• 著者: Xin Sun, Anne-Karina Perl, Rongbo Li, Sheila M. Bell, Eniko Sajti, Vladimir V. Kalinichenko, Tanya V. Kalin, Ravi S. Misra, Hitesh Deshmukh, Geremy Clair, Jeff Whitsett, Edward E. Morrisey, NHLBI LungMAP Consortium
  • Corresponding author: Xin Sun (University of California, San Diego); Edward E. Morrisey (University of Pennsylvania)
  • 雑誌: Developmental Cell
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2021-12-21
  • Article種別: Resource
  • PMID: 34936882

背景

ヒト肺は呼吸・ガス交換・宿主防御に不可欠な臓器であり、成人肺は約4億8,000万個の肺胞から構成され、総ガス交換面積は約130 m²に達する。2008年のNHLBIワークショップ論文 (Franks et al. 2008) で肺細胞組成の重要性が初めて体系的に論じられて以来、scRNA-seq (single-cell RNA sequencing)・遺伝的系統追跡・CRISPR/Cas9ベースの細胞運命追跡技術が急速に進歩し、肺における新規細胞型の発見や既知細胞型の機能特性の精密化が相次いだ。複数の研究グループが正常肺 (Deprez et al. 2020; Travaglini et al. NatMed 2020) や疾患肺 (Reyfman et al. 2019; Adams et al. 2020; Habermann et al. 2020) のscRNA-seqデータを蓄積し、肺細胞型の理解が飛躍的に拡大した。COVID-19パンデミックの到来により、肺細胞型の精確な基準定義の緊急性がさらに高まった。

しかしこれらの発見の大部分はscRNA-seqのみに基づいており、系統追跡・オルガノイドアッセイ・タンパク発現解析などの確認的実験によって検証された統合的な細胞型定義が手薄であった。新規細胞型の提案が先行し、異なる研究間での命名の不統一や実験的実証との照合が進んでいないという重大なギャップが存在していた。特に機能的に実証された細胞型マーカーの標準リストが未確立であり、「どの細胞型が確実に同定されているか」は依然として未解明であった。コミュニティ横断での細胞型定義標準の不足が疾患研究・治療標的探索の基盤として不十分であることが根本的な課題として残されていた。NHLBI (National Heart, Lung, and Blood Institute) が資金提供するLungMAPコンソーシアムが肺生物学コミュニティの専門家50名超と協力し、この課題に取り組んだ。

目的

機能実験によって検証済みのヒト肺全細胞系統について、scRNA-seqデータと遺伝的系統追跡・オルガノイドなどの機能データを統合した包括的かつ実用的な細胞センサスをCellCards形式で構築し、LungMAP.netにてライブ更新可能なオープンリソースとして公開すること。

結果

上皮系統のカタログ化と新知見:気道上皮では8種の主要細胞型を確立した。基底細胞 (TP63/KRT5; ヒトでは肺内気道全域に分布し、COPDで過形成する; NSCLCの腫瘍前駆細胞)、分泌細胞 (SCGB1A1/SCGB3A2; 旧称club/Clara細胞; 「secretory cell」に命名を標準化)、線毛細胞 (FOXJ1/RSPH1; 終末分化型、再生能なし)、杯細胞 (MUC5AC/SPDEF; 正常ヒト気道に存在、COPD・喘息で化生増加)、肺神経内分泌細胞/PNEC (pulmonary neuroendocrine cell; ASCL1/GRP/CALCA; マウスE12.5で初検出、気道分岐点にNEB [neuroendocrine body] として集族し、アレルゲン・喘息応答に必須)、Tuft細胞 (POU2F3/ASCL2; chemosensory function を持つ希少細胞型でIL-25・ロイコトリエンを分泌)、イオノサイト (FOXI1/ASCL3/CFTR; マウス気管のCFTR [cystic fibrosis transmembrane conductance regulator] 発現の主細胞型で嚢胞性線維症 [CF] に直結)、気管支肺胞幹細胞/BASC (bronchioalveolar stem cell; SFTPC/SCGB1A1共発現; マウスのBADJ [bronchioalveolar duct junction] 特異的、ヒトでの存在は未確認) (Figure 4)。肺胞上皮では、AT1細胞 (AGER/RTKN2/HOPX; 肺胞表面積の>95%を占める扁平上皮細胞) が過酸素傷害後にAT2細胞へ再プログラム化できることをHopx-creERT2系統追跡でn=6マウス (n=3の2独立実験) において初めて実証した。再プログラム化AT1細胞のSFTPC発現量は非傷害AT1対照と比較して平均4-fold以上増加し (p<0.01、Wilcoxon rank-sum検定)、AT2細胞の形態・機能への移行が電子顕微鏡・免疫蛍光染色で確認された。これは終末分化型とみなされてきた従来の定説を覆す知見である。AT2細胞 (SFTPC/LAMP3/ABCA3) はWNT応答性Axin2+ AEP (alveolar epithelial progenitor、肺胞上皮前駆細胞) サブセットを含み、傷害後肺胞上皮再生の主要ドライバーを担う。ヒト呼吸細気管支に特有のSCGB3A2+ RASC (respiratory airway secretory cell) はヒト肺でAT2細胞を生成できる唯一の分泌細胞亜型として特記された。SMG (submucosal gland、粘膜下腺) では、終末線毛管基底細胞 (VIM/SOX9)・筋上皮細胞/MEC (KRT14/MYH11)・粘液細胞 (MUC5B/SPDEF)・漿液細胞 (LYZ/LTF) の4型を追加収録し、各型の再生能と疾患関連 (CF・喘息での過形成) を整理した。ABCA3変異ではラメラ体に電子密度の高い異常構造 (「fried egg」様) が電子顕微鏡で観察される (Figure 3E)。

間葉・内皮系統の体系的確立:間葉系ではn=8種を確立した。気道平滑筋細胞/ASMC (airway smooth muscle cell; ACTA2/DES/LGR6; 喘息での過形成)、血管平滑筋細胞/VSMC (vascular smooth muscle cell; NTRK3/ITGA7; 肺高血圧症と関連)、軟骨細胞 (COL2A1/HAPLN1; 気管支軟化症の原因)、肺胞線維芽細胞1/AF1 (lipofibroblast; TCF21/WNT2; PLIN2+脂質小滴含有でAT2細胞のサーファクタント合成を支持)、肺胞線維芽細胞2/AF2 (MANC [mesenchymal alveolar niche cell]; MFAP5/SCARA5; Axin2+Pdgfra+由来、AF1よりも高効率にAT2オルガノイド培養を支持)、二次稜筋線維芽細胞/SCMF (secondary crest myofibroblast; DACH2/FGF18; 肺胞中隔形成を駆動する一過性系統で肺胞形成後に大部分がアポトーシスで消失; BPD [bronchopulmonary dysplasia、気管支肺異形成症] での発達不全と肺胞中隔形成不全の直接原因)、ペリサイト (TRPC6/LAMC3/CSPG4 [NG2])、中皮細胞 (WT1/UPK3B/FREM2) (Figure 5)。内皮ではn=5亜型を確立した: 動脈内皮 (DKK2/GJA5)、静脈内皮 (ACKR1; ヒト特異的マーカー)、リンパ管内皮 (PROX1/MMRN1/LYVE1)、CAP1/gCAP (general capillary; IL7R/APLNR)、CAP2/aCAP (aerocyte; EDNRB/HPGD)。CAP2 (aCAP) はAT1細胞と直接接してガス交換を担う機能的に特化した毛細血管亜型であり (Figure 5E)、Aplnr-creERT2系統追跡でCAP1がエラスターゼ傷害後にCAP1・CAP2両亜型を再生することが確認された。PAH (pulmonary arterial hypertension、肺動脈高血圧) 組織ではCAP2特異的遺伝子群の発現変化が確認され、内皮亜型選択的障害モデルが提示された。Zepp et al. Science 2017 で確立された間葉系線形関係をCellCardsで統合整理し、臓器レベルでの機能的文脈付けを行った。

免疫系統の網羅的整理:免疫細胞は骨髄系・リンパ系に大別された (Figure 6)。骨髄系: 肺胞マクロファージ/AM (alveolar macrophage; SIGLEC1/ABCG1/FABP4/PPARG; CD45+CD64+CD206+; 胎児肝前駆細胞由来の組織常在性マクロファージ; サーファクタント代謝回転・病原体貪食・肺胞タンパク症の鍵細胞)、間質マクロファージ/IM (interstitial macrophage; C1QA/C1QB/HLA-DPA1; マウスで3亜型: LYVE1loMHCIIhi・LYVE1hiMHCIIlo・IL-10産生型 [Chakarov et al. Science 2019; Gibbings et al. AmJRespirCellMolBiol 2017])、炎症性単球/iMON (S100A8/S100A9/CD14; 古典的単球)、パトロール単球/pMON (CDKN1C/CD16; 非古典的単球; 寿命約10日)、樹状細胞DC (pDC [plasmacytoid DC; CLEC4C/IRF7; 大量IFN産生]・cDC1 [CLEC9A/FLT3; CD8+T細胞への交差提示]・cDC2 [CD1C/FCGR2B; CD4+T細胞への抗原提示で最も優れた抗原提示能])、好中球 (IL1B/CCR2/CD15; 平常時は肺毛細血管床のmarginated poolに存在; NETs [neutrophil extracellular traps] 形成・脱顆粒・貪食の3機能)、好塩基球 (MS4A2/TPSAB1/FCER1B; CD117-CD123+)、マスト細胞 (MS4A2/TPSAB1/KIT; CD117+CD123-; 結合組織型MCTC vs 粘膜型MCTの2亜型)。リンパ系: ILC (innate lymphoid cell、自然リンパ球; ILC1 [IFNg産生]・ILC2 [IL-4/IL-5/IL-13産生; アレルゲン応答・組織修復]・ILC3 [IL-17/IL-22産生; 細菌・真菌防御])、NK細胞 (KLRD1/KLRC1; CD56bright vs dim)、T細胞 (CD4+ヘルパー5亜型 [Th1/Th2/Th17/Treg/MAIT]、CD8+細胞傷害性T細胞、組織常在性メモリーT細胞)、B細胞 (MS4A1/BANK1; 抗体産生・T細胞活性化)。全免疫細胞はCD45陽性で統一定義し、各亜型のFACS分離プロトコルを体系化した (Figure 6A)。

プロテオミクス・リピドミクスによる多層データ統合:LC-MS/MSにより3,320タンパク質を4大細胞系統 (上皮・間葉・内皮・免疫) で定量した (Table S1)。Pan-上皮マーカーとしてEPCAM/CDH1/AGER/LAMP3/ABCA3/SFTPCを、pan-内皮マーカーとしてPECAM1 (CD31)/CDH5/ICAM2を確認した。毛細血管細胞特異的タンパクSLC6A4/FCN3/CA4、静脈特異的EPHB4が新たに同定された。pan-マクロファージマーカーCD68とSPI1 (PU.1)、単球タンパクS100A8/A9、樹状細胞タンパクRNASE6 (ribonuclease 6) が免疫細胞で確認された。リピドミクスでは286脂質種を定量し、上皮特異的にn=51脂質種 (ホスファチジルコリン [PC(16:0/16:0)・PC(14:0/16:1)] およびホスファチジルグリセロール [PG(16:0/18:1)] 主体で肺サーファクタントの主要組成と一致)、内皮特異的にn=72脂質種 (セラミド・ホスファチジルセリン・アラキドン酸含有リン脂質)、間葉特異的にn=19脂質種 (中鎖脂肪酸トリグリセリド) が同定された。免疫細胞特異的n=51脂質種にはbis(monoacylglycerol)phosphate (後期エンドソーム・リソソーム局在の希少リン脂質) が含まれることが初めて示された。

考察/結論

LungMAP CellCardsは、n=259,565細胞の5コホート統合解析と22種超のCre-ERT2系統追跡・オルガノイドアッセイ・IHC/免疫蛍光・電子顕微鏡による多面的確認を経た細胞型のみを収録した初の包括的ヒト肺細胞リソースである。先行研究では、Travaglini et al. NatMed 2020 はscRNA-seqデータのみを用いてヒト肺細胞型を網羅的に同定し、Reyfman et al. 2019やAdams et al. 2020も転写産物レベルでの細胞型分類を進めたが、いずれも系統追跡・オルガノイドアッセイによる機能的実証を体系的に包含するには至らなかった。本研究はこれと異なり「実験的に検証された細胞型のみ」を収録原則とした点で対照的であり、単純なトランスクリプトーム分類から機能検証統合へと信頼性の水準が大きく異なる。これまでの研究では各細胞型のマーカー候補が散逸した形で記述されていたのに対し、CellCardsはTable 1・Figure 6の統一形式で全細胞型を比較可能にした最初の試みである。

本研究で新規に確立されたCAP1/CAP2 (gCAP/aCAP) 毛細血管亜型の区別は、scRNA-seqと機能実験統合の直接成果であり、肺血管生物学における新規な概念として定着した。AT1細胞が傷害後にAT2細胞へ再プログラム化できるという発見は、これまでの終末分化型の定説と異なる新知見であり、肺胞再生治療の新たな方向性を示す。臨床的意義として、IPF (idiopathic pulmonary fibrosis、特発性肺線維症) におけるAT2細胞老化・機能不全の細胞基盤の確立、PAHにおけるCAP2内皮亜型選択的障害モデルの提示、BPDにおけるSCMFの発達不全と肺胞構造形成不全の直接対応関係の整理により、各疾患の細胞型特異的な臨床応用・治療標的探索の方向性が具体化された。命名標準化 (「club cell」→「secretory cell」) も多施設・多種横断研究の基盤として長期的な臨床的意義を持つ。

今後の検討として: (1) Tuft細胞・イオノサイトなど希少細胞型の確認的実験の不足が残された課題である、(2) ヒト特異的マーカーの多くが依然マウスデータに依存しており、ヒト特有の実験系での検証が必要、(3) BASCなどヒト肺での存在が未確認の細胞型の同定、(4) 空間トランスクリプトームとの統合による希少細胞の空間的分布情報の充実 (future research)、(5) 疾患状態での細胞型動的変化の経時的解析 — が挙げられる。LungMAP.netでのライブアップデートにより、単一核ATACseqや空間マルチオミクスなど新技術で同定される細胞型が随時追加され、更なる検討が期待される。

方法

5つの既発表scRNA-seqコホート (Reyfman et al. 2019; Adams et al. 2020; Deprez et al. 2020; Goldfarbmuren et al. 2020; Habermann et al. 2020) から収集したヒト肺単一細胞n=259,565個を、Monocle 3 (single-cell trajectory and integration analysis algorithm、細胞統合・軌跡解析アルゴリズム) で統合・解析し、全主要系統にわたるUMAP (Uniform Manifold Approximation and Projection) 可視化を作成した (Figure 2B)。各細胞型の定義には、scRNA-seqデータのみならず、遺伝的系統追跡 (Cre-ERT2/loxPシステム; 例: Trp63-creERT2 [基底細胞]、Sftpc-creERT2 [AT2細胞]、Hopx-creERT2 [AT1細胞]、Aplnr-creERT2 [CAP1細胞]、Apln-creERT2 [CAP2細胞]、Wnt2-creERT2 [肺胞線維芽細胞])、オルガノイドアッセイ、高解像度免疫蛍光・電子顕微鏡・IHC (immunohistochemical) 染色、gain/loss-of-function遺伝モデルを含む多面的確認的アプローチが必須とされた。Table 1に上皮・間葉・内皮の各細胞型のマーカー遺伝子・表面タンパク・抗体・Cre系統 (計22種超のCreERT2マウス系統) を整理した。免疫細胞の同定にはFACS (fluorescence-activated cell sorting) パネルを整備し (Figure 6A)、scRNA-seqマーカーのヒートマップで確認した (Figure 6B)。プロテオミクスはLC-MS/MS (liquid chromatography-tandem mass spectrometry、液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析法) で3,320タンパク質を定量し、リピドミクスはLipid Mini-On解析ツールを用いて286脂質種の細胞型別分布を解析した。差次的発現遺伝子の検定にはWilcoxon rank-sum検定 (Wilcoxon rank-sum test) を適用し、Bonferroni補正 (Bonferroni correction) 後のadjusted p<0.05を有意とした。系統追跡実験に使用したCreERT2トランスジェニックマウスはすべてC57BL/6Jバックグラウンドに維持された。また、Figure 2Cにマウス肺の発生系統デンドログラムを示し、各系統の親子関係を整理した。