- 著者: Tarragó-Celada J, Mahmood AS, Panina Y, et al.
- Corresponding author: Mariia Yuneva (The Francis Crick Institute, London, UK)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2026
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- DOI: 10.1158/0008-5472.CAN-25-3883
背景
乳がん (breast cancer) は女性において最も頻繁に診断される悪性腫瘍であり、その主要な死因は遠隔転移、特に肺転移 (lung metastasis) である。転移プロセスにおいて、腫瘍細胞の代謝リプログラミングが重要な役割を果たすことが近年明らかになりつつある。特に、腫瘍細胞の高い抗酸化能が転移の成功に不可欠であることが示されており、反応性酸素種 (ROS: reactive oxygen species) の過剰産生に対する耐性が転移細胞の生存に必須の要件と考えられている。グルタチオン (GSH: glutathione) はシステイン (cysteine) を律速基質とするglutamate-cysteine ligase (GCLC) によって合成される主要な細胞内抗酸化分子であり、フェロトーシス (ferroptosis) という鉄依存的な脂質過酸化による制御性細胞死に対するブレーキとして機能する。Kang et al. NatRevClinOncol 2026 が概説するように、フェロトーシスは癌治療の有望な標的として注目されている。
一方、GSH合成におけるシスチン (cystine) 源システインの供給と、de novoシステイン合成を担うトランスサルフレーション (TS: transsulfuration) 経路の役割については、転移巣において未解明な点が多かった。TS経路は、cystathionine β-synthase (CBS) が律速酵素としてメチオニンサイクルからホモシステインを引き込み、下流のcystathionase (CTH) がシスタチオニンを開裂してシステインを生成する経路である。先行研究の Cramer et al. NatMed 2017 では、工学的なシスチン/システイン分解酵素であるcyst(e)inaseが原発腫瘍を抑制することが示されていたが、転移巣に対する効果は検討されておらず、転移特異的なシスチン依存性を治療的に標的とする戦略が不足していた。また、Ehara et al. CancerImmunolRes 2026 がインターフェロンγ (IFN-γ) 由来の抗原特異的T細胞によるフェロトーシス増強を示しているように、ROS産生増加とシスチン枯渇の組み合わせが相乗的フェロトーシス誘導をもたらす可能性が示唆されていたが、転移モデルでの実証は不足していた。転移細胞が新たな微小環境に適応する過程で、GSH代謝経路にどのような変化が生じ、それが治療標的となり得るのかという知識ギャップが残されている。本研究は、この転移特異的な代謝脆弱性を詳細に解析し、新たな治療戦略を開発することを目的とする。
目的
本研究の目的は、乳がん肺転移細胞においてGSH (グルタチオン) 合成がシスチン由来システインに優先的に依存し、トランスサルフレーション (TS) 経路への依存度が転移能の獲得とともに低下するという代謝特性を、多角的手法を用いて明らかにすることである。さらに、この転移特異的シスチン依存性 (cystine addiction) を治療的に標的とするため、アミノ酸分解酵素cyst(e)inaseと焦点放射線の併用療法の有効性をin vivoモデルで検証する。具体的には、転移能の異なる乳がん細胞株およびMMTV-cMYC (mouse mammary tumor virus promoter-driven c-MYC) マウス乳がんモデルを用いて、肺転移巣におけるGSH代謝動態、シスチンおよびセリン由来システインのGSH合成への寄与、TS経路関連酵素の発現レベルを詳細に解析する。そして、シスチン枯渇が転移細胞に選択的なフェロトーシスを誘導するかを評価し、最終的にcyst(e)inaseと放射線の併用が肺転移の負担を相乗的に減少させるかを検証することで、新たな治療戦略の基盤を確立することを目指す。
結果
肺転移巣でのGSH蓄積と抗酸化経路の活性化: MMTV-cMYC駆動の同系マウス乳がんモデルから樹立した転移能の異なる細胞株群を用いて、原発腫瘍と比較した肺転移巣のGSH動態を複数の代謝解析手法で検討した。液体クロマトグラフィー質量分析法 (LC-MS) による定量では、転移性細胞株由来腫瘍でGSH総量およびGSH/GSSG (oxidized glutathione) 比が有意に上昇していた (Fig. 1B, C)。特に、LM1細胞由来の肺転移巣では、原発腫瘍と比較してGSHレベルが有意に増加し、GSH/GSSG比も高値を示した (p<0.05)。脱着エレクトロスプレーイオン化質量分析イメージング (DESI-MSI) を用いた腫瘍組織切片の空間的解析では、肺内の転移巣領域に特異的にGSHシグナルが濃縮されることが確認された (Fig. 1D, E, F)。さらに、10x Genomicsプラットフォームを用いた単細胞RNA-seq (scRNA-seq) では、肺転移細胞において原発乳腺腫瘍細胞と比較して「Detoxification of Reactive Oxygen Species」を含む抗酸化経路遺伝子の発現が顕著に上昇していた (Fig. 1G)。具体的には、シスチン取り込み輸送体xCT (Slc7a11) およびGSH代謝酵素Gpx3、Gsrの発現増加が認められた (Fig. 1H)。これらの結果は、肺転移細胞がGSH合成を強化し、抗酸化能を高めることで転移微小環境に適応していることを示唆する。この解析には n=5 mice/group が用いられ、scRNA-seqでは n=3 mice/group が使用された。
システインが転移細胞の主要GSH合成源;トランスサルフレーション経路の転移特異的低下: GSH合成に対するシスチン由来システインの寄与を安定同位体分解能代謝解析 (SIRM) で定量した。in vivoトレーサー実験において、[U-13C, 15N]シスチンを注入したLM1細胞移植マウス (n=5 mice) の肺転移巣では、GSH M+3 N+1アイソトポローグの分子標識率 (FE: fractional enrichment) が約10%に達した (Fig. 2C)。一方、[U-13C]セリンを用いたTS経路経由のGSH標識率は約0.5%にとどまり、シスチン由来の寄与がセリン由来に比べて約20倍高かった (Fig. 2D)。転移能の高い細胞株 (MYAZ16.1e < Myc310 < LM1 < LM1-LMの順) ほどシスチン由来FEが高い傾向があり、転移能獲得とともにシスチン依存的GSH合成が強化されることが示された (Fig. 2G)。転移能の高い細胞株では、TS経路の律速酵素CBS (cystathionine β-synthase) のmRNAおよびタンパク質発現量が低下し、一方でCTH (cystathionase) 発現は増加していた (Fig. 3D, E, F)。シスチン/システイン枯渇条件下ではこの傾向がさらに顕著となった。独立モデルである4T1 (高転移性) vs 67NR (低転移性) 細胞株でも同様の結果が再現され、4T1細胞ではシスチン枯渇条件下でセリン由来GSH標識が検出限界以下となった (Fig. 5J)。これらの結果は、転移細胞がTS経路を選択的に低下させながら外部シスチンへの依存度を高めるという、転移特異的な代謝リプログラミングを示している。
転移性細胞のシスチン依存的フェロトーシス感受性とCBS発現の役割: シスチン/システイン枯渇が転移能の高い細胞に選択的な細胞死をもたらすかを検討した。培地からシスチン/システインを除去したところ、より転移性の高い細胞株 (Myc310、LM1、LM1-LM) では細胞生存率が著明に低下し、ROS上昇および脂質過酸化マーカーの増加が確認された (Fig. 4A, B, E, F)。この細胞死はフェロトーシス阻害剤ferrostatin-1およびliproxstatin-1の添加によって有意に抑制されたが (Fig. 4G)、ROS消去剤N-acetylcysteineは完全な保護効果を示さず、脂質過酸化依存的フェロトーシスが主要な細胞死メカニズムであることが示された。4T1 vs 67NRモデルでも同様で、高転移性4T1細胞が非転移性67NR細胞と比較してシスチン枯渇に著しく感受性であった (Fig. 4I)。因果関係を検証するため、低転移性MYAZ16.1e細胞に短ヘアピンRNA (shRNA) によるCBSノックダウンを行ったところ、TS経路への依存度が低下し、シスチン依存的フェロトーシス感受性が高転移性細胞と同等に再現された (Fig. 5E, F, G)。これにより、CBS発現低下がシスチン依存性の主要な決定因子の一つであることが機能的に示された。この実験には n=3 technical replicates が使用された。
Cyst(e)inaseと焦点放射線の相乗的作用による乳がん肺転移の縮小: この転移特異的シスチン依存性を治療標的とするため、まずシスチン/システイン除去食 (CFD: cysteine-free diet) の効果をLM1細胞の乳腺脂肪体同所性移植モデル (n=8 mice) で評価した。CFDではマウス体重の変化なく、血清シスチン/システイン値も肝臓の代償的なde novo合成により低下しなかったため、腫瘍体積・転移巣ともに有意差を認めなかった (Supplementary Fig. S6A-E)。そこで工学的なcysteine/cystine分解酵素であるcyst(e)inase (100 mg/kg、隔日腹腔内投与) を10日間投与したところ、血清シスチン/システイン値は有意に低下したが (Fig. 6B)、微小コンピュータ断層撮影 (micro-CT) 評価での転移巣縮小は達成されなかった (Fig. 6C, D)。転移巣内ではシステイン値が維持されており、転移細胞が周辺組織の残存シスチンを取り込んでいる可能性が示唆された。そこで放射線によるROS産生増加が転移細胞のGSH消費を加速し、シスチン供給不足との相乗作用でフェロトーシスを選択的に誘導するとの仮説を検証した。In vitroでは分割照射 (最大累積60 Gy) とcyst(e)inaseの組み合わせがMyc310およびLM1細胞に対して単独治療を大きく上回る相乗的な細胞殺傷効果を示した (Fig. 6E, F)。In vivoでは小動物放射線照射装置 (SARRP: small animal radiation research platform) による焦点肺照射とcyst(e)inaseの併用療法が、いずれかの単独治療または対照群と比較して転移巣を相乗的かつ有意に縮小させ (micro-CT、Fig. 6G, H)、原発乳腺腫瘍容積には有意差を認めなかった (p<0.05)。血清シスチン/システイン値が依然低下した状態においても体重減少などの有害事象は観察されず、良好な忍容性が確認された (Supplementary Fig. S6N)。このin vivo実験には n=5-6 mice/group が使用された。
考察/結論
本研究は、乳がん肺転移細胞が外部シスチンへの依存度を高めながらTS経路を選択的に低下させるという、転移特異的な代謝リプログラミングを、DESI-MSI、SIRM、scRNA-seqという相補的手法の組み合わせで新規に明らかにした。これまで報告されていなかった知見として、転移能の階層的な上昇に応じてCBS (cystathionine β-synthase) 発現が段階的に低下し、CTH (cystathionase) 発現が上昇するという動的な調節が存在することを初めて示した点が特に重要である。この代謝シフトは、転移細胞がGSH (グルタチオン) 合成を外部シスチンに強く依存するようになることで、シスチン枯渇に対するフェロトーシス脆弱性を獲得することに繋がる。
先行研究の Cramer et al. NatMed 2017 はcyst(e)inaseが前立腺がんや乳がんの原発腫瘍抑制に有効であることを示していたが、本研究では、転移巣に対してはcyst(e)inase単独が不十分であることが明らかとなり、これまでの知見と異なる結果であった。この相違は、転移巣が周辺組織から残存シスチンを取り込むことで、cyst(e)inaseによる枯渇を部分的に回避できるためと考えられる。対照的に、焦点放射線との組み合わせはこの抵抗性を打破し、相乗的な転移巣縮小を達成した。Ehara et al. CancerImmunolRes 2026 がIFN-γによるフェロトーシス増強を示しているのと同様に、外部からのROS産生増加とシスチン枯渇の相乗性は、転移細胞選択的なフェロトーシス誘導の普遍的なメカニズムである可能性が示唆される。
臨床応用の観点からは、肺転移に対する定位放射線照射 (SBRT: stereotactic body radiation therapy) は既に標準治療に組み込まれており、cyst(e)inaseとの併用は実現可能性の高い治療戦略と考えられる。正常細胞が機能的なTS経路を介してシスチン非依存的にGSHを合成できることが、転移細胞に選択的な毒性を与えるための治療ウィンドウの根拠となっており、in vivo実験で良好な忍容性として実証された。また、乳がんにとどまらず、シスチン依存的なGSH合成を高める他のタイプの転移性癌にも、ROS誘導療法とシスチン枯渇の組み合わせ戦略が広く適用できると考えられる。
残された課題として、本研究で使用したcyst(e)inaseは主に酸化型シスチン分解効率に限界があり、還元型システインの枯渇が不完全である点が挙げられる。より効率的な次世代分解酵素の開発が求められる。また、転移微小環境内の他の細胞 (免疫細胞、癌関連線維芽細胞など) からのシステイン供給が、転移細胞のGSH維持にどの程度寄与するかは今後の検討が必要である。CBS/CTH発現を転移依存的に制御する分子機構のさらなる解明と、ヒト乳がん転移巣でのシスチン依存性の臨床的確認も今後の研究の方向性として挙げられる。
方法
モデル: MMTV-cMYC (mouse mammary tumor virus promoter-driven c-MYC) 駆動の同系マウス乳がんモデルから樹立した転移能の異なる細胞株群 (MYAZ16.1e、Myc310、LM1、LM1-LM) および独立モデルとして4T1 (高転移性)/67NR (非転移性) 細胞を使用した。In vivo実験はLM1細胞の乳腺脂肪体同所性移植マウスモデル (野生型FVB/NJマウス) を用いて実施した。すべてのマウス手順は英国内務省の規制に従い、The Francis Crick Instituteの動物福祉倫理審査委員会によって承認された。
代謝解析: 安定同位体分解能代謝解析 (SIRM) では、[U-13C, 15N]シスチンおよび[U-13C]セリントレーサーを用い、GSH (グルタチオン) 合成経路の分子標識率 (FE: fractional enrichment) を液体クロマトグラフィー質量分析法 (LC-MS) で定量した。脱着エレクトロスプレーイオン化質量分析イメージング (DESI-MSI) により腫瘍組織切片でのGSH空間分布をマッピングした。単細胞RNA-seq (10x Genomics Chromium) およびバルクmRNA-seq (DESeq2; GEO: GSE287197, GSE294562) を用いて遺伝子発現プロファイルを解析した。代謝物抽出は、組織および血清サンプルから極性代謝物を抽出する既報の方法に基づき実施した。内部標準として[U-13C,15N]バリンを5 μMの最終濃度で添加した。
分子生物学: RT-qPCRおよびウェスタンブロットにより、CBS (cystathionine β-synthase)、CTH (cystathionase)、GCLC (glutamate-cysteine ligase catalytic subunit)、GSR (glutathione reductase) などのタンパク質発現量を定量した。短ヘアピンRNA (shRNA) によるCBSノックダウンをMYAZ16.1e細胞で実施し、機能的影響を評価した。ROS (reactive oxygen species) および脂質過酸化マーカーの測定には、CellROX Deep Red ReagentおよびBODIPY C11 581/591を用いたフローサイトメトリーおよびIncucyteシステムを使用した。フェロトーシス阻害剤としてferrostatin-1およびliproxstatin-1を投与した。細胞生存率はIncucyte live-cell imagingシステムで評価した。
In vivo治療実験: シスチン/システイン除去食 (CFD: cysteine-free diet) をマウスに投与した。工学的なcysteine/cystine分解酵素であるcyst(e)inaseを100 mg/kgで隔日腹腔内投与した。焦点放射線治療は、小動物放射線照射装置 (SARRP: small animal radiation research platform) を用いて肺に焦点照射し、in vitroでは最大累積60 Gyの分割照射を行った。転移巣の定量はmicro-CT (SARRP) で実施した。全データは血液生化学 (シスチン/システイン濃度) を含め、統計的に解析した (適宜t検定・一元配置分散分析、DESeq2)。統計解析にはRソフトウェア (version 4.5.1) を使用し、Shapiro-Wilk検定で正規分布を、Dixon’s Q-testで外れ値を、Levene’s testで分散の均一性を評価した。比較はStudent’s t検定 (p<0.05) または一元配置分散分析 (SNKおよびDuncan検定) を用いた。