• 著者: Sangeeta Goswami, Deblina Raychaudhuri, Pratishtha Singh, Seanu Meena Natarajan, Yulong Chen, Candice Poon, Mercedes Hennessey, Aminah J. Tannir, Jan Zhang, Swetha Anandhan, Brittany Parker Kerrigan, Marc D. Macaluso, Zhong He, Sonali Jindal, Frederick F. Lang, Sreyashi Basu, Padmanee Sharma
  • Corresponding author: Sangeeta Goswami; Padmanee Sharma (Department of Immunology and Genitourinary Medical Oncology, The University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA)
  • 雑誌: Nature Cancer
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-08-31
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 37653141

背景

膠芽腫 (GBM) は極めて予後不良な脳腫瘍であり、腫瘍微小環境 (TME) に免疫抑制性の骨髄細胞が豊富に存在することが特徴である。この腫瘍浸潤骨髄細胞は、抗 PD-1 抗体などの免疫チェックポイント阻害療法 (ICT) に対する強い治療抵抗性と深く関連している。TME の大部分を占める骨髄系細胞は、炎症促進性から免疫抑制性まで多様な機能的表現型を示す可塑性を有する。既存の治療戦略は、骨髄抑制性細胞の枯渇、トラフィッキングの阻止、または個別の免疫抑制経路の阻害に焦点を当ててきたが、骨髄細胞の表現型の不均一性や冗長なシグナル伝達経路の存在により、その臨床的成功は限定的であった Barry et al. NatRevCancer 2023。この可塑性の背景にはエピジェネティック制御の重要性が示唆されているが、腫瘍浸潤骨髄細胞の可塑性におけるエピジェネティック制御機構と ICT 抵抗性との関連はほとんど未解明であり、治療上の大きな課題が残されている。本研究チームは先行研究で、GBM において抗 PD-1 療法後も腫瘍関連マクロファージが残存することを示しており、これを標的とすることで治療成績改善の可能性が示唆されていた。しかし、免疫抑制性骨髄細胞の機能的表現型を再プログラム化し、ICT への抵抗性を克服するためのエピジェネティック経路を標的とする治療戦略は未開拓の領域であり、この知識の不足が臨床的課題となっていた。骨髄細胞の免疫抑制状態を維持するエピジェネティックな上流因子を特定し、それを制御する手法の確立が強く求められていた。

目的

GBM 腫瘍内骨髄細胞サブセットの機能的表現型を制御するエピジェネティック因子を同定し、これらの細胞を炎症促進性表現型にリプログラミングすることで、抗 PD-1 療法効果を増強する新規治療戦略を開発すること。特に、ヒストン修飾酵素による骨髄細胞の可塑性制御メカニズムを明らかにし、薬理学的阻害剤を用いた併用療法の有効性を検証することを目的とする。

結果

ヒトGBM腫瘍におけるKDM6Bの選択的発現: scRNA-seq 解析により、ヒト GBM 腫瘍の CD45+ 細胞サブセットが同定された。CD45+CD3-CD19- 骨髄細胞は、CD68、CD14、ITGAM の発現に基づき、3つのミクログリア様クラスター、1つの LYVE1+STAB1+DAB2+ 脳関連マクロファージクラスター、SPARC+COL1/3/4A1+ クラスター、樹状細胞クラスター、および4つの単球/マクロファージクラスターに分類された (Fig. 1)。これらの骨髄サブセットには、KLF2、KLF6、IL10、VEGFA、CCL4、ARG2、CXCL2、CXCL8、MARCO などの免疫抑制マーカーが高発現していた。特に、ヒストン 3 リジン 27 脱メチル化酵素である KDM6B (lysine demethylase 6B) は、既知のエピジェネティック修飾酵素の中で、腫瘍浸潤骨髄細胞において顕著に発現し、選択的に濃縮されていることが3つの独立した scRNA-seq データセット (n=5 patients、n=4 patients、n=20 patients) で確認された (Fig. 1)。KDM6B は、免疫抑制マーカー (KLF2、KLF6、CXCL8、SPP1) を高発現するサブセットで特異的に高発現しており、HLA-A、HLA-B、HLA-C、IFNGR1 などの炎症促進性マーカーとは負の相関または無相関であった (Fig. 2)。KDM6B 高発現骨髄細胞と KDM6B 低発現骨髄細胞の差次発現遺伝子 (DEG) 解析では、KDM6B 高発現細胞において CXCL8、CXCL2、KLF2、KLF6、HIF1A、IL10、MAFB、VEGFA などの免疫抑制マーカーの濃縮が認められた (Fig. 2)。

KDM6B高発現免疫抑制性骨髄細胞の空間的共局在: マルチプレックス IF と CellTrek を用いた空間トランスクリプトーム解析により、KDM6B を発現する免疫抑制性骨髄細胞 (SPP1+CXCL2+) が、エフェクター CD8 T 細胞 (CD3E+CD8A+GZMB+GZMK+ICOS+) と空間的に共局在しないことが示された (Fig. 2)。これは、KDM6B 高発現骨髄細胞が CD8 T 細胞の抗腫瘍応答を阻害する可能性を示唆する。

骨髄細胞特異的Kdm6b欠失による生存期間延長と炎症促進性TMEへの転換: 骨髄細胞特異的 Kdm6b 欠失マウス (LysM-cre KDM6B fl/fl mice) は、対照群と比較して GBM 腫瘍の増殖が抑制され、生存期間が有意に延長した (GL261 モデルで p<0.0001、CT-2A モデルで p<0.0001) (Fig. 3)。scRNA-seq 解析では、Kdm6b 欠失マウスの TME において、細胞傷害性 Gzmb+Ifnγ+Cd8+ T 細胞および NK 細胞の増加、ならびに免疫抑制性 Cd4+Foxp3+Treg 細胞の減少が認められた。これにより、細胞傷害性 T リンパ球 (CTL) と Treg の比率が増加し、TME が炎症促進性に傾いていることが示された。Kdm6b 欠失は、骨髄細胞のトランスクリプトームランドスケープを大きく変化させ、貪食 (Fcgr3、Lgals3 など) および抗原提示 (H2-Ab1、H2-Eb1 など) に関連する炎症促進性遺伝子の発現を上方制御し、Zeb2、Klf2、Klf6 などの免疫抑制関連遺伝子の発現を下方制御した (Fig. 3)。遺伝子セット濃縮解析では、Kdm6b 欠失後に Fcγ 受容体媒介性貪食、抗原提示経路、I型およびII型インターフェロン応答の顕著な濃縮が観察された (Fig. 3)。

KDM6Bによる直接的な遺伝子制御機構の解明: ChIP-seq 解析により、Socs3、Mafb、Sirpa が KDM6B の直接的な標的遺伝子であることが同定された。Kdm6b 欠失 BMDM では、これらの遺伝子座における KDM6B の結合が減少し (Fig. 6)、抑制性の H3K27me3 修飾が濃縮されていた (Fig. 6)。Socs3 および Mafb の発現は Kdm6b 欠失 BMDM で減少しており (Fig. 6)、これらはそれぞれサイトカインシグナル伝達およびI型 IFN シグナル伝達の既知の抑制因子である。また、Sirpa は貪食を抑制する「don’t-eat-me」シグナルを生成する Feng et al. NatRevCancer 2019。これらの結果は、KDM6B が Mafb、Socs3、Sirpa の H3K27me3 脱メチル化を介して発現を誘導し、骨髄細胞の免疫抑制機能に寄与するメカニズムを明らかにした。Kdm6b 欠失 BMDM は、対照 BMDM と比較して貪食能 (蛍光ビーズ取り込みで約 2.0-fold、GL261 細胞取り込みで約 1.5-fold) および抗原提示能が有意に亢進していた (Fig. 6)。gp100 抗原をパルスした BMDM を用いた抗原提示アッセイでは、Kdm6b 欠損 BMDM が対照 BMDM と比較して有意に高い T 細胞増殖を誘導した (p<0.001)。

薬理学的KDM6B阻害による抗PD-1療法感受性の向上: KDM6B 阻害剤 GSK-J4 の投与は、Kdm6b 欠失骨髄細胞の機能的表現型を再現し、GBM マウスモデルにおいて抗 PD-1 療法 (免疫チェックポイント阻害療法: ICT) の有効性を増強した。GL261 および CT-2A 腫瘍モデルにおいて、GSK-J4 単独療法は腫瘍増殖を抑制し、生存期間を延長した (GL261 モデルで p<0.0001) (Fig. 7)。抗 PD-1 抗体と GSK-J4 の併用療法は、両腫瘍モデルで生存期間をさらに有意に改善した (GL261 モデルで p<0.0001、CT-2A モデルで p<0.0001) (Fig. 7)。CyTOF 解析では、併用療法により CD8 エフェクターメモリー T 細胞が有意に増加し、CD11b+F4/80+ 単球性マクロファージおよび Ly6c+Ly6g-CD11b+F4/80+ 単球性骨髄由来抑制細胞 (mMDSC) などの免疫抑制性骨髄細胞サブセットが有意に減少した (Fig. 7)。これらの結果は、GSK-J4 治療により TME が炎症促進性表現型にシフトし、抗 PD-1 抗体への感受性が向上したことを示す。

考察/結論

本研究は、GBM の ICT 抵抗性に関与するエピジェネティック調節因子として KDM6B (ヒストン 3 リジン 27 脱メチル化酵素) を同定し、骨髄細胞特異的 Kdm6b 欠失または薬理学的阻害が Mafb、Socs3、Sirpa の抑制を介して抗 PD-1 療法感受性を増強する機構を解明した。これは、骨髄系細胞の「可塑性」をエピジェネティック介入で操作する新規治療パラダイムを提示した画期的な研究である。

先行研究との違い: これまでの研究では、個別の骨髄細胞特異的経路を標的とすることが多かったが、しばしば冗長性があり、単一経路の標的化では最適な臨床的効果が得られないことが課題であった Sharma et al. Cell 2017。本研究は、KDM6B が複数の免疫抑制経路の上流に位置し、その阻害がインターフェロン応答、抗原提示、貪食といった複数の炎症促進性経路を同時に活性化することを示した点で、これまでのアプローチと対照的である。

新規性: 本研究で初めて、KDM6B がヒト GBM の腫瘍浸潤免疫抑制性骨髄細胞サブセットで選択的に高発現していることを同定した。また、KDM6B が Mafb、Socs3、Sirpa といった免疫抑制メディエーターの H3K27me3 脱メチル化を直接的に制御することで、骨髄細胞の機能的表現型を調節するエピジェネティックな調節因子であることを新規に明らかにした。

臨床応用: KDM6B は既に複数の阻害剤が開発中であり、本知見は GBM および他の ICT 抵抗性腫瘍 (腎細胞癌、肝細胞癌、膵癌など、免疫抑制性骨髄細胞が豊富な腫瘍) への臨床応用に直結する。既存の抗 PD-1 抗体との併用で容易に臨床試験が可能な戦略であり、迅速な臨床導入が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、全身性 KDM6B 阻害の臨床での安全性と副作用 (特に心臓、骨、神経系への影響)、骨髄特異的デリバリーシステムの開発、腫瘍血管擬態や他の骨髄エピジェネティック調節因子との相互作用の解明、および長期治療における耐性機構の検討が挙げられる。本研究は、骨髄細胞エピジェネティクスを標的とする免疫療法の道を開く重要な基礎的知見を提供した。

方法

ヒトGBM腫瘍の単一細胞および空間トランスクリプトーム解析: 患者 GBM 腫瘍 (n=5 のプライマリーコホート、n=4 および n=20 のレトロスペクティブコホート) から CD45+ 細胞を採取し、単一細胞 RNA シーケンス (scRNA-seq) 解析を実施した。骨髄系細胞のサブクラスタリング、差次的に発現する遺伝子 (DEG) 解析を行った。また、10x Genomics Visium プラットフォームを用いて腫瘍 (n=3) の空間的遺伝子発現を解析し、CellTrek アプリケーションにより単一細胞データを空間座標に埋め込んだ Satija et al. NatBiotechnol 2015。さらに、GFAP (glial fibrillary acidic protein)、CD68、CD163、CD3、KDM6B に対するマルチプレックス免疫蛍光 (IF) 染色を実施した。

マウスGBMモデルを用いたKdm6bの機能解析: 骨髄細胞特異的 Kdm6b 欠失マウス (LysM-cre KDM6B flox/flox マウス) を作製した。対照群 (control) と Kdm6b 欠失群の間で、GBM モデル細胞 (GL261 および CT-2A) を脳内に移植し、腫瘍増殖、生存期間、および腫瘍微小環境における免疫細胞プロファイルを比較した。マウス系統は C57BL/6J マウス、KDM6b fl/fl マウス、LysM cre マウスを用いた。

KDM6B標的遺伝子の同定: 骨髄由来マクロファージ (BMDM) を用いてクロマチン免疫沈降シーケンス (ChIP-seq) を実施し、KDM6B が直接結合する遺伝子および H3K27me3 修飾のエンリッチメントを解析した。特に Mafb、Socs3、Sirpa といった免疫抑制関連遺伝子に焦点を当てた。

薬理学的KDM6B阻害の評価: KDM6B 阻害剤である GSK-J4 を GBM マウスモデルに投与し、抗 PD-1 療法との併用効果を評価した。腫瘍増殖、生存期間、および TME における免疫細胞の変化を scRNA-seq および質量サイトメトリー (CyTOF) によって解析した。統計解析には、Seurat R パッケージを用いた二側性ポアソン検定、Student の t 検定、およびログランク検定 (log-rank) などが用いられた。