行った。統計解析には、不対t検定 (等分散仮定) およびWelch補正付き不対Student t test (mIF) を用い、GraphPad Prismで実施した。

データはProteomeXchange/PRIDE (PXD072559) およびZenodo (19110683、raw imageとcode) で公開されている。